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2011年8月 8日 (月)

105.153系 新快速

 メンバー以外の常連の閲覧者の方から個人的に153系の新快速をアップしてほしいとのリクエストがあったので、ご紹介させていただきます。153系の新快速は山陽新幹線の延伸にともない余剰となった153系を転用して運転されていたものです。ちょうどその頃は姫路在住で、神戸・大阪・京都方面に鉄活動をしに行く時はよく利用していました。基本の運転形態はデータイムに京都~姫路間と草津~西明石間がそれぞれ30分ヘッドで京都~西明石間は15分ヘッドの高頻度運転が行われており、競合私鉄が多い関西ならではの列車でした。昭和54年に117系に置き換えられましたが、当時はあまりに日常過ぎたのと他に撮りたい列車がたくさんあったため、意識して撮った回数がほとんどんなく、他の列車写真のついでに撮ったものばかりで、記録に残っている枚数は思ったより少ないのが現状でした。いつものパターンですが、もう少し真面目に撮っておけばと後悔しています。愛知県在住の方々にはあまり馴染みがないかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 鉄道写真を撮り始めた頃は、やはり、駅撮り鉄が多く、たびたび姫路駅へ足を運んでしました。キハ80系の「はまかぜ」が播但線方面へ発車して行くとちょうどタイミングよく153系の新快速が入線して来ました。今は姫路駅も高架となり、その風景は大きく変貌してしまいました。


【1976.12.19 姫路】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 姫路の神戸寄りに架かる市川の鉄橋です。ここは自転車でよく放課後鉄に出かけていました。上り列車の定番ポイントですが、下り列車もそれなりに撮ることができました。先頭はホロ枠が付いているので、クハ153ではなくクハ165です。

【1978.7.7 御着~姫路】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この日は上り列車を順光で撮りたくて、放課後鉄の足を少し伸ばして御着より東まで遠征しています。この列車の先頭もクハ165です。クハ153は低運車の方が優しい感じがして個人的には好きでしたが、新快速塗色に限っては高運車の方がバランスがよかったように思います。


【1978.10.21 曽根~御着】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この時は117系への置き換えが発表されており、初めて153系の新快速を目当てに須磨海岸へ出掛けています。先頭は低運のクハ153です。正面と側面の帯幅があまり変わらないため、のっぺりとした印象を受けました。


【1979.1.15 須磨~塩屋】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この列車の先頭はホロ枠がないので、クハ153の高運車です。このポイントは新快速は上下とも15分間隔でやって来るため、効率よく撮影できました。新快速の編成は4M2Tの6両が基本でした。


【1979.1.15 須磨~塩屋】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 高校卒を業して、多治見に引っ越してから初めて姫路へ出向く用事がありましたが、その前に「ちくま」を利用して早朝の塚本に寄り道しています。ここでは「あかつき・彗星」といったEF58牽引のブルトレを本命としながら、20系客車の「だいせん」・485系の雷鳥・「ゆのくに」などのHM付きの北陸方面の急行・福知山線のローカル客車列車などを撮影していました。その合間に新快速車両を使用した快速がやって来ました。新快速はデータイムの運転が基本だったため、朝と夜のラッシュ時間帯は2編成を連結した12両で快速運用に入っていました。HMは新快速の板をひっくり返して横3本線の状態となっています。


【1979.4.21 塚本】(電車運転士)

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