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2012年4月

2012年4月30日 (月)

155.GW鉄2012 (1号車 飯田線 萌え萌え新緑編)2012/4/29

 今年もGWがスタートし、すでに前半戦が終了しましたが、メンバーの皆様方もそれぞれにご活躍のことと思います。駅長様は海外鉄にお出掛けでしょうか? 初日の28日は全国的にバリ晴れだったのに家族運用+眼科の定期検診、30日も家族運用と、決行するなら29日しかありませんでした。ところがこの近辺ではネタ的に興味をそそられるものもなく、イマイチ気が乗らない感じでしたが、天気も何とか持ちそうだったので、ちょうど萌え萌えの新緑の頃を迎えている飯田線に出掛けてきました。119系が引退したばかりで、車両的には面白くも何ともない状況なので、同業者の姿はなく、喧騒から逃れて自分のペースでマッタリと鉄するにはもってこいの条件でした。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 高速代節約のため、国道19号線から256号線清内路峠経由で飯田に出ると上々の天気、中央アルプスもくっきりとした姿を見せていたので、とりあえず、国道153号線を北へ向かいました。現地到着は6時20分、一発目は線路端に寄って木曽駒ケ岳バックのポイントで列車を待ちました。来たのは213系の5000番代、中央本線時代はまともな走りを撮ったことがありませんでしたが、初めてそれらしい記録ができました。


【2012.4.29 田切~伊那福岡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 長野色の115系です。この車両もいつまで活躍が続くのでしょうか? 実は、水鏡を期待して風が吹かない早朝勝負のこのポイントに向かったのですが、どの田んぼも茶色い土のままでした。一昨年行った時はGW後半の時期でしたので、微妙にタイミングが早かったみたいです。幸いにも同業者がいなかったので、ギリギリまで下がって中央アルプスをできるだけ大きく取り込んでみました。


【2012.4.29 田切~伊那福岡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 河原に降りて、中田切川の清流と中央アルプスの組み合わせを狙いました。2月に訪れた時はもっと下流側に位置取りをしたので、山と列車が小さくなって存在感が薄れてしまいましたが、今回はもう少し上流側にもせせらぎが入るポイントがあり、少しは山と列車を大きくすることができました。


【2012.4.29 田切~伊那福岡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 水鏡が撃沈では長居は無用ということで、もう一つの候補地である七久保の北側のポイントへ移動しました。ところが、ここも期待に反して水の入った田んぼは皆無、仕方なく定番アングルで1本稼ぎました。


【2012.4.29 七久保~伊那本郷】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 諦めきれずに七久保の南側へ様子を見に行ったら、1枚だけ水の入った田んぼがありました。田んぼの横幅が狭かったため、山とのバランスを考慮しながらポジションを決め、列車が来るのを待ちました。しかし、それまで無風だった状態から微妙に風が吹き始めて水面が波打ち、水鏡が厳しい状態が続きました。都合、4本の列車でチャレンジしましたが、とりあえず、一番まともな1枚をアップさせていただきます。こんなことなら、早朝の無風状態の時に一発目はここで決めればよかったと後悔です。


【2012.4.29 高遠原~七久保】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 タイトルの新緑とはあまりが関係ない画像が続きましたので、このあたりで本題に進みたいと思います。中央アルプスと水鏡は早々に撤収して、七久保から平岡に向かいました。その途中で、なぜか30年以上前の旧国時代に撮った唐笠のポイントが頭に浮かび、時間的にも余裕があったことから、ちょっと寄り道してみることにしました。ひょっとしたら、木々の成長で消滅しているかもしれないと思いつつも現地にたどり着いたところ、ポイントとしては健在でした。列車は顔だけしか見えませんが、萌え萌え新緑の天竜峡真っ只中といった光景に大満足でした。


【2012.4.29 唐笠~金野】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 当初から予定していた平岡の定番ポイントです。去年の紅葉シーズンに続けての訪問になりますが、新緑萌え萌え状態も悪くない感じでした。ちょっと気になったのが、徐々に成長しつつあった線路下の木の先端がとうとうレール面近くまで到達し、近い将来ヤバイ状況になりそうな雰囲気です。手遅れになる前に早めの訪問をお勧めします。


【2012.4.29 平岡~為栗】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 国道153号線から温田へアプローチする県道から見えた風景が結構いける感じだったので、平岡定番ポイントの後に立ち寄ってみました。天竜川は入りませんが、初夏の山里の雰囲気を感じることができました。


【2012.4.29 為栗~温田】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 天竜峡を望むことができるお馴染のポイントで、今回メインに考えていました。先回の訪問は冬枯れの時期だったため、新緑の頃の再訪を企んでしました。萌え萌え新緑の天竜峡、ほぼイメージどおりの風景を撮ることができました。


【2012.4.29 千代~天竜峡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 紅葉シーズンに検査掛様がアップされたポイントです。順光になるのは午前中の早い時間帯ですが、この頃には薄雲が広がり、太陽の光が弱くなった関係で、逆光はあまり気になりませんでした。手前の枝をクリアするため、巨大脚立を使用しました。


【2012.4.29 千代~天竜峡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 目先を変えようと思い、天竜川の河原から鉄橋を狙ってみました。千代の駅から小径に従って進むと河原に降りることができます。行ってはみたものの、思ったより川に変化が少なく、平凡な感じになってしまいました。この写真を撮ったのは16時過ぎ、時間的にはまだ十分撮れる状況でしたが、しっかりと曇ってしまったため、この列車を最後に撤収しました。


【2012.4.29 千代~天竜峡】(電車運転士)

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2012年4月26日 (木)

サクラとナガラ

長良川鉄道線の沿線には、ほぼ全線にわたって桜の木が植えられているうえに桜前線も線路に沿って北上していきます。つまり同鉄道線では2~3週間にわたって何処かで必ず満開の桜が楽しめるわけですね。桜鉄の初心者や確実性を求める人、または桜鉄を欲張るカメラマンにとっては好都合の路線ではないのでしょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

関下有知駅にある桜の木は、かなり見応えのあるボリュームにまで成長してきました。やがて現れた上り列車は偶然にも1両1形式の白い塗装で希少価値ナガラ200形が充当され、満足のいくシーンをものにできました。【2012年4月15日 14:35】



「はなぶさ」に集まる仲間たち

その折り返しを富加駅で狙います。桜の時期に同駅を訪れたのは初めて。駅の周りにそこそこ咲いているのは知っていましたが、ややまとめにくいですね(違う、腕が悪いだけ)。夕方近かったので、駅の西端から見事な大木に的を絞って下り出発を撮影。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

1週間後、どうやら桜前線は郡上八幡を超えて一気に北上したようです。21日早朝、まず、電車運転士様が15日に訪れたホテル郡上八幡の桜並木を目指しました。ブログの画像を見て、ちょうど今が満開ではないかと期待していたら早くも一部は散り始めていました。今年の桜はどこも短命です・・・。列車通過の前後数分間だけ陽が差してくれました。しかし側面の「岐阜国体」宣伝が目立つよ~。【2012年4月21日 7:08】


この日はウオーキング大会の開催に伴い、美濃太田から臨時列車が郡上八幡まで運転されるので撮影本数が稼げます。しかし午後から天候悪化が予想されるのと、このところ毎週桜鉄ばかりしてきたので、今回は控えめにして昼過ぎには帰宅する約束をしました。そのため、限られた時間にできるだけカット数を稼ごうと撮影場所は郡上八幡の前後と決めていました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち



「はなぶさ」に集まる仲間たち



「はなぶさ」に集まる仲間たち

自然園駅近くの桜並木が気になったので、ここで何本か撮ってみました。ここの桜もすでに散り始めて風が吹けば花吹雪状態でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ウォーキング臨をホテル郡上八幡にて。車窓を楽しんでもらうためでしょうか。桜並木に近付いたら速度を落として徐行のサービス。ただ、曇ってきたのが残念。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

山田~自然園前では長良川の清流もアングルに入れて長閑な風景を。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ラストカットの名残桜は、12時過ぎに発車する臨時列車と郡上八幡駅南方の1本桜とのコラボです。この桜も満開の時を過ぎ、散り初めていました。


郡上大和まで足を伸ばせば随所で満開の桜並木を楽しむことができたかもしれませんが、来年以降のお楽しみにとっておくことにして今年の花見はひとまず終了。皆様のブログ記事のおかげで、来年の目的地はかなり迷いそうです。(出札掛)





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【アーカイブス】懐かしい光景

 これは以前お見せした、タイ・カンチャナブリに並ぶC56である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 このシーンが妙に懐かしかったのであるが、その思い出のシーンをようやく見つけだした。それがこの写真。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 昭和48年9月に七尾線でC56重連臨客が走った時の輪島駅である。この時は、C56重連でお座敷列車を牽いて、輪島に早朝に到着し、ここの転車台でC56 2両の向きを変えた。テンダに切り欠きのあるC56は、斜め後ろから見るとその特徴がよくわかるが、簡易線用の機関車だけあって、現役時でもなかなか2両揃うシーンを見ることができなかった。そうした珍しいシーンに40年近い歳月を経てあうことができたのである。


 駅の停車シーンもなんとなく似通った雰囲気が感じられた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはカンチャナブリ。戦場にかける橋の映画でお馴染みのクワイ川鉄橋への最寄り駅である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、同日の輪島駅。うむ、似ているというのはちょっと強引、かな。(^^;)


 最後に、この日に撮影したC56重連の爆煙写真。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 西岸を出て、小さな峠にかかるところである。前記のように、C56は簡易線向けの機関車であるところから、重連で運転すると橋脚などが荷重に耐えられないため、重連運転は珍しかったはずである。もっとも、指宿枕崎線のお召しといった例もあるので、意外にあちこちで見られたのかもしれない。(駅長)




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2012年4月25日 (水)

【アーカイブス】40年前の高山線

 電車運転士さんと出札掛さんの写真を見て、40年前の高山線の雰囲気はどうであったのか確かめたく、当時のネガをスキャンしてみた。

 

 昭和40年代の最後の頃、北陸と名古屋を何度も車で往復する機会があり、若干であるが高山線を撮影している。今にしてみればなんとも勿体ない話であるが、当時はキハ58などはどこででも腐るほど撮れた(来ても撮らなかった)ので、撮ったとしても、当時、1往復だったキハ82系のひだや名鉄からの乗り入れの北アルプスを狙うぐらいであり、それほどのストックがあるわけでなない。とはいえ、当時の高山線の写真は少ないだろうから、限られたカットは結構、貴重な記録になっているかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 例えば、こんなカット。渚の鉄橋を行くのりくらである。貴重でしょう・・・・・とは、いえないなぁ。この後、何年、このような風景だったのか。まあ、非冷房車が連なっているので、かなり前の写真であることはわかるが・・・。(^^;)


 次は、当時は鼻にも引っかけなかった普通列車。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 キハ55にキハ17系が連なっていて、今にしてみればキハ58系の急行よりも貴重に思える。場所は、金山と焼石の間のお立ち台。今と違って、木が伸びていないので、当時は延々と撮影できた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、上記写真の手前の有名な金山ダムサイト。ここは国道から手軽に撮影できるので、当時も撮影している。これも急行のりくらであるが、非冷房車にキハ55系が連なっているので、少々前の写真であることがわかる。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 キハ8000系の北アルプスは、当時でも珍しかったので、さすがに何度も撮影している。この風景は今も変わらないだろうが、走る車両はすっかり面白くなくなってしまった


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 上記2点は、いずれも小坂と渚の間の鉄橋である。このあたりもキハ82系が残っている時には何度も撮影に訪れたが、さすがに近年はご無沙汰である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 残念なのは、キハ90系を数カットしか撮影していないことである。中央線で何度も撮影していたからだろうが、今にしてみればチャンスは何度もあっただけに、如何にも残念である。まあ、あるだけでも良いとすべきなのだろうが・・・。

 ところで、この撮影地、下油井と金山の間と思うが、その後、このアングルで撮影していない。工場か何かが建って、撮影できなくなっているのだろうか。


 当時は高山線のついでに、廃止となった神岡線も撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 後に、有名撮影地となった西漆山のあたりかな。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これら写真は、いずれも国道41号から手軽に撮影できる場所ばかりである。神岡あたりの駅の雰囲気を撮影していればよいのだが、こうした写真は1枚もない。多分、興味がなかったのだろう。何度も繰り返すが、今にしてみれば、悔いが残るばかりである。(駅長)



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2012年4月23日 (月)

154.今年もやって来ました工臨の季節 2012/4/18

 情報通の方から第1弾の名鉄工臨情報をいただき、「今年も本格的シーズンがやって来たんだなぁ」ということを実感しました。今年は桜の時期にはタッチの差で間に合いませんでしたが、せっかくいただいた情報なので、早速4月18日に朝練を行ってきました。この日は9004列車(金山→矢作橋)と9003列車(西枇杷島→犬山)がダブルで運転される予定となっていましたが、運転頻度が低い9003列車を選択することとし、いつものように自宅から自転車で撮影ポイントに向かいました。

 先日アップした明知鉄道と下呂付近の桜とは日付的に順番が逆になってしまい、鮮度落ちの感は否めませんが、どうかお許しください。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 毎度お馴染みのデキ300先頭のホキ編成です。予想どおり、朝日がまだ昇り切っておらず、露出的にはちょっと厳しかったです。もう少し手前まで引っ張りたかったのですが、バックに白い車が写り込んでしまうためこれが限界でした。そのせいで後部のデキ600が電柱に引っ掛かってしまいました。もう少し慎重に場所を選べばよかったと反省です。

【2012.4.18 上小田井~西春】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 工臨撮影後、近くの畑に菜の花が植えられているのを発見、「工臨はこっちで撮るべきだったかなぁ」と後悔したものの後の祭りです。太陽が昇って列車にも陽が当たるようになってきたので、行き交う列車を適当に撮影して、上小田井からいつもの出勤列車に乗車しました。

【2012.4.18 上小田井~西春】(電車運転士)


 桜の後は、蓮華草・水鏡と季節感が変化していきますが、移り行く季節の中で、今シーズンのデキ達はどんな表情を見せてくれるのか、今から楽しみです。

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2012年4月22日 (日)

落合川の桜

電車運転士様、出札掛様の桜鉄に再び触発され、午後出勤の19日、落合川に向かいました。今回は、前日に某HPに15日撮影のものがアップされていたので、桜の開花状況がわかっておりましたし、出発時自宅周辺は曇っていましたが、天気予報では岐阜県は晴れの予報でしたので確信をもって出発しました。

当初は長野の115系が運用されている822Mに間に合わせるつもりが、現地周辺で道に迷い間に合いませんでした。

本命は50分後の3088レ。昨年電車運転士様が3084レをアップされたダム湖バックのお立ち台で待っていると、満開の桜をバックにやってきたのは1050号+101
4号の国鉄色重連!思わず手が震えそうになるのを必死にこらえ、なんとかゲット。

ホッと胸をなでおろしていると、地権者らしき婦人が現れ、「ここは立ち入り禁止です。ロープが張ってあるでしょう。」と言われました。確かに下の道との境にはロープが張ってあり、立札も立っていたのですが、山側から降りてきたため、そのことにはまったく気が付きませんでした。丁重に謝って、もう一人いた同業者とその場を立ち去りました。というわけで、ここはもう撮影できません。

さて、気をとり直し(といっても3088レはゲットできたので本人的にはOK)て、115系の折返し、829Mを撮るべく場所を探します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

中津川・落合川  829M(10:12頃)

ダム湖沿いの桜は少々ボリュームがなくなりますが、後ろの小山に咲いていて満足です。ただし、左側には家が建っており、これ以上振れません。

この後、明智鉄道へ行きましたが、こちらは昨年の電車運転士様の作品を研究せずに行ったため、阿木、東野の辺りをうろつくも、あまりいい結果を残せず、再び3084レ狙いで落合川に。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

中津川・落合川  3084レ(13:15頃)
お立ち台は無理でも、道からなんとかゲット。今度も先頭は国鉄色の1012号機で、中央線に来て正解だったかな。


次の午後出勤は明日23日ですが、雨の予報、その次の25日まで、山の桜はもつでしょうか。(検査掛)

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153.桜鉄2012 (6号車 明知鉄道と高山本線編) 2012/4/21

 先週末で平野部の桜鉄はほぼ終了、次は山間部の桜鉄をと意気込んでいましたが、天気予報では21(土)・22(日)は曇りまたは雨とパッとしない状況、この2日間はスキャン漬かと半ば諦めていました。20日(金)の天気予報を確認すると22日(日)はともかくとして21(土)は多少好転の雰囲気、それも北へ行くほど晴れ間が期待できるという状況になっていたので、ダメならさっさと撤収すればいいや的な軽い気持ちで明知鉄道へ車を走らせました。名古屋の自宅を出た時は予想どおりのドン曇り、こりゃ今日はハズレかと思っていたところ、内津峠を越えると雲が切れてお日様が顔を出しており、現地に到着した時には暖かな日差しが迎えてくれました。この日は愛知・岐阜の県境付近を境に天気の明暗が分かれたようです。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 去年の宿題となっていた花白温泉の枝垂れ桜と山岡~野志の山桜をクリアすべく現地を覗いたところ、両方とも花がまったく付いていない状態、これでは話にならないということで、急遽ポイントを山岡に変更しました。山岡には結構立派な桜があり、それなりにごまかすことができました。


【2012.4.21 山岡】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 阿木周辺の桜もそれなりに咲いていたため、3月に新規開拓した俯瞰ポイントへ行ってみました。もう少し桜の本数が多いければと思いましたが、山里の春の雰囲気は感じることができました。


【2012.4.21 阿木】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 列車間合いに阿木の構内をウロウロしていたら明知寄りの真後ろに伐採地が見えていたので、ひょっとしたら撮れるのではという淡い期待を持って登ってみました。確かに阿木の駅を見渡すことはできましたが、距離が遠く、300mm相当でも厳しい状況でした。アップした画像はかなりのトリミングでごまかしていますので、600mm相当が必要かと思われます。


【2012.4.21 阿木】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 阿木~飯羽間と岩村~花白温泉に点在している山桜は撮れる状況にはなっていなかったため、ロケハンがてら今まであまり撮ったことのない東野方面へ行ってみることにしました。沿線の他の駅に比べて標高が微妙に低いため、桜は落花盛んの状態でしたが、何とか撮ることができました。(巨大脚立使用、普通の脚立でも可)


【2012.4.21 東野~飯沼】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 少し飯沼方面の山間に入ったところに山桜が咲いていたので、線路端から狙ってみました。この頃になると薄雲が広がり、ちょっと光が弱くなってきましたが、ここは晴れればモロ逆光ポイントなので、かえってよかったかもしれません。


【2012.4.21 東野~飯沼】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 東野には大きな桜の並木がありますが、老人ホームの立派な建物が併設されており、まとめるのには難しい状況で、結局、恵那方面から入線してくるところを待つこのポイントが精一杯でした。うまい具合に風が吹いて一応桜吹雪になりましたが、実際の画像ではイマイチわかりにくかったです。


【2012.4.21 東野】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 天気予報では午後から曇ってしまうということだったので、この日は明知鉄道だけで撤収しようかと考えましたが、天気が持ちこたえそうだったのと出札掛様から下呂付近の桜がちょうど満開という情報をいただいていたのを思い出し、ダメ元で中津川から舞台峠を越え、下呂方面に向かいました。いただいた情報どおり、定番ポイントの桜は満開でした。ここは昨年・一昨年と2年連続で足を運びましたが、時期が遅かったり、花の付きが悪かったりで、宿題として残っていました。おかげさまで2年越しの宿題を片付けることができました。(脚立未使用)


【2012.4.21 焼石~下呂】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 オレンジツートンのキハ48は19日(金)の古川祭りの臨時列車に運用され、その後変運用になり、運用が読めない状況でした。ひょっとしたら来るかもしれないという淡い期待のもとに待ちましたが、結局、この日は美濃太田で1日お休みだったようです。


【2012.4.21 焼石~下呂】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 一昨年、国道の対岸から俯瞰できるポイントを見つけましたが、この時は花の付きが悪かったため、ここも宿題となっていました。ところが、現場へ着いたところ、何とこの2年の間に雑木が成長して撮れなくなっていました。諦めきれずにどこか他に撮れるポイントはないものかとウロウロした結果、ここに落ち着きました。国道沿いの桜並木をアップしたアングルは何か中途半端な感じがしたので、思い切って中腹に咲いていた山桜を入れてみました。


【2012.4.21 焼石~下呂】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 陽が下流側に回る時間に定番ポイントに戻りました。今度はできるだけ桜をたくさん入れたいと思い、ピンポイントで列車が抜けるアングルを狙ってみました。少しでも風が吹くと枝が揺れて列車にかかってしまうリスクを抱えていましたが、幸いなことに最悪の状況は避けることができました。(巨大脚立使用、普通の脚立不可)


【2012.4.21 焼石~下呂】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 山桜を期待して最後は飛騨金山~焼石の定番ポイントに向かいました。山桜はあるにはありましたが、数が少なく、ちょっと残念な結果に終わってしまいました。ここも両側の杉の木の枝が徐々に伸びており、年々見える範囲が狭くなっています。以前は横構図でも余裕だったのが、最近では横構図はちょっと苦しい状況になりつつあります。


【2012.4.21 飛騨金山~焼石】(電車運転士)

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2012年4月21日 (土)

【アーカイブス】35年前の桜鉄

 天気予報の通り、今日は曇り。薄日も差したので、条件的にはまったく悪いとは言えないが、とはいえ桜はやはり晴れた時に撮りたいので、当初から曇りが予想される時にはどうしても出動の意欲が萎える。

 まあ、こんな日は時間の許す限り、スキャン三昧である。ちょうど、今日は鉄道雑誌の発売日。それらを購入し、本を読みながら(というほどの記事が無いのが残念だが)、スキャンをすることにした。


 今日、お見せするのは、昭和52年の桜鉄である。名古屋に戻って初めての本格的な桜鉄をした年で、以後、桜鉄は春の恒例行事となっていく。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、この写真。場所はわかるだろうか?

 今はもっと家が密集し、さらに桜も切られてしまったので、このアングルでの撮影はまったく不可能となっている。豊川線かと思われる方もあるかもしれないが、違う路線である。

 続いては、以前、ご覧にいれたかもわからないが、瀬戸線のある駅。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 栄町乗り入れ以前は、こんな長閑な雰囲気漂う駅であった。

 以後、カラーはスキャンしていないので、モノクロの写真から。まずは、笠松。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さすがに35年前ともなると、木の大きさや花の勢いも違っている。

 また、現在は駐車場となっている線路と道路の間も当時は田圃だったように思う。競馬場への通用路に停まっている車が若干うるさいが、こんなアングルでの撮影が可能だった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 なぜかわからないが、金山橋でもこんなアングルで桜を狙っている。もう少し、他に撮る場所もあったように思うが、不思議である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に、桜鉄ではないが、春らしい写真と言うことで、お気に入りの写真を1枚。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 場所は、お馴染みの揖斐線尻毛である。なぜか、この年は菜の花が綺麗に植えられ、綺麗な構図で撮影できた。この場所には、この後、30年近くに亘り、訪問することになるが、こうした雰囲気で撮れたことはない。(駅長)



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2012年4月19日 (木)

152.近鉄10100系の引退興行 1979/夏

 今シーズンの平野部の桜は咲くまでには時間がかかったものの、満開の時期が短く、メンバーの皆様方も桜鉄には苦労されたのではないでしょうか。今度の土日は山間部の桜は見頃のようですが、予報では天気がイマイチのようで、出動するかどうか微妙な感じになっているのは残念な状態です。というわけではありませんが、久々に過去ネタをアップしたいと思います。桜とはまったく関係がありませんが、以前に駅長様もアップされていましたが、自分の中での順番が回ってきたので、近鉄10100系の引退興行をご紹介いたします。引退前年の1978(昭和53)年の春に10100系の3重連運転が初めて実施された後、GW・夏・秋のシーズンにも継続されましたので、引退が決まった1979(昭和54)年の7月22日から8月5日の間に実施された10100系のさよなら運転には、当然といえば当然ですが、期待どおりの3重連運転が実現しました。真夏の暑い時期でしたが、都合のつく限り名古屋線や山田線沿線に出向き、10100系の最後の雄姿を記録しました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後の普段姿も残しておきたいと思い、さよなら運転が始まる直前にも名古屋線沿線に出向きました。B・C編成は割と簡単にゲットできましたが、本命のA編成はそうは問屋が卸してくれませんでした。数少ないA編成のうちの1枚です。久しぶりに10100系の写真を見ましたが、子供の頃に見たのりもの図鑑に私鉄特急の代表として載っていた名鉄パノラマカー・小田急NSE・東武DRCも合わせて思い出してしまいました。
【1979.7.1 伏屋~戸田】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 合間に来た2250系です。元大阪線の特急車ですが晩年は名古屋線の急行運用がおもな仕事でした。3ドアに改造されたものの車内にはクロスシートが残り、6両編成で疾走する姿は往年の勇姿を彷彿させてくれました。
【1979.7.1 伏屋~戸田】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 別の日には桃園まで遠征しています。行き交う列車はできるだけシャッターを押しました。遠目でわかりにくいですが、少数派の18400系です。12000系スナックカーの京都線バージョンで、車両限界が小さかった京都線仕様に合わせたストレートの狭幅車体と各車に分散したパンタグラフが特徴でした。写真を拡大すると「ノンストップ」・「名古屋」の表示が読み取れ、名阪ノンストップ運用に入っていたものと思われます。各車1丁ずつ4丁のパンタを上げて走る姿は18400系ならではのものでした。
【1979.7.9 桃園~伊勢中川】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 デビュー間もない30000系です。ビスタカーⅢ世となった30000系の増備によって10100系の引退が決まってしまいました。2階部分の居住性は向上したものの、先頭車は先にデビューした12400系のデザインが踏襲されて新鮮味が感じられなかったこと、中間の2階建て車が先頭者との統一感がなく無理やり組み込まれた感じがして、編成美という点では10100系に軍配が上がる気がしました。現在はリニューアル工事が実施されてビスタEXとなり、このスタイルも過去のものとなってしまいました。
【1979.7.9 桃園~伊勢中川】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 C編成のパンタ側が先頭に出た編成です。流線型も魅力的ではありましたが、左右非対称が特徴の貫通顔も自分の中では結構好きな部類に入っていました。高運転台の貫通顔はどちらかというとのっぺりした感じになりがちですが、貫通ドアと車掌台側の窓を下方に拡大することでこれを解消しています。このデザインは今でも秀逸だと思っています。
【1979.7.9 桃園~伊勢中川】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 7月22日から始まったさよなら運転に参戦したのは翌日の23日からでした。伏屋から程近い市営住宅の非常階段は適当なカーブを描いた築堤上を行く上り列車を俯瞰気味に撮れる絶好のポイントでした。名古屋への送り込み回送を待っていたら、偶然にも20100系「あおぞら」が後方から現れ、側面にビスタカーのロゴが掲出された者同士のすれ違いを絶妙のタイミングで撮ることができました。この区間、今は高架化され、周囲の田んぼも住宅が建ち並び、風景が一変してしまいました。

【1979.7.23 伏屋~戸田】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 名古屋からの折り返しの鳥羽行は戸田寄りに移動して、先ほどの築堤を駈け下りてくるポジションで待ちました。とりあえず、お目当てのA編成を先頭にした3重連をゲットすることができました。

【1979.7.23 伏屋~戸田】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さよならHMを目立たないようにするため、遠めのアングルばかり狙っていましたが、記録のために1枚くらいはHMがハッキリわかるような写真も必要と思い、線路端にへばりついてみました。この時初めて、HMの地の色が白ではなくて薄いブルーだったことに気がつきました。

【1979.7.28 伏屋~戸田】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さよなら運転の最終日は8月5日でしたが、当日はアルバイト勤割の関係で参戦が無理だったため、その前日の4日が最後となりました。最後くらいはいつもと違ったポジションで撮りたいと思い、山田線の宮川鉄橋まで遠征しました。鳥羽行の3重連が轟音とともに鉄橋を渡って行きました。

【1979.8.4 小俣~宮町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 折り返しの名古屋行は対岸に移動して待ち構えましたが、あろうことに下りの特急とモロ被りの状態になってしまい、あえなく撃沈しました。代わりに11400系新エースカーをアップしておきます。11400系は10100系の汎用版として登場した10400系の後に登場したオールマイティな特急車ですが、貫通ドアと車掌台側の窓の下辺が運転台側の窓と合わせられ、多少いかつい印象になりました。最大勢力を誇った12000・12200系とともに近鉄特急の主力車両として多彩な運用をこなしていました。編成はMc+Mc+Tcの3両が基本で、パンタグラフは中間のMc車に付いていた関係で、余程のことがない限りパンタ付車が先頭に出ることはなかったようです。11400系の運転台側のパンタは12000系などに比べてかなり車端部に寄っていたため、勇壮な雰囲気だったというのを聴いたことがあり、一度は見てみたいと秘かに願っていましたが、残念ながらその思いが叶う機会には恵まれませんでした。

【1979.8.4 小俣~宮町】

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初共演


美濃太田車両区に国鉄ツートン色のキハ40系が現れてから、初めて桜のシーズンを迎えました。週末の14,15日、高山線沿線では岐阜~中濃地方にかけて桜が見ごろになっていると思われ、天気もまずまずであることから、ツートン車と桜との初共演に照準を定めて桜鉄を決行しました。運用変更されないことを祈りつつ・・・。



【境川 2012/04/14 14:26】

「はなぶさ」に集まる仲間たち


14日の天気予報は雨のち曇。雨が止む午後にはどうにか撮れるかなと当日午後のツートン編成運用をたどってみると、美濃太田→岐阜→高山方面という行路となっています。この区間で自宅から近場で手頃に撮れる桜は各務原市民公園にある「新境川」が定番ですが、何度も通っているし、同業者や花見客の雑踏は避けたいので、今回は無謀にも長森ー那加の小さな境川橋へ向かいました。撮り辛い場所に加えて曇天なので、どうせ誰も来ないのをいいことに撮影ポイントを自由に探してみようかと、ダメもとで腕試し。

列車を待つ間、西の空から雲が取れて、そのうち陽が差してきました。そこに岐阜行き接近。あら、逆光。これってラッキーなの?



【境川、その2 2012/04/14 14:52】

「はなぶさ」に集まる仲間たち

晴れてきたので岐阜からの折り返しを順光で撮りたくても、ほとんど窮屈な場所しかなく、無理やり広角でお粗末な結果。シャッターチャンスも微妙にズレて・・・残念。



【美濃太田出区 2012/04/15 7:43】

「はなぶさ」に集まる仲間たち

翌15日のツートン編成は、朝の美濃太田から下呂1往復して高山に向かう運用です。美濃太田ー下呂間で日中だけでも3回は撮影チャンスが訪れるので、誠にうれしい。しかし、いつ、どこで運用が差し替えられるかわかりません。

まずは充当車両を確かめるため、昨春に訪れた太多線と車両区出入線の並走区間で当該運用車の出区を待ちます。期待どおり、美濃太田出発20分前にツートン編成が車両区から現れました。古井神社参道の桜をバックに1カット(後追いですが)。例年なら、満開の時期の週末に訪れると神社の春祭りと重なるため参道には屋台が写り込んでしまうのですが、今年は祭りの後に満開となったので余分なアイテムが写らずにラッキーでした。(参考→ http://ameblo.jp/b1hanabusa/entry-10863056465.html  )。



【上麻生駅 2012/04/15 8:30】

「はなぶさ」に集まる仲間たち

上麻生駅には桜が上下ホーム沿いに数本ずつと岐阜方に大木が1本ありますが、意外にまとめにくいです。そのせいか、カメラマンはほんの数名。邪魔にならないように気を遣いながらアングルを探していたら、間もなくターゲットの接近時刻となり焦ります。岐阜方の1本桜を強調したくても上り出発信号が邪魔をして台無しなので、これをかわして下りホームの桜もファインダーに収めようと欲張ったら中途半端な構図になってしまいました。背景の山が桜を浮き立たせてくれたのがせめてもの救いです。午後の光線になれば、別のポジションからもう少しまともな構図が狙えそう。再履修かな~。



【野原城址 2012/04/15  9:05】

「はなぶさ」に集まる仲間たち

この列車(4713C)は、白川口と鷲原(信)で少し長めに停車するので、国道が順調に流れていれば追いかけが可能です。上麻生駅で撮影後、あわよくばと車に飛び乗り追跡を開始。道中わりとスムーズに移動できたので、いつかはツートン編成を撮りたいと思い描いていた電車運転士様紹介のお立ち台を目指し、そしてようやく実現することが出来ました。(参考→ http://ameblo.jp/b1hanabusa/entry-11001709106.html  ) 

電車運転士様のアップ画像と比較すると、きれいな飛騨川の流れは良しとして、あれ、位置がちょっと違うのかな、木が目障り。そういえば、撮影前に周辺を見回していたら先着の同業者がスタンバイしている姿を見かけたので、もしや「そっちの立ち位置かぁ~」。



【飛水峡(公園) 2012/04/15 11:11】

「はなぶさ」に集まる仲間たち

今回のメインである飛水峡の桜に初挑戦。線路沿いにある公園?に咲き誇る満開の桜を見ながら、下呂からの折り返しを待ちます。同業者10名強が集まりました。足場はそこそこ広いものの、構える立ち位置は皆ほぼ同じ。それでも平穏無事に撮影ができました。見事な咲き具合にカメラを向けてアングルをいろいろ試すも、意外と限られそうです。



【飛水峡(国道) 2012/04/15 13:07】

「はなぶさ」に集まる仲間たち

満開の桜をもっと堪能しようと、今度は国道駐車帯の定番お立ち台に移動して高山行きの撮影に備えます。ここの駐車帯にも桜の木があり、これを入れての撮影も出来ますが、ややリスクを背負いそうだったので、確実に仕留めるために無難なアングルを選択しました。
それでもいちおう桜の木をファインダーに収めましたが、天気は残念ながら曇り空に。


この後は長良川鉄道に転戦し、満開の桜を関下有知~関口~富加で味わってきました。画像は別の機会に。因みに単コロのツートン車キハ40は二日間とも終日車両区内でした。(出札掛)

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2012年4月16日 (月)

【アーカイブス】40年前の桜鉄

 電車運転士さんをはじめとするメンバーの方々の桜鉄として撮影された写真を見ていると、近年は天気などの条件が悪ければ直ぐにひよってしまうという安楽撮り鉄に堕落してしまった小生との姿勢の違いが歴然として、猛省を迫られずにはおかない。まあ、昨今の写真ではとてもではないが対抗できない(対抗する必要もないだろうが)ので、せめて古い桜鉄の写真をお見せすることで、存在感を高めることにしよう。


 さて、お見せする桜鉄は、昭和49年5月、蒸機最後も間近となった会津・只見線の春の情景である。会津・只見両線の蒸機は、紅葉シーズン直前の昭和49年10月にDLに置き換えられたが、確か関東地区から容易に行くことのできる最後の蒸機として人気を集めたように記憶する。それ以上に、山紫水明に恵まれ、日本の原風景といってよいような長閑な景観が広がる両線の沿線は、蒸機が美しく映えて、撮影欲をかきたてるものがあった。こうしたことから、当時の居住地から行きづらかったものの、北海道の前後や帰省をかねて昭和48年夏から翌年春にかけて5度ほど会津を訪れている。今回紹介する写真は、その最後の訪問時の撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは会津西方を走る只見線の貨物列車。このあたりには藁葺きの家屋が多く、日本の原風景といえるような景観が広がっていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 モノクロであるが、その反対側もなかなか素晴らしい。墓地が入っているのが、やや難点かな。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その帰りの列車を桜が咲く崖っぷちで撮影している。ネガには会津宮下~早戸間となっているけれど、地図を見ると違っているようにも見えるし、こんな場所があったことはまったく記憶がない。ご存じの方があれば、お教え頂きたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 一方、会津線では田部原(現在の田島高校前か)にあった学校脇の桜がいたく気に入ったようで、ここで2日にわたり撮影している。残念ながら桜の花はかなり散っているが、なんとか春の雰囲気だけは留めている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これはその前日の撮影。会津田島行きで、下り勾配になっているのか、煙を吐いていない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


同じ場所でモノクロの撮影。当時はこのように手前に木を入れる撮影が流行であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後に桃の花と菜の花咲く西若松付近を走るC11の貨物列車。まさに春爛漫の情景で、桃源郷とはこんな所を言うのであろう。なぜ、こんな所で撮影しているかと言えば、当時の会津線の昼間帯には蒸機が走っておらず、若松まで降りてきて坂下行きの区間貨物を撮る余裕があった(それを撮るしかなかった)からである。

 会津には、キハ8500系の会津マウントエキスプレスが無くなると言うことで、そのお別れ乗車を兼ねて数年前に訪問したのが最後である。機会があれば、只見線で季節を決めて運転されていたC11+旧客のイベント列車を撮りに行きたいと思っていたが、なかなかチャンスが無く、行き損ねている内に水害で線路が分断されてしまった。今後、どうなるかわからないが、無事、復活したなら、美しい会津の風景を愛でがてら、ぜひ訪れたいと考えている。(駅長)





 

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2012年4月15日 (日)

養老鉄道の桜

メンバーの皆様に触発され、4月15日「桜鉄」に出かけることにしました。前日の天気予報で、晴れは午前中のみで薄い雲が出る、ということは織り込み済みでしたが、里の桜は早くも散りつつある状況なので、ともかくカメラを持って家を出ました。


行先は車に乗っても迷っていたのですが、前夜、「はなぶさ」を見ていて、2年前に電車運転士様が養老に寄っておられ、なぜか10日に「はかる君」を撮って気にもなっていたので、とりあえずカーナビを養老駅に設定し、車を走らせました。


養老には8時前に到着。まだこの頃は日差しがあり、南北の駅なので北側からは正面が陰となるのは仕方がありません。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

養老 8:06

ここもすでにかなり散っており、電車運転士様ほどのボリュームがありません。
しばらく停車時間があるので、大垣行の発車を東側の道に移動して撮りました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

次をどうしようかと思いましたが、駅の南側に廻ってみました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち 養老 8:35

西側が契約駐車場になっており、車が入ってしまうのと、ブッといコン柱が中央に来てしまいあまりいい絵にはなりませんでした。

ここから一気に多度まで南下します。

養老山脈にはところどころ桜があるのですが、なかなか養老鉄道とコラボとはいきそうもありません。途中唯一なんとかなりそうかと立ち寄ったのが次の1枚。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

駒野・美濃津屋 9:18

途中、美濃山崎の東側に撮れそうな桜を見ましたが、何せ本数がないのでそのまま多度へ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

多度・美濃松山(多度川) 10:04

川の水量もほとんどなく、植えられている桜の本数もあまり多くはありませんが、2~3両編成しかないので、なんとかまとまります。

しかし、すでに日差しがなくなり、メリハリがなくなってきました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

多度・美濃松山(多度川) 10:05

多度で交換するので、あまり移動できませんでした。空が真っ白ではどうにもなりません。

この後、橋脚下で花見が始まり、ここは諦めました。次は、多度から連なる山の麓にあるお寺を目指しました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

下野代 10;46

狭い道を探しながら進むと、たどり着いたのは下野代の駅でした。桜は寺の参道の階段に沿って植えられていました。下野代は今は単線ホームですが、かつてはもう一本レールがあり、旧ホームがあり、そこからこのような角度で撮れました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

下野代 11:46

横位置ではこんな感じです。

この間に、散歩をしていたおばあさんに「桜を撮って見えるのであれば、多度との間の川の堤防下にきれいに咲いてますよ、行って見られたら」と声を掛けられ行ってみました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

下野代・多度 11:56

たしかに10本程度植わっていて、咲いていたのですが、やはりやや満開は過ぎており、線路と平行に植えてあり、オマケに南の端には高圧鉄塔があり、画角としてはこれが限界でしょうか。
この後、ひと山越えて三岐鉄道へ。すでに駅長様、電車運転士様からアップされているので省略させて頂きます。


初めて訪れた沿線でもあり、全線見たわけではないですが、見た限りでは、ほとんどが北側からの撮影となり、車体の色と相まって、好天ではかなり難しい路線と思われますので、今日のような天気でよかったのかも。

この日はラビット色を見ることができなかったので、再訪の必要があると思いますが、スタイルは好ましいにせよ、単一形式しかないといってもよく、次回はいつになることやら・・・。(検査掛)



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151.桜鉄2012 (5号車 長良川鉄道中部+三岐鉄道編) 2012/4/15

 遅れ気味だった今シーズンの桜鉄もそろそろ終盤戦に入ってきました。14日の土曜日はあいにくの天気だったので休養日となりましたが、天気予報によると15日の日曜日は移動性高気圧に覆われ、バリ晴れは確実、先週末は蕾またはチラホラ咲きだったポイントが見頃を迎えているだろうとの予想のもと、自宅を出発しました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 今回の最初の目的地は、昨シーズン撮り損ねた長良川鉄道の中部です。まずはかねてから気になっていた八坂の俯瞰です。国道沿いの桜並木ですが、思ったほどボリュームがなくちょっと期待外れでした。木が老朽化して、花の付きが悪くなっているのが原因のようです。


【2012.4.15 八坂~みなみ子宝温泉】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 次の列車は先ほどの列車と大矢で行違いになる上りだったので、きわどいタイミングでしたが、何とか間に合いました。上りホームの後ろにある枝垂れ桜が狙いでしたが、時期が微妙に遅かったようです。


【2012.4.15 大矢】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 この日のメインに位置付けていた福野の桜並木です。木が元気だった頃は背景すべてが桜の花に覆われて見事な光景でしたが、今はこの状態が精一杯のようです。てっきりナガラ300かと思っていたら予想に反してナガラ200がやって来ました。


【2012.4.15 福野~美濃苅安】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 R156号線沿いのホテル郡上八幡の桜並木を狙うべく現地に着いたところ、まだ5分咲きの状態でした。深戸までは満開だったので、大いに期待していたのですが、拍子抜けしてしまいました。運よく福野で撮ったナガラ200にギリギリ間に合いました。郡上八幡以北は来週末が見頃になってくれるといいのですが…。


【2012.4.15 相生~郡上八幡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 速攻でUターンして、ナガラ200と郡上八幡で行違いとなる上り列車を深戸で待ちました。定番アングルですが、ここの桜は毎年見事な花を咲かさてくれます。乗降客があるのを期待しましたが、ないものねだりの結果に終わってしまいました。この後、どうしても外せない用事があったので、桜鉄は一旦中断し、長良川鉄道から撤収しました。


【2012.4.15 深戸】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 一旦中断した桜鉄のダブルヘッダーの後半は工場長様が13日の金曜日に訪問された三岐鉄道の大安鉄橋です。当初、用事は昼過ぎで終わるはずでしたが、思ったよりも長引いていまい、たどり着いたのは16時過ぎになってしまいました。金曜日の工場長様の画像を拝見した限りでは、当然、15日の日曜日は余裕で桜は持つだろうと推測していましたが、予想に反して落花盛んな状態、加えて、駅長様がおっしゃられていたとおり、バリ晴れ予報の天気のはずなのになぜか雲が広がり、そのおかげで空は白く霞んでしまい、正直「エッ」ていう感じでした。一気にテンションダウンの状況でしたが、とりあえず川沿いの桜の下に潜り込んで下りの電車を稼ぎました。


【2012.4.15 大安~三里】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 ほどなくやって来る上り電車は定番アングルで待ちました。陽がかなり傾いてしまっていたのと薄雲が広がって光線状態は今ひとつということで、コントラストが足りない結果となってしまいました。


【2012.4.15 大安~三里】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 17時ちょっと前通過の下り貨物列車です。日曜日なので、来るかどうか半信半疑でしたが、来てくれてラッキーでした。貨物列車までには少し時間があったので、鉄橋周辺をウロウロしていいポジションを探しましたが、これといったものはなく、結局、上流側の道路橋の上からのこのアングルで妥協しました。もう少し右で構えればもうワンスパン分左に流すことができ、貨車も鉄橋上に乗りましたが、桜重視と割り切り、機関車1両半分を承知でこのポジション(要脚立)を選択しました。


【2012.4.15 大安~三里】(電車運転士)

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多分、今年最後の桜鉄

 好天の予報に満開の桜-という最高の週末になるはずだった日曜日、皆様方はどこの桜を目指して桜鉄に励まれましたでしょうか?

 当方は、工場長さんの三岐鉄道の記事に痛く刺激を受け、午前中三岐鉄道、午後長良川鉄道として予定を組み、出撃しました。


 まずは、保保の桜を下見。まだ、桜の西側に陽が当たっていないので場所を変えて大安に。しかし、晴れ予報にもかかわらず、薄雲が空を覆い、かろうじて日差しはあるものの、空の青さはありません。加えて桜もすでに散り始め状態。え、確か先週末には蕾だったはずなのに、もう落花?嘘でしょ。

 おまけに良い場所には既に先客が居るし、なんともなりません。何とか橋の上から1枚。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 天候も桜の具合も、なんとも欲求不満の写真になってしまいました。

 その後、北勢線で時間を潰して、今度は保保の桜に。しかし、奥から撮りたいのに、こちらも手前にすでに先客が・・・。

 やむをえず、先客の位置でカメラを構えますが、なんともしまらない。どうやらお立ち台通信にこの場所が紹介されているのがその理由らしい。いやはや。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 撮りたかったのはこの角度。すでに手前に三脚が立ってます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、尾西線の万葉公園を下見にいくも(ちょっと道を間違えました)、天候が悪化。結局、関方面は諦めて撤退することにしました。

 それにしても今年の桜、寒さで開花時期が遅れたと思ったら、週前半の暖かさで一気に満開となり、2回の雨で一気に散ってしまいました。週末鉄ちゃんにとってはなんともタイミングの悪い開花時期でした。

 

 もう来週になると、かなり山には入らないと桜鉄は楽しめないでしょうね。もう、今年はこれで打ち止めでしょうか。(駅長)

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2012年4月12日 (木)

絶好のお花見日和

今日4月12日は絶好のお花見日和でした。そこで以前、電車運転士さんからアドバイスをいただいたのを参考に、三岐鉄道の桜の名所、大安の宇賀川鉄橋へ行きました。

実は、ここへは1年前の4月10日の桜満開のときに訪問して、たくさん写真を撮りましたが出来栄えはイマイチでした。

その経験を踏まえて再履修をし、自分では満足できる写真が撮れました。


11時頃に現地に到着しました。前回の訪問は日曜日で、花見客が大勢いましたが、今日はゆっくりと花見ができました。

まず最初の列車です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 11:21】

   時間はデジカメのデータで数分の誤差があります(以下同じ)。

まずは鉄橋下から富田行きの電車を撮ります。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 11:35】

線路に近づいて、黄色いチェーンの横の定番撮影場所で貨物列車を撮りました。

タキ1900形をつないだセメント輸送の3714列車です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 11:45】

次の西藤原行き電車は、西の山が綺麗に見えたので、鉄橋をくぐって東側から逆光気味で撮りました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 12:31】

スケッチをする女性がいましたので・・・



「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 12:45】

炭カル・フライアッシュ輸送の502列車です。貨車は2両でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 13:49】

ちょっと違うアングルから撮ろうと待ち構えていたら、電車が来るチョット前に花見に来たおばあさんが目の前にチョコンと座りました。おばあさんを連れてきた若い女性グループ(赤ん坊付き)は桜の下で記念撮影です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

【三岐鉄道大安~三里 2012(H24).4.12 14:00】

桜と青空が綺麗でした。

この日の宇賀川鉄橋最後の写真です。

絶好のお花見日和の平日に、満開の桜と電車・貨物列車の写真を撮れた幸せをしみじみ感じました(工場長)



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2012年4月11日 (水)

サクラサク

4月8日は丸一日天候に恵まれ、名古屋を中心に平野部では桜の花も一気に満開を向かえました。朝から降水確率0%の申し分ない青空に咲き誇る桜を求めて、どこへ向かうかを考えるのも楽しみのうち。

さあ、桜の木の下に三脚を立ててお花見を始めましょ!



「はなぶさ」に集まる仲間たち

“銀電”化が進む名鉄瀬戸線には今月中旬にも第9編成が搬入されます。徐々に赤い電車を見る機会が減りつつあるので、まだそこそこ走っているうちにと矢田川で赤い電車をターゲット。 【AM8:26】



「はなぶさ」に集まる仲間たち

瀬戸線1500V昇圧時に新造され、同線一筋で活躍してきた6600系ですが、この春ついに廃車が発生しました。はたして来年は桜との共演が見られるのでしょうか。撮影場所は言わずと知れた尼ケ坂の某所ですね。 【AM9:13】


去る3月末日、西尾市の県道米津大橋を仕事で通った時、並行する名鉄西尾線の向こうに見えた矢作川右岸の桜が気になり、もしかしたら名鉄電車と絡めて撮れるのではと思い、瀬戸線の撮影後一気に同地を目指しました。新規開拓と思いきや、あら、電車運転士様はすでにこの地をご存じだったのですね。(4月9日のブログ記事参照)。

当日の行動をご本人様に尋ねてみると、僅かな時間差でニアミスしていたようです。こちらも同じようなアングルで撮影したにもかかわらず、光線状態から考えれば朝から訪れていた電車運転士様の画像に軍配が上がるのは目に見えているので、ここでは別の立ち位置から撮影したカットを載せます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

現地に到着したのは10:30過ぎ。試行錯誤しながら撮影しているうちに早くも光線具合が悪くなってきたので、撤収前の悪あがきに、と堤防を下りて撮影したら、2両編成がいい感じで収まりました。ちょっと障害物が車両に被っていますがご勘弁下さい。 【AM11:24】



「はなぶさ」に集まる仲間たち

車体に陽が当たらなくなったものの白飛びになるのは避けたいので、花に露出を合わせたままで撮影したら、露出不足の車体がシルエット抜きになる面白い結果になりました。もう少し粘って遅い時間なら効果が現れていたかもしれません。 【AM11:37】



「はなぶさ」に集まる仲間たち

国道23号との交差にあるアイシン桜ポイントに向かいます。ここでは定番のアングルをこなしてからサイドに移り、桜トンネル飛び出しを狙いました、が、こんなもんでした。意図をくみ取っていただけるでしょうか・・・。 【PM2:18】


そして、「水都トレイン117」を撮るため一気に清州まで戻り、その後名古屋本線新清洲付近で五条川の桜と絡めて撮れないものだろうか、ダメもとで見に行きました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

左岸側から桜の枝の隙間を抜いて対岸を狙いました。ただし、車両の足回りは勾配のせいで右岸の堤防に隠れてしまいます。しかも踏み切り待ちの車や桜の写真を撮る人たちが堤防上で立ち止まってしまうとアウト。ただ、少なくとも12回/時はシャッターチャンスが訪れるので平然といられますが。

それにしても苦労した割にはこんな画像でした。夕方で逆光のおかげで余計なものが目立たず、いくらか幸いしたところがあるのかもしれませんが、順光ならどんな雰囲気なのでしょうか。 【PM4:18】


さあ、次週はいよいよ有名地が賑わいそうですね。(出札掛)




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2012年4月10日 (火)

150.桜鉄2012(4号車 岡崎公園・堀田・本星崎の朝練編) 2012/4/9・10

 桜鉄第1弾だった週末は終わりましたが、9日(月)と10(火)は天気が持ちそうだったので、この時期恒例の朝練を実施してきました。通勤経路の関係で場所が限定されるため、変わり映えのしないアングルばかりですが、お付き合いいただければ幸いです。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 9日(月)は岡崎公園での朝練でした。桜は満開で一番いい状況でした。竹千代橋の上からのこのアングルはシャッターチャンスが一瞬ですが、デジカメの場合は一眼でもシャッターの微妙なタイムラグ(0.1~0.2秒くらい)が影響するので、こういった場面では苦労させられます。

【2012.4.9 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これもよくあるパターンですが、桜の下に潜り込んでのアングルです。6両編成以上だと左の車両が切れてしまうので、4両編成がもっとも納まりがいい感じがしました。

【2012.4.9 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じポジションの繰り返しではつまらないと思い、翌10日(火)は新規開拓を試みてみました。以前から気になっていた堀田の桜並木です。市営住宅の廊下から俯瞰してみましたが、「もう少し桜があればなぁ」って感じでした。

【2012.4.10 堀田】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今シーズンは朝のいい時間に珍客が運用に入っているので、桜とのコラボを狙うため、堀田の後は本星崎へ移動しました。毎度ワンパターンのアングルですが、来シーズン以降は運用が変わってしまう可能性もあるので、とりあえず定番で押さえておきました。

【2012.4.10 本星崎~本笠寺】(電車運転士)

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2012年4月 9日 (月)

マイナーな桜鉄

メンバーのみなさんの桜鉄パワーには感心します!

私は、その足下にも及びませんので、絶好のお花見日和の昨日(4/8)は、家族運用を兼ねて名鉄沿線ハイキングに出掛けました。

高浜港から吉浜まで7.5kmを歩くコースで、途中の大山緑地の千本桜は満開でしたが、線路からだいぶ離れたところでした。

そのあと、衣浦臨海鉄道の衣浦の鉄橋の下もくぐりましたが、いつ列車が通るか分からずパスしました。通り過ぎて30分くらいして高台から振り返ったら貨物列車が走っていました。残念!でも逆行きで貨車も少なかったから、別に撮らなくてもよかったと簡単にあきらめました。

昼近くに、ハイキングコースが三河線をオーバークロスする所がありました。近くに桜の木がありましたので、無理矢理撮りました。チョット強引ですが、他に桜を入れて撮る場所もなく・・・


「はなぶさ」に集まる仲間たち


    【三河線吉浜~三河高浜 2012(H24).4.8】


「はなぶさ」に集まる仲間たち

      【三河線吉浜~三河高浜 2012(H24).4.8】 枝垂れ桜でしたが・・・


これだけでは寂しいので、去年の桜の写真も載せます。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

   【尾西線玉野~萩原 2011(H23).4.12】 菜の花の咲く日光川を渡ります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

   【尾西線玉野~萩原 2011(H23).4.12】 万葉公園の桜をバックに



「はなぶさ」に集まる仲間たち

   【尾西線玉野~萩原 2011(H23).4.12】 万葉公園の中から

    地面を彩る、桜のピンクと、椿の赤が綺麗でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

   【尾西線玉野~萩原 2011(H23).4.12】 万葉公園の中から

 提灯が飾ってありますが、散り初めの平日で、他に花見客はいませんでした。(工場長)


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149.桜鉄2012(3号車 行くところがなくて再び名鉄西尾線編) 2012/4/8

 駅長様がおっしゃられていたとおり、4月8日の日曜日の天気予報はバリ晴れ、桜鉄にはもってこいの条件でしたが、情報によると岐阜県や三重県の目ぼしいポイントは時期的にまだ早いようでした(笠松や市民公園前は見頃だったようですが…)。せっかくの好条件の時に家に閉じこもってスキャン三昧というのも情けないし、かと言って、新たに行くところもなく、どこへ行こうか悩んだ末に出した結論は確実に桜が咲いている名鉄西尾線の再訪となりました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 前日は時間がなかった関係でアイシンの桜並木だけで名古屋市内へ移動してしまいましたが、以前から気になっていた米津橋梁を覗いてみました。ここも15年以上前に訪れたままでしたが、矢作川の堤防に植えられている桜並木は健在でした。列車はかなり小さいですが、菜の花とのコラボが可能なポジションがありました。

【2012.4.8 米津~桜町前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 同じ写真ばかり撮っていても仕方がないので、ポジションを移動してちょっと趣向を変えてみました。たまたま通りがかった地元の方と話をしていたら、ここの桜並木、生活道路に支障が出ているということで、秋には伐採の話が持ち上がっているそうです。これが現実のものとなれば、このシーンは今年が最後になるかもしれません。

【2012.4.8 米津~桜町前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 米津橋梁の後はアイシンのポイントに移動しました。前日は陸橋の上からのアングルだったので、この日は陸橋の下から望遠で引っ張ってみました。電柱がうるさいですが、これが精一杯のアングルでした。

【2012.4.8 南桜井~米津】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 陸橋の南側に前日には見逃してしまった菜の花畑を発見、2両編成では間抜けな構図になってしまうので、1本待って4両編成を狙いました。

【2012.4.8 南桜井~米津】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この日も午後から家族運用が待っていましたが、金山にちょっと寄り道して、一昨日ゲリラ雲で撃沈した81列車を都市センター11階からの俯瞰でリベンジしました。定番アングルの陸橋の上には81列車狙いの同業者が10人くらいスタンバイしていました。

【2012.4.8 名古屋~金山】(電車運転士)

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2012年4月 7日 (土)

148.桜鉄2012(2号車 朝練できない名鉄沿線編) 2012.4.7

 天気がよさそうだったので、昨日に引き続き桜鉄をやってきました。名鉄沿線の桜ポイントは結構ありますが、今回は出勤前の朝連ができないところを巡ってみることにしました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 桜の咲き具合を確認したいこともあって、とりあえず、岐阜方面へと車を走らせ、最初に境川の鉄橋に立ち寄ってみました。咲き具合は思った以上で、満開近しといった感じでした。定番アングルは過去に何回か撮っているので、ちょっとポジションを変えてみました。

【2012.4.7 岐南~茶所】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 定番アングルは飽きちゃったというものの、一応は抑えておきました。列車本数が多いので、30分程で別のポジションに移動しようと軽く考えていましたが、綺麗に抜けた青空と右上に踏切待ちの車がいないタイミングがなかなか合わず、1時間ほど滞在する結果となってしまいました。

【2012.4.7 岐南~茶所】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 予想以上に手こずってしまった境川から笠松に移動しました。出札掛様がご報告されているとおり、個々の木を見ると満開にはもう一息、桜の木を近くに配すると情けない感じになってしまうので、比較的花の付きがいいエリアを望遠で引き付けて体裁を整えてみました。

【2012.4.7 木曽川堤~笠松】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 毎度お馴染、正面ドッカン定番アングルです。このアングルの桜はいまひとつボリュームが足りませんでした。来週末に期待したいと思います。

【2012.4.7 木曽川堤~笠松】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 踏切からのもうひとつの定番アングルです。家に帰って画像を見ていたら何か違和感が感じられたので、3年前に撮ったものと比べてみました。そうしたら、やっぱり線路側の枝が切られており、違和感の原因が判明しました。

【2012.4.7 木曽川堤~笠松】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 笠松でひと通りの撮影を終えたのが9時30分、午後からの家族運用までにはもう少し時間があったので、もう1か所くらい立ち寄れそうな状況でした。樽見鉄道や長良川鉄道に向かっても桜はまだ早そうだったので、どこに行こうか悩んだ結果は一気に東進した西尾線でした。岐阜から西尾というとかなり時間がかかりそうですが、R21号→名古屋高速→R23号知立バイパス経由でちょうど1時間、渋滞さえなければ十分いけるといった感触でした。画像の場所はアイシンAWの工場に植えられている桜並木です。15年くらい前に訪れたきりだったので、撮れるかどうか不安でしたが、撮影ポイントとしては健在でホッとしました。

【2012.4.7 南桜井~米津】(電車運転士)

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尾張が駄目なら静岡があるさ

 しかし、今年の桜は遅いですね。いや、これが普通で、これまでが温暖化の影響で早かっただけかもしれませんが、それはともかくとして、好天に恵まれたこの週末、絶好の条件で桜鉄をしたいところです。


 ところが出札掛さんの笠松の写真を見ると、どうやら今週末ではまだまだの状況のよう。知人から、三岐の桜も蕾状態だったと聞いています。電車運転士さんの記事で名古屋の桜はまずまずの状況だけに、今週末の桜鉄を期待していたのですが、これでは何ともなりませんね。


 さて、ではどうするか。このあたりで、桜が満開の所がないかな、と探していて気がついたのが静岡の大井川鉄道。前々から行きたいとは思っていたのですが、これまでなかなか天候に恵まれず、延び延びとなっていました。しかも、今年からは金谷行きもチムニーファーストとなり、家山で順光で蒸機が撮れるようになります。


 と、いうことで頑張って大井川鉄道まで行って来ました。


 まずは、大和田で降ります。駅の構内の桜を撮影するポイントはすでに満員状態なので、福用寄りに。ここで1本目の家山行きを撮影。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 煙で架線柱が隠れて、まずまずの感じとなりました。

 この列車は家山からデキ牽引で折り返してきますので、反対側を向いて撮影。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 後ろに高齢者の福祉施設が入るのが難点で、標準でできるだけ目立たないように撮影します。

 ここでもう1本撮影。今度は煙が無く、後ろの架線柱がちょっと目立ってしまいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 次の列車で桜の名所、福用に。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 山の上から、桜並木を入れて撮影します。このアングル、撮影した後に、今年の大井川鉄道のカレンダーに使われた構図であることがわかりました。

 さて、午後からが本命の金谷行き。しかし、探してもあまり良い場所は見つからず、結局、駅の駐車場の外れに。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、まずはC108のかわね路14号。駅に到着するのを見ていると、今までの「さくら」マークとは異なり、何か違ったマークが着いているようです。あれは・・?


 列車が接近して、看板の内容が判明。なんと、付けてきたのはバス会社の主催ツアーの看板じゃないですか。桜満開、晴天、順光で、この仕打ちはどうして?

 貸し切り列車ならともかく、定期列車ですよ、これは。(もっとも、乗客のほとんどは家山からのツアー客だったみたいだけど)


 そうなんですよねぇ。大井川には、こうした変な看板がつく看板リスクがあるんですね。そうしたことを痛切に感じました。ここまで順調に運んだため、そうしたリスクの存在を忘れてました。せっかく盛り上がっていた気持ちも、一気に今日の寒さのように冷えこんでしまいました。


 やむをえず、同じ場所でもう1本撮影します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 今度はまずまず成功。なんとか合格点の写真が撮れました。


 心配された同業者も、全線に散らばっていたようで、家山のあたりはあまり居ませんでした。まあ、行く前からある程度想像していて、行って納得したのですが、家山の前後には引きがきく場所がほとんど無く、桜の名所でありながら、けして撮りやすい場所とはいえません。同業者の数が少ないのもなっとくです。大井川鉄道で桜と一緒に写真を撮るには、家山以外の方が良いかもしれません。


 さて、その翌日。天気予報は快晴。しかし、尾張の桜はまだ早い。まだ早いと諦めるには天候が良すぎるし、場所によっては桜が咲いている所があるので如何にも勿体ない。ということで、大井川鉄道まで通勤することになりました。(^^;)


 桜の再履修に先立ち、桜は入らないけれど、桜の時期ならではのスペシャルシーンを撮影します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 家山折り返しの川根路11号の返しと川根路13号が福用で行き違います。C56の停車位置によって、ポールの処理が難しいけれど、まあ、このあたりが限界かな。


 続いて、大和田に向かい、昨日撮影できなかった駅通過シーンを撮影します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 通過直前に曇ってしまったけれど、元々が逆光だけに、まあいいか。邪魔なホームがうまく隠れ、表紙用の写真が撮れました。(^^;)


 さて、次なるは順光金谷行きの1本目、かわね路14号。(何故、千頭行きが漢字の川根路、金谷行きがひらがなのかわね路なんだろう)昨日は、某バスツアーの大きな看板がついていて、一挙にやる気をなくしました。多分、今日も同じパターンではないか、と考え、大俯瞰ができる撮影地として抜里を選んで、看板が目立たないようにします。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 山の上まで頑張って登ります。幸いにも天候は雲が切れて、快晴状態。まだらの心配はありません。しかし、何としたことか、直前になって車が停まり、赤いシャツを着た同業者が線路際に乱入。せっかく天候にも恵まれ、桜が満開と最高の条件だけに、泣くに泣けません。 やむをえず、同じアングルでもう1枚。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今度は、軽トラックが乱入してしまいました。同業者はともかく、地元の方の車両では怒るわけにはいきませんね。まあ、いずれ時間があったら、赤シャツも軽トラックも写真から消えて頂きましょう。(^^;)

 

 2日間にわたり、大井川鉄道の桜を撮りましたが、徳山の桜並木など、まだまだ良さそうな場所がありそうです。看板や心ないファンなどのリスクは少なくありませんが、蒸機に加え、これほど長閑な雰囲気の鉄道は、もう数少なくなりました。また、機会を見つけて訪れたいと思っています。(駅長)

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咲かぬなら、咲くまで待とう

今年の桜は遅いですね。名古屋市内はようやく満開の時期が訪れそうですが、わが地元の尾北地方はもう少し後かも。とりあえず近場に出かけてみましたので開花状況をお伝えします。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

4月7日の一宮市木曽川町は、こんな感じです。笠松も覗いてきましたが、これよりもう少しマシではあるもののイマイチでした。この近辺の見ごろ(撮りごろ)は来週でしょうか。どうもタイミングがつかめません。



ところで、今年の桜はどこを攻略しようか、と当ブログのアーカイブ4月版を参考にしようと振り返っていたら、早くもブログ開設2周年を向かえたことに気が付きました。ということで、この画像を寄稿します(←昨年も同じことしている・・)。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


桜を相手にストレスがたまりそう。勘弁して下さい。(出札掛)


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2012年4月 6日 (金)

147.桜鉄2012(1号車 名古屋都心部編) 2012/4/6

 今年は寒さがなかなか緩まないこともあってか、桜も例年より1週間近く遅れているようです。それでも、名古屋市内では鶴舞公園などで満開近しのニュースも聴かれるようになり、桜シーズンが到来といった状況になってきました。そんな中、桜前線に乗り遅れないように、とりあえず名古屋都心部の桜スポットを駆け足で巡ってみました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 瀬戸線の桜定番スポットを訪れてみました。4000系の増備が進むにつれ、徐々に勢力が縮小されている6600系です。ひょっとしたら桜とのコラボは今年が最後になるかもしれません。なお、バックの桜の木ですが、線路側の枝の一部がが伐採されたようで、ボリュームがなくなっていました。


【2012.4.6 大曽根~矢田】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 少しだけ桜を浮気してワムハチは引退したもののコキ編成で生き残った春日井貨物の様子を伺ってきました。コキ編成になったことにより高速貨物扱いとなった関係で列車番号は2074列車に変わり、牽引機もEF64に変更になりました。


【2012.4.6 大曽根~新守山】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中央本線の81列車を撮るため、金山に移動しました。ここの桜はほぼ満開の状態で見頃を迎えていましたが、肝心の81列車の時はゲリラ雲にやられて撃沈、15分後にやって来る5875列車でリベンジしました。


【2012.4.6 名古屋~金山】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 金山の桜並木を俯瞰できる都市センターの11階に昇ってみました。名鉄を狙うには絶好のポジションですが、運悪く向こう側の引き上げ線に5000系が長時間待機しており、ちょっと苦しいアングルになってしまいました。金山の引き上げ線は車両の在線頻度が高いので、注意が必要です。


【2012.4.6 金山~山王】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中央本線を狙うとこんな感じになります。まあまあの感じなので、次は81列車か5875列車をターゲットにしてみたいと思います。


【2012.4.6 名古屋~金山】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 桜は少ししか入りませんが、東海道本線も縦構図で撮ることができます。長大編成の貨物列車が狙い目です。ここは名鉄・中央本線・東海道本線の列車が次々とやって来るので、飽きることがありません。


【2012.4.6 金山~尾頭橋】(電車運転士)



 いよいよ桜シーズンの開幕を迎え、メンバーの皆様方もとくに週末は忙しい時間を過ごされることになるのでしょうが、お互い悔いのないように今シーズンの桜鉄が楽しめればいいな思います。皆様の成果をブログ上で拝見できることを期待しております。

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2012年4月 4日 (水)

クモハ14を求めて 1982年の富士急行


2月末にJR東日本の205系が富士急行に譲渡され、第二の人生(車生?)を歩み始めました。JRから譲渡された車両としては、ほかに2001年、フジサン特急として使用されている165系(パノラマエキスプレスアルプス)がありますが、さらに遡ると、1969年に国鉄からクモハ14+クハ16を2編成、1971年にクモハ12+クハ16 1編成が譲渡されています。

1982年当時、同線の主力は、これら旧国鉄車7000形3編成、旧小田急1900系車体利用の5200形4編成で、このほかに生え抜きの旧富士山麓電気鉄道1形の3600形と、3100形、5000形が各1編成ありました。

この年、主力7編成が、小田急2200系、2300系によって置き換えられることになり、一目実物のクモハ14を見たくなり、10月のある日出掛けました。

ここのクモハ14は飯田線からの転入車のため、身延のように低屋根に改造されておらずほぼオリジナルを保っていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

こちらはモハ7031(クモハ14007)で、前面の雨どいが直線、窓枠もオリジナルのままです。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

こちらはモハ7032(クモハ14009)で、雨どいがカーブを描いたものになり、窓枠もHゴム支持に改造されています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

ついでにモハ7033(クモハ12050)。もともとは両運車だったものを、②エンド側の乗務員扉を塞いで片運に改造しています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

田野倉・禾生  810レ モハ3602+モハ3603

旧富士山麓電気鉄道1形の車体載せ替えで生まれた形式で、昭和36年の改造のため、36を頭に冠した形式になったそうです。既にこの編成のみが現役でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

田野倉・禾生 529M クモハ115-13他

今もJR車が乗り入れている同線ですが、ローカルは115系でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

田野倉・禾生 9レ モハ5235+クハ5265+モハ5232+クハ5262

旧小田急1900系の車体を利用した車両で、上記でも書いたように同線の主力でした。正面は小田急顔ですが、17mでシルヘッダー付き、吊掛けモーター車です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

田野倉・禾生 16レ モハ3101+モハ3102

昭和31年に登場した、同線のスターといってもよい3100形ですが、1971年にもう1編成が事故廃車となっており、多数の死者をだしたことから、どことなく陰のある存在でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

田野倉・禾生 14レ モハ7031+クハ7061

カラーも撮っていますが、富士山をバックにしたものは1枚もありません。晴れてはいたようですが、視界はいまいちだったのかも。このころから富士山には嫌われていたようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

三ツ峠・寿 30レ モハ7032+クハ7062+モハ7031+クハ7061

4連での運転もあり、見ごたえがありました。どうせなら、モハ7031先頭できてほしかったのですが、ないものねだりですかね。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

河口湖

上の場所に行く前に終点の河口湖に行ってみました。すでに5700形となる旧小田急2300系が回着しています。奥の色褪せた車はおそらくモハ3601、一本おいて同じ線上に留置されているのが、3600系の片運車モハ3631+クハ3661と、モニ101+モニ102です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち
モニ101+モニ102

富士山麓電気鉄道1形の面影を残す、15m車です。この年まで使用されていたようですが、撮影に行ったときは、すでに遅し、ということになっておりました。


ここに紹介した車両はいずれも過去帳入りしています。(当たり前か(^O^)/)ここには写っていませんが、最近地方鉄道ではほとんど見られなくなった自社発注の5000形が唯一残っています。

一方、1969年に国鉄線上から消えた車が、その後なんとか13年他社で生き延び、見ることができました。こんど入ってきた6000系や、噂されている小田急RSEもいずれそのように思うことになるのでしょうか?(検査掛)




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2012年4月 3日 (火)

【アーカイブス】封印されたネガ←祝!300発言

 荒天候の屋代線最終日となった31日、さすがに外に出かけるのは憚られる天気となり、自宅でスキャン三昧となった。この時、スキャンしていたのが、先に札幌市電で紹介している昭和48年3月に北海道で撮影したモノクロネガである。


 実は、この時の一連の写真は、長い間封印され、というと大げさであるが、見る気分にならず、久々にその画像を確認したものばかりであった。


 これらネガは、蒸機を中心に初めて冬の北海道に撮影に行った時のもので、その前に五能線に3日間、帰りに陸羽東線に寄っている。見る気分にならないというのは、もちろん、ちゃちな技術で折角の被写体の良さを写しきれていなかったり、自家現像していたことから現像ムラがあったりするというのが大きな理由のひとつであるが、最大の原因はコレである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 そう、悪名高き「団結号」である。

 団結号というのは、当時、スト権ストを頻発していた国鉄労組がスローガンを機関車に石灰で書き殴ったもので、いわば落書き機関車である。特に正面に「団結」の、文字を書いたことが多かったことから、団結号と呼ばれた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 仮に正面は文字が無くても、テンダは黒板としてスローガンを書きやすいことから、多くの機関車に文字が入れられていた。

 こうした団結号が最も多かったのが、昭和48年の冬ではなかったかと思う。ストが頻発していたのであろう。列車もまともに動かなかった記憶があり、この時に北海道に渡った最初の日は国鉄をあきらめて、室蘭線の御崎にあった製鉄原料の小型蒸機を訪れて撮影している。


 列車が動かないのは困るが、撮影に行って、延々と歩いてやっと来た列車が団結号では、目も当てられない。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは根室線の厚岸と糸魚沢の間のC58。10km以上ある駅間を延々と歩いて、やってきたのがなんと団結号であった。

 ある程度、状況がわかれば、運用表を見て団結号の機関車は避けるようにするのであるが、とはいえ、列車本数が限られる線区ではなんとも避けられない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、五能線の最高の名所である岩館と大間越の間の8620形牽引貨物であるが、ものの見事に団結号である。この日は、運用がわかっていたようであるが、五能線にはいってしまうと他の線に行くわけにもゆかず、泣く泣く撮影せざるをえなかった。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 正面が綺麗なカマは、極力正面がちに撮影して、落書きが目立たないようにしたが、それでも時に読み違える。横位置で狙っている時に限って、テンダに落書きをしたカマが来るので始末に悪い。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ストが終わるとスローガンが消されるが、しかし、丁寧に消すわけではないし、カマ自体も汚れているので、これまたみすぼらしい姿となる。

 まあ、こんな時期に撮影する方が悪いのかもしれないが、蒸機の最後が迫っていたので背に腹は替えられなかったのである。


 ところが、以前、小海線のC56でお見せしたように、フォトショップを使って修正すれば、こうした落書きは(多分)、ほぼ完璧に消せるのではないか、と思う。涙涙で撮影した団結号の写真も、うまくすれば生き返るのではないか。その意味では、良い時代がきたものである。そのうち、時間ができたらなんとかチャレンジしてみたいものだ。


 ちなみに写真の撮影地は

 1,室蘭本線御崎、2,函館本線七飯、3,根室本線厚岸~糸魚沢、4,五能線岩館~大間越、5,函館本線倶知安、6,宗谷本線幌延

 である。


 しかし、この頃は毎晩夜行で移動し、重いカメラバックをかついで雪の中を歩いていった。元気だったんだなぁ。(駅長)

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2012年4月 2日 (月)

【アーカイブス】39年前の路線廃止

 今年も3月31日で2つの路線が廃止となった。

 春は出会いと別れの季節であるが、こと鉄道に限ってみると、圧倒的に別れが多い。年度替わり、ということで、どうしてもこの時期に廃止がかたまってしまうわけだが、毎年のようにどこかの路線が廃止になるのは、少々辛いものがある。


 今から40年ほど前、高度成長の最盛期には、モータリゼーションの前に力つきて、毎年3月には多くの路線が廃止になっていった。当時は今より遙かに元気だったし、それらの路線に格別に愛着があったわけではないが、無くなる前に乗らなければ、という切迫感もあって、かなりの路線に足を運んでいる。


 それら廃止路線の中には、路面電車の路線も多く含まれていた。ちなみに名古屋市電が廃止されたのは、昭和49年3月31日であった。その翌年は、どこの廃止を撮影していたかと言えば、富山地鉄の笹津線、さらにその翌年は仙台市電であった。(この年は諸般の事情で最終日までは居られなかったが)

 ついでに、その前はどこかと思い出せば、昭和47年は下津井電鉄(茶屋町)、玉尾市電、大分交通別大線、昭和48年は札幌市電で撮影している。


 今回は、この中から札幌市電のお別れ電車をご紹介しよう。


 このメンバーの多くは北海道の国鉄を撮影の時に札幌に立ち寄っているだろうから、おなじみの都市ではないか、と思う。あるいは、出張とかを兼ねて、夜の札幌で遊んだ方も多いかもしれない。

 小生が札幌に足繁く通っていたのは、北海道の蒸機の全盛時で、「利尻」や「大雪」など、夜行の座席確保や栄養の補給が目的であった。まだ当時は蒸機の片手間、といった感じで、それほど路面電車は熱心に撮影していないが、欧風スタイルの連接車は魅力的で、渡道の度にこれらが走る朝のラッシュ時に、1度は撮影している。

 

 札幌市電は、冬季オリンピック直前の昭和46年1月、地下鉄開業にあわせて南北の幹線が廃止されたが、次の大きな廃止がこの昭和48年3月で、この時には西四丁目から東に行った一条橋とその反対側の円山公園、そして環状線として残っていた幹線の一部である西四丁目とすすきのの間が廃止となっている。


 まずは、そのさよなら電車から。場所は西四丁目か。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 次は豊平川にほどちかい一条橋の終点。都心部は近代的な建物となったが、まだこのあたりには古い建物が残っていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 それよりひとつ西側の頓宮前まで来ると、テレビ塔が画面に入る。 このあたりも街並みは古い。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 テレビ塔が大きくはいるのは、創成川通のところであろうか。テレビ塔に時計がついているので、どのように移動して撮影しているかがよくわかる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 西四丁目に近づいて、丸井の前で撮影する。ちょうど装飾されたお別れ電車がやってきた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今度は、札幌駅前からまっすぐに伸びるメーンストリートの駅前通。まだ、この時は西四丁目とすすきのの間の路線が残っていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 馬面のA800形連接車。多分、この直後に休車となったのではないか。

 続いてすすきのの光景。すすきの、といえばシンボルは、今も昔もニッカ・ウィスキーの広告である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 やってきた電車はモ870形、じゃないですね。この頃はA830形でした。このA839+A840は、名鉄に来てモ873+874に変わった筈である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もう1枚、A830形を撮影していた。すすきのの交差点で、後ろの建設中のところは、その後ロビンソン百貨店になるのかな?何も、みっともない工事中に撮らなくても良いのに。

 このA838は、名鉄に来てモ872になったはずである。


 今、札幌市電は、一時の衰退期から見直しが進んでおり、この写真に写るすすきのと西四丁目の間を復活させるとの案が出ている。また、低床車も導入されるようだ。今後の札幌市電の動きを見守りたい。(駅長)

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さようなら長野電鉄屋代線 2012年3月31日

駅長様の「さすがにここの方々は今日は出撃されていないでしょうね。」の予想?を裏切り、行っちゃいました。


ヨメの実家を出たのはもう7時を過ぎておりましたが、まだ雨も降っておらず、このまま何とかもってくれないか、と淡い期待を抱いておりましたが(;´▽`A``

雨が降る、との前提なので行き当たりばったりのノープラン。とりあえず綿内の駅を覗くも、式典準備の真最中で、駐車できそうもなかったので、信濃川田に向かいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

信濃川田  408レ デハ3526+デハ3536

25日に来たときにはなかった下り(屋代方面)にも線路脇にトラロープが張ってありました。天候のせいか、思ったほどの撮影者はいませんでしたが、写り込むのはどうしようもありません。O6編成のさよなら幕は、河東鉄道時代の蒸機4号機、1000系、2000系、8500系の組み合わせでした。一体どのような理由があるのか?

さて、撮影時には気が付きませんでしたが、デハニ201の右側の架線柱に付けてあるホーローの札には、「河東線 川構八 大14.12」と記載されています。当時のものでしょうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

若穂・信濃川田 臨客2401X デハ1002ほか

長野電鉄のHPに最後の日の臨時列車4往復の時刻が告示されていて、1往復設定されていたのが松代で展示に供される急行だったのですが、2000系かと思っていたら「ゆけむり」がきてしまいました。地元の方に聞いたら、2000系は夜の会員募集列車にしか使われないとのこと、ガッカリでした。

このころから雨が降り出し・・・

「はなぶさ」に集まる仲間たち

大室・松井山 臨客2403レ デハ3522+デハ3532

臨時の1本目を沿線のらしいところで撮ろうと、ここで構えましたが、この頃にはかなりの嵐になっており、傘など無意味状態となってきました。そんな中、O2編成が1500系のイラストが描かれた幕をかざしてやってきました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

岩野・雨宮 臨客2407レ

この間、松代に行き、1000系と3500系の並び撮影し、乗車券等を買おうとしましたが、撮影はできたものの、すごい人ひとヒトで、普通に窓口で切符を買おうにも2時間待ちとかで、あっさり諦め、土砂降りのなか、沿線に向かいました。

この列車を撮ったころから雨が一時雪になり、メチャメチャ寒くなりました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

松代 419レ
松代から返しの臨時急行は16:11発なので、15時半頃戻ってみたら、さらに人が増え、ホームは人で溢れていました。1000系の前に臨時通路が設けられ、駅の北側にテント村?ができていました。こちらも長い行列が出来ていました。(何売ってたんだろう?)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

信濃川田・大室 2408X

臨時急行の返しはどこで撮ろうか考えておりませんでしたが、時間的にここが精いっぱいとなりました。しかし、ここは鉄の車がすごく、駐車場まで車を上げることができませんでした。

皮肉なことに、これを撮ったあと、雨が上がってきました。


もう少し沿線での惜しむ情景を撮りたかったのですが、嵐でそれどころではありませんでした。


さようなら 屋代線。


(検査掛)


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2012年4月 1日 (日)

香港の都市鉄道を撮る

 これまで、香港のLRTと路面電車を紹介してきたが、実質的に香港の交通を担っているのは、香港島と大陸側の九龍に張り巡らされた地下鉄網である。香港の地下鉄の歴史は比較的浅く、1979年に最初の区間が開業し、翌1980年に海底トンネルで香港島と九龍側を結んだ。筆者は、この開業から間もない時に乗っているが、海底トンネル部分ではかなりの高速運転を行っていると共に、ステンレス製の座席や、当時は珍しかったストアドフェアシステムによる運賃収受に驚いた記憶がある。


 その地下鉄も、2007年にはかつて九広鉄道が運行していた中国・深センへの路線などの統合により経営が一本化され、現在は10路線に増えた。昼間でも立ち客が多く、混雑しており、香港市民の無くてはならない足となっている。


 ところがこの地下鉄、趣味的に見ようと思うと、かなりの難物である。それは、ほとんどの駅にホームドアが設置されているためで、撮影はもちろんのこと、車体を見ることすら難しい。もっとも地下鉄といっても地下ばかりではなく、地上区間も結構あるので、なんらかの撮影は可能であるが、とはいえ、LRTの走る新界を結ぶ西線のように、ホームはホームドア、地上区間は防音壁、ホームの端は機器室とどうやってもパンタ以外に撮りようのない路線もあり、悩んでしまう。

 

 そうした中、なぜか撮りやすいのが空港特急の走る機場快線である。チェク・ラップ・コクの新空港開業に合わせて1998年に開業し、空港と香港の間を最速24分で結ぶ。実はこの路線も開業直後は撮影場所が無く、撮りづらかったが、迪士尼線(さて、どう読むでしょうか?)の開業により2005年に欣澳(サニーベイ)駅が新設され、なぜかここのホームドアが人の肩の高さのため、ドア越しに撮影が可能となり、一転して香港地下鉄の撮影名所?となってしまった。


 まずは、その空港特急。早いが運賃が高い(約1100円)が難点である。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


こちらはローカルの車両。というか、ローカルの路線は東涌線として空港線とは区別されているようで、空港には行かない。ただ、終点の東涌から空港にはバスが頻繁に出ているので、少々時間はかかるがそのルートをとれば安く空港に行くことが出来る。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、その欣澳(サニーベイ)から出ている支線が迪士尼線である。ここではこんな車両が使われている。

「はなぶさ」に集まる仲間たち





 ちょっとわかりづらいかな。では、これでどうだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そう、あの有名なネズミ王国に行く列車なのである。


 香港島内の地下鉄は、今回は撮影をする余裕が無かったのでパスして、一気に中国を結ぶ東鉄線に。ここは元九広鉄道と呼ばれ、中国・広州と香港を結ぶかつての国際列車の運行ルートであるが、現在はすっかり通勤電車化して、深センとの旧国境にある羅湖や落馬洲を結んでいる。


 このルートは、最初に訪れた時はまだ非電化で、米国製のDLが客車を牽引しており、1日4往復(だったかな)あった広州との直通列車は東風3形が牽引していた。

2度目に訪れた時には、海辺を走っていた路線も埋め立てが進んで大部変容しつつあったが、まだまだのどかな雰囲気が残っていた。しかし、今回乗車してみると、風景は一変して高層マンションが林立しており、あまりの変貌に驚かざるを得なかった。


 今回は、あまり都市鉄道を撮ろうと考えておらず、また、広州でトロバスを撮影したりして遊んでいたため、東線に戻ってきた時には、日没の少し前であった。しかし、デジカメ故まだ撮影ができると途中駅で降り、近郊電車を撮影した。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 撮影場所は、行きの車内からロケハンしただけで、適当であったが、行ってみたら結構良いアングルで撮影できて驚いた。こんなアングルで撮影できるなら、広州を早く出て、ここで北京行きの国際列車や広州行きの列車を撮影すれば良かったと思うが、今となってはなんともならない。

 とはいえ、なんとか撮影可能時間に1本、広州行きの列車があるはずであった。しかし、なぜか大幅の遅れで完全に日没となり、撮影を諦めざるを得なかった。

 その代わりとして、逆方向であるが、香港行きの列車をお見せしたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 地下鉄には、広州でも3路線、深センでも1路線乗ることが出来たが、やはりホームドアに邪魔されて、地上区間でも撮影はできなかった。

 かろうじて撮影できたのが、広州の4号線。大阪の鶴見緑地線と同じようなリニアモーター駆動式の地下鉄である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 余談であるが、リニアモーター式の地下鉄には、地下鉄として分類した方が良いシステムと、LRTに分類した方が良いシステムの2種がある。広州にはリニア駆動の路線が2路線あり、そのどちらかを見て判断するのもひとつの目的であったが、地下区間の長さや編成長から地下鉄として分類した方が良いことがわかり、一安心であった。(駅長)

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