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2011年9月

2011年9月30日 (金)

113.今シーズン最後の9005列車 2011/9/28

 今シーズンも情報通の方から名鉄デキ工臨の情報を提供していただき、早朝の運転ではありますが、都合の許す限り撮影に出掛けていました。9月も下旬になると日の出時刻も5時45分と遅くなり、そろそろ撮影も限界になってきました。9005列車は9月は22・28日が運転予定日でしたが、22日分は台風の影響で夜間作業の計画変更があったのか運休でしたので、最後のチャンスとなりそうな28日にも早朝出動してきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 9005列車の豊明到着は5時39分と日の出前なので、陽が当たる側は露出条件が厳しいため、朝焼けバックのシルエット狙いとしました。天気予報は朝から晴れの1日ということでしたが、毎度のことながら、太陽が昇る方角の低い位置には雲が漂っており、イマイチメリハリのない結果になってしまいました。もう少し空が明るければよかったのですが、こればかりはどうしようもありません。

【2011.9.28 富士松~豊明】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、太陽が昇ってきたので、太陽の窓抜きをやってみました。シャッターのタイムラグが0.2秒くらいあるので、ベストの位置におおよその見当をつけて一か八かの勝負です。今回は何とかいい位置で抜けてくれました。今シーズンの9005列車はこれが最後になると思いますが、来シーズンこそ最高の条件で撮ってみたいという宿題が残ってしまいました。情報通の方には感謝いたします。来シーズンもよろしくお願いいたします。

【2011.9.28 富士松~豊明】(電車運転士)





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2011年9月29日 (木)

この夏の鉄活動、ご報告 -モロッコの鉄道(旅行記風)

 群馬までおカマさんを撮影しに行ったり、他のアーカイブスネタを掲載したため、ずいぶん時間が空いてしまった。このままでは、夏の報告が年を越しかねないので、残るモロッコ編を一気に掲載して、決着をつけるとしよう。


 さて、モロッコとはどこにあるのだろうか。


 アフリカの地図を思い出して貰うとして、その左肩の部分、地中海の出口でヨーロッパとの境がぐっと縮まるところがある。ここがジブラルタル海峡で、そのアフリカ側にあるのがモロッコである。サハラ砂漠の西側の端に位置している。

 簡単に基本情報を書くとしよう。政治体制は国王を元首としている王国であり、1912年から56年まではフランスの保護領(植民地ではない)であった。こうしたことから、フランスの影響が濃い。産業的には、世界的なリン鉱石の産地であると共に、日本に対してはタコの輸出国である。

 最大の都市は映画でお馴染みのカサブランカで、首都はその北約60kmのところにあるラバト。地中海岸の貿易港タンジェ、世界遺産に指定されている迷路の町フェズ、やはり世界遺産に指定されているサハラ砂漠西端の交易都市マラケシュが主要な都市で、それらを結んで鉄道が運行されている。


 鉄道はフランスの技術がベースとなっており、最高速度は160km/hで、アフリカでは最もレベルが高い。カサブランカとフェズの間は1時間間隔、マラケシュとタンジェの間は2時間間隔で優等列車が運転されており、また、ラバトとの間にはインターシティが運転されている。カサブランカの空港への空港鉄道もある。2015年頃を目途に、アフリカ最初の高速鉄道(TGV)が開業の予定である。

 なお、こうした国の常として、鉄道施設は撮影禁止である。今回の撮影は、撮影許可書こそ得ていないが、万一、トラブルになったときの対応策を踏まえたうえて撮影している。

 とはいえ、一眼レフでの撮影は目立ちすぎることから、旅行者としてコンパクトカメラでのスナップが主体の撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、カサブランカの郊外駅で撮影した長距離列車。機関車は仏アルストムの最新鋭機プリマⅡで、まだ欧州でも走っていない代物。なぜ、このモロッコで走っているかというと、新鋭機に付きもののバグ出しが目的らしい。(^^;)

 この列車はどこ行きか、わからないが、都市間の列車はいずれもこうした客車列車である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはラバトで撮影したマラケシュ行き急行。ゲンコツスタイルの電機は、フランスの鉄道そのものである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 モロッコには、1980年代に日本製の電気機関車が輸出されている。日立製で、故障も少なく、現地の信頼度も高いとか。主たる用途はリン鉱石輸送の貨物列車らしいが、このように客車を牽くこともある。朝のマラケシュでの撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 交易都市のマラケシュは、サハラ砂漠の入り口ではあるが、まだこのあたりは砂漠ではない。マラケシュへの沿線はごらんのように荒れ地が続き、線路はその間を大きなカーブを描いて走る。高台もあるので、そこから俯瞰したら、さぞ雄大な写真が撮れることだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こんな雄大な景観も見られる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 マラケシュでは、世界無形文化遺産に指定されているジャマエルフナ広場を訪れた。城壁に囲まれた旧市街の中心にある約400m四方ほどの広場は、文化と交易の中心として栄えた歴史を伝えており、現在では、屋台や大道芸でにぎわう。


 ここならではの食べ物を紹介しよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、これ。貝のようなものを鍋一杯に煮ているが・・・・


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 実はコレ。エスカルゴ、というより、まさに「でんでん虫」そのものである。値段は茶碗一杯50円。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 他の店では、こんなものも売っていた。ひつじの頭や脳みそ!である。料理のイメージは、トンちゃん屋で食べるモツ煮に近いかな。


 さて、鉄道に戻り、次はカサブランカの近郊電車。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ラバトへ行くインターシティなどで活躍していた2階建て車両である。アルストムのイタリア製車両であろう。


 さて、首都のラバトには、本年5月LRTが開業した。川をはさんだ対岸のサレとの間を結ぶインタアーバン的な役割も持つLRTである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ここの車両は、フランスのアルストム製シタディスであるが、車体長30mの片運車を2編成連結しており、全長は60mに達する。まるで蛇がくねりながら動いているかのようである。


 さて、最後に夕暮れのこの写真。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 残照を浴びてきれいに並んで停まっているが、なにかおかしい。乗客もなく、動いている気配がないのである。

 実際にも、この場所で1時間半も停まってしまっていた。もちろん、トラブルではなく、時刻表にも動かない、と明示してある。このラバトのLRT、夕方のラッシュ時に、1時間半も停めて問題はないのだろうか。(駅長)




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2011年9月27日 (火)

112.雨の内部・八王子線スナップ 1978/4/30

 9月5日にアップした10100系3重連運転ですが、朝から土砂降り状態が続き、このまま10100系の撮影を続けるのは辛いということで、大雨からの避難したいとの考えもあり、急遽予定を変更して内部・八王子線へ向かいました。依然として雨は激しく降り続いたいたので、まともな走行写真は撮れずに駅でのスナップ的な写真でごまかすしかありませんでしたが、普段はあまり目を向けない視点で撮影できたのではないかと自分を無理やり納得させ、結果オーライとしました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 内部線の始発の四日市では、一旦、名古屋線の改札口を出て、高架下の内部線のホームに向かいました。乗り込んだモニ210は休日の午後にもかかわらず結構な数の乗客が乗っていました。さすがにナローの車両ということで、ロングシートに座った乗客同士の膝と膝がくっつきそうな状態でした。

【1978.4.28 四日市(モニ210車内)】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 とりあえず、八王子線との分岐駅の日永で下車し、しばらく時間をつぶすことにしました。雨は一向に止む気配はありませんでしたが、内部からの四日市行の電車が到着しました。ホームの乗客が思い思いの表情で電車を出迎えています。

【1978.4.30 日永】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 雨が少し小降りになったので、1枚くらいは走りを撮りたいと思い、西日野方面の開けた場所に移動しました。モニ220の2両が田んぼの中を駆け抜けていきます。この後、再び雨が強くなってきたので、早々に日永に引き返しました。

【1978.4.30 日永~西日野】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この頃の内部・八王子線の閉そく方式は自動化されておらず、各運転取扱い駅では通票の授受風景が見られました。「通票マル!」、「はい了解!」といったやりとりが聞こえてきそうな光景です。

【1978.4.30 日永】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 日永の全景です。左の直線の線路が内部線、右のカーブしている線路が八王子線です。三角地帯の真ん中にある運転室、ホーム上屋などが軽便らしい雰囲気を醸し出しています。

【1978.4.30 日永】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 結構長く居座った日永を後にロケハンがてら内部まで乗車、折り返して泊で下車しました。降りしきる雨の中、四日市行の電車が到着すると乗客が先を争うように小さな電車に乗り込んで行きます。

【1978.4.30 泊】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 夕方近くになって四日市に戻ってきました。電車が到着すると乗客が一気に吐き出されてきます。内部・八王子線はナローとはいえ街中を走り、列車本数も多かったので乗客も多く、寂れた感じが漂うローカル線といった雰囲気はなく非常に活気が感じられる路線でした。

【1978.4.30 四日市】



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2011年9月26日 (月)

東京・おまけ鉄-2

 さて、ホテルの大浴場で湯船に入っていた時にやってきた列車というのは、裏縦貫まわりで運転された「カシオペア」でした。昼間に「カシオペア」の回送を見てはいましたが、それはあくまで車両基地への回送であると考えており、まさか裏縦貫回りで営業運転するとは考えても見ませんでした。わかっていたら、深谷付近まで行って撮影は可能でしたが、天候が悪化していたので、結局は撮影できなかったかもしれません。


 翌日の重連をどこで撮影するか、ホテルでコピーしてきたガイドやネットで撮影地を調べて検討します。但し、24日は上野に14時頃には着きたいので、おのずから撮影地は限定されます。

 候補としたのは、新幹線の上毛高原から徒歩で行ける後閑~上牧の俯瞰。もう一ヵ所が、上信の撮影をしている時に地元のファンから見せて貰った場所です。


 いろいろ考えた末、24日の編成は前D51、後ろC58で近接して撮ると本日の撮影と変わらないと考え、俯瞰で撮影することにしました。道路からの俯瞰なので、撮影場所には困らないと考えられ、あまり待つのもいやなので、ゆっくり9時頃の新幹線で上毛高原に向かうことにします。


 あけて24日。天候は快晴。

 しかし、朝には特に撮影したい列車がなく、ホテルで朝食をとり、ゆっくりと新聞を読んで出撃します。撮り鉄にあるまじき行動です。(^^;)

 上毛高原で降りて、徒歩で撮影地へ。ガイド通り、18分で撮影地の橋の上に到着。しかし、現地についてびっくり。木が伸びていて、ベストのアングルは数人の場所しかありません。これはまったくの想定外でした。


 それでも、なんとか三脚越しに撮れる場所を確保できて一安心。もし、もう少し後で到着する新幹線で来ていたら、場所の確保は難しかったでしょう。行ったことのない撮影地で、憶測で判断することがいかに危険であるか、あらためて認識することになりました。


 さて、そこでの撮影は、こんな感じです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、ガイドブックに載っているベストアングル。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 手持ちなので、カメラを振ってポール1本北側へ。そこへ、なんと、113系が降りてきて、裏かぶりです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さらにもう1本北の位置へ。まだ、113系が後ろに残ってます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さらに、もう1本北にカメラを振ると、こんな感じ。アパートらしきものが入るが、なんとか妥協できるカットかもしれません。


 この日の撮影は、これでお終い。新幹線で東京に戻り、夜は東京の仲間と一杯です。蒸機の撮影は、これで終わりのはずでしたが・・・・。


 午後11時過ぎ、ホテルに戻ってメールをチェック。ついでに、鉄道関係のニュースを見ると、なんと、カシオペアが23日に裏縦貫経由で札幌まで営業運転した、とあります。となると、25日には東京に戻ってくるはず。さっそく、JR東日本のサイトを見ると、24日札幌発で営業運転を行い、東京着が遅れるとあります。


 となると、何時に上越線を通るか。早速、ネットで情報を調べます。ひとつの候補は、23日の回送で撮影した12時前に高崎に着くスジ。もうひとつは、あけぼのの5時間遅れで高崎に10時頃着くスジです。どちらかわからないが、高崎に10時着と思っていれば間違いありません。

 本来は、この日は午後に備えてゆっくりと身体を休める予定でしたが、C61先頭の蒸機重連の旧型客車、カシオペアの回送が同時に撮れるとあらば、もうこれは行くしかありません。

 そこで、朝5時半に目覚ましをセットして、東京から高崎まで遠征です。


 上野駅でカシオペアの到着を聞くと、11時54分とのこと。となると、渋川のあたりは9時から10時の間と予想されます。予定していた列車で行くと、ちょっとやばそうな時間になるため、大宮~熊谷間を新幹線でワープ(840円区間です)。なんとか、8時半に渋川に着くことができました。


 目的地は大正橋。実は、ここでの撮影は今回が初めてです。すでに多くの三脚が林立していましたが、ここでもなんとか場所を確保できました。10分遅れの10時13分頃、カシオペアが通過。前々から撮りたいと思っていた大正橋で、思いがけず客車列車の撮影が出来て大満足です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、次はC61先頭の重連をどこで撮るか。もう、この段階ではかなり気分がハイになっており、ちょっと(かなり)贅沢とは思いながら、タクシーを手配。地元のファンから教えて貰った場所に向かいます。


 その場所はこんな感じ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 個人的には大変好ましいアングルなのですが、なぜか鉄の姿はほとんどありません。撮影地ガイドには載せずらい場所であることは確かですが、とはいえ、私有地ではありません。問題は陽が照ると完全逆光となることですが、これは上越線ではどこでも同じこと。日本中の撮り鉄が集まったのではないか、と思われるほど、主な撮影地には三脚が林立する激パの重連旧客3連ちゃんの最終日で、このアングルで撮影していたのはわずか5人だけ。まったくの余裕の撮影で、拍子抜けしてしまいます。しかも、直前になって、いつもは悪い方に作用するやられ雲に太陽が少し隠れて、完全なV写真になるはずでしたが・・・・・


 なんと、直前にワゴンが乱入、さらにこの写真ではわかりづらいですが、C58の先頭あたりの位置に素人が2人乱入し、せっかくの写真が台無しになってしまいました。線路に沿って道路があるだけに、だれが来ても文句は言えないだけに、それなりのリスクがあるのはやむをえませんが、それでも他の条件がすべて揃っただけに、悔やんでも悔やみ切れません。


 今回の3日間の鉄を振り返ってみると、カシオペアの運行という幸運に恵まれた反面、経験不足や不可抗力でそれぞれの写真を見ると、いずれも瑕疵があります。


 岩本の写真のチョンボというのは、写真が全体に後ピンとなっていることで、200mmで撮影しているときにピントをどうも後ろの方であわせてしまったようです。編成全体はギリギリ被写堺深度には入っていますが、蒸機の前の方の砂利がぼやけています。デジカメに変えてから、あまりこうした角度で鉄道を撮っていないので、まさに経験不足、もうひとつはカメラのAF能力の限界なのでしょう。こうした時には、ピントのAFを外すべきなのでしょうか。(当初は外していましたが、最近は面倒なので、AFのままで撮影しています)


 また、大正橋のカシオペアは、後ろに架線柱が微妙に映り込んでいます。これも、もう0.1秒くらい遅ければ、ベストでしたが・・・。モードラに頼りすぎですね。(^^;)


 上毛高原の俯瞰は、113系の裏かぶりだし、煙ももうひとつ。C61重連客車はご覧の状態。これらは不可抗力ですが、まあ、これらをすべてクリアできていたら、あまりに出来過ぎなのでしょうけどね。


 久しぶりの蒸機鉄、思わぬおまけもあって、若干の不満はあるものの、まずまずの成果を得ることができました。ただ、機会があれば、再履修の必要ありか、とも思っています。行かなければすむものを、撮れば撮ったで、また、行きたくなってくるのはいつもながら困ったものです。(駅長)




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東京・おまけ鉄-1

 天候に恵まれたこの3連休、メンバーの方々もそれぞれに鉄活動に励まれたようで、ご同慶の至りです。かくいう小生は、昨年末から東京で鉄ではない予定が入っていて、その合間にどこかで鉄をしようかと漠然と考えていました。そこに入ってきたのが、群馬ディストネーションキャンペーンで上越線で蒸機重連が旧客を引くというニュース。幸にも東京での予定は、24、25日の午後3時からであり、23日と24日の午前中は空いています。当初から東京に泊まりで行く予定にしていたので、交通費や宿泊費は当初計画より若干のプラスですみます。これは行くしかない、ということで23日から蒸機重連を撮りに行くことにしました。


 しかし、当初からの目的があるので、大きなカメラバックを持っていくわけには行きません。また、歩き鉄では場所取りも出来そうもないことから、三脚を持っていっても無駄になりそうです。かといって、脚立はバスに積むことがはばかられます。そこで、カメラバックではないリュックにカメラ1台とレンズ3本(単玉は85mmだけ)を詰め込み、脚立の代わりに踏み台を手提げ袋に入れていくことにしました。ゆえに本格的な撮り鉄ではなく、おまけ鉄であります。


 では、どのようにして高崎まで行くか。前々から気になっていたのは、高崎・前橋方面への夜行バスを運行している日本中央バスのシルクライナーです。この高速バス、大阪発でとんでもない経路で上越方面への高速バスを運行しており、また、昼行の名古屋との高速バスも早朝・深夜着と、一体どのような人が利用するのか、理解できない時間帯に走ります。しかし、夜行バスの名古屋午後11時発、高崎午前5時着というのは、まさに上越線の蒸機撮影のために運行されている(^^;)といっても過言ではない時間帯。(ちなみに帰りのバスとして、高崎午後4時、名古屋午後11時12分着という体力さえ持てば撮影には有効な時間の運行があります)初めてこのバスを利用することにしました。


 名古屋駅新幹線口午後11時。こんな時間に新幹線口に行ったのは初めてですが、ものの見事に高速ツアーバスばかりですね。驚きました。夜行列車が無くなるわけです。

 さて、乗車するシルクライナー。やってきたのは3列シートのデラックスバス。これなら隣に気兼ねなく寝ることができます。大阪からどれくらい乗ってくるかと思いましたが、乗客の半数以上が名古屋からの乗車でした。こんな時なので、鉄ばかりかと思っていたら、鉄は3人だけ。ちょっと拍子外れです。

 

 シルクライナーは、中央道・長野道経由で高崎へ。時刻表では午前5時着になっていますが、車内では特に渋滞がなければ午前4時40分頃到着と案内が流れます。

 予定通りの時間に高崎駅東口に到着。ちょうど「あけぼの」が来る時間なので、ホーム端で撮影します。人気のある双頭連結器のEF640131の牽引でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 予約してある駅前ホテルに荷物を預けて、6時23分の一番列車に乗車します。この日、どこで撮るか迷いましたが、とりあえず線路脇で撮影したく、岩本で下車します。岩本には、線路脇で撮影できる踏切が3ヵ所(4ヵ所かも)ありますが、いずれもすでに三脚が林立しており、とてもではありませんが踏み台を使っても、後ろから抜ける環境ではありません。

 それでも、一ヵ所、三脚の間に後ろから抜けそうなところがあり、そこに踏み台を置かせて貰ってなんとか場所を確保できて、やれやれです。隣にいた人に聞くと、朝5時には、すでに三脚が林立していて、場所はなかったとのこと。当方も一番列車で来たのでなんとか間に入れて貰うことができましたが、それ以降に到着していたらそれすらも無理だったでしょう。


 場所は確保したものの、本命までには4時間以上もあります。貨物が通らないかと期待していたら、2本、撮影ができました。ブルーサンダーの撮影は初めてで、こんな時でないと撮影はできません。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さて、10時過ぎになると、なぜか反対方向にカメラを向けている人が現れてきました。何か、珍しいのが来そうな気配です。

 11時13分、蒸機通過の10分前、踏切が鳴ってやってきたのが、なんとコレ!


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最初は、一体何が来たのか、わかりませんでした。


 そう、カシオペアの回送です。どうやら、台風の影響で運行できなくなった編成を日本海経由で回送したようです。

 

 しかし、JR線の沿線でカメラを構えたのは、この前は瀬戸線の6750系さよなら運転の時の高蔵寺、その前は昨年7月の北陸線です。高蔵寺では日根野の381系(これは教えて頂いて撮影した)、北陸線では489系の団臨(これは偶然)と、ごくごく少ない撮影チャンスの時に、なぜか珍しい列車が向こうからやってきてくれます。 今回も、こんなのが撮れちゃいました。(^^;)


 さて、本命の蒸機はこんな感じ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 実は、この写真、大チョンボをしているのですが、なんとか実用には耐えられるようで、とりあえずは一安心です。


 本命列車の撮影後にどこに行くか。定番では水上の発車ですが、すでに大激パになっているようなので、今更、撮影場所の確保はむつかしそうです。また、本来は電車鉄なので、蒸機ばかりというのも宗旨替えのようで面白くありません。

 そこで、高崎に戻り、上信電鉄に行くことにしました。上信電鉄では、シーメンス製のデキを復活しており、この夏には電車と連結して運行しています。この前週の19日には高崎の旧型客車も牽引しています。

 この23日は、その最終回として、ハイキング客用にデキが運転することになっています。ちょうど蒸機撮影後の列車で高崎まで帰れば、富岡のあたりでその列車の撮影が可能です。


 しかし、上信電鉄に撮影に来たのは、デキ重連で貨物を牽引していた頃。(何年前?)撮影場所がさっぱりわかりません。加えて、線路は東西に走っているので、光線状態もあまりよくありません。

 

 当初は根小屋のあたりで撮影を考えていたのですが、車窓を見る限り、良さそうな場所はありません。エイヤ!と降りたのが、上州福島。その高崎寄りにある跨線橋がなんとか撮影が可能なようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 行き当たりバッタリの撮影でしたが、なんとか合格点の写真を撮ることができました。ここには地元のファンも訪れており、上信電鉄の撮影ポイントのひとつのようです。

 ここであったファンに見せて貰った本日の蒸機の写真が、俯瞰気味で重連が入って、なかなか好ましい構図です。しかしながら、これまで雑誌やインターネットで見たことがありません。この撮影地にはちょっと食指が動き、翌日以降の行動に影響を及ぼすことになります。


 さて、電車で高崎に戻ると、あんなに天気が良かったのに、なぜか雨模様となっています。帰りの蒸機を新前橋くらいで撮影しようと思っていたのですが、雨でしかも暗いとあっては写欲が減退してしまいます。

 そこで、思い切りよく撮影をあきらめて、ホテルで休息することにしました。しばらく休んで、高崎駅に蒸機の到着だけ、見に行くことにしました。


 実は、この時、まったく予期せぬ列車が高崎に向かって運行していたのですが、悲しいかな、情報不足で知らずじまい。知らぬが仏、とはこのこと。列車のやってくる時間には、ホテルの大浴場で湯船に浸かっていたのです。(続く)

(駅長)




 

 

 

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2011年9月25日 (日)

季節探し

台風15号とともに夏の高気圧がようやく撤退し、秋らしい季節がやってまいりました。「秋分の日」9月23日の天気予報はほぼ一日「晴れ」マーク。こんなときに家の中にいるとストレスがたまり精神衛生上よくないので、夕方までの外出許可をいただき、カメラと三脚担いで出発~。

彼岸花は咲いたのか、稲刈りは終わったのか、秋の訪れを見つけに「宿場トレイン117」撮影を兼ねて中央西線~明知鉄道と目的地を定めました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

澄み切った空に、早朝から御岳山が姿を現していました。そこに「高山線4702Dでミオの国鉄色が上っている」との朝イチ情報。早速、逆光承知の御岳バックに直行して撮影を試みましたが、結果はトリミング&修正で何とか見られる程度。すでに国鉄色編成は何度か撮影しているので失敗してもいいや、とたまには遊び感覚で。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

瑞浪付近を移動中にハザ掛けが目に入りました。折りしもやってきた快速列車の先頭は、そろそろ飯田線への転用が予定されている213系。中央線で活躍するのもあと僅かの間。正面に陽が回るまでにはもう少し粘らないといけませんが、先を急ぎたいので1本だけ撮って撤収。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

「宿場トレイン」など撮影しながら釜戸付近でうろうろとしていたら、やがて3088レの通過時刻。しかし祝日なのでウヤ?ダメもとと思っていたのでロケハンもしないまま時間が迫ってきたため、たまたま目にしたキバナコスモスの前で三脚を立て、来れば儲けもの、と思っていたら本当にやって来た!過日の台風で輸送が滞っていたための復活運転でしょうか。それとも所定?



「はなぶさ」に集まる仲間たち

明知鉄道の飯羽間付近は、美しい田園風景が広がる「農村景観日本一」に指定された岩村町の富田地域。その風景を眺める為に建てられた展望台から明知鉄道線を望むことができます。ただ、距離があるので撮影するには200mm以上のレンズが必要。もう少し早い時期に訪れていたら、黄金色のじゅうたん風景が収められたかもしれませんね。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

展望台から見えた場所に向かい、稲刈りをしている一区画に立ち寄ったものの、線路までは少し離れているし障害物もあるので、列車はアウトフォーカスにして稲刈り重視のアングルを選びました。次に来る列車は急行、せいぜい2両だろうとタカをくくっていたら、やってきたのはなんと3両!?の長大編成、しかもアケチ6型をつなげている!という予期せぬ編成長のため軽トラにカブってしまいました。うれしいやら悲しいやら・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

その3連急行が恵那から折り返し「アケチ6」が先頭となる明智行きを東野で待ちます。編成美には欠けますが、それなりの収穫。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

広島更新色のEF64が重連で3084レに充当、との目撃情報。僅か3両しか存在しない塗装ガマのうちの2両がペアを組むのは相当低い確率。それよりも、どうせウヤだろうと期待していなかった3084レが運転されるとなれば予定変更、釜戸ー瑞浪に車を移動します。通過5分前からゲリラ雲の襲撃に遭うも直前に雲が途切れ、黄金色に輝いた稲穂の横を「広島ダブル」は駆け抜けていきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

このあとは夕方まで釜戸ー瑞浪をうろうろ。メイン被写体は下り貨物81レと、祝日なのにこれもなぜか運転されている5875レの2本。しかし両列車とも案の定、曇り空の下での撮影となりました。しっくりこないですが、国鉄色に敬意を表してこの日のラストショットとなった5875レを載せておきます。


秋本番を向かえ、彩られた景色がカメラマンを誘います。各鉄道会社からいろいろとネタも揃ってきました。さあ忙しくなりますね。休前日は天気予報から目が離せません。(出札掛)







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最近?の117系の話題から

ようやく秋めいてきて体は楽になってまいりましたが、秋分を迎え日暮れが早くなって夕方の撮影にはそろそろ厳しい季節になってきました。

秋風が吹いてきた形式と言えばJR東海では、117系と119系でしょう。皆さんもそろそろ気になってきていることとは思いますが、その117系の話題を二題。


まずはチョット鮮度落ちですが、廃車回送を。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

岡崎・西岡崎 回9532F 2011/8/22

廃車となるS5編成(クハ117-107+モハ117-52+モハ116-52+クハ116-26)をS13編成とS7編成で挟む12両の長大編成?で大垣→西浜松で運転されました。これは愛環車の入出場同様、S5編成にATS-PTが設置されていないためで、今後も同様な措置が採られるものと思います。某情報では9/20にも回送があるとのことでしたが、ガセだったのか、台風15号通過直後のせいで手配がつかなかったためか運転されませんでした。


次は「トレイン117」の話題。

夏の飯田線運転時は、おもに長野方面に行っていたため撮影できませんでした。9月から10月の週末、祝日は「宿場町トレイン117」として、名古屋・南木曽間での運転となります。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

大曽根・新守山 回9842M 2011/9/19

大垣区所属の117系ですが、「宿場町・・・」運転時の常駐は神領区となり、交検時のみ大垣区へ回送されます。

撮影するものがないのか、名古屋市内の数少ない撮影地の矢田川橋梁には週末になるとそれなりに鉄チャンが見られます。河川敷はそれぞれの休日を楽しむ人々が数多くみられるのですが、この日は少々さびしい状況でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

落合川・坂下 回9839M 2011/9/23

この日は家族運用で、中津川に出かけたついでに寄り道(こちらが本来の目的?)して撮ってきました。目玉としてはこれしかないハズなのにこの場所にも10人以上の同好の面々がおられました。


毎度のことながら終焉まじかにならないとなかなか腰が上がらないのですが、手遅れにならないように(と言っても117系はすでに岡崎以東では撮れなくなっていますが・・・)したいとおもいます。(検査掛)


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111.樽見鉄道 彼岸花鉄 2011 2011/9/24

 先週は日本列島を縦断した台風15号に翻弄された1週間でしたが、皆様のところは大丈夫でしたでしょうか? 自分のところは庄内川に近いため、避難指示が出ていましたが、幸い何事もなく無事でした。台風が去り、天候が回復したのを見計らって、今が旬の彼岸花鉄に出掛けてきました。今年は三岐鉄道が台風12号の被害により鉄橋が損傷し、貨物列車が運休状態になっていることもあり、樽見鉄道1本に絞らざるを得ませんでした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 樽見鉄道へ向かう途中に去年も撮影した東海道本線の犀川の土手に立ち寄りました。去年までは夏が終わると土手の草刈りが行われて、彼岸花が土手を覆い尽くす光景が見られるのですが、今年はなぜか草刈りが行われておらずご覧のような状況で、いきなり出鼻を挫かれる状況となりました。

【2011.9.24 穂積~大垣】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 同じ犀川の樽見鉄道の鉄橋です。この近辺の土手も彼岸花が結構咲いていますが、線路が見えるところは時期が少し早かったこともあって密度がイマイチで、アングルには苦労しました。

【2011.9.24 横屋~十九条】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 場所を糸貫方面へ移動しました。去年はコスモス畑があったので、今年はどうかと期待感を持って行きましたが、結果は残念ながら×…。結局、畦道に咲いていた彼岸花でお茶を濁すことになってしまいました。

【2011.9.24 糸貫~本巣】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 昼近くになって光線状態もよくなってきたので、本命ポイントにしていた木知原に向かいました。たまたま稲刈りをしている家族の姿が見えたので、彼岸花は少し休憩して、スナップ風にまとめてみました。

【2011.9.24 木知原~谷汲口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ここの彼岸花ですが、やはり少し時期が早かったようで、もう一息っていう感じでした。ここ数年、花の咲くタイミング・自分のスケジュール・天候が微妙に合わなくてなかなか満足のいくショットをモノにすることができません。

【2011.9.24 木知原~谷汲口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 木知原の後は犀川の土手に戻りました。朝とは反対側の方が彼岸花の密度が濃いので、午後になるのを待っていました。ここも時期が少し早かったようで、真っ赤な絨毯状態にはなっていませんでした。以前はギリギリ1両を鉄橋の上に乗せることができましたが、木の成長によって難しい状態になってしまいました。前が空いているように見えますが、前の列車では鉄橋の手前の枝が車体に被っており、次の列車でリベンジしましたが、これが限界でした。

【2011.9.24 横屋~十九条】(電車運転士)

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2011年9月20日 (火)

【アーカイブス】タルゴいろいろ

 飛び入りの記事で中断したが、この夏の鉄活動における報告を続けたい。


 先回、スペインの軌間変換車であるタルゴの高速新線用新車をご紹介したが、このタルゴは類をみないユニークな構造だけに思い入れがあり、これまで機会を見てさまざまな場所で撮ったり乗ったりしている。


 タルゴとの最初の出会いは、1981年に初めて訪欧したときである。この時は、バルセロナとチューリヒを結んでいたカタラン・タルゴを見るため、フランスのリヨンを訪れ、その列車を撮影すると共に、パリのオーステルリッツ駅で登場したばかりの振り子タルゴの寝台を見ている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは、パール・デュー駅開設に伴い廃止となったリヨンのブロットー駅で撮影したカタラン・タルゴ。最近まで現役であったタルゴⅢRDである。丸っこいステンレス製の車体が特徴的である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こちらはパリで撮影した振り子タルゴ。撮影時は登場したばかりで、マドリッド~パリ間の寝台で使用されていた。以後のタルゴは、この角形の車体となっていく。

 

 次にタルゴに出会ったのは、なんとドイツである。上記振り子タルゴが好評であったことから、ドイツ国鉄が購入し、「インターシティ・ナイト」として、ミュンヘン~ベルリン、ボン~ベルリンで運行された。シャワー、朝食付き、1室2段ベッドの豪華寝台というふれこみで結構良い値段がしたが、タルゴ乗りたさに1995年に2度目の訪欧をした際、ミュンヘンからベルリンまで乗車している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この写真は、たまたま旧東独のどこかの駅(ワルシャワシュトラーセか?)に降りたときに、偶然やってきた回送を捉えたもの。このタルゴの寝台は、老朽化により、昨年だったかに廃車となっている。


 タルゴは、欧州だけでなく、アメリカにも輸出されている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 シアトルを拠点に、カナダのバンクーバーやポートランドとの間を走るアムトラックのカスケードで、もう運行を初めてから10年が経過しているはずだ。巨大なアムトラックの機関車と比べると、大人と子供ほどの違いがある。


 カタランタルゴに使われていたタルゴⅢは、最後はバルセロナ・フランサとフランスのモンペリエの間を走っていた。いよいよ無くなりそうだ、という情報を得て、2008年に乗りに行っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、バルセロナ・フランサのタルゴ。バルセロナのターミナルは、AVEの停まるサンツがメインで、海辺に近いこの駅はフランスへの国際列車のターミナルとなっている。しかし、地下鉄の駅からもちょっと離れていて、場末の雰囲気が漂う。カーブしたホームは風情があるが、こうした停まり方をすると撮影にはしんどい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 タルゴの車内はこんな感じで、昔の応接セット風の椅子が並んでいる。椅子の幅は広いが、座り心地は最近の車両と比べると?である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 このタルゴは、スペインの1668mm軌間とフランスの1435mm軌間を直通するため、スペインのポルトボウで軌間変換を行う。スペインの機関車で軌間変換装置のある建物に推進で押し込み、途中からフランスの機関車を連結して牽引する。この体験も、この列車に乗車した目的であった。

 これは、国境を越えたフランス側のセルベールで撮影している。南欧の美しい風景の中を走るタルゴの車窓は印象に残った。

 バルセロナ~モンペリエ間のタルゴⅢによる国際列車は、ペルピニャンからスペインへの高速新線が開業した昨年冬のダイヤ改正まで運行されたはずである。(駅長)


 




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2011年9月19日 (月)

【アーカイブス】全盛時のりんご電車

 検査掛さんが今夏の長電2000系のイベント列車の様子を掲示され、それを元に撮影の機運が高まっているが、たまたま昭和52年11月に長電を訪問した時の写真が出てきたので、ご紹介したい。なお、この時に撮影したカラーはすでにご紹介済みであり、同じような写真が出てくることをご了承頂きたい。ただ、当時はカラーよりもモノクロがメインであったようで、良い写真はモノクロの方が多いようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時は、かなりの時間を桜沢で狙っているようで、特急の写真も何カットかある。これは定番の構図であるが、順光のこうした角度の写真は、何時の時代でも飽きないことは確かである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 桜沢のカーブを曲がる2000系。山も見えて、本来ならカラーで決めているはずだが、モノクロメインの撮影である。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この頃は、169系の急行志賀も乗り入れてきており、当然、狙って撮影しているが、なぜかこれもモノクロだけである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 桜沢といえば、俯瞰撮影が定番であるが、なぜかこの1カットしかない。登る場所を間違えて電柱がうまく処理できなかったのだろうか。いずれにしろ、この天気でちょっと勿体ない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは信州中野だろうか。2000系特急の行き違いである。なんの変哲もないこんな写真が、今になってみれば貴重である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 貴重ついでに、湯田中旧駅のスナップ。こんな写真でも、スイッチバックだった当時を偲ぶことができる貴重な記録である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に、この時に撮影した屋代線大室~金井山の俯瞰のモノクロ版。こうした遠景になると、ちょっとモノクロは厳しい。モノトーンの空に現像ムラのような現象が出てしまっている。近接撮影では気にならないだろうが、こうした俯瞰となるとやや気になってしまう。(駅長)




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【アーカイブス】キハ8000系を偲ぶ

 それでは、引き続いて急行色時代の「北アルプス」の写真をお目にかけよう。


 まずは、飛騨小坂~渚間の川沿いに架けられた鉄橋を行く北アルプス。この場所は、特急色になってからもよく撮影に訪れた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 金山ダムのダム湖のところでも撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この角度のアングルは、その後、あまり見かけないところをみると、木が伸びて撮影できなくなったのかもしれない。残念なことに、列車のところだけ影になってしまっているが、強引にシャッターを押したようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、高山駅でのキハ90系とのコラボ。こんなところで撮影できたのだから、良き時代である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 急行「北アルプス」になってから、富山地鉄に直通したが、これは立山駅に憩うキハ8000系。くしくも名古屋から来たキハ58系の「むろどう」と元名鉄3800形の14710形と顔を並べた。富山地鉄の華やかりし時代である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 キハ8000系は、富山地鉄での間合い運用として、立山から宇奈月温泉まで「アルペン特急」として足を伸ばしていた。今では信じられないような長距離の運用である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 検査等で編成替えとなり、キハの向きを変える必要のあるときは、デキを連結して方向転換を行った。須ヶ口→栄生→下砂入→須ヶ口の順で、デキの活躍の舞台となっていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に、キハ8000系ではないが、その撮影の折りに見かけた中電のDB51を紹介しよう。元大井川鉄道井川線の機関車のようで、飛騨小坂にあった中電の専用線に移ってきたようだ。しかし、この専用線、どのように線路が伸びていたのか、さっぱり記憶にない。貨物をつないで走る様子は、結構面白かっただろうが、勿論撮影していない。(駅長)






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2011年9月17日 (土)

名鉄デキのイベント参加

この度、名古屋鉄道から発表された“鉄道の日”関連イベント「ハロー!マイ・トレイン」の内容によると、三柿野駅でデキ300と600が連結して展示されるという。おっ、これは・・・。


名鉄のデキを日中堂々と公の場で見学できるのは貴重なことですが、それよりも気になるのは、三柿野で展示となるとデキ常駐先の犬山から車両を持ってこなければならないので、これに伴う回送列車が必然的に発生するはず、ということは、デキ重単が日中に、しかも普段はめったに入線しない各務原線を走るとなれば、これは絶好のシャッターチャンス。さて、この区間で狙うとすれば定番のにんじんカーブか犬山橋か。その前に、重単の撮り方を誤るとなんだか締まりのない写真となりそうなので、事前にイメージをつかめるような画像はないかと過去のデータを探してみたら、こんなの↓がありました。   ・・・あまり参考になりませんね・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

なぜか昔に写しています。【1985/6/22  柏森ー江南 9580レ】



「はなぶさ」に集まる仲間たち

貨車1両のみをお供に旧・犬山橋を渡る鵜沼への定期貨物。【1983年2月 新鵜沼ー犬山遊園】


ただ、本当にデキ重単が設定されるのか?勝手に想像しているだけなので、もし全く異なる運転計画になったら、どうかご勘弁ください。

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例えば、5300系などを挟んだプッシュプルでも運転してくれれば魅力は倍増するのでしょうが、う~ん、夢物語でしょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

でも、かつてはこんなイベント列車の乗車・撮影会が催されたんですね、自分も参加しました。【1982年2月 築港線】


今までイベント絡みではめったに表舞台に立つことのなかったデキ。これを機に、次回は主に東部線で活躍しているデキ400の西部地区走行を見てみたいですね。  ・・・やっぱり夢物語・・・?(出札掛)

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2011年9月14日 (水)

【アーカイブス】キハ8000系を偲ぶ-1

 出札掛さんの記事で、谷汲線や北アルプスが無くなってから、この9月末で10年になることに気がついた。そこで、好評の?海外鉄ご報告を一旦休載にして、北アルプスの初代車両であるキハ8000系をご紹介したいと思う。

 キハ8000系は、ご存じのように昭和40年に準急「たかやま」としてデビュー、その後、急行「たかやま」、「北アルプス」を経て昭和51年10月からは特急「北アルプス」という具合に同じ車両が特急に昇格していったという、まさに出世車両といえる名車である。

 個人的にもキハ8000系は、いろいろなところでお世話になり、思い出深い車両である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これが最初に撮影したキハ8000系で、昭和45年6月の撮影である。急行「たかやま」が「北アルプス」に変わる、ということで撮影に行ったものと思う。しかし、急行「たかやま」の写真はこの1枚だけしかない。この頃は、ほとんど名鉄の写真を撮らなかったからである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 とはいえ、急行「北アルプス」の初日列車の撮影に行っている。これは、学校帰りに帰りに撮影したのだろう。どうせなら、跨線橋の上からではなく、ホームから形式風に撮影すれば良かったのに、なぜか俯瞰撮影である。まあ、それでも無いよりはマシである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 急行「北アルプス」の写真は、カラーを含めて次回にご紹介するとして、とりあえず珍しい?1枚。急行「北アルプス」どうしのすれ違いで、当時の折り返し駅である飛騨古川での撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 急行「北アルプス」は、昭和51年10月に塗装を変更して特急化されるが、その直前にはヒゲがついた特急塗装の急行「北アルプス」が走っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そして、いよいよ特急「北アルプス」である。その記念列車を、高山線に撮影に行っている。これは立山行きの1611Dで、飛騨小坂で撮影した。もう少し、シャッターのタイミングが遅れれば全編成が入るのであるが、まだまだ未熟である。

 後に、このあたりにはキハ80系の撮影で何度も行くことになる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その帰りの列車を飛騨金山で撮影している。やはり記念列車は、このように線路脇からカッチリと撮ることが望ましい。2両目に急行塗装が入っているので、特急化初日の列車であることがわかる。


 次回は、カラーや富山地鉄の写真を含めた急行色の8000系の写真を紹介しよう。(駅長)





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2011年9月13日 (火)

110.長良川鉄道 清流鉄 2011 2011/9/11

 9月に入り、秋の気配を感じる季節となってきましたが、まだまだ残暑が続いております。先日の台風12号の集中豪雨は紀伊半島を中心に甚大な被害をもたらし、紀勢本線は鉄橋の流出などで、三岐鉄道三岐線は保々~北勢中央公園口の鉄橋の橋桁がずれてしまったことで全線開通の目途が立っていません。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げたいと思います。このような状況の中、家族運用もなくフリーになった9月11日、どこへ行こうか迷いましたが、結局、いつものパターンで長良川鉄道の清流鉄に出掛けてきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 早朝、目が覚めた時はどんよりとした曇り空だったため、活動を諦めて2度寝となりましたが、次に起きた頃には予想に反して天候が回復状態となってきたため、出遅れの感は否めませんが、急遽の出動となりました。まずは、必ず鮎釣り人がいて比較的撮りやすい自然園前~山田のポイントへ向かいました。普段は単行の列車も多客だったのか2両編成で運転されていました。

【2011.9.11 自然園前~山田】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 少し南へ移動し、深戸~相生のポイントへ向かいました。ここも必ず鮎釣り人が何人か集まる場所です。釣り人はジッとしているようですが、微妙に立ち位置や竿の角度を変えたりするので、列車通過直前まで気が抜けません。

【2011.9.11 深戸~相生】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 車で移動中に相生~郡上八幡の鉄橋付近に大勢の鮎釣り人が集まっていたので、今までこのポイントで撮ったことありませんでしたが、挑戦してみました。到着した時にはいい感じで陽が当たってくれていましたが、列車通過直前になって現れたゲリラ雲にやられてしまいました。

【2011.9.11 相生~郡上八幡】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 相生から苅安付近にかけてはラフティングとカヌーの格好の場所となっているようで、昨年に続き列車との組合せを狙ってみました。アップした画像は実は昨年のものですが、カヌーが絶妙のタイミングで画面に納まってくれたものの、時間帯が昼過ぎだったため、列車の側面に陽が当たっていないのが心残りとなりました。今年は昨年の反省を踏まえ、午前中にこのポイントを訪れて2列車待ちましたが、ラフティング・カヌーとも列車との組合せはまったくダメで撃沈でした。

【2010.9,19 赤池~深戸】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日最後に訪れたポイントがここです。ここも初めて撮るポイントでした。夕方近くにならないと列車に陽が当たらないので、今まで知らずに通過していました。鮎釣り人はもっと左にいたため列車位置とのバランスを考えてこのポジションで待っていましたが、やはり、通過直前になって右へ移動し始めたため、自分も対応ができず、中途半端な感じになってしまいました。

【2011.9.11 赤池~深戸】(電車運転士)



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2011年9月11日 (日)

歳 月

鉄関連のブログをいろいろと見ていたら、「10年前に名鉄北アルプス号が廃止されて・・・(略)」という記事が目に留まりました。えっ、もうそんな昔のことになるのか!?


北アルプス号の最終日となった2001年9月30日は、末端4線区間(揖斐、谷汲、大須、八百津)の廃止、“いもむし”こと3400系、600V線の750形定期運用離脱など、名鉄ファンにとって忘れられない一日となりました。ブログをご覧の皆様のうち、多くの方がどこかに足を運んでいたことと思います。自分もこの歴史的な出来事をしっかり目に焼き付けておこうと早朝から出動、東奔西走の一日を送りました。

さて、夜はどこの線区で最終列車を見送ろうか?だが、やはり揖斐・谷汲を訪問せずにはいられませんでした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

谷汲線谷汲駅を発車する最終列車は超満員。駅長が最後の発車合図をします。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

最終列車を見届けた後は、ホームにて谷汲駅長がカメラマンの記念撮影に応じていました。目が潤んでいるような表情に見えたのは気のせいでしょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

続いて揖斐線本揖斐駅発の最終列車。同時に750形の営業運転ラストランでもあります。大勢の人たちに見送られつつ、黒野に向けてホームを離れていきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

そして「北アルプス」は、線路間を広げる工事が終わり暫定単線区間から名実ともに複線区間に改良され、開通したばかりの犬山橋で見送りました。


早いもので、間もなく10年の歳月が経とうとしています。これらの現役時代を知らない世代の鉄チャンたちには、どのような姿に映っているのでしょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いつまでも忘れずに・・・(出札掛)




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2011年9月 9日 (金)

この夏の鉄活動、ご報告 -スペインの高速列車 3 車内サービス

 JR東日本の東北新幹線「はやぶさ」でのグリーン車を超えるサービスを売り物にしたグラン・クラスが人気を呼んでいるらしい。その秘密は、座席の良さと食事・飲み物のサービスであろう。イメージとしては、ANAのプレミアムクラスの列車版であろうか。こうしたサービスが出てきたということは、飛行機との競争をかなり意識している、という現れなのだろう、


 こうしたプレミアムのサービスは、欧州にもある。代表的なのが、英仏を結ぶユーロスターとフランスからドイツ、ベルギー、オランダを結ぶタリスで、時間帯にもよるが、ファーストクラスでは軽食や食事が提供される。


 こうしたサービスを徹底して行っているのが、スペインである。主要な特急すべてのファーストクラス(プレフェレンテ)で軽食や食事を提供しているのに加え、さらにファーストの上であるクラブもある。反面、ユーレールパスで乗車する場合は、すべての特急で指定をとらねばならず、加えて特別料金も付加されるなど、ありがたさ半分、面倒くささ半分というところであろうか。


 スペインの列車におけるこうした供食サービスは、ネットでもほとんど見かける機会がないので、ちょっと乗り鉄風であるが紹介することにしたい。


 まずは、ドイツのICE3のスペイン版であるAVE S103のクラブ車。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは先頭の展望室であるが、残念ながらドイツのように運転台を通して前は見えず、スモーク化されていた。

 座席は、ドイツのICE3の一等車と同じような感じである。


 では、供食サービスの方を。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 乗車列車は、サラゴザ17:50発のマドリッド行きAVE3162列車である。残念ながら、この時間帯の列車は軽食なので、簡単な軽食と飲み物だけである。この列車のユーレールパスからの差額は38ユーロなので、最近のユーロ安とはいえ、やや高いと言わざるをえない。飛行機のビジネスクラスのように、飲みものや軽食のおかわりはしょっちゅう進めてくれるのであるが・・・。

 この列車でクラブ車を選択したのは、日本での事前予約の際になぜかプレフェレンテの予約が入らなかったからである。2等でもよかったが、話の種にと思い、勢いでクラブを購入したが、軽食の時間帯だけに、少々勿体なかったかな、とも思っている。

 もっとも、その分、乗車前に駅に設置されているクラブ・プレフェレンテ利用者用のラウンジに行って、ちょっと豪華な雰囲気を味わい、ちょっと元は取ったが・・・(^^;)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 セビリアに行くときには、早朝でホテルの朝食を食べられなかったこともあり、AVEのプレフェレンテの予約を入れて、朝食を賞味した。ユーレールパスとの差額は23.5ユーロで、まあ、朝食代と思えばこんなものか。


 マドリッドからアリカンテの往復は、いずれもタルゴ型のALVIA S130の列車であり、夜8時以降の出発で食事が提供されることから、これは狙ってプレフェレンテを選択した。 

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 プレフェレンテの座席はこんな感じで、AVEの座席と比べると、軽量化されていて重厚感はない。また、これはすべての列車に共通であるが、天井にモニターが吊り下げられ、映画が上映される。このために、乗車直後にイヤホーンが配られ、それは持ち帰りが出来る。


 アリカンテ行きの食事はこんな感じ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ラヴィオリのトマトソースかけにサラダとトマトスープ、果物、飲み物である。


 また、アリカンテからマドリッド行きではこんな感じで、メニューは異なっていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こちらは、サーモンステーキである。食事のレベルから言えば、航空機の長距離線のエコノミークラス並で、短区間では航空機は食事は出ないから、差別化にはなっている。


 これら夕食を提供する列車の追加料金は、やはり23.5ユーロで、軽食は勿論のこと、朝食と比較してもお得感が強い。しかし、夕食が提供されるのは、始発駅を夜8時以降に出発する列車(スペインでの夕食は夜9時頃からが中心なので、遅いわけではない)に限られるので、外は見えないし、終着駅に着くのも深夜となる。こうしたトレードオフがあるのが悩ましいところである。

 なお、スペインではユーレールパスで2等車(ツーリスタ)に乗っても指定料として10ユーロが必要である。座席の差と食事が付いて、13.5ユーロの違いなら、どうするかは自ずから決まるというもの。


 いずれにしろ、3日間のスペインの内、列車内の食事は3回で、いわゆるレストランで食事をしたのはわずか1回だけであった。これは行程を優先したわけで、必ずしも食事付きの列車に乗って食事代を浮かそうとしたわけではないので、念のため。  

 まあ、飛行機の選択するときでも、ラウンジで提供される食事の良さで乗換空港を選んだりしているので、そうした下心がないとはいえないが・・・。(^^;)


 今時、こんな手間の掛かることをやっている列車も世界にはある、ということも覚えておいて頂いても良いであろう。(駅長)

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2011年9月 8日 (木)

この夏の鉄活動、ご報告 -スペインの高速列車 2 タルゴの近況 

 それでは、続いてスペインの高速列車で最も特徴的なタルゴの近況をご紹介したい。


 まず、先回の記事の訂正から。タルゴの台車を1軸台車と書いたが、正確には1軸独立車輪であり、車軸は通っていない。いわば、最近のLRTの台車と同じような構造であり、こうした構造で床面を低くできる利点がある。

 また、軌間変換装置であるが、最高15km/hで走りながら車輪の軌間を変換できることがわかった。詳しい構造はわからないが、ピンを抜いて車輪を移動させ、また、固定するのであろうが、低速の路面電車ならともかく、250km/hで走るような高速列車の軌間を変えるのであるから、これは大変な技術である。

 ちなみに、スペインにはタルゴとCAFというふたつの車両メーカーがあり、どちらも軌間変換の技術を持っている。先回紹介したアルヴィア S120形はCAFの製造である。


 さて、タルゴに話を戻そう。

 タルゴという名前に記憶が無くても、この車両を本などで見たことがある人は多いのでないか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは軌間変換装置をはじめて備えて、国際列車のTEEに使用され、タルゴの名を一躍高めたタルゴⅢ-RDである。1968年に登場しており、そのユニークな構造や優雅な車体形状から、鉄道雑誌のみならず、さまざまな媒体で紹介された。TEEとしては、おそらくイタリアのセッテベロと並んで、もっとも有名な列車だろう。

 小生がタルゴの名前を知ったのは、小学校時代の学習図鑑でなかったかと思う。そのころは先代のタルゴⅡであったとおもうが、小さな車体が蛇のようにまがりくねって走る写真は、いまも脳裏に焼き付いている。


 その後、タルゴは振り子機能を付けたり、高速性能を高めたりと進化し、海外にも輸出された。それらについては稿を改めて紹介するとして、今回、写真に撮影することが出来たタルゴを紹介しよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、もっともタルゴらしい客車のタルゴ。この車両はタルゴⅥであるが、現在はⅦまで進化し、アルタリアという列車名が付けられ、亜幹線区間で運行されている。軌間変換装置を備えていることから、高速新線の走行も可能で、最高速度は220km/hである。この車両の寝台仕様もあり、国内のみならず、ポルトガルやフランス、スイス、イタリアに運行されている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、軌間変換装置を備え、最高速度250km/hで運転が可能なアルヴィアS130形である。タルゴⅦの客車の前後に、機関車を付けて固定編成としたもののようだ。 

 今回、もっともよく利用したのがこの車両で、ヴァレンシアへ開業したばかりの高速新線から別れてアリカンテへ行く列車で使用されていた。また、経路は不明であるが、セビリアでも見かけた。1435mm軌間と1668mm軌間を自由自在に走れるスーパートレインである。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 外観はよく似ているが、高速新線用に特化したタルゴがAVE用のS102形である。同じような外観で、S112形というのもあるようだが、違いがよくわからない。最高速度は330km/h。マドリッドとマラガやバルセロナを結ぶ列車で使用されており、高速新線を代表する車両となっている。


 スペインの鉄道は原則的に写真撮影が禁止されており、加えて場所の問題もあって、アリカンテで撮影したアルヴィアS130のように綺麗な写真を撮影することは、極めて困難である。このため、このS102形の写真も機関車のみが突出して強調されており、背の低い客車とのコントラストがわかりづらくなっているのが辛いところ。


 もう1枚、AVEのS102形をご覧にいれたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 サラゴザで撮影したカットで、上からの写真は珍しいと思うが、その分、客車がわかりづらくなっている。ホームからの撮影では限界があるので、いずれ、駅間で走行中の写真を狙いたいところである。


 次回は、このスペイン新幹線のグラン・クラスをご紹介したい。(駅長)

 


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2011年9月 7日 (水)

この夏の鉄活動、ご報告 -スペインの高速列車 1

もったいぶった書き方をしてしまったが、では、種明かしといこう。まずは2番目に訪れた国から。


 その国はスペインである。そして、写っている駅はマドリッドのアトーチャ駅で、その高速列車用ホームである。発着番線は15まであるから、その大きさも想像がつくのではないか。


 ご存じの方も多いだろうが、スペインの鉄道の軌間は1668mmの広軌である。しかし、丘陵地が多いスペインでは列車の高速化が難しく、この対策として考えられたのが1軸台車による連接構造を持つタルゴ(Tren Articulado Ligero Goicoechea-Oriolの略)であった。1942年に開発されたタルゴは、国内路線だけでなく、1435mmの標準軌の区間に乗り入れが出来るよう軌間変換装置を備えた車両が開発され、フランスなどへの国際列車にも使用されている。


 いっぽう、フランスで開発された高速列車の成功を受けて、スペインでも高速列車網を整備することになり、軌間はフランスとの直通を考慮して標準軌の1435mmで建設された。この嚆矢となったのが、1992年のセビリア万博にあわせて開業した高速鉄道で、鳥を意味する「AVE」の愛称が付けられている。


 こうした歴史を反映して、スペインにはさまざまな特急車両が運行されている。また、車両によっても列車種別が異なっているようで、クックの時刻表を見ると、先のAVEをはじめ、ALTARIA、ALVIA、ALCO、AVANT、EUROMEDなど様々な種類があって、よくわからない。

 スペインを訪れたのは、それらの解明と、スペインならではの走行しながらの軌間変更を体験するためである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、AVEの車両から。

 これは海外の鉄道に関心のある方なら、一目でフランスTGVの流れを汲む車両ということがわかるだろう。1992年に開業したマドリッド~セビリア間に運行を開始した車両AVE S100形で最高時速は300km/hである。


 スペインの高速鉄道は21世紀に入ってから急激に延伸が進み、現在ではセビリアへの途中であるコルドバから分岐してマラガまでと、マドリッドからバルセロナ間、マドリッドからヴァレンシア間が開業している。この開業にあわせて、新しい高速車両が開発あるいは増備された。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これがその車両のひとつ、AVE S103形である。

 こちらも海外の車両に詳しい人なら、一目見てわかるだろう。例の事故で有名になった中国の「和諧号」CRH3ではない。元はドイツ国鉄のICE3形である。

 シーメンスでは、このICE3形をベースにした輸出用の車両ヴェラロを開発しており、それを導入した国のひとつがこのスペインであった。最高時速は350km/hであるが、現在は300km/hで使用されている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 それほど高速を必要としない中距離の高速線用の列車がアヴァントで、マドリッド~トレド間などで運転されている。この車両はアヴァント用のS-104で、最高速度は250km/hである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 広軌の在来線用として最近増備されているのがS449形の連接車で、最高速度は160km/hである。床の低い中間車両は、車いす用のスペース&トイレ、売店となっている。

 ところで、セビリア市内の地下線で列車を待っていたとき、このS449形の列車が通過していったが、その音は電車ではなく、ディーゼル車のものであった。同型のディーゼル車があるのか、あるいはディーゼルと電車のハイブリッド車かよくわからなかったが、パンタが折り畳まれていたように見えたので、おそらくハイブリッド車ではないだろうか。

 この車両には、セビリア~ハエン間で乗車したが、マドリッドからハエンに来る列車もこの車両を使っていたので、ローカル線の特急(というよりローカルがないので、実質的には有料快速?)に使用されていると思われる。


 ここまでは、標準軌あるいは広軌の軌間変換を行わない車両であるが、スペインの高速列車の真骨頂は軌間変換車、なかでも電車の軌間変換車-日本ではフリーゲージトレインと呼ばれている-にある。

 高速線と在来線を直通する列車はアルヴィアという種別が与えられている。電車による最初の軌間変換車は2006年に運転を始めたS-120形で、高速新線が部分開業していたマドリッド~バルセロナ間やマドリッド~ヴァレンシア間などで使用された。最高速度は250km/hである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今回は、ハエン~コルドバ間でこのアルヴィアに乗車した。ハエンからコルドバ間は在来線を走り、コルドバの手前で軌間変換をして高速線に入りセビリアの手前で再度在来線に戻って、カディスまでいく列車に使用されている(先にS449で乗った列車は、セビリア~コルドバ間は在来線を走った)。

 コルドバの手前にある軌間変換を行う施設は車両1両よりやや長い程度の建家で、以前乗ったタルゴの客車同様、歩く程度の速度で軌間変換を行うのかと思っていたら、それよりずーっと早く、ゆっくり走る自転車程度の速度で、じつにあっけなく、知らなければそんなすごいことをやっているとは知らない内に軌間変換が行われている。

 スペインでは、この車両の改良型として、タルゴ型車両による最高時速350km/hの軌間変換車も稼働している。それに比べてわが国のフリーゲージ・トレインはなんとも遅々としている。まあ、必要性がほとんどないので、まじめに開発していないのであろうか。

 次回は、スペインならでは1軸台車を用いた高速車両のタルゴについてご紹介する。(駅長)


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2011年9月 6日 (火)

【予告編】この夏の鉄活動、ご報告

 しばらく当ブログへの書き込みが出来なかった。ひょっとして、体調でも崩したのか、と心配してくれるメンバーの方でもいればありがたいのであるが、どうせまた、国外逃亡しているのだろう、と思われる方もいたかもしれない。図星である。(^^;)


 今回は、海を挟んで向かい合う2つの国を訪れてきた。狭い海峡をはさんで向かい合う2つの国、いや大陸(!)の間は船で渡りたかったが、日程やセキリュティの面から断念せざるを得なかった。折角の機会だったのに、残念であるが、あまり高望みはいけない。まずは安全第一である。おかげで、途中までは何もトラブルなく、行程をこなすことができた。


 では、日本には紹介される機会がほとんどない、この2つの国の列車を順番にご紹介したい。紹介される機会がほとんどないのは、海外と言うことだけでなく、鉄道の撮影が全面的に(多分)、禁止されているからである。ただ、今回はそれに備えた対応をとった上で撮影しているので、大きな問題は発生しなかった。


 まずはその予告編である。なぜかといえば、最後にトラブルがおきたからである。

 台風12号の影響を受け、搭乗していた中部空港着の飛行機が関空へダイバード。加えて、接続の空港で荷物を載せてくれなかったため、未だ手元に荷物が届いていないのである。そんなわけで、資料が手元になくて、記事が書けない。よって、詳しい記事は今後のお楽しみとして欲しい。(ちなみに、航空会社から連絡があり、荷物自体は、その後に無事に日本に着いているらしい)


 さて、最初に訪れたのはこの国。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 長い豪快な客車列車で、牽引しているのはアルストムの最新鋭機関車、プリマⅡである。本国のフランスでもまだ、使用されておらず、ボーイング787が日本で初めて使われるようなものだ。(ちょっと意味が違うかな?)

 左にチラリと写っているのは、2階建ての電車である。客車が欧州のUIC規格であるこの国は?


 もうひとつはこの国。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ホームが何本もある壮大な駅に、新聞で見たような車両が写っている。一見、中国の「和諧号」のようであるが、もちろん中国ではない。こんなに高速列車を何本も運転している国は、中国以外のどこだろうか?(駅長)


 

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2011年9月 5日 (月)

109.ついに実現した10100系3重連 1978/4/30

 都市部俯瞰の流れを断ち切ってしまうようで申し訳ありません。VISTA CARⅡ世10100系は非貫通流線型と貫通型の編成パターンによりA・B・Cの3つの編成があり、A・C・B編成の順に組み合わせると物理的には両端が非貫通流線型の9連が組めるようになっていました。しかし、登場以来A・C・B編成の組み合わせは実現したことはなく、いつかはこの組み合わせの実現を望むファンの思いは潜在的にあったのではないでしょうか。そんな中、10100系の引退がそろそろ現実味を帯びてきた1978年の3月、ついに10100系の夢の3重連が実現することになり、永年待ち望んだ光景が現実のものとなりました。この時は高校3年生になる直前、一応受験生の身になるという環境にあったので、春休み中心の初回運転時は泣く泣く自粛できましたが、GWを中心とした5月にも運転が行われることになり、これはもう我慢の限界、たまには息抜きをしないと効率的な勉強ができないなどといった自分に都合のいい理由をでっちあげ、近鉄名古屋線に向かいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この時の運転は名古屋~鳥羽間3往復でしたので、とりあえず、木曽川橋梁付近を撮影ポイントに決めて現地入りしました。天気はあいにくの土砂降り状態でしたが、チャンスはこの日1日しかなかったので、あきらめるわけにもいかず、強硬撮影に挑みました。10100系3重連の前にやって来た12200系の8連です。いまや風前の灯となってしまった12200系ですが、当時は主力車両として縦横無尽の活躍をしていました。特急表示と行先表示は貫通扉の所に電動幕式の一体型のものに改造されてしまいましたが、オリジナルは丸型の特急表示に羽根付きのデザインでした。この仕組みは非常にうまくできており、丸型の特急表示は貫通扉に直接取り付け、左右の羽根部分は貫通扉の外カバーに取り付けられるという巧妙な仕掛けになっており、いちいちマークの着脱を行わなくても特急表示が可能といった優れものでした。

【1978.4.30 弥富~長島】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その後、待ちに待ったA編成を先頭にした3重連がやって来ました。やっぱり前パンの流線型は理屈抜きに格好イイと素直に感じました。10100系は大阪方がパンタ付きの流線型で名古屋方がパンタなしの貫通型がA編成、大阪方がパンタ付きの貫通型で名古屋方がパンタなしの流線型がB編成、大阪方と名古屋方の両方とも貫通型がC編成といった構成になっていました。これをA・C・Bの順に組み合わせると両端が流線型の9両貫通編成が組めるようになっていました。

【1978.4.30 弥富~長島】(電車運転士)



【1978.4.30 弥富~長島】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 B編成を先頭にした3重連です。相変わらず土砂降りの雨は止みそうにありません。この頃になると傘も役に立たず全身ずぶ濡れの状態でした。先頭のモ10308は特急マークが他の流線型車両とは微妙に異なったものが取り付けられている異端車でした。先ほどのA編成先頭の写真と見比べていただけると違いがお解りいただけると思います。

【1978.4.30 弥富~長島】(電車運転士) 




「はなぶさ」に集まる仲間たち

 10100系の3重連は午前中で引き揚げ、午後からは内部・八王子線に転戦すべく、乗り換え駅の四日市まで来ました。湯の山線ホームを見ると6331系が発車待ちをしていましたので、後追いになりましたが、何とか撮影することができました。

【1978.4.30 四日市】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 午後に転戦した内部・八王子線の撮影を終え、自宅のある姫路までの帰路の途中、鳥羽からの3重連が塩浜で撮れそうだったので、ホームで通過を待ちました。タタン-タタン-タタン-タタンタタン-タタン-タタンータタンタタンータタン-タタン-タタンという3車体連接車×3編成の独特なジョイント音を残して通り過ぎて行きました。

【1978.4.30 塩浜】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち
 ふと時刻表を眺めていると、もうすぐ名古屋からのキハ81の「くろしお」が撮れそうだということに気がつきました。通過までにあまり時間がなかったため、ポイントを探す余裕がなく、木曽川橋梁の渡り口からの苦しいアングルになってしまいましたが、もともと眼中になかった列車なので、オマケということにすればそれなりに大きな収穫でした。この古い橋梁も上流側にできた複線の新橋梁に掛け替えられてしまい、過去のものとなってしまいました。

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2011年9月 4日 (日)

【アーカイブス】かつてのスカイプロムナードからの景観

 出札掛さんが、名古屋駅周辺の高所写真を積極的に掲載されているが、スカイプロムナードから撮影した写真と同じようなアングルで30年ほど前に撮影していることを思い出した。それが以下の写真で、撮影地点はお察しの通りの場所である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、中日球場前(!)のパノラマカー。残念ながら、名古屋港はちょっと霞んでしまっている。いまはこのあたりに高層マンションが林立して、風景は一変している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こちらは六反付近の新幹線。まだ、300系など影も形もない時代で、新幹線といえば0系であった。


 さすがに撮影には制約のある場所なので、狙って撮る、というわけにはいかず、たまたま来た列車を狙っただけである。しかし、高所撮影は情報が多くはいるので、時間がたってから見直してみると、変化がわかって興味深い。

 スカイプロムナードからは撮影していないが、一度、狙うのも面白いかと思っている。(駅長)


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2011年9月 3日 (土)

“スカイストリート”から眺めてみると



2011/8/28、とある列車を撮りに名駅まで出かけました。さあ今回はどこで撮ろう?そういえば、時々個人のブログでセントラルタワーズの15F展望フロア“スカイストリート”から眺めた画像を見かけますが、実際にはどんな風景が待ち受けているのだろう、とこの目で確かめたく、この機会に訪問してみました。ミッドランドからの絶景には及ばないものの入場料は不要なので、果たしてお手軽撮影地のひとつに取り入れられるでしょうか。


とある列車↓(また性懲りもなく・・・)

「はなぶさ」に集まる仲間たち


ついでにいろいろと撮影を試みました。タイミングがよければ、大都市の鉄道を思わせる併走シーンをとらえられます。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


先日、ついに新幹線300系が来年12月までに引退することが発表されました。折りしもやって来た「ひかり511」。撮れる時に撮っておこう、とシャッターを切りました。が、この位置では先頭車に掛かる「柵」が目障り。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


あおなみ線の上り列車を狙いました。むしろ長編成の貨物列車のほうが絵になるかもしれませんが、このときは貨物のスジまで粘らずに退散してしまいました。バックでは愛知大学の建物が目下建設中。かろうじて遠景を眺めることができますが、やがてビルなどが建ち並ぶと見えなくなるのでしょうね。

「はなぶさ」に集まる仲間たち



前回のミッドランド俯瞰の記事にコメントいただいた“東三河のとも”様ご指摘のとおり、ここでの撮影は午前中が適しているかもしれません。あとは、ビル影が季節、時間帯によってどこまで干渉してくるか、が課題です。

警備員の冷たい視線にめげることなく、がんばろ~。(出札掛)


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