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2011年5月

2011年5月31日 (火)

【アーカイブス】気になる写真 2点

 今日は、特定のテーマがあるわけではなく、最近スキャンした写真の中から、ちょっと気になる写真を紹介したい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、日豊本線時代のC61とC57の並び。単独で見るとそれほど感じないのであるが、こうやって並べてみると、ボイラーの大きさが2まわりほど違って見える。

 ハドソンという軸配置もさることながら、やはりD51のボイラーを使った機関車ということで、随分大きな感じがする。この走りは、C57と比べるとやはり迫力が違うだろう。本運転を控えて、今から人気を集めるのも当然かもしれない、と思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もうひとつは、先のC57 3重連のネガホルダの中に入っていた昭和47年9月の富山駅の光景。

 左から高山線の急行用キハ55、キハ80系の白鳥、481系の雷鳥、さらに富山港線用の73系の電車も見える。これは、80系の白鳥が10月ダイヤ改正で電車化されるということで撮影に行った時の写真である。今から見れば、垂涎の的の列車が並んでいるが、当時はごくごく当たり前の光景で、あえてカメラを向けることはなかった。しかし、一時代を画した特急の出会いは、今となっては超貴重なカットである。やはり、あまり好き嫌いなしに何でも撮っておく必要があるということなのだろうか。

 もっとも、今の車輌では、後世に価値が出る写真があるのかどうか、が疑問であるが・・・。(駅長)


 


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2011年5月29日 (日)

【アーカイブス】1972年の播但線

 電車運転士さんが、DD54時代の播但線の写真を精力的に載せられているが、そういえば、蒸機時代に1度、播但線行ったことを思い出し、この休みに探してみた。当時、播但線はC57が活躍していたが、サミットの生野峠ではDD54の前補機がつくことから敬遠していた。この時、どうして播但線に行ったかと言えば、この撮影が目的であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そう、C57の3重連である。


 播但線のC57 3重連は、冬季のスキー臨のため、機関車の回送を目的に不定期で運転されていたが、この時は何の目的であったが、記憶にない。また、スキー臨の3重連は、姫路から和田山であったと思うが、これは和田山から姫路行きの列車である。そのため、名所といわれた長谷と生野の間のカーブは絶気で逆方向となってしまう。撮影地は、青倉と新井の間であるが、より勾配の急な生野の付近を避けたのは、場所がよくわからなかったためか、撮影地の混雑を嫌ったのか、さて、どちらだったか記憶がない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日は臨時列車も運転されたようで、オールグリーンの列車を撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 貨物も撮影しているが、残念ながらこちらも下りこみである。生野の先に行かなかったのは、DD54の補機を嫌ったためか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ことさようにDD54を嫌っていたので(^^;)、当日、撮影したDD54はこの1枚だけである。貨物を牽引しているというのは、すでに運用の一部がC57から変わっていたのかもしれない。

 しかし、この1枚が今となっては貴重なカットとなったのは、皮肉なことである。

(駅長)



 


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2011年5月28日 (土)

【アーカイブス】日豊線 特急牽引のDF50

 d51826naさんから、箱形の機関車は良い、とのコメントが寄せられていますが、まさに同感です。凸形の機関車は、どうしても入換用、というイメージがぬぐい切れません。


 さて、箱形のDLとなると、DD54以外ではDF50が思い浮かびます。DD54も年代的には撮影するチャンスがあり、また、ヨーロッパスタイルの外観はかなり好みでしたが、残念ながら蒸機の撮影の移動の時間に来たりして、ほとんど真剣にとっていませんでした。

 その代わり、ではないですが、DF50は随分、色々なところで撮影しました。このあたりでは紀勢線が近かったこともあって、何度か撮影に行きました。しかし、当時は紀伊長島は遠く、そこまで行った撮影はさよなら列車だけでした。DF50重連の貨物もあったので、これも悔やまれる撮影対象のひとつです。

 反面、特急牽引の姿は、南九州で何度も撮影しています。ひとつには、最後の蒸機急行となった1211レ(日南3号)の直前に7レ(富士)がやってきたことから、同じアングルで撮影できたこと、もうひとつは彗星と富士の2往復があり、沿線で蒸機を待っていれば、自然と撮影できたためです。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 さて、これが富士。もちろん当時は東京から西鹿児島までの運転で、運転時間は24時間を超したのではなかったかな?これは宮崎の南、日向沓掛と田野の間ですが、すでに夕方になっています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは、大阪発の彗星。田野と門石信号所の間の撮影です。DF50と20系のマッチングがなんとも素晴らしいですね。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは日南3号の最高の撮影地となった清武と日向沓掛の間の築堤。夕陽を浴びて、DF50の富士が鹿児島を目指します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 日南3号の通過は日没直前であり、また、その前後に鹿児島行き富士と大阪行き彗星が通過することから、夕暮れの雰囲気を活かした写真も撮影しています。というより、日南3号を順光で撮影しようと思うと、反対側から来る彗星は、自然と逆光になってしまうだけなのですが・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ちょっと勿体ないような気もするけれど、光線状態を考えると、こうなってしまうでしょうね。


 しかし、DF50が特急牽引のブルトレを意欲を持って撮影できたのも、昭和48年の年末まででした。なぜか・・・


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 なんと、昭和49年の正月から、DF50のヘッドマークが無くなってしまうのです。これは、当時の労使問題があったのでしょう。


 しかし、ご覧のようにヘッドマークがあるときに比べて、なにか(かなり)物足りないのは事実。これがきっかけのひとつとなり、その後はDF50のブルトレを撮影することはありませんでした。


 さらに時代が下って紀勢線でもDF50牽引で特急紀伊が走っていました。これも、結局1枚も撮影できなかったのは、この日豊線で見たヘッドマーク無しの列車の物足りなさが影響していたのかもしれません。(駅長)





 



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87.播但線のDD54(溝口~寺前)

 最近は休日の天気があまりよくないのと、持病の腰痛が再発し、鉄活動が停滞気味のため、久しぶりに過去ネタのDD54をアップしたいと思います。またこのネタ…?とおっしゃらずにどうかお付き合いください。最初のうちはホームグラウンドの野里界隈や姫路駅での撮影に満足していましたが、ひと通り撮ってしまった後は、もっとロケーションのいい場所で撮ってみたいと思うようになってきました。溝口以北になると、姫路近郊の風景から田舎の雰囲気が漂い始め、いいポイントが点在していました。ハイライトとなる生野峠は別枠でご紹介したいと思いますので、今回は溝口から生野峠の入口となる寺前までの画像をご紹介いたします。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 溝口~福崎には撮影におあつらえ向きのSカーブがあり、たびたび足を運びました。正面ドッカンの迫力あるアングルで列車を待ちました。客車も9両と長かったので、ほぼイメージどおりのカットとなりました。


【1978年6月17日 溝口~福崎】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 DD54の合間に撮った「はまかぜ」です。よく見ていただくとわかると思いますが、キハ181ではなくキハ82が活躍していた時代です。優等列車は急行の「但馬」が主力で、「はまかぜ」は播但線のクィーンとして君臨していました。


【1975年9月 溝口~福崎】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 DD54の運用最終日は1978年6月18日でした。撮影可能な最後の列車は夕方の和田山行の下り列車でしたが、最後はDD54の力強さがわかるアングルで撮りたかったため、溝口~福崎のこのポジションを選びました。跨線橋の上で待っていると、夕方の斜光線を浴びたDD54がフルパワーで向かって来ました。最終日といってもセレモニーも何もなく、この場所も自分一人だけで独占、普段着どおりの姿でのひっそりとした引退劇でした。


【1978年6月18日 溝口~福崎】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 今は寺前まで電化されている播但線も、当時は、仁豊野以北は腕木信号機とタブレット閉そくが現役でした。各駅で腕木信号機との組み合わせを狙いましたが、ここ寺前で狙ったのが一番まとまりがよかったと思います。「はまかぜ」・「但馬」といった優等列車が運転されている関係で、通過信号機も設置されています。


【1977年7月24日 鶴居~寺前】(電車運転士)


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2011年5月27日 (金)

T G V @ Gare de Lyon

駅長様が海外鉄シリーズに一区切りをつける頃を見計らったわけではありませんが、自分も数少ない海外旅行での“鉄”を振り返ってみたくなりまして、駅長様が以前ブログに載せられたパリでの長距離列車の壮観な並び写真に刺激を受けて、TGVを撮影に行ったときの画像を引っ張り出してみました。

わざわざTGV狙いで長駆出かけたわけではなく、実は名古屋空港からアンカレッジ経由で訪れたロンドン・パリ4泊6日(だったかな?)の社員旅行でのこと・・・まさにバブリー時代でしたね。最終日の自由行動時間にTGVを見たさに、日暮れを迎えた頃にぶらりと出かけたときの画像です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

情けないことに肝心の訪問駅名を忘れてしまい(というより記憶にない)、撮影メモにも記述がないので、いろいろなサイトに助けてもらった結果、アルファベットの番線名と特徴ある三角形のホーム上屋から「リヨン駅」と判明しました(たぶん)。

ホームに出ると期待以上に多くのTGVが集っています。右端の列車は重連仕業に備えて増結の準備でしょうか、連結部の口を大きく開けて停車中です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

折りしもTGVが入線するところです。この複雑な構内配線に目を丸くしました。“音鉄”にはたまらないでしょうねー。

ところでヨーロッパのターミナルは、どこでもこのような配線構造なのでしょうか。ムダにポイントが多くないか、と思っていたのですが・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

構内で行き交うTGVを見て、あ、そうか、これだけのポイントがあれば上下列車がお互いの進路方向に干渉されることなく自由にすれ違うことが可能になるので、一見ムダに見えても合理的に考えられた配線なんだ、と勝手に解釈しているのですが、もし本当の理由をご存知の方、ぜひともご教示ください。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

家族旅行でしょうか。乗車前のひとときに、カメラを向けました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

現在はシルバー塗装のTGVに対する自分の印象は、やはりここに掲げたデビュー当初のオレンジ塗装です。まさか後になって車体色が変えられることなど思いもせず、「駅撮り」ではあるものの、いつの間にか貴重な記録となっていました。もっとも、昔の写真はどんなものでも貴重ですけどね。(撮影日:1989/11/29 出札掛)




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2011年5月26日 (木)

【アーカイブス】C11200の栄光

 洋物が続いてしまったので、今度は日本らしい和物を紹介したい。日本らしいもの、うーん、何が良いだろう。日本のシンボルといえば、国旗の「日の丸」。そうだ、「日の丸」をつけた列車にしよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まあ、書いている方も恥ずかしくなるような強引、かつ短絡的発想であるが、写真を紹介する理由付けとしてお許し頂きたい。


 さて、このお召し装備のC11200は昭和48年4月10日に志布志機関区で撮影している。この時のお召しは宮崎植樹祭によるもので、C57117が日豊線の宮崎~都城間と宮崎~延岡間、C11200が宮崎~串間間と青島~宮崎間で運行されており、宮崎~串間間はC5692が補機として使用された。蒸機最後のお召し列車である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは日向大束で撮影した4月10日のお召し列車。肝心の御料車がシュロの木で隠れているが、これは三脚に載せて撮影したカメラのためで、手持ちのカメラの方はちゃんと御料車が写っている。これは雰囲気を重視したカットの方。

 この時のお召しは天候に恵まれず、4月9日の都城~宮崎のお召しは雨。この日も午前中は豪雨だったとようだ。しかし、お召し列車通過直前になって、晴れてきた。午前中の天気から、まさか天候が回復するとは思っていなかったので、この場所は光線状態を考えずに選んでいる。そのため、晴れたことで逆光になってしまった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じ列車を福島今町~福島高松間でも撮影している。お召し列車を追い抜いたわけではない。実はお召し区間は串間までで、串間~志布志間は回送となった。しかし、串間の停車時間は短時間。そこで旗などのお召し装備はそのままで志布志まで回送された。それがわかっていたので、日向大束でタクシーをチャーター。追っかけを行ったのである。日南線はもっと宮崎側に良い撮影地が点在するが、日向大束で撮影したのは、串間以南に追っかけをするためであった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、さらに列車を追っかけ、志布志でも撮影している。到着には間に合わず、機関車を解放するところしか撮影できなかったようだ。

 しかし、この写真、なんと線路の上から撮影している。許可を得ているわけではないだろうが、排除されていないのだから、暗黙の了解くらいはあったのだろう。今では考えられない状況である。

 最初に掲載したC11のお召し装備は、このあと撮影している。後続列車の撮影者はまだ到着していないので、ゆっくり撮影ができたはずである。(駅長)

 

 



 



 


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2011年5月24日 (火)

【GW鉄2011】ポルトガル・ポルトの単車

 GWが終わってもう随分時間が経ち、新しい鉄ネタもあるのに、いつまでもその雰囲気に浸っていては申し訳ないし、そもそも海外の鉄道に関心を持つ読者はそれほど多くない。こうしたことから、そろそろ今回の海外ネタは打ちどめとしたいが、その最後に魅力的なポルトガルはポルトの2軸車を紹介したい。

                     ★               ★

 ポルトはどこあるかといえば、リスボンの北200kmほどのところで、ポルトガル第2の都市である。ワインの産地で、ポートワイン(赤玉ではない)の名前はこの地に由来する。

 ポルトには、2002年に開業した、世界でも指折りの設備を備えたLRTがあるが、それとは別に一旦廃止した路線に加え、新しく路線を敷設して、中心部で古典的な2軸単車の運行を行っている。当初は1系統と18系統の2路線の運行であったが、近年、ドゥロ川に架かるドン・ルイス1世橋のたもとまで新しく路線が開通し、22系統として運行を始めたので、それを目的に訪れることにした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これが新しく開業した22系統のバターリャ終点。ここからユニークなケーブルカーに乗ると、ドゥロ川畔のカイス・ダ・リベイラに出られる。2両停まっているのは、前が22系統の一般運行、後ろが観光ツアー用の電車である。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その乗り場から少し行ったバターリャ広場。運良く2両が続行で、1枚の写真に収まった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 近郊電車の駅であるサン・ベント駅のあたりは道路をわけた単線運行となっている。ポルトもリスボンに劣らず起伏が多く、グレリゴス教会から下る坂道はかなりの急勾配である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


もう一方の線路は、2筋北を走る。交差するアリアドス通りには、市庁舎をはじめ、歴史的な建物が並んで、圧倒される美しさである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今回の路線延長により、カルモにある教会の前で、18系統と22系統が相互に連絡するようになった。この結果、30分毎に2両の単車が出会う光景が見られる。残念ながら、ちょっと訪問時間が遅かったので、18系統の電車が陰ってしまったのが惜しい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 18系統は、坂を下ってドゥロ川畔に至り、そこで1系統と連絡している。1系統は川沿いに走り、河口側にあるアラビダ橋の下を通っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ここには、ポルト路面電車博物館がある。先ほどの観光電車はここに立ち寄り、中の見学がコースに組み込まれている。馬車鉄道時代の車輌から、廃止時まで活躍した古典的なボギー車まで、数多くの車輌が保存されていて、見応えがある。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ポルトの古典電車の運行路線の中で、もっとも雰囲気がよいのが、ドゥロ川沿いに走るワイン博物館のあたりである。この区間だけ、ドゥロ川沿いの幹線道路が道路橋で離れているため、往事の雰囲気を留めている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これが1系統の終点のサン・フランシスコ教会。金箔の張られた内部の豪華さから、ポルトの名所となっているが、残念ながら中に入る時間は無かった。


 これら3系統は、いずれも30分間隔の運転であり、乗車や撮影には時間を調整する必要がある。しかし、21世紀の現在、古典的な2軸単車がこれだけの頻度で運転されているのは、世界でも指折りで数えることができるくらいしかない。時間の関係で、ポイントを駆け足でまわっただけだが、それでもこれだけ雰囲気の良い光景が見られた。もう少し、時間や時期を選んで撮影すれば、より印象的な撮影もできるだろう。いつか、じっくり時間をかけて狙ってみたい被写体である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


最後に新しいポルトのLRTを1枚。ドゥロ川を渡るドン・ルイス1世橋の景観は、世界の路面電車の中でも5本の指に入る素晴らしさである。(駅長)

 

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2011年5月22日 (日)

C6120の復活

  今月発行の鉄道雑誌に紹介されているが、いよいよC61が復旧なって、営業運転を開始するらしい。すでに4月末から12系や旧型客車を牽いて試運転が繰り返されているようであるが、6月から本運転の報道がされている。また、群馬ディストネーションキャンペーンにあわせて、7~9月には上越線でいろいろな運転が行われるようだ。


 http://www.jreast.co.jp/press/2011/20110515.pdf

 http://www.jreast.co.jp/press/2011/20110516.pdf


 これらを見ていると、食指が動くのが、6月下旬の旧型客車、ヘッドマーク無し運転と8月27日の2列車運転、9月3連休の重連運転であろう。しかし、誰もが考えることは同じだろうから、沿線はパニック状態になるだろうことが予想される。多分、行くと様々な理由で不愉快になる懸念があるので、じーっと我慢の子の方がお利口かと思うが、それでもこれだけ運転されるとなると、ちょっと見てみたい、という気持ちは抑えきれない。


 もっとも、旧型客車は今回の運転に備えて、扉のロック化(車側灯の設置)や便所の洋式化を行っているようなので、走行中の安全確保は問題なくなり、今後はさまざまな場所で運行されることが予想される。となると、ちょっと人気が沈静化した次のチャンスを待つのもひとつの手のようにも思える。(といいながら、C57180の磐物はいまだ行っていないので、そんなことを言っていたら、何時実現できるかわからない)


 閑話休題、C6120は昭和47年10月に日豊線で撮影している。確か、C57のお召しを撮影に行った時ではなかったかと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これはお馴染みの宮崎駅のホームからの構図。少々バックはうるさいが、ロッドも下に降りて、形式風に撮影できている。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは高鍋の小丸川の鉄橋を渡るところ。コンクリート橋で面白みはないが、足回りがすっきりと見えることから、なぜかここで何度も撮影している。

 この角度から見ると、テンダが寸詰まりでC60などと比べると格好が悪いが、ハドソンの魅力はそれ以上に大きい。

 こうした写真を見ていると、40年ぶりに再会したくなってくるから、困ったものだ。(駅長)


 


 

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2011年5月21日 (土)

撮影対象

「何かないか~?」と勤務先の鉄仲間がネタ列車を求めてぼやいてきます。探せばいくらでもあるだろうに、説明するのが面倒なので「何もないねぇ~」と茶化す私。それだけでは素っ気無いので「名鉄のポケモン電車でも撮れば?」などと適当にアドバイス。

でも本当は、こういう静かなときこそ自然体の鉄道を撮るには絶好のチャンスです。沿線は言うまでもなく、お立ち台でさえ同業者の姿も少なくなるので思い通りのアングルで普段着姿の鉄道写真にトライ出来るのですが・・・。


GW明け一週間後の5月14日(土)は、まずまずの晴天に恵まれた鉄日和。GW期間中は家族ほったらかしで一人きりで二度も遠出をしてしまったので、今回は大人しくしていようと自宅でまったり。ところが、ライブカメラや某名鉄目撃サイトなどを見ながら無意識のうちに自分もポケモン電車を探している・・・。今年のポケモン電車の注目点は、2000系「μスカイ」に2編成が登用されていること。ということは、運用によってはポケモン重連が組まれることがあるわけです。実際に何度か実現し、目撃情報もあるのでそれほど珍しい事象ではありませんが、1カットくらい記念に撮れたらなと思案。

そして、この日の運用を予測すると、中部空港17:37発43レで重連が組まれる可能性が出てきました。よし、自宅最寄の犬山線に向かってくる。自宅近所を通過するのは日没前の18:20過ぎ。わざわざ陽の高い時間帯の場所まで移動して撮りに出かけるほどでもないのですが、それよりも犬山線内で、夕方の下り列車を順光で、しかも重連組成がわかるように「引き」で撮る場所が意外と見つかりません。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

思いついたのが布袋駅南方の、高架工事に伴う仮線確保用地。予期せぬ出来事があってもいいように通過30分前の現地入り。ここは真っ白なガードレールが線路にへばりついている所ですが、幸いなことに雑草がガードレールを少しだけ隠してくれています。ただ、陽が傾いてきたせいで、線路から離れている民家でさえその影が伸びてきているため、立ち位置を慎重に選ばないと車体にかかってしまいそう。いっそのこと曇ってくれればいいのに、こんなときに限って西の空は雲の気配など全くなし。通過5分前の先行列車で試し撮り。どうにか編成への影かぶりは回避できそうであることを確認。やがて43レが予測どおりポケモン重連で現れました。僅かでも障害を避けるため脚立を使い、一発勝負。やれやれ。


ラッピング電車はじめ特定列車を狙うには事前情報が欠かせませんが、下調べもないときに突然に現れる「偶然」もまた楽しいもの。しかし、とある場面では主題をどこにおくかでネタ列車に悩まされるケースも。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

犬山駅北方の「お立ち台」にて桜鉄の最中、ファインダーに入ってきたのがポケモン電車。これはまったくの偶然で、シャッターを押した瞬間は「ラッキー」と感じたものの、桜とポケモンどちらが“主”で“従”なのか、捉えかたによってはラッピングが目障りに感じるかもしれません。しょうがないから、タイトル:「桜とたわむれるポケモン」(→そのまんま)。

鉄道事業者発行のカレンダーやグッズなどに使う写真を撮影している方の話によりますと、こうしたネタ列車写真は当然対象外とのこと。ごもっとも。


特定列車ばかりがネタ=撮影対象ではなく、日本の四季折々の風土や気候、風物詩も、立派な「ネタ」であります。時によっては自然相手の方が難しいときもあるわけですから、それをテーマに撮影できたときの達成感は何よりも大きいものになります。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

これからは田圃に水が入り、水鏡の季節。稲が伸びてくるまでの僅かな期間を楽しみたく思います。電車運転士様、引き続き撮影ガイド宜しくお願いします。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

PS:ポケモン重連撮影の一週間後、21日(土)朝の犬山線下り3レにも再び重連が組まれ、速攻で扶桑へ出動しました。いとも簡単に2度目の巡り合わせが訪れるとは。・・・この間の苦労は何だったんだ・・・。(出札掛)



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2011年5月20日 (金)

86.鉄分補給(デキ400朝連)2011/5/20


 情報通の方から久しぶりに定例パターン(デキ400-ホキ3両-デキ400)で9004列車が運転されるという情報をいただき、朝連に出動してきました。会社が休みの日ならクルマで現地に直行できますが、クルマが使えない平日は電車利用に限られ、名古屋市北部からだと9004列車に先行するには金山で中央本線の上り1番列車から5:44発の準急豊橋行きに乗り換えるしか方法がありません。9004列車は豊明から続行で追いかけて来ますので、富士松付近・宇頭~新安城は徒歩では時間切れとなって撮影ポイントにたどり着くことができません。したがって、10分ほど時間が稼げる矢作橋~宇頭のこのポジションしか選択肢がありません。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 矢作橋で下車し、あまり時間がないので、撮影ポイントまでダッシュです。到着した時にはすでに踏切が鳴り始めていました。ここは引きがあまりないので、広角で何とかごまかしました。風もほとんどなかったので、一応、水鏡になりました。


【2011年5月20日 矢作橋~宇頭】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 9004列車の後は出勤に間に合う時間までの時間を利用して適当に列車を撮影しました。2200系の列車が4本ありましたが、1本くらいは前パンの1700系が来るだろうと期待してたら、残念ながらこの日はすべて2200系でした。


【2011年5月20日 矢作橋~宇頭】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 先ほどのポジションでひととおりの撮影ができたので、残りの時間は水鏡流しで時間をつぶしました。1000系が120km/hでかっ飛んで行きました。


【2011年5月20日 矢作橋~宇頭】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に珍客をゲットすることができました。3月のダイヤ改正後は以下の運用に入っているようです。


平 日:犬山694→997→1053→1052→1163→1260→1267→1364→


     1790→2093→2151→2152→2251→2252犬山

土休日:犬山861→864→963→1060→1067→1164→1263→1360→


     1367→1464→1563→1660→1961→1966→2065→2162犬山


運用としては5000系グループに入っているようで、桜の時期は5000系が代走していました。


【2011年5月20日 矢作橋~宇頭】(電車運転士)

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2011年5月18日 (水)

85.衣浦臨海鉄道 マイナー鉄 2011/5/15

 いささか鮮度落ちになりますが、今回は衣浦臨海鉄道をご紹介したいと思います。GWも終わり、家族運用から解放されるはずでしたが、その後も土日を中心に中途半端に家族運用を強要されてなかなか鉄活動を行うことができず、また、フリーの休日になっても天気がよくないといった悪循環でストレスのたまる日々が続いていました。そんな中、5/15の午後、短時間ですが何とか抜け出すチャンスができたので、かねてから訪れてみたかった衣浦臨海鉄道でマイナー鉄を実行してきました。


 衣浦臨海鉄道は武豊線の東浦から碧南市までの碧南線、東成岩から半田埠頭までの半田線の2路線が健在です。牽引機はDE10と同型のKE65で、キャブ側面に「衣浦臨海鉄道」の文字がある以外は国鉄色を保持、両線ともタブレット閉そくが現役で、好ましい被写体を提供してくれます。碧南線にはホキ1000によるフライアッシュ・炭酸カルシウム輸送の列車が下りは重連牽引で1本(東浦8:45→碧南市9:00)、上りは単機牽引で2本(碧南市11:08/14:53→東浦11:23/15:08)設定されています。一方、半田線には単機牽引のコンテナ列車が1往復(東成岩12:59→半田埠頭13:09・半田埠頭16:15→東成岩16:25)運転されています。列車本数が少ないので、効率は悪いですが、碧南線のKE65重連の下り列車は一見の価値があると思います。




 「はなぶさ」に集まる仲間たち



 碧南線のハイライトは衣浦湾にかかる長い鉄橋です。中央部分はトラス橋ですが、両端はノーマルなデッキガーター橋なので、走行写真が撮りやすい立地となっています。東浦側・碧南市側とも撮影可能で、次の機会は碧南市側から下りの重連貨物を狙ってみたいと思います。鉄橋の先は碧南市に向かって南下しますが、ところどころに線路を跨ぐ陸橋があり、正面がちに撮ることも可能です。アップした列車は碧南市14:53発の上り列車です。光線は南側となる反対側の方がいいのですが、保線用通路の手すりが邪魔するので、あえて北側から狙ってみました。自宅からは名二環(楠IC)→知多半島道路(阿久比IC)経由で45分くらいと思ったよりアプローチしやすい場所でした。なお、半田線は今回は覗いていないので、ご紹介できませんでした。申し訳ありません。


【2011年5月15日 東浦~碧南市】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 この1本だけを撮って帰るのはもったいないと思い、少し車を南に走らせ、知多新線の定番、伊勢湾遠望ポイントに向かいました。ここは夕方が光線状態がよくなるので、期待していましたが、この日は黄砂の影響でスッキリとした晴れにはならず、伊勢湾の見え方ももう一息でした。画像ではカットしていますが、画面下方の木がかなり成長しており、以前に比べてかなりアングルが制限されるようになってしまいました。車両的にはこれといって興味をそそられるネタはありませんが、早めの訪問をお勧めします。


【2011年5月15日 別曽池信号場~上野間】(電車運転士)


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2011年5月15日 (日)

【GW鉄2011】ポルトガル・リスボンの単車

今回の訪欧における最初の訪問地は、ポルトガルのリスボンであった。これは、当初航空券を買うときに、ある目的があって行きはリスボン、帰りはフランクフルトで購入したためであるが、その目的が実現できなくなり、結果としてリスボンまでの航空券が残ってしまった。リスボンまで行って、鉄をしないで帰る、というわけにはいかない。そこで、リスボンの単車を撮ることにした。




 リスボンの路面電車の見所は、ひとつに世界でもほとんどここだけといって良い2軸単車が現役で走っていることである。もうひとつは、狭い町中を走る沿線風景の面白さだ。ちょっとやみつきになる魅力がある。






「はなぶさ」に集まる仲間たち




 これは中心にあるコメルシオ広場。左の25系統が現役の単車。真ん中の車輌が新しい低床車。(と、いっても運行開始以来、すでに15年になる)右がここを起点に運行される観光電車である。この2軸単車、形は古いが、車体更新と足回りの換装により、実質的には1980年代の新製車輌といえる。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 リスボンは7つの丘の町とよばれ、町中には坂がいっぱいある。最急勾配は135‰(書き間違いではない)、なんと碓氷峠の2倍である。この12系統は、その最急勾配のある路線であるが、どうも135‰の勾配区間は最後のところだけらしい。それでも平均勾配は100‰を遙かに超えていることは間違いない。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 路面電車の沿線には、狭い街路で曲がるために、反対側の路線への張り出しや・・・・




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 瀬戸線にあったガントレットが随所にある・・・・わけではない。もとは随所にあったらしいが、現在は路線廃止により、いくつかの場所に残るだけである。




 しかし、最大の見所だけは残っている。グラサにある狭い街路を走るところだ。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 電車が建物の影から、こんにちわ、をする。こんな狭い街路を電車が走ってくるのである。もちろん、電車が来たら人は避けなければならない。2軸単車が残っているのは、この路線を走るためで、集電装置もポールが現役である。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 反対側はこんな感じ。この狭い街路の距離は100mほどだろうか。道路はクランク状になっていて、交通信号に従って走る。


 ちなみにこの写真、ちゃんと光線があたっているが、これは偶然ではなく、この街路に日が差し込む時間(1日わずか30分ほどである)がわかっているので、その時間にこの場所を訪れているからである。なお、1枚上の写真の角度で撮影しようと思うと、陽はあたらないので、曇りの日に撮るしかない。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 今回、デジカメで夜景も狙いたいと思い、時間を計算してポルトから帰ってきたが、サンタ・アポローニャの駅で地下鉄乗り場がわからず、1本乗り遅れて、一番すばらしいブルー・モーメントの時間に遅れて目的がかなわなかった。なぜ、こうした表現が可能かといえば、次の地下鉄に乗って広場を訪れたときが最高の時間で、電車も停まっていたのであるが、瞬時にまにあわず、次の電車までに条件がどんどん悪くなっていってしまったからである。多少とも空に明るさが残っているのが、このカット。もう1本前だったら・・・と惜しまれる。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 若干、宿題を残したことになったのは否めないが、さすがにリスボンにはおいそれと行くことはできない。


 まあ、完全な夜景となってしまうが、ライトアップされたこうしたカットも悪くはない。しかし、夜になると本数が大幅に減ってしまうので、あまりねばる気にならないのが残念である。ちなみに、この撮影は夜の10時頃である。




 路面電車と違うが、今回、リスボンで見てきたかったのが、長距離列車の発車するオリエンテ駅である。スペインの建築家、カラトラバの設計だった、と思うが、サラセン様式を活かした、といってよいのかわからないが、なんとも美しい建物である。昼よりも、照明に浮き上がった夜の方がより美しい。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 ここでも残念なのは、スペインへの長距離列車にあわせて昼間に撮影しようとした時間に、夕立で豪雨となり、外からの撮影がかなわなかったことである。これも次回への宿題かもしれない。


 まあ、寝ている時間を除けば、実質1日に満たない時間で、すべてを満足しようというのが無理なのだろうが。(駅長)





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2011年5月14日 (土)

リバーサル入門

このGW期間中、コツコツ10年近くかけたモノクロ/カラーネガのスキャンがようやく一段落し、次はいよいよリバーサルフィルムの番となりました。


自分がリバーサルを使うことになったのは大学のサークルで諸先輩方の影響によるところが大ではありますが、この頃はマニュアル撮影といった技術など身についているはずもなく、露出が狂えばストレートにフィルム上に再現されるだけあって、「リバーサルは難しい」というイメージがまとわり付いて、なかなかカメラにセットする度胸がなかったものです。

ところが、スライド映写機で部屋の壁に拡大してみると、しょーもない画像でも大画面では素晴らしく感動的に見えてくるから不思議。紙焼きでは味わえない魅力があります。

しかしコストを考えると、当時貧乏学生の身にとってリバーサルはしょっちゅう使うわけにもいかず、遠出をするときや大イベントが行われるときなどに限っていました(・・・いわば贅沢品扱いですね)。ときにはカラーネガやモノクロを使っている最中で差し替えるなど、アクロバティックなフィルム運用をこなす始末(カメラが1台しかないから仕方ないでしょ)で、今に思えば「ケチ臭いにもほどがある」。


やがて、リバーサルの度重なる露出ミス画像のおかげでマニュアル撮影の勝手も徐々に分かり始め、中古機ではあるもののカメラも2台体制になってからはリバーサルの出番も多くなり、露出の失敗率も昔よりは低くなったものの、やはり今日のデジにはかなわず、再びリバーサル(=フィルムカメラ)の出番が少なくなってきているこのごろです。そんな思い出もふまえ、今回は記念すべき?リバーサル初カットの画像を載せてみます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


銘柄はエクタクローム64。実を言うと原版は恐ろしいほどの露出不足、おまけにきわめて平凡な編成写真。撮影メモには【1982/11/3 クハ85104 632M 豊川】とあり、こんな画像でも貴重な一コマであろうと無理に納得しています。


ちなみに、使用しているフィルムスキャナーはミノルタ製2438dpiの「Dimage Scan Dual」。10年ほど前、ちょうど価格が下がったタイミングに3万ちょっとで購入しましたが、よく壊れずに今でも動いているものだと感心。この解像度でも書籍・グッズ・展示会等の写真原稿としてどうにか認めていただけるので、もはや年代物ですがそれなりに重宝しています。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

これからも時間を見つけてコツコツとリバーサルのスキャンに勤しみたく思います。俗に「撮影した覚えのない」画像を含め、どんなシーンが現れるのかが楽しみですが、どうか変色していませんように~。(10年前のスキャナー、ということは、接続先のPCはWin9・・・? 出札掛)

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2011年5月13日 (金)

【GW鉄2011】時速320km/h!TGVを撮る

 フランスを鉄道旅行すると、必ずお世話になるのが高速列車のTGVである。当初は物珍しさがあり、また、時速300km/hの体験に憧れたが、車体は従来からの客車に比べて小さく、居住性は劣るようだ。しかし、主要幹線の列車はほとんどがTGVに置き換えられてしまったので、フランス国内の移動には、好き嫌いにかかわらずお世話にならざるをえない。

 とはいえ、TGVとは開業初日に乗車するなど、少なからぬ因縁があり、何となく親しみがある。今回も訪れると、開業30年の記念の年として、記念塗装でフランス全土を走行する、とのPRが行われていた。残念ながら、その記念塗装車は撮ることができなかったが、今から5年前にパリに訪れたときにも25年の記念として、エッフェル塔を望むシャイヨー宮で実車を展示してイベントが行われており、興味本位で見に行っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さて、今回もTGVにはすっかりお世話になった。同類で、ブリュッセルに向かうタリスも含めると12回乗車し、新しく開業したフランス~スペイン国境の高速新線を除くと、南東線、大西洋線、北線、東線の主要4線にはほとんど全部乗車したことになる。某国の新幹線は青森に行ったことがないは当然としても、乗車したのは東海道と山陽の一部区間、そして八代~鹿児島間だけで、多くの区間が未乗のままであるのとはえらい違いである。


 とはいえ、TGVの写真を撮ろうと思うと、極めて撮りづらい。TGVを2本つないだ編成では、車体長は400mに達し、しかも櫛形ホームなので先頭からの撮影には、実に800mを歩く必要がある。加えて、ホームの先端には余裕がないので、ほとんど撮影は不可能に近い。それゆえ、パリ以外の下車駅で短い編成が停まっている時になんとか撮影するしかない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これはナントで撮影したTGV SUD-EST。1981年に登場した最初期の車輌で、当初はオレンジ色に塗られていた。本来は南東線と北線を走るだけで、大西洋線は走らないが、これは北線から大西洋線への直通列車として来たようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 TGVと似た外観で塗装の異なるのが、パリからブリュッセルやアムステルダム、さらにはドイツに足を伸ばすタリスである。この車輌は、PBA型といってドイツには乗り入れできないタイプ。ブリュッセルのミディ駅の先端は、午前中にはパリからの列車が撮りやすい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、そのタリスや英国へのユーロスターが発車するパリの北駅。デジカメで何がありがたいかというと、こうした駅の光景が手持ちで手軽にとれるようになったことである。ずらりとタリスやTGVが並んでいる光景は壮観だ。


 さて、滞在中にはTGVに乗るだけでなく、一度くらい、TGVの走りを外から眺めたいと思っていた。しかし、TGVが高速走行をするのは、家のない都市間であり、レンタカーでも借りないと撮影は不可能である。唯一、クルマ無しで行くことができるのは、都市間にまれにあるTGVの中間駅であるが、列車本数が少なく、訪問はなかなか難しい。

 ところが、ひとつだけ、手軽に訪れることのできるTGVの中間駅があった。東線のランス市街地南に位置するシャンパーニュ駅で、市街地から路面電車の路線があり、アクセスが容易なのである。


 行き当たりバッタリであまり時間の余裕は無かったが、ホームに降りて、TGVの通過を待った。やがてパリ方面から列車がやってきた。

 速い!!!時速320km/h。500系の最後に多少は高速列車の撮影をしたが、それより一段と速い。考えてみたら、東海道新幹線は時速270km/h。それより50kmも速いのである。シャッターを押した瞬間、すでに先頭が身体の横に来ている、と、そんな感じなのだ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 お恥ずかしいことに、微妙にシャッターのータイミングがずれているが、これは人間業としては、多分不可能だろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 反対側の列車も撮影する。パリ側の列車をメインに狙っていたので、ちょっとポールの位置が悪いが、なんせ、見えてから数秒で接近してくるので、場所を変えることが不可能である。

 このシャンパーニュ駅、パリから45分と近い上に、少し離れて切通の上からも撮れそうで、さがせばまだ、撮影場所がありそうな感じであった。機会があれば、もう少し時間を取って、駅撮りではなく走りのTGVも狙ってみたいところであるが、東線は2階建てのデュプレックスやユーロスターも入らず、一番変化に乏しいがやや難点ではある。(駅長)








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2011年5月11日 (水)

【GW鉄2011】欧州に美濃町線の面影を求めて 3

 これまで2度にわけて、ベルギーの美濃町線と言うべきシャルルロアのヴィシナルを紹介したが、このヴィシナルが近代化して残っているところがある。KustTramと呼ばれる海岸電軌である。路線はベルギーの海岸線全部。といっても70kmくらいしかないが、オランダ国境のクノッケからイギリスへのフェリーターミナルのあるオーステンデを経てフランス国境のパンネの間を結んでいる。

 この電気軌道は、北海の海岸沿いに延々と走ることで知られ、また、海をバックにした写真もあって、かねてから一度、訪れたいと思っていたが、具体的な場所がわからず、またなかなか訪れる機会もなかった。しかし、シャルルロアでも参考にした「ベルギーのメトロ」という本に撮影場所が載っており、GoogleEarthでその場所が確認できたことから、ようやく長年の念願を果たすことができた。

 パリ北駅を7時1分発のタリスをブリュッセル・ミディで乗換え、40分ほど列車を待って、今度はベルギーの国内特急でゲント、ブリュージュ経由でオステンデへ向かう。10時過ぎにはオステンデに到着することができたから、所要時間は3時間少々である。名古屋から新幹線で岡山で在来線に乗り換えて、高松琴平電鉄を撮影する、といった感じである。

 土曜日とあって運行本数が少なくなることが心配であったが、電車は15分間隔で運転している。こんな海岸沿いの路線、どんな人が乗るのか、と長年気になっていたが、なんと3車体連接車が地元の人に観光客を交えた乗客で超満員である。オステンデの町中を走って10分少々で海岸に。そこから駅間距離も長くなり、道路の横を猛然と走り始める。さすが海岸電車だけあって、砂で軌道が埋まっているところすらある。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 目的のドメイン・ラフェルスアイデで下車。周囲には家一軒ない。海の反対側に小高い砂丘が続いており、そこに遊歩道が延びている。ここは海岸沿いを散策する人の為の停留所なのだろうか。これまで見た写真は、この砂丘の上から撮影したのであろう。砂丘の遊歩道をたどって撮影場所を探す。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ここからはご覧のように、北海をバックに雄大な写真が撮れる。路面電車でこれだけ綺麗に海が入るのは、スペインのアリカンテとここだけではないだろうか。さすがに、これだけの光景を見ると去りがたく、結局、レンズを変えて撮影し、1時間近くをここで費やしてしまった。
 砂丘には、ハマナスのような赤い花をつけた草花も見られる。海をバックに小高い丘の上から列車を撮るって、どこか懐かしいなぁ・・・・そうだ、まさにここではないか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 釧網線の北浜で蒸機を撮影した構図と同じではないか。ハマナスの花が咲くのも、釧網線を思い出させる。そう、ここはベルギーの原生花園なのだ。蒸機と電車の違いはあるが、今から40年近い前の撮影の感激を、異国の地で、いまになって味わえるとは思っても見なかった。


 本当はクノッケからパンネまで全線乗りたいところであるが、まだまだ他に行きたいところ、撮影したいところがあり、駅に戻ってその近くで数枚撮るだけで、オーステンデを後にした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 70kmに達する路線は、かなり変化があるようだ。いずれ、時間ができたら再訪して、その時は全線、乗ってみたいものである。(駅長)

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サプライズ繋がり?(長野電鉄)

駅長様のサプライズはエセのようですが、こちらはホントのサプライズでした。


ゴールデンウィークを仕事で費やした検査掛は、野暮用で5月7~8日、北信に行ってまいりました。今回は同居人にしてやられまして、一眼レフは自宅に置き去りにされ、持って行ったのは家族用のコンデジのみという始末。

そんな中、7日、用事を終え、中野市街から山ノ内へ帰る途中、中野松川の踏切に差し掛かったところ、遮断機が降りて、タイフォン一笛、発車したのはナ・ナント2000系D編成!

3~5日のイベントを終えたばかりで、ナゼに走ってるの?というカンジでしたが、改めて時刻表をみると、次の一往復で、2100系「スノーモンキー」と信濃竹原で交換するハズ、とコンデジを携え、ヨメの実家を抜け出しました。

現地に到着すると、らしき車が数台停まっており、検査掛のすぐ前についた車からは制服姿の2人が脚を持って降りてくるではありませんか。これは内部の催しか?と思いつつ、彼らが歩いて行く踏切の先に数名の同好の士がすでにスタンバっており、なにやら職員氏らと親しげに言葉を交わしています。以前、この場所で撮ろうとしたら運転士氏にとがめられたことがあって以来、入らなかったのですが、当日はチャッカリ失礼して、仲間に加えさせて頂きました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


で、撮ったのがこの一枚、コンデジをフルズーミングしても届かなかったので、40%くらいトリミングしていますが、シャッターのタイムラグもうまくクリアして何とか並びました。(319レと14Aレ)

帰名して某掲示板を見たら、全く同じ写真が載っていて、「あぁこの管理人さんが手配したんだ」とわかりました。

当日は天気も良く、特に山ノ内線沿線の花も見ごろ(リンゴにはちょっと早かった)ようで、一眼レフがあれば沿線で走行も撮りたかった気はしますが、3月20日の小布施イベントでの並び方が今一つだったので、今回撮れて満足しています。

(検査掛)

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2011年5月 6日 (金)

84.GW鉄2011(名鉄ツツジ鉄)2011/5/4

 今年のGWも終了し、ブログメンバーの皆様もご活躍されたことと思います。前半戦の自分はというと紀勢貨物に出動しましたが、後半戦は家族運用にしっかりと縛られた関係で、長野電鉄の2000系イベントに食指を動かされながらも、天気はいいのに遠出はままならない状況となり、ストレスが溜まるばかりでした。そんな中、家族運用の合間を縫って、5/4の午後、名鉄のツツジ鉄でお茶を濁してきました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち







「はなぶさ」に集まる仲間たち



 久しぶりに河和線の高横須賀~南加木屋のツツジポイントを訪れてみました。ちょうど満開に近い状態で、左手前のツツジも適当に咲いており、条件的にはベストに近い状況でした。現地到着が13時30分頃だったため、下り列車に対しては完全順光の時間を過ぎてしまいました。


【2011年5月4日 高横須賀~南加木屋】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 前の画像の背景に写っている陸橋からは上下列車を撮ることができます。これは下り列車ですが、左上にある名鉄の社員寮をうまくかわせば何とか絵にすることができました。


【2011年5月4日 高横須賀~南加木屋】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち






「はなぶさ」に集まる仲間たち



 陸橋の上から撮った上り列車です。列車は北に向かって走って来るため、完全順光とはなりません。早朝は側面に陽が当たりますが、昼過ぎまでは逆光、それ以降は正面に陽が当たります。望遠で狙った下の画像はちょうどいいタイミングで列車が離合してくれました。


【2011年5月4日 高横須賀~南加木屋】(電車運転士)




 この時咲いているツツジは1週間もすると終わりになってしまいますが、その後は斜面に植えられている別の種類のツツジ(花はオレンジ色)が咲きます。こちらのツツジはまだ撮ったことがないので、機会があれば挑戦してみたいです。






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2011年5月 5日 (木)

近代化産業遺産



「はなぶさ」に集まる仲間たち

↑衝動的に出かけてしまいました。 2011/05/04 【撮影会 仏生山】








コトデンで毎月行われる旧型車の特別運行は、普段なら琴平線(高松~琴平)を1往復のみですが、今年のGWは大サービス。運転区間は異なるものの、2往復+区間運転が5月3日は3両、4日は4両編成で実施されました。





1往復の運行内容だけでは正直なところなかなか意欲がわかず、他の目的と掛け合わせればいいもののイマイチ乗る気になれません。


ところが今回は、うれしいことに撮影地が点在する琴平側で4回もの撮影チャンスがあります。とくに4日は前菜として長尾線でも2両編成が1往復(+区間運転)運行され、おまけにこの日なら天気予報もよさそうだし、ついにガマンできず急きょ高松行きを決行いたしました。





こんな時期に車での長距離移動は無謀だし、現地でレンタカーを使うほど不便でもなく、コトデンでは一日乗車券も売られているので、ここは素直に鉄ちゃんらしく鉄道での移動と決め込んで3日夜の新幹線に飛び乗り、瀬戸大橋開通以来まさに23年ぶりの四国入りとなりました。








「はなぶさ」に集まる仲間たち




「はなぶさ」に集まる仲間たち

高松で1泊後、まずは朝の長尾線へ。四国の山らしい容姿をした白山がバックになる有名ポイントがあります。旧型車は長尾着後すぐに折り返してくるためあまり移動できないので、この付近で1往復分まとめて撮影。光線状態がよくないせいか、同業者は意外にもポツポツ。 【2211レ、2216レ 学園通り~白山】








「はなぶさ」に集まる仲間たち

瓦町から琴平線に乗り換え、下調べしておいた撮影地に向かいます。ここでも同業者の姿は5~6人。旧型車の通過直前に車での追っかけ組みが現れ(へぇ、できるんだ・・)15名程になりましたが、いたって余裕で入り込むことができ、実に平和でした。 【3221レ 羽間~榎井】





「はなぶさ」に集まる仲間たち




「はなぶさ」に集まる仲間たち

この鉄橋も有名撮影地のひとつで、同業者もそこそこ集まっていたものの、まだまだ余裕です。先述の場所からは約10分の徒歩移動。無理に電車移動してハマるといけないので、ここで1往復分を撮影します。ちなみにこの橋も近代化産業遺産。 【3036レ、3027レ 羽間~榎井】








「はなぶさ」に集まる仲間たち

4連最後の運行列車は、これも事前に調べておいた築堤にて撮影。本当は線路にもっと近付けたのですが光線状態からして後追いになるので、あえて“引き”で。アングルにはあまり入っていませんが、小麦畑が広がっていました。 【3042レ 羽床~滝宮】








「はなぶさ」に集まる仲間たち

天候には恵まれたものの、黄砂のせいで四国の独特な山並みを写しこむことが出来なかったのは残念。最後に高松城のお堀にて定期列車を記念撮影して締めくくりました。 【50レ 高松築港~片原町】








旧型車の現役時代にほとんど撮影していなかった反動からか、長年の懸案がようやく実現してまずは一区切り。また、予想していたほど撮影者の姿は見かけず、おかげで各所でまったりできましたが、これでいつもどおりの賑わいなのでしょうか。訪れる人を絶やさないよう、今後も近代化産業遺産に認定された貴重な旧型車の保存運転が永く続いていくことを願っています。





久しぶりに吊り掛けモーターの響きを耳にしましたが、不思議にもそれほど懐かしく感じないのは何故?(出札掛)











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2011年5月 1日 (日)

83.GW鉄2011(紀勢本線東部) 2011/4/30

 ブログメンバーの皆様方もGW鉄をお楽しみのことと思います。前半が終了しましたが、どうも今年の天気は不安定な感じでスッキリ晴れる日が少ない感じです。そんな中、出札掛様はバリ晴れの29日に紀勢本線西部にお出かけされたとのことで、青い海の美しい風景を拝見させていただきました。自分は30日を出動予定としていましたが、昨年以来振られっぱなしの紀勢貨物が撮りたくて紀勢本線東部を目的地に決めました。肝心の2089・2088列車は運転されるかどうか心配でしたが、行きに深夜の四日市に寄り道して確認したところ、下り1番線に停車しており、まずひと安心です。DDは赤更新でしたが、贅沢は言ってられません。30日の天気予報はバリ晴れ予報でしたが、予報に反して薄雲が広がったり曇り空になったりとスッキリしない天気で、結果は消化不良の状況となってしまいました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 2089列車は水鏡期待の阿曽~伊勢柏崎の定番Sカーブを有力候補地として考えていましたが、現地に到着して見ると全部の田んぼに水がきれいに入っておらず、あきらめざるを得ませんでした。代替地として以前から気になっていた阿曽~伊勢柏崎の大カーブ俯瞰ポイントを選択しました。画像は2089列車の前の普通列車ですが、キハ40系の5両、朝日がいい感じで当たり、水鏡もそこそことほぼイメージどおりの結果となりました。築堤脇のトラクターはどうしようもないですが…。


【2011年4月30日 阿曽~伊勢柏崎】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 本命の2089列車です。30分前までは先ほどの画像のようにいい感じの条件でしたが、急速に雲が広がり期待外れの結果となってしまいました。


【2011年4月30日 阿曽~伊勢柏崎】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、一気に新鹿海岸まで南下しました。この時は運よく雲間から太陽が顔を出し、きれいなエメラルドグリーンの海となりました。ここは午前中の早い時間までが勝負ですが、他の場所で2089列車を撮ってからだとギリギリセーフの条件になってしまいます。列車の位置と波のかたちのタイミングに注意しながらシャッターを押しました。


【2011年4月30日 新鹿~波田須】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 たまには目新しいポイントを探してみようと二木島方面へ向かうと二木島漁港をバックに撮れるポイントが見つかりました。ここは午後からが光線状態がよくなります。


【2011年4月30日 二木島】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 新鹿~波田須の定番ポイントです。微妙に雲が出ていたため、海の青さがもうひと息足りません。訪れるたびに周囲の木が伸びているような感じで、将来はここの撮影ポイントも消滅してしまうかもしれません。


【2011年4月30日 新鹿~波田須】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 上の県道に戻り、サイドから俯瞰できるポイントで列車を待ちました。列車が見える範囲が短いので、2両の普通列車の方がバランスがいいかもしれません。


【2011年4月30日 新鹿~波田須】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 新鹿近辺でポイントを探していたら水が入った棚田があったので、あれこれアングルを思案したら何とか海を入れることができました。


【2011年4月30日 新鹿~波田須】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 帰りの2088列車はどうしても新鹿湾俯瞰ポイントで撮りたいと思っていました。夕方近くになって天候も回復し、期待を持って現地に向かいました。ところが、画面下方では高速道路の工事がかなり進捗しており、工事用の大型クレーンが天を突きあげるかのように鎮座し、線路を串刺しにていました。その関係でこれ以上カメラを右に振ることができませんでした。高速道路完成後はどうなってしまうのか不安がよぎります。2088列車をこのポイントで撮ることはできましたが、通過時間の直前に薄雲が広がり、残念な結果となりました。また宿題がひとつ増えてしまいました。


【2011年4月30日 二木島~新鹿】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 300mm以上あれば同じポイントから新鹿の進入を撮ることもできます。霞がなく水平線がハッキリわかる条件の時に再挑戦してみたいです。


【2011年4月30日 新鹿】(電車運転士)

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紀伊国探訪

GWといえども勤務先の休日はカレンダーどおり、しかも土曜日:4月30日と5月7日は出勤日ですよ、信じられない!と言っても有給を使って休む人も多いので長期休暇も不可能ではないのですが、いずれにせよ飛び石ながらも連休が続くのは気分的にうれしいもので、こんな時期はちょっと遠出をして「撮り鉄」に出かけたくなってきます。さあ今回は・・・


自分には未踏の撮影地、さらに来春には姿を消す381系のネタもあって、紀勢西線電化区間に照準を定め、手堅くこなせるよう有名撮影地、しかも海の見えるポイントに的を絞って一気に撮っていくことにしました。同じ381系でも、大半の鉄は福知山線「こうのとり」の期間限定運用に注目がいっているでしょうから、紀勢線は今が穴場であろうかと。


それにしても遠い!撮影地間の移動距離も長いので、できるだけ効率的な一筆書きコースとなるよう、さらに撮影地での光線状態を考慮してみた結果、早朝の周参見~見老津からスタート、撮影しながら和歌山を目指して北上し、夜には高速で帰路につく、というプランを作りました。


いざ出発、名神→第二京阪→近畿道→阪和道と深夜の高速道を乗り継ぎ、370kmの距離を一気に移動。まずは周参見~見老津の、トンネル上から岩礁バックの名撮影地へ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ところが、それらしきお立ち台から見える線路は周囲の木々が生い茂り、まさかの×。いきなり出鼻をくじかれてしまいました。しかしこのまま黙って戻るのは実に悔しい、と車を少し走らせると、列車は小さめになるものの、この地らしい岩礁の風景を撮ることができました。利尻富士のてっぺんを切り取ったようなとんがり岩が印象的です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

少し移動すればオーソドックスなアングルも。長編成は遮られてしまうので、かえって短編成のローカル列車のほうがまとまります。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

紀勢西線屈指の撮影地、南部~岩代の俯瞰お立ち台です。ここはちょっとした展望台になっていて駐車場に隣接、車を横付けできるお手軽ポイントですが、下から木の枝が伸びてきており、ベストポジションは脚立使用で3~4名程度。上の写真は200mm前後の望遠ですが、これなら脚立不要で木の枝も気になりません。さすが風光明媚な撮影地だけあって、入れ替わり立ち替わりポツポツと撮影者が訪れ、人気の高さがうかがえます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

展望台への道中からも海バックの撮影が可能です(ここも有名)。車両に障害物がかからない場所を探せば見つかるかもしれませんが、あまり時間もないので道路沿いから1カット。興奮してシャッター早切り。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

切目~岩代の海バックアングルは小道から撮影するポイントですが、ここも木々が伸びて×でした。代わりに、少し西に移動して300mm相当で無理やりのやっつけカット。列車の上の辺りがちょうどそのポイントです。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

せっかくここまで来たので、紀州鉄道にも寄り道をしました。わかっていたけど、撮影ポイントが本当に見当たりません。紀伊御坊駅構内の留置線には、一昨年前まで活躍していたキハ603が野ざらし状態。これを見ながら駅周辺をうろうろしていたら、山の稜線にそびえ立つ風力発電機の風車が目に入りました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

夕方は冷水浦~加茂郷にて海バックの撮影に挑みます。ちょっと到着が遅すぎたでしょうか。太陽が北側に回ってしまいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

どなたかのブログに掲載されていた画像を参考に、上のポイントから5分ほどの小さな漁港にも足を運んでみました。光線状態もベタとなり、漁船が夕日に照らされます。



美しい海や山が出迎えてくれる紀勢線。東、西それぞれ一日ずつかけながら紀伊半島を一周するコースを組むのも一案かと思います。ただ、木々の生長が著しいため場所によっては昔のようなアングルでの撮影が困難な場合もあります。現地についてショックを受けることがないよう、お早めにぜひどうぞ。(出札掛 撮影日・2011/04/29)







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