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2012年5月

2012年5月28日 (月)

162.紀勢本線 俯瞰三昧 2012/5/27

 例年でいえば、梅雨入り前の5月中旬から下旬は安定した天候が続き、鉄日和が続く時期です。前日の天気予報では5月27日の三重県地方はバリ晴れの様子でしたので、久し振ぶりに紀勢貨物へ行こうということで、深夜の国道23号線を南下しました。ちょっと気がかりだったのは、5月に入ってから2089列車は日曜日の運転が一度もなかったことで、不安な気持ちを抱えながら四日市を覗いたところ、更新機ではあるものの運転が確認できました。この日はオレンジツートンの「熊野古道伊勢路号」の運転日にもなっており、こちらの収穫も期待できそうでした。今回の紀勢詣では気になる俯瞰場所がいくつかあり、この宿題をこなすことが目的のひとつでした。その結果、今回は俯瞰の写真ばかりになってしまいましたが、どうかご了承ください。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 俯瞰三昧というタイトルにもかかわらず冒頭から地べたの写真で申し訳ありません。本当は2089列車をある俯瞰ポイントから狙うつもりでしたが、早朝、現地へ行ってみたところガスがかかって視界不良だったため、やむなく下山して定番ポイントに落ち着きました。水鏡もギリギリセーフでまずまずの感じです。「熊野古道伊勢路号」も運転されることもあってか、20人ほどの同業者がスタンバイしていました。

【2012.5.27 阿曽~伊勢柏崎】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 2089列車撮影後、宿題のひとつを片付けるため、イセカシカーブをサイドから俯瞰できるポイントへ登ってみました。川を挟んだ国道側の山の斜面に木が伐採されたところがあり、下から急斜面を登らなければなりませんが、時間的にはそんなにキツくありませんでした。こんなことなら、2089列車はここで撮ればよかったと後悔です。ちょうど田んぼに水が入った時期だったので、うまい具合に水鏡になり、初夏の雰囲気を出すことができました。

【2012.5.27 阿曽~伊勢柏崎】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、イセカシカーブを正面から俯瞰できるポイントに向かいました。本当は2089列車をここで撮りたかったのですが、視界不良ではどうしようもありませんでした。オレンジツートンの「熊野古道伊勢路号」なら列車は小さくても存在感が出るだろうと思い、二つ目の宿題をこなすことにしました。このポイントは車を降りて20分ほど歩かなければなりませんが、地獄の登山というわけではなく、思ったより体力の消耗はありませんでした。線路まではかなりの距離があるため、最低でも300mm相当が必要になります。まだらに流れるゲリラ雲にヤキモキさせられましたが、最悪の事態は避けることができました。

【2枚とも 2012.5.27 阿曽~伊勢柏崎】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 3か所目はお馴染の馬越林道からの俯瞰です。ネタ列車はない時間帯でしたが、光線状態がよくなったこともあって、とりあえず行ってみました。林道はかなりのダートで運転は疲れますが、車が横付けできるポイントなので助かります。「南紀3号」が高架橋の上を通過して行きます。

【2枚とも 2012.5.27 相賀~尾鷲】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 馬越林道のポイントから銚子川を挟んだ反対側の山腹に木が伐採されたような場所が見えたので、地図を確認してみると林道らしきものが通じているようだったので、「ダメなら引き返せばいいや」というつもりで現地に向かってみました。馬越林道以上のダートでしたが、強引に進んで行くと眼下には相賀の鉄橋から続く高架橋が見えていました。水平線クッキリというわけにはいきませんでしたが、湿度が高いこの時期にしてはクリアな方だと思います。

【2枚とも 2012.5.27 相賀~尾鷲】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 カメラを左に振るとこのようなアングルになります。残念ながら相賀の鉄橋は木々に隠れて見えませんでした。このまま好天が続けば「2088列車もここでいいかな」なんて思っていましたが、世の中甘い考えは許してくれず、15時を過ぎたあたりから山間部の方から急に雷雲が湧いてきて太陽を覆い隠してしまいました。おかげで「熊野古道伊勢路号」は撃沈状態でした。

【2枚とも 2012.5.27 相賀~尾鷲】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 完全に曇ってしまったので、仕方なく2088列車は定番ポイントでお茶を濁しました。やっぱり青い海でないとダメですねぇ。遥か後方の山にはこの鉄橋のスーパー俯瞰ポイントがあるようですが、難易度はかなり高く、相当の覚悟が必要なようです。それでも、種々の条件が揃った時には挑戦してみたいです。

【2012.5.27 相賀~尾鷲】

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2012年5月26日 (土)

【海外鉄】瑞西のパノラマカー

 フォトショップによるモノクロ写真の修正方法は、もう少し研鑚をつんでから発言をするとして、最近の話題に戻るとしよう。


 先日、出札掛さんが、パノラマカーの懐かしい写真を載せられたので、それにあやかって最近乗ってきたパノラマカーの写真をお見せしたい。もっとも、国内ではなく、瑞西のパノラマカーである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、写真をご覧頂こう。パノラマカーというより、小田急のHiSEの方が似ているかもしれないが、いずれにしろ同じコンセプトの前面展望車である。


 欧州の前面展望車といえば、イタリアのセッテベロに代表されるETR250形と300形があまりにも有名であるが、それ以降の前面展望車は国鉄路線では現れていない(と思う)。この瑞西のパノラマカーは、国鉄ではなくMOB(モントルー・オーバーランド・ベルニナ鉄道)という私鉄の看板列車で、1990年過ぎに登場したのではなかったかと記憶する。


 このMOBという鉄道は、レマン湖畔のモントルーからツヴァイジーメンの間を結んでおり、さらに乗り換えてユングフラウヨッホに行く事ができる。こうした景勝ルートであることから、ゴールデンパスを標榜しており、その看板列車がこのパノラマカーなのである。実際にも、現地でパノラマエキスプレスと呼ばれている。


 さて、一見電車に見えるこの車両、実は単なる客車である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中間には、このように電気機関車が連結されている。先頭の運転台から、機関車を遠隔制御しているのである。こうした運転方法は、ヨーロッパでは珍しくない。


 では、車内を見てみよう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これが、先頭の1等車。2+1のシートであるが、リクライニングはせず、固定である。前方にある扉のところは、実は運転室。運転室は、客室の上にあるのではなく、客室の一部に設けられている。つまり2階建て構造ではなく、運転台は単なる高運転台で、その前に客席を置いているのである。

 屋根に窓があるのは、高い山をよく見られるように展望を良くしよう、という瑞西ならではのサービスである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 前面展望室は、こんな感じ。VIP席として、特別の料金体系になっているようで、瑞西政府観光局でもこの座席に座りたければ、予約してね、と書いてある。さすがに中に入って撮るのは憚られるが、前面に2列のシート8席があるはずである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 終点というか、起点のモントルー駅。左側の客車列車は、客車のパノラマ急行で、こちらは1980年に乗っているから、70年代に製造されているはずである。この前面展望のパノラマカーも、展望室を除いた客室の基本的な構造は、客車列車と同じである。


 こうした列車に全線乗って、ゆっくりと瑞西の風景を楽しめたら良いのであるが、残念なことに当方のスケジュールではそこまでの余裕はない。今回も、ブロネイ・シャンピィ保存鉄道からの移動の列車として、たまたまこのパノラマ急行に乗っただけで、乗車時間はわずか10分弱である。その時間で、車内をざっと見て・・・となると、風景を見ている余裕はない。でも、MOBで最も美しい区間のひとつであるレマン湖へのつづら折りの区間を乗ることが出来たのだから、まあ、良しとしよう。(駅長)


*この写真を撮影後、地下通路を通り、コインロッカーから荷物を取り出し、左側に少し写っているローザンヌ行き急行に乗っている。その間、1分。瑞西の鉄道は接続が良く、ブロネィ・シャンピィでレマン湖をバックに撮影してから約100kmを移動し、ヌーシャテルまで、15分の徒歩時間と2度の乗換を含めて1時間45分くらいであった。

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2012年5月25日 (金)

‘非 旅客’ネタ  二題

【その1】

電車運転士様ご報告の通り、5月20日は名鉄本線豊明以南でデキ400工臨9004レの運転日でした。日曜日ということもあり、今年初めての9004レ朝練にいざ出陣。自宅を4時30分に出発し小一時間の道のり「あ~眠たい」。目的地は逢妻川に差し掛かる築堤で、よく水鏡の画像を見かける地点です。天気は曇り空でも、なぜか気合いたっぷり。残念なことに、線路に近い田圃はどれも稲が成長して水鏡どころではなく、あきらめきれずに辺りを見回したら、やや離れたところに水田を見つけました。定期列車で試し撮りをしながらポジション探し。本番時はやや波打ってしまいましたが、築堤上を進む9004レを田んぼの中に捉えることが出来ました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち



【その2】

21日は日食を通勤途中に撮影し、そのままカメラ持参で出勤。ついでにメーカーのサービスセンターにカメラを持ち込んでローパスフィルター清掃を依頼し、仕事の都合で翌々日の23日に受け取り、その足で尾西地区の仕事先へ向かいました。せっかくカメラを持っているのだから、少し寄り道して東海道線稲沢付近で線路沿いの道を走りながら被写体を物色。何か面白いものはないかな~?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

「これ、何?」

車体表記の“ヨ8639”でネット検索したら、既に交友社の鉄道ニュースサイト http://railf.jp/news/2012/05/11/163000.html  に公表されていました。最近はやりのリバイバルカラーでしょうか。たから号をイメージさせる塗装ですが、個人か某施設に売却されて余生を歩むのか、まさか本当に“たから号”が復活するわけでもあるまいし、動向に注目です。情報ツウの方にフォロー求めます。(出札掛)

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2012年5月23日 (水)

161.雪景色に出現する現像ムラ?の処理例 2011/5/23

 駅長様のブログで雪景色の写真は現像ムラが目立ってしまうというお話がありましたが、自分も同感で、原板を見る限りではそんなに目立たないのですが、スキャンした画像ではやはり気になってしまいます。これから、自分が行っている修正方法をご紹介したいと思います。あまり参考にならないかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは修正前の画像です。1980(昭和55)年の冬に撮影した地吹雪の中を行く津軽鉄道の列車です。上と下の部分が白飛びのような状態(とくに下の部分が顕著)になってしまい、悩ましい状況になっています。スキャン時にハイライト調整である程度修正していますが、これ以上やると不自然な感じになってしまったので、これが限界でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 こちらが修正後の画像です。わかりにくいかもしれませんが、上と下の白飛びのようになった部分を修正しました。現像ソフトはPhotoshopではなく、NikonCaptureNX2を使用しています。NX2はグレースケール(白黒)は読み込んでくれませんので、別のソフトで一旦、画像をRGB(カラー)に変換してNX2に読み込ませますます。NX2には修正したい範囲を任意に設定できる便利な機能がありますので、これで範囲を設定した後、なるべく自然に中央部の階調に合うように明るさを調整していきます。面倒臭いといって1回ですまそうとするとかえっておかしな感じになってしまいますので、この作業を少しずつ何回か繰り返します。自分はこの方法で何とかごまかしていますが、ご参考になりましたでしょうか? 駅長様同様、もっといい方法があればご教授いただきたく思います。

(電車運転士)



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160.アルバイトのついで鉄(長野電鉄編)1979/8

 前回のセノハチ編の1号車から少し間が開いてしまいましたが、引き続き長野電鉄編をアップしたいと思います。「しなの」担当のときは長野到着後、そのまま長野運転所までの回送に便乗、車内で休憩、再び回送で長野駅に到着後そのまま業務開始というパターンでした。回送で長野運転所に行かなければ3時間程の自由時間がありましたので、長野駅付近で長野電鉄を撮影することができました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この頃の長野駅は地下化される前で、駅のすぐ近くの踏切からやってくる列車を撮影することができました。1000・1500系の3両編成が進入してきました。渡り線が駅のかなり外方にあるといった配線だったため、左側の線路に到着する列車は逆線運転のような雰囲気になりました。長電の長野駅といえば日本一大きいと銘打って特大の入場券が名物でしたが、今でも売っているのでしょうか?

【1979.8.3 長野~市役所前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ついこの間まで現役だった2000系です。特急から各駅停車までごく当たり前のように運用されていました。最後は登場時のマルーンに戻されたA編成です。まだ冷房化されておらず、屋根上がスッキリとしています。

【1979.8.3 長野~市役所前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 長野電鉄の撮影をひと通り終えて国鉄の長野駅に戻るとEF62牽引の信越本線の普通客車列車が発車待ちしていました。夜行以外はすべて電車化されたと思いがちですが、この頃でもまだ1往復の普通客車列車が残っていました。イベント列車でも何でもなく、これが日常の風景でした。国鉄(JR)の長野駅も北陸新幹線の開業によって大きく様変わりしてしまいました。

【1979.8.3 長野】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 別の日にも同じパターンで長電を撮影していました。長電に嫁いだ東急5000系は2500・2600系として第2の人生を送っていました。東急時代は緑1色で「青ガエル」と呼ばれていましたが長電へ来てからはリンゴカラーに塗られて「赤ガエル」に変身しました。ちょうど長電での活躍が始まったばかりの頃で、代替えとして廃車された1000・1500系以前の旧型車はタッチの差で見ることができませんでした。また、0系OSカーや1100系なども撮りたかったのですが、ラッシュ時のみの運用だったのか、残念ながらついでの訪問では出会うことはできませんでした。

【1979.8.17 長野~市役所前】(電車運転士)



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2012年5月22日 (火)

【アーカイブス】スカイツリーではないですが、煙と何とかは・・・・・

 「駅長さんも、昔は頑張って写真を撮っていたこともあったのね」シリーズの続きである。今度は七尾線ではないが、やはり、雪のシーンである。「なぜ、いま、雪のシーン?」かというのは、最近、スキャンした写真であることに加え、これら写真の一部でフォトショップの使い方の練習をしていたからであるが、その理由は後述する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、この写真。C11が峡谷を走る写真をご覧になって、会津線か只見線かと思われるだろうが、実は違っている。では、どこかといえば、阿仁合線である。


 え、そんな線知らない?確かに現在はない。現在は、秋田内陸縦貫鉄道となっている路線なのである。


 なぜ、こんな辺鄙な路線に撮影に行ったかと言えば、北海道に渡る前の本州側で、ここしか蒸機が残っていなかったからではないかと思う。今にしてみれば、津軽鉄道とか弘南鉄道あたりに何故行かなかったのか、と思うのだが。

 ちなみに、当時の貨物は比立内まで運転したはずで、この写真は萱草と笑内(おかしない)の間で撮影している。現在でもそうであるが、当時もまったくのローカル線で、昼間は6時間ほど列車が無かった。また、この時の比立内行きは雪で視界が閉ざされたため、帰りの列車も同じ場所で撮影している。これは、鷹ノ巣行きの帰りの列車で、下り勾配のため、煙を吐いていない。

 これら写真を撮影した昭和49年の冬頃には、かなりのローカル線しか蒸機が残っていなかったので、非効率を覚悟でいろいろなローカル線に足を踏み入れている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 これは現在は廃止になった瀬棚線(国縫~瀬棚)のサミットの花石~北住吉間での撮影で、ここも最初は吹雪で撮影ができず、2度目のチャレンジである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは失敗作の方。七尾線のみならず、雪の時期の俯瞰撮影には、どうしても吹雪のリスクがあった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 次は、日本一のローカル線といわれた深名線(深川~名寄)である。この路線は、冬季に限り、名寄と朱鞠内の間の列車1往復が混合列車になり、あわせて北海道の中でも指折りの日本離れした、というかなにもない風景に魅せられて、何度か訪れている。これは朱鞠内付近で撮影したキューロクの牽く客車列車である。確か、この客車にはだるまストーブが載せられていたと思うが、撮影するばかりで乗っていないのでわからない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 宗谷本線(稚内~旭川)も、雄大な風景と、C55の牽く客車列車が残っていたので、何度も訪れている。これは問寒別の大俯瞰であるが、ここも雪で何度も痛い目にあっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じようなアングルで恐縮だが、これは勇知でサイロと手前に入れたカット。このアングルも何度も通った成果である。


 しかし、この頃の写真は、山に登ってサイドから撮影したものが、如何にも多い。こうした写真は鉛筆転がしと呼ばれるが、風景写真としては味があるものの、機関車が小さいため、列車写真としての人気はもうひとつである。また、曇った時の俯瞰は、雪のトーンが無くなり、写真そのものが平板となってしまう。
 

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 最後に最北の行き違い駅である宗谷本線抜海での貨物の交換。


 煙と何とかは・・・という言葉があるが、当時はよくもまあ、高いところがあれば登ったもので、今さらながら感心してしまう。


 ところが、今になってこれら大俯瞰写真が大きな問題を抱えていることに悩んでいる。それは、これらの写真がかなりの確率で、微妙な(大きなものもある)現像ムラがあるからである。当時は、現像費を安くあげるのと、モノクロの階調を高めるため、自分で現像していた。現像ムラは、それが理由だろうが、写真屋で現像した中にもあるので、こうした微妙なトーンの写真ではちょっとしたことでムラが出てしまうのだろう。もちろん、かつて引き伸ばしをしている時もこの問題があることは把握していたが、ある程度は覆い焼きなどで対応できたり、紙焼きでは露見しなかったのである。


 こうした現像ムラは、ネガを見てもわからないが、パソコンで見ると大変、よく目立つ。これらはフォトショップである程度修正ができる、筈だが、まだそこまでのノウハウもないし、腕もない。そこで、この前の休日にも見よう見まねでやってみたのであるが、なかなかうまくいかない。


 雪の質感を無視して、ハイライトを高めればムラは目立たなくなるが、写真として単調になる。雪の質感を出そうと思うと、こんどはムラが目立つ。なかには、抜海の写真のように、現像ムラと煙が混在しているものもある、(^^;)


 何とか、こうした写真を修整するノウハウや技術を早く会得したいものである。技術をお持ちの方、ぜひご指導をいただきたい。(駅長)




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2012年5月21日 (月)

関西本線 名古屋(八田)・亀山間電化開業30周年に寄せて

1982年5月17日 関西本線名古屋・亀山間の電化開業を迎えました。(八田までは大垣区の電車の名古屋工場入出場の関係から先行電化されてましたが)

あれから早30年が経ちました。当初新製投入された113系2000番台もすでになく、165系(103系)、213系を経て同線の四代目となる313系に統一されました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1982年5月17日 開業日当日の名古屋駅頭での出発式の様子です。

関西線方面はあまり出掛けることがなく、これ以降しばらく撮影記録がありません。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1982年1月12日 朝明(信)・富田 試9281レ

遡ること5カ月、電化開業に伴う入線試験が実施されました。いわゆる「オイラン列車」です。主要駅で長時間停車していたようで、桑名、上記区間、河原田の3か所で撮影しています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1982年1月12日 河原田 試9281レ

あえて「河原田」の駅名票を入れて撮影したようです。

編成はDD51 714+ヨ6184+EF65 21+トラ74648+オヤ31 12+スハフ14 49

今後のことはわかりませんので、なんとも言えませんが、亀山まで入ったELはこの時のEF65 21だけではないでしょうか。

トラはわかりませんが、いずれも過去帳入りしています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1982年1月22日 長島・桑名 試9281M

「オイラン列車」の10日後に、信号現示確認試験ということで、113系が初入線しています。TcMM'TcMM'Tcと、この地区では珍しい7両編成でした。有効長の関係だったのでしょうか?


メンバーのようにアクティブに活動できないので、思いつくままアップしてみました。(検査掛)




 

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2012年5月20日 (日)

【アーカイブス】データ移行の時間つぶしに

 今日は天気がもうひとつだったので、デジカメのデータを保存してあるハードディスクのデータ移行を行っていた。現在、デジカメデータは2TBのハードディスクと、1TBのハードディスクを2台ケースに入れてRAID1で保存している。その前には、500MBのハードディスクをRAID1で保存していたので、約1.5TBのデータがあることになる。それ以外に、ブルーレイでもバックアップしている。

 ホントはもう少し早く実行したかったが、タイの水害の影響でハードディスクの価格が高騰し、先送りになっていた。その価格も、一頃ほどではないが多少下がってきたし、また、これ以上待っていても劇的には下がらないと思われるので、思い切って作業を進めることにした。

 今回は、バックアップ用の1TBのハードディスクが一杯になったので、これを機にメインの保存であるハードディスクと同じ容量の2TBのハードディスクを購入して、データの整合性を図ることが目的である。


 ここで迷ったのが、データの保存にあたりRAID1で保存するか、シングルモードで保存するか、である。RAID1で保存すれば、1台のハードディスクが故障した場合でももう1台のハードディスクにデータが残る。しかし、ケースが壊れた場合の対応や、故障したハードディスクの代わりとして新しいハードディスクを入れた場合にフォーマットを自動的に行うらしいので、ちょっと心配な面もある。そこで、今回のハードディスクはデータ保存だけが目的であることから、2台をシングルモードで設定して、データを保存することにした。データの移行は2度手間であるが、あとはコピーで保存すればよいし、いざとなればハードディスクを取りだして、1台用のケースに入れればそのまま使用できるはずである。

 データを移行して余った1TBのハードディスクは、これもいっぱいとなりつつあるスキャン用のハードディスクの追加分に使用する予定である。いずれはこれも容量不足でデータ移行を行う必要があろうが、1年ぐらいは使えるだろう。

 データの保存には、これが絶対という方法がないのでいろいろ試行錯誤をする必要があるだろうが、良い保存方法があれば是非ともお教え頂きたい、と思う。


 そんなわけで、自宅にいて時間もあることなので、最近スキャンをしたデータをフォトショップで加工していた。加工したデータは、昭和48年から49年の冬に撮影した七尾線のC56である。またか七尾線か、とか、なぜ今雪の写真、などと言わずにご覧いただければと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 豪雪の中、トンネルを出てくるC56貨物。ホントはトンネルを出てくるシーンを撮りたかったのであるが、雪が激しくなり、トンネルが写っていない。 


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 けして、吹雪の中を走る蒸機の写真を撮りたかったわけではないが、列車の来る時に吹雪になればやむをえない。シャッターを押して、写っているのを願うだけである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 天候が良い時は、俯瞰撮影も行っている。これらの写真は、今は廃線となった七尾線の穴水と能登三井の峠越え区間である。当然、貨物は1日1往復、駅間距離は11kmあるので、この撮影地点は穴水から大体7kmくらいの場所であろう。多分、ヒッチハイクして自動車に乗せてもらっていたと思うが、それにしてもこんな吹雪の時によくもこんな場所まで撮影に行ったものである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは輪島側、能登市ノ瀬と三井の間にある鉄橋。見るからに寒そうな写真であるが、それにしても、よくも何時間もこんなところで列車が来るのを待ったものである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、ずっと七尾よりの能登中島を発車する七尾行きの貨物。ここで長時間停車していたので、列車で追い抜いて撮影ができた。それにしても、この吹雪。線路が埋まってしまっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 流し撮りにもチャレンジしている。動輪に雪がついているということは・・・・。ちなみにこの写真、2眼レフ(どんなカメラか、わかるかな?)での流し撮りである。これは少々テクニックを要する。


 いつもの話であるが、この頃は元気があったし、行動力もあった。それに比べて、天気が悪いと言って自宅で惰眠をむさぼっていては、良い写真を撮影するというのは無理というものだろう。せめて、昔の写真をスキャンすることで、いま、動かないことの言い訳としよう。(駅長)


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159.名鉄沿線に初夏の風景を求めて 2012/5/19・20

 季節は巡って5月も中旬を過ぎ、風景も次第に初夏の装いが濃くなってきました。暑くもなく寒くもなく、鉄活動には絶好の時期ですが、今週末は中途半端な家族運用を強制的に入れられ、1日フルに鉄活動に費やす時間がとれなかったことから、仕方なく近場鉄でお茶を濁すことになりました。出札掛様から国府宮付近の田んぼに水が入ったとの情報をいただいておりましたので、足を運んでみました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、去年取り逃がした石仏~布袋の菖蒲をやっつけてからと思い、現地を覗いてみたところ、道路拡幅工事で見事に消滅、環境はいつどのように変わるかわかりません。毎度のことですが、先送りせずに撮れるときに撮っておかなければという鉄則を改めて痛感させられました。気を取り直して国府宮近辺に移動したところ、出札掛様の情報どおり、ほとんどの田んぼに水が入り、一部では田植えも始まっていました。出札掛様、情報ありがとうございました。

【2012.5.19 国府宮~島氏永】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 このポイントは去年までは2本目の電柱あたりに木が植えられており、列車の後部が綺麗に抜けませんでしたが、今年は田んぼの区画整理が行われたのか、木が伐採され、新たな水鏡ポイントとなっていました。

【2012.5.19 国府宮~島氏永】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 苗の大部分は機械で植えてしまいますが、細かいところは手植が必要なようです。老夫婦が何事か会話を交わしながらその作業を行っていました。何とも長閑で微笑ましい光景でした。

【2012.5.19 国府宮~島氏永】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 翌日は、情報通の方から9004列車の運転情報をいただいていたので、少しだけ参戦してきました。水鏡は以前に撮ったことがあったので、蓮華との組み合わせを目論んでいました。ところが、今年の線路端には姿が見えなかったので、仕方なく水鏡に変更となりました。天気予報どおり曇っていたのと水が濁っていた関係で、条件はあまりよくありませんでしたが、相変わらず熱心な同業者(自分もその一人ですが…)が集結していました。

【2012.5.20 宇頭~新安城】(電車運転士)

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2012年5月19日 (土)

足をかけないでください

【デビュー日・6月1日を記念して、パノラマ回顧】

名鉄パノラマカー展望室の最前席に座ると、いやでも目についたのはクーラーキセに取り付けられた小さなプレート。「~しないでください」と言われると、かえってやってみたくなるのが人間の性ですが、鉄道をこよなく愛する自分は、「車内の風紀を乱すことなどけしからん」と思い続けてきたのでそんな行為をしたことは、たぶん、誓って、ありません(でもクーラーキセ上に腰かけたことはあるよネ)。でも、今に思えば一度くらいは足をかけて

   「ワイルドだぜぇ」←やがて死語

と、やってみたかったですね。・・・中京競馬場に行けば体験できるのかな??


この「足を~」プレート、展望室だからこそのパーツであることから、パノラマカーが引退する前に最前席を占有して撮影しておきたいと思い立ちました。が、最前席の確保など普段でさえ競争倍率が高いので、確実に着席するには始発駅から乗車すればゲットできそうなものを、そこまでするのはなんだか面倒なんですね。→怠慢

思案しているうち、とある日曜日の夜に名古屋へ向かう用事ができました。これはチャンスかな、とパノラマカー運用の列車を選び、最後部車両なら途中駅から乗っても最前(後)席を確保できるのではないだろうかと自宅の最寄駅から乗り込みましたが、狙いはOK!



「はなぶさ」に集まる仲間たち


後ろ向きとはいえ、せっかくベスポジ席を確保できたので車窓の景色も取り入れようと名古屋駅を後にするところを写しましたが。あぁ、リベンジしたい。


実は、このとき出かけた本当の目的はこれを撮影するためでした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

パノラマカーに乗ってパノラマカーの廃回を撮りに行く・・・なんとも複雑な心境です。


土曜出勤の帰宅中、途中駅でパノラマカーに乗車できる機会があり、最後部の展望室を覗いたら件の座席が空いていたので再びプレート撮影に挑もうと陣取りました。窓の景色が雨ににじみ、去りゆく列車をわざとボカす効果を高めてくれました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

それにしても「足をかけないでください」とは、なんだか情けない注意喚起・・・一般大衆車の証しでしょうか。


ところで当ブログメンバーの皆様方なら、レプリカならぬ本物のプレートをすでに所有されていることと存じますが、幾つかお持ちの方、つきましては・・・“工場長様なら確実ですか?”(出札掛)

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2012年5月14日 (月)

158.凸凸凸デキ3重連単機回送 2012/5/14

 昨日(5月13日)の名市交N3000の甲種回送には駅長様・出札掛様のレポートのとおり、メンバーの皆様方も参戦されて、激パの中、それぞれ成果を収められたことと思います。自分はどうだったかというと、せっかくの日がよりによって親戚の法事と重なったため、参戦することができませんでした。昼からしこたま飲んで東名港が大賑わいだった頃には酔っ払って爆睡状態でした。そのリベンジというわけではありませんが、今日(5月14日)の早朝に大江から赤池まで甲種輸送を担当したデキが回送されるということで、どうしようか迷いましたが、結局、参戦してしまいました。今回担当したデキは600型の3重連ということでしたが、今までの自分の記憶にはなく、凸凸凸は初めてのことではないかと思います。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ダイヤを確認すると、三河線と名古屋本線で掛け持ちができそうだったので、まずは三河線へと向かいました。日が長くなったとは言え、5時ちょっとすぎではさすがに露出が厳しかったです。水鏡になったことがせめてもの救いでしょうか?

【2012.5.14 土橋~上挙母】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて豊明付近の定番ポイントへ先回りしました。順光側は平日の早朝にもかかわらず、かなりの数の同業者がスタンバイしておりました。どうしようか迷いましたが、水鏡シルエット狙いであえて逆光側を選択しました。撮り終わってから、こういったレアなネタは記録重視でオーソドックスに順光側へ行けばよかったかなと少しだけ後悔です。

【2012.5.14 富士松~豊明】(電車運転士)

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2012年5月13日 (日)

大盛況!?の 甲47

名古屋市交通局鶴舞線用N3000形第二編成が日本車両から5月13日(日)に甲種輸送されました。同一形式とは思えないほど第一編成とは所々に異なる点が見受けられるようで、詳細は精通している方に委ねるとして、それよりも驚いたのは、名鉄築港線沿いに集まったギャラリーの凄いこと!ざっと100名を超えていたのではないのでしょうか。天気もそこそこの日曜日だから無理もないとはいえ、よくもまあこんなに集まったものですが、尋常ではないですねー。ネタ不足気味の名古屋地区を裏付けているようでもあります。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

薄曇りの笠寺進入を撮影します。このポイントは穴場なのか、ギャラリーは10名近い程度。JR線区では同業者が分散したと思われ、おかげでまったりと。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

名古屋臨海の東港から連結された機関車の先頭には「日本海」風のHMが付けられました。このくらいの遊び心は、ファンサービスの一環としてありがたく受け止めておきましょう。この場所、立ち位置にかなり制約があるため激パでした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

大江から深夜に継走される9003レは、デキ600三重連が豊橋方に連結され金山から赤池まで先頭を務めます。超高感度カメラかビデオ機材等を用いれば走行画像を記録できるのでしょうが、自宅から距離もあることだし、そこまでするのも・・・。


久々のビッグイベントは大盛況でした。現地でお会いした「はなぶさ」メンバーの方々、お疲れ様でした。(出札掛)


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【アーカイブス】名鉄の甲種回想

 本日、名古屋市交通局のN3000形が甲種輸送で豊川から名鉄大江駅に回送された。現在、日進への搬送を待って、大江に待機中のはずである。

 通常、こうした甲種は平日に行われることが多いが、なぜか今回は日曜日の運行であった。そのため、多くのギャラリーが沿線に集まった。当ブログのメンバーでも、3人のお姿が見られた。どうもお疲れさまでした。

 当方は、午前中に所用があったのと、それほど熱心に撮影しようという意欲がなかったことから、笠寺到着から参戦することにした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、笠寺到着を1枚。すぐにクルマに戻り、名古屋臨海鉄道沿線で撮影しようと場所を探しに行ったが、機関車をつけかえて直ぐに発車したため、間に合わなかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 と、いうことで行き先は定番の平面交差に。ここにはギャラリーがしっかりいる。係員の人間踏切の中を、N3000形がしずしずと通過する。なぜか、日本海をイメージさせる甲種輸送のヘッドマークがついている。


 さて、タイトルは【アーカイブス】となっている。アーカイブスなのに、なぜ、今日の写真かと思われる方もあるだろうが、これはダシであって、本来の記事の目的は今から40年近い前の甲種回送の様子をお伝えすることにある。


 以下は、6000系1次車の、多分2度目の回送で、昭和51年11月22日の撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時には、平面交差の道路側ではなく、用地内に入らせてもらい、撮影している。当時のことゆえ、撮影する人はほとんどいないので、まだまだ鷹揚であった。


 旧名電築港からの折り返しは、現在はプッシュプルであるが、当時は名鉄の電気機関車に付け替えて東名古屋港まで輸送した。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、今日の甲種輸送。まわりにはギャラリーが一杯いる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは40年前。当時、このデルタ線部分には架線があった。まあ、歴史を知れば、この区間に架線があるのは当然のことであるが・・・。後ろの工場の樹木が随分大きくなっている。


 東名古屋港からは、現在はプッシュプルの前の機関車が牽引して、大江に向かう。本日は残念ながら、東名古屋港で時間を取りすぎたため、撮影場所に間に合わなかった。すでにケータイを構えたおっちゃんが前にいたため、開き直って同業者も入れて撮ることにした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 6000系の時には、東名古屋港の貨物駅で機関車を600形に付け替えて、大江にやってきている。また、編成も組み直している。

 ところで、築港支線内がDL化されたのは何時からだろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 現在は、駐車場やゴルフ場となっている築港支線の北側は、当時はまだ、貯木場であった。


 理由は不明であるが、この時は機関車をデキ300形に付け替えている。その後、デキ300形が単機で新川工場まで牽引したのであろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは今回のN3000形回送。デキ600形3重連で牽引するが、3重連の牽引は初めての筈である。これはぜひ撮りたいが、残念ながら深夜の運行である。最近の超高感度のデジカメなら、光があるところでなら撮影できるだろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 日進までN3000系を運び込んだデキは、翌朝に豊明まで戻されるはずである。たまたま、昨年秋にN3000系の最初の編成を運んだデキの回送を撮影している。今回は、それよりも条件が良いので、余裕を持って撮影できるだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 とはいえ、当方は機関車だけの回送にあまり興味を感じないので、明日は参戦はしない予定である。(駅長)







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2012年5月10日 (木)

157.アルバイトのついで鉄(1号車 セノハチ編)1979/夏

 桜鉄・GW鉄と鉄活動には忙しい時期が続いたので、しばらくごぶさただった過去ネタを久し振りにアップしたいと思います。一応大学生となった初めての夏休み、鉄旅行の資金稼ぎとしてアルバイトをするわけですが、どうせなら鉄道に関するものに就きたいと思い、アルバイトニュースのページをめくっていたところ、当時、駅の構内食堂や列車の食堂車営業で幅を利かせていたN本食堂の車販の募集が載っており、迷わず応募しました。名古屋営業所の車販の受け持ちは、「ひかり41号」→「ひかり40号」の博多往復、「こだま383号」→「こだま382号」の広島往復、「しなの(朝の名古屋発)」→「しなの(夜の名古屋着)」の長野往復の3パターンでした。「ひかり」の博多往復は折り返しが5時間しかなかったため、鉄活動をするには中途半端でしたが、「こだま」の広島往復は折り返しが8時間と十分な時間がありました。当時の自分の中では広島といえばまず頭の中に浮かんだのがセノハチと広島電鉄、こだまを担当する時は、秘かにカメラを忍ばせて天気のいい日は撮影に勤しんでいました。そのうち、今回はセノハチのEF59を中心にご紹介させていただきます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 荷物列車の後押しを担うEF61の200番代です。老朽化が目立ってきたEF59の後継機として、余剰となりつつあったEF61とEF60のクイル駆動車に白羽の矢が向けられました。EF61からの改造車は100番代、EF60からの改造車は200番代を名乗る計画で、EF60からは一部が改造され、実際の運用についていました。ところが、重連使用には問題があることが発覚し、貨物列車への使用は難しいということで改造は中止され、結局、100番代は幻となってしまいました。すでに改造が行われた200番代は単機使用が前提の旅客・荷物列車の後補機として細々と運用されていました。

【1979.7.27 八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 EF65の一般型の貨物列車が峠を下って来ました。当時はEF65はあまりに日常過ぎてパスすることがしばしばありましたが、この時はたまたまシャッターを押したようです。今思えば、来る列車はすべて記録しておくべきだったと後悔です。

【1979.7.27 八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 153系の低運車です。1975(昭和50)年3月の新幹線博多開業以前は優等列車がおもな活躍の場でしたが、その後はローカル運用が主体となっていました。姫路在住の頃には新快速色に見慣れていたため、久しぶりに見た湘南色の153系は新鮮に映りました。

【1979.7.27 八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 やっと本命のEF59が姿を見せてくれました。限られた時間の中での訪問でしたが、ダイヤの巡り合わせが悪く、この日の収穫はこの1本だけでした。

【1979.7.27 八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 日を改めての2回目の訪問は効率を考えて瀬野としました。貨物列車の後部に連結するため、操車掛の誘導でゆっくりと進んで来ました。前の機関車はEF56からの改造機で、丸型車体と中央に寄ったパンタグラフが特徴でした。

【1979.8.5 瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 2両のEF59が連結のために貨物列車の後部に近づいて行きます。連結が完了してしばらくすると重量貨物列車を力強く後押しして難所に挑みます。

【1979.8.5 瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 前々回の訪問で、午後のEF59後押し列車は1本しか撮れないということが分かったので、3回目となったこの日は一発勝負を承知で機関車ドッカンアングルを狙ってみました。大型の旧型電機のこのアングルはメカニカルな雰囲気が強調されるため、結構好きなアングルです。

【1979.8.10 八本松~瀬野】(電車運転士)


 アルバイトのついでで訪問したセノハチは合計3回でした。本来なら折り返し時間は仮眠時間に充てるためのものですが、天気がいいと悪魔が耳元で囁き、気がつくと線路端に立っているということの繰り返しでした。これまでは割と頻繁に通ったセノハチでしたが、その後は訪れる機会に恵まれず、結果的にはこのカットがEF59の最後の記録となりました。

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2012年5月 6日 (日)

156.GW鉄2012 (2号車 富山へチューリップを求めたら撃沈しました編) 2012/5/5

 このブログをアップしている5月6日はGW最終日、メンバーの皆様方もそれぞれ成果を上げられたことと思います。今年は天気の巡り合わせがあまりよくなく、結果的には一番よかったのは施設担当様が出撃された4月28日だったようです。後半はどうしようかと思い悩んでいたところ思いついたのがこの時期限定のチューリップとのコラボ、天気予報と睨めっこしながら決行の日を模索していましたが、終日バリ晴れになりそうな日はなく、一番まともそうな5月5日と決めました。ところが、4日午後には予報が変わって6日の方はよさそうな雰囲気、5日出撃という前提で家族運用などの段取りをしてしまったため、今さら予定を変更することもできず、深夜の国道156号線経由で富山県方面へ向かいました。なお、今回は出札掛様をお誘いしましたが、ハードな撮影スケジュールだったのにもかかわらずお付き合いいただきましてありがとうございました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 国道156号線の岐阜県側はまずまずの天気でしたが、富山県側に入るといきなりの雨模様となり、一気にテンションダウンとなりました。ウォーミングアップを兼ねて臨時列車となった「日本海」を狙いましたが、5時40分過ぎの通過15分くらい前までは小雨がパラついて、まともな写真が撮れる状態ではありませんでした。ところが、通過の10分くらい前から急速に雲が切れ始め、施設担当様のような完璧な状態とまではいきませんでしたが、ここまで持ち直しました。>

【2012.5.5 西高岡~高岡】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 本命のチューリップを目指し、北陸道で魚津方面へ向かいました。この間に天候も回復し、条件もどんどんよくなってきました。出札掛様が事前に仕入れた情報によると線路際に菜の花畑が出現しているとのことだったので、ちょっと寄り道してみました。ここは富山地鉄とJRが完全に並行している区間なので、掛け持ちができます。グレーとオパールホワイトにシンカシャーレッド帯の地鉄色を期待しましたが、やって来るのはカボチャ色の京阪車ばかり、ちょっぴり残念な結果となりました。

【2012.5.5 浜加積~早月加積】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 肝心のチューリップですが、それらしい場所を探してみましたが、どこにも見当たりません。どうも時期が遅かったみたいで、4月中旬からGW前半までには訪れないといけなかったようです。撃沈のチューリップでしたが、気を取り直して新潟県にちょっとだけ足を伸ばし、市振の日本海バックの俯瞰ポイントへ向かいました。この頃には完全にピーカンとなり、海の色も申し分なく、ほぼ100%の条件で北陸本線の列車を撮ることができました。

【2012.5.5 越中宮崎~市振】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 往生際が悪いといわれそうですが、ひょっとして見逃した場所があるかも知れないと思い、市振の俯瞰の後ももう一度入善あたりを探してみましたが、やっぱりダメでした。天候の回復とともに立山連峰も徐々に姿を見せ始めたので、水鏡といきたかったところでしたが、断続的に風が吹いた関係で、情けない結果となってしまいました。

【2012.5.5 入善~泊】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 チューリップは無理とわかったからには見え始めた立山連峰をメインに変更し、状況が変わらないうちにと黒部付近の富山地鉄でとりあえず押さえておきました。ここにいた30分ほどの間に4本の列車を稼ぐことができましたが、この列車を撮影後、稜線に雲がかかり始め、あっという間に条件が悪くなってしまいました。

【2012.5.5 経田~電鉄石田】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 夕方近くに条件がよくなる超有名ポイントにも立ち寄ってみました。本当なら背後に立山連峰の雄大な山容が見えるはずでしたが、完全に雲と霞の中、またまた新たな宿題がたまってしまいました。北越急行の683系は帯も太く、JR西日本の車両よりも写真写りがいいなと感じました。

【2012.5.5 東富山~水橋】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 下りの「トワイライトEXP」は山も見えないことだし、編成写真を撮ろうということで、呉羽トンネル上のポイントに移動しました。呉羽山の周辺は北陸新幹線の工事が佳境に入っており、呉羽山からの俯瞰など以前に撮れたポイントが消滅したりかなりの制約を受けるようになってしまったようです。

【2012.5.5 呉羽~富山】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 時間潰しにもう少し粘っていると運よく国鉄色の475系が来ました。実は、朝の菜の花畑で撮っていた時に時刻表の判断ミスで撮り逃がしてしまい、悔しい思いをしていました。運用を把握していたわけではなかったのですが、リベンジできてよかったです。

【2012.5.5 呉羽~富山】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 せっかく富山まで来たということとUターンラッシュで高速も渋滞するだろうという理由から、まだ見たことがなかった環状線のCENTRAMで時間を潰してから帰路につこうということで、富山城址をバックに撮影できるポイントに立ち寄りました。ひととおり撮影後、夕日ギラリが撮れないものかと、一旦、出札掛様と別れて安野屋電亭まで歩きました。行ってみてビックリしたのは、富山大橋が新橋に架け替えられ、それにともない市内線の線路も複線・センターポール仕様で移設されていたことです。恥ずかしいことですが、事前の勉強不足もあってまったく知りませんでした。現地へ赴くと夕陽がちょうどいい位置に沈もうとしており、偶然とはいえ、自分としてはかなり満足のいく結果となりました。

2012.5.5 安野屋~新富山】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 陽が沈み、周囲が暗くなると富山城址がライトアップされます。以前から、環状線のこの場面はバルブしてみたいと秘かに思っていました。ほぼイメージどおりの写真を撮ることができ、宿題のひとつをクリアすることができました。

【2012.5.5 国際会議場前】(電車運転士)

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連休2日目

 調子づいてしまいました。翌29日のご報告をいたします

やっぱり国鉄型狙いになってしまいます。しかし、西日本は地域色とかで単色化が進められており、見慣れた塗り分けに比べのっぺりとした印象、というか違和感を覚えます。と言いながら、追いかけてしまう自分がいるのですが・・・・


 いきなり最初に113系の3色混合が登場しました。これは幸運なのか?緑+緑も見かけたので確実に塗り替わっていることがわかります。湘南色同士の併結の方が貴重かもしれません。



「はなぶさ」に集まる仲間たち



 117系の緑にも出くわしました。見比べれば一目瞭然、こんなの嫌だ!と言いたいところです・・・・、としっかり記録。


「はなぶさ」に集まる仲間たち





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 こちらへ出掛けた理由はこれです。米原へ来なくなって不便になりました。その代りにバラエティーに富んだ国鉄型電車が撮れたのですが。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




 この後は、黒の単色を撮りに行くのが順当なコースかも知れませんが、前日の疲れもありとても頑張れませんでしたので下道で帰路につきました。










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2012年5月 4日 (金)

連休スタート

 毎年大型連休はいつどこへ行こうかと迷いますが、JHの渋滞予想を眺め今年も初日に遠出することにしました。それも毎度変わり映えしない行先ですが、行けるときにいかないと後悔するからと自らを納得させています。


 先ずは有名撮影地へ向かいました。橋の上から待っているとこの色がやってきました。休車になったと思い込んでいたので得した気分になれました。なお目玉は割愛します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち





 下から反対方向の下り列車を狙いました。長い貨物だと後方がカーブで切れてしまいますが、来たのはほどほどの両数で牽引機もEF81と満足できました。この日の収穫はEF510が幾分少ない感じだったと思います。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




 高岡地区で逃してならないのはDE10の貨物。連休初日の土曜なので午前の1往復はあるだろうと踏んでいましたが、午後便も運転があり2往復とも撮れました。合間に氷見・新湊線の運転も確認できました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




 昨年も夕方になると6連になっていたことを思い出し、また同じ場所で淡い期待をして待っているとやってきました。混色好きにとっては、何度か通うことになりそうです。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




 今回は気動車はさらっと済ませました。朱色やハットリ君も見かけましたが、メインはまだあの暗い赤色で燃えてきません。でも少なくなってくるときっと追いかけているのでしょう。

 みなさんのように絵画的素養もなく拙いものばかりですが、今後も近況報告の場として利用していこうと思います。






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暇 -ひま- 

GWに突入したものの、どこかへ遠出するなんて「どうせ混むだけ」なのでその気もなく、おまけに28日は出勤日(→マジメに一日デスクワーク)、さらに家内がGW目前に風邪をこじらせてプチ看病の数日間。おかげでGW気分なんてどこ吹く風ですわ。

振り返れば、3~4月は葬式鉄、桜鉄と普段より密度の高い鉄活動が続いたので、このへんで鉄活動を抑えておとなしく家内の看病兼ねて少し一服、と思っていました。


・・・しかし、やっぱり我慢は体に毒ですね。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

30日(月)の昼間に某ブログを見ていたら、美濃太田のツートン単コロ・キハ40-6309がキハ48をお供に車両区の庫外で出区待機中のような画像が載っていました。んっ、もしかしたらと名古屋工場入場回送のスジを追って一か八かでスクランブル発進し、稲沢まで車を走らせた結果はご覧のとおり大当たり。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

PF牽引で密かに注目を浴びている東海道下り貨物5087レは、4月26日に発生した函館貨物駅構内での輸送障害の影響によりこの日は5時間遅れで運転とのこと。また牽引機には原色が充てられているよう。稲沢近辺なら上述のキハ入場回送から30~40分差で撮影出来そうなので、ヒマに任せて場所を変えてしばし待機。事前情報ではオール空コキなので写す価値なしか、と嘆くも数年後になって後悔せぬようにシャッターだけは切っておきました。でも「つまんねぇ」写真。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

この際だからもう少し粘り、中央線3084レから継走される75レも狙いました。ウヤ覚悟と思っていたらこの日は運転されたのに加え、原色機が重連先頭に立ってラッキーでした。天気が芳しくないですが、贅沢言えません。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

5月1日(火)の出勤日は仕事も少なく開店休業状態。ヤボ用を済ませようと営業車で移動中、名鉄本線の国府宮ー奥田で小さなレンゲ畑を目にしました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

レンゲを軽く撮影した後、移動中に時計を見るとEF64の赤坂石灰運用8784レの接近時刻だったので、たまたま通りかかった前日の撮影地に少しだけ寄り道しました(←意図的?)。アウトカーブから面白く撮れる反面、背景はいただけませんね。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

EF64を写すときは、神出鬼没の原色や岡山色の特定色機でも現れてくれればラッキー、とあえて事前調査もせずに“その時のお楽しみ”で訪れることが多いです。運試しを楽しむ感覚でしょうか。そうは言いつつも、特定色機の目撃情報を入手すると、都合がつけばその運用を追って出かけてしまうのは悪い癖。画像は、岡山色が赤坂石灰運用に入った3日(木)の8784レ。


う~ん、やはりどこかへ遠征したくなってきますね。(出札掛)





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