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2011年4月

2011年4月30日 (土)

長野電鉄2000系再び

またGWがやってまいりました。例年は日本中XX連休とマスコミが騒ぎ立て、サービス業に従事し休みの取れない検査掛にとっては、忌々しい限りですが、今年は東日本大震災からようやく四十九日を経たばかりで、二万人を越える死者、不明者の方々のことを思んばかると、やりきれない気持ちでいっぱいです。亡くなられた方々に心よりお悔やみ申し上げると共に、被災された方々には一日も早い復旧を祈念しております。

さて、検査掛は震災8日後の3月19日、事情により長野に行くことになり、翌20日、長野電鉄で行なわれた2000系A編成のさよならイベントを撮影できる機会に恵まれたので、ご披露します。このイベントはD編成を長野・須坂間1往復させた後、小布施に回送し、15:30まで展示し、その間A編成を長野・信州中野間の普通列車に充当して、小布施でA、D編成の並ばせる、というものです。D編成はA編成のほか、「ゆけむり」「スノーモンキー」と並ぶことになり、これを狙いに多くのテッチャンが来ておりました。(撮り鉄にとってはA編成というよりはD編成のイベントという感じです。)


まずはA編成525レとの顔合わせ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


特急の運転間隔は1時間数十分のため、この後小布施に14:00近くまで、2時間半張り付くことになります。

次は本命、2100系「スノーモンキー」との並び。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


2000系の顔にビームとミラーの影が入ってしまいましたが、なんとしてもこのショットだけは撮っておきたかった。(殆どドン曇りだったのになぜかこのときだけ陽が差すという運のなさ、トホホ・・・)

画面左にちょこっと2000系A編成が写っていますが、この3本並びをなんとかモノにしたいと、このあといろいろ試しましたが、南側は上の2枚を撮っている通路にドッと人が押し寄せるため、まず×、北側から撮るしかありません。しかしながら、上り列車のほうが先に入線するため、上り列車の下回りがホームに掛かってしまわざるを得ませんでした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


この翌週、27日の最終特急運用をもってA編成は営業から退きました。


さて、長野電鉄は屋代線の廃止を来年の3月末に決定しましたが、これを前にしてこのGWにD編成を屋代線に臨時運転し、信濃川田で再び「ゆけむり」「スノーモンキー」と並べるイベントを行ないます。またこれを前に4月17日にD編成のチャーター運転を実施し、須坂では在籍特急編成4編成(運用中の1編成の一瞬を含めると5編成すべて)を並べるという粋な計らいもしています。D編成の引退まであと3ヶ月となりましたが、まだ何かやってくれそうな気がします。行けるかなぁー?(検査掛)


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2011年4月28日 (木)

82.播但線のDD54(野里界隈)

 播但線のDD54、続いては野里周辺で撮りためた画像をアップします。この当時は野里から徒歩15分くらいのところに住んでいました。姫路から野里までは住宅地の中を走る感じで、走行写真を撮れるポイントはほとんどありませんでしたが、唯一、京口~野里に田んぼが開けたところがあり、鉄道写真の練習の場として活用させてもらいました。自転車で気軽に行けるということもあって、かなりの頻度で放課後鉄や登校前の朝練を実行していました。自分の鉄道写真の原点の場所として足繁く通ったポイントでの記録をご紹介したいと思います。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 多客期に12系客車で運転されていた臨時「但馬」です。この写真を撮ったのは中学3年生、ちょうど念願の1眼レフを手に入れた頃で、このポイントと山陽本線の御着~姫路の市川橋梁を中心に本格的な鉄活動を開始していました。


【1975年3月22日 京口~野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 京口~野里のほか、野里駅にも度々足を運びました。夕方の633列車は寺前からのDE10牽引の客車列車と行違いだったので、よく狙いに行きました。DE10の位置がちょっと窮屈な感じですが、DD54の息遣いを間近に感じることができました。


【1975年8月 野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 夕方の633列車を田植え風景を入れて撮っています。今の時代は機械で一気に植えてしまうのでしょうが、この頃は一家総出といった感じでひとつひとつ手で植える光景が見られました。


【1976年5月 京口~野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 633列車と野里で交換して来たDE10の客車列車です。寺前までの区間運転の列車はDE10の担当でした。普通列車は客車が主体で、気動車列車の方が少数派といった感じでした。


【1976年5月 京口~野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 実りの秋の頃の風景です。午後の1692列車は633列車と並んで放課後鉄にはもってこいの列車でした。案山子にも昭和の臭いが感じられます。


【1976年10月 京口~野里】




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 少し冒険をしてハザ掛けの下に潜り込んで1692列車を狙ってみました。DD54を冒険の材料に使ってしまってはもったいなくてバチが当たりそうですが、日常の当たり前のことでしたので、こんなことができたのではないかと思います。


【京口~野里 1976年11月】




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 頻度としては放課後鉄の方が圧倒的に多かったように記憶していますが、雪や霧など特別な天候のときは登校前の朝練にも出かけています。この日は霧が立ち込めており、ひょっとしたら幻想的な写真が撮れるのではないかと思い野里駅に向かったものと思われます。


【1977年3月4日 野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 朝、目が覚めて外を見ると播州地方には珍しい雪景色となっていました。当然、朝の634列車を撮るべく朝練にスクランブル出動、雪景色とDD54の組み合わせをゲットできました。線路脇に4階建てのアパートが建っており、通路から俯瞰気味に上り列車を撮影することができました。


【1977年3月 京口~野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 夕方の633列車が野里駅に進入してきました。ちょうど下校・帰宅時間に当たるため、ホームには結構な数の人が列車を待っていました。編成も9両と長く、鉄道が地域輸送の主役だったことを物語っています。


【1978年4月28日 野里】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 最後に、野里界隈での写真の集大成として挑戦した写真をご紹介します。野里駅の北方に広峰山という山があり、そこの中腹から野里駅を俯瞰したものです。空気の澄んだ日は姫路の市街地はもちろんですが、遠く播磨灘を望むことができます。晴れるとモロ逆光なので、薄雲りで空気の澄んだ日にしか挑戦できないポイントです。DD54の633列車が到着後、行違いのDE10の客車列車がいいアクセントとなってくれました。


【1978年5月30日 野里】(電車運転士)




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2011年4月26日 (火)

【アーカイブス】かつてのさくら鉄 中央線落合川

 電車運転士さんが、今年の桜鉄として中央線落合川のEF64重連の貨物の写真を載せておられるが、それを見ていて、かつて毎年のように桜の季節に落合川に通った事を思い出した。まだ、非電化で蒸機の時代、である。今年のさくら鉄の最後を飾って、それらをお目にかけたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは1970年の桜から。天気が悪いのに、無理して行っているようだ。と、いうより、この頃、天候を選んで撮影に行っていないのであろう。

 この時の桜は5分咲くらいであるが、実は桜を意識して入れているのはこのカットだけで、あとは発車とか、機関車が大きなシーンばかりである。要するに、桜を意識して撮りに行っているのではないのだろうが、一応、ネガカラーで撮影している。

 この頃は、現在は下り線となっている旧線を使っての運行である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、71年の桜である。この年には、ブローニーのポジで撮影しており、写真のアングルも落ち着いてきていて、急速に技術が向上したことが伺える。

 この時には、すでに現在の上り線が完成しており、その線路を使っての運行となっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ダム湖を入れた写真は、落合川でもお気に入りの構図であったようで、その後も何度か撮影している。しかし、このアングルでは桜はほとんど入らない。

 今なら、桜をいれてばかりの撮影となるが、この時には上記の写真で満足してしまったのか、後はほとんど桜を入れて撮影していない。もう少し上の位置からもアングルを変えて俯瞰が出来たはずなので、ちょっと残念である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはもっと峠寄り、国道19号のあたりからの俯瞰である。珍しくも機関車が前が重連で後補機付きという豪華編成である。中津川~落合川間には、この区間だけ後補機の運用があったが、現在の下り線が完成しているこの時点では落合川までの補機運用は無くなっていたはずで、回送でも付いてこうした編成になったのであろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そして、最後は72年の桜である。すでにこの時には、電化のためのポールが立ち並んでいる。

 71年には、現在の上り線を使っての運行であったが、この年には再び下り線を使っての運行となっている。おそらく、電化のために旧線のトンネル部分の路盤を掘り下げる工事を行っていたのだろう。


 しかし、この写真も雨である。すでにこの頃から、雨男だったようだ・・・・・・・。(駅長)





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【アーカイブス】高松琴平電鉄'76

 このところ、北鉄能登線の写真が続いているが、さすがに同じ傾向の写真ばかりではちょっと飽きるので、毛色の変わった写真をお目にかけたい。


 日本の鉄道から古典的で個性的な車輌が減る中で、注目を集めるのは高松琴平電鉄の旧型車群であろう。4両が綺麗に整備して残されており、このGWも4連での運行が予定されているという。

 高松琴平電鉄の由緒ある車輌群は、今から30年以上前には阪神、京浜、近鉄など、大手私鉄からの譲渡車が現役で、当時でもファンの注目を集めていた。これら車輌の撮影を目的に高松を訪れたのは、76年の1月であった。

 この時には、2日間訪れて撮影している。一番の目的は、長尾線を走っていた元阪神の30形の4連ではなかったかと思うが、それ以外にもやってくる電車、それぞれに味があり、飽きることがなかった。


 この時、一番撮影したかったのが、貫通扉の形から、床屋さんというアダナのついた阪神の30形であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 またしても、一番良いカットはモノクロなので、カラーはそのおまけ、である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 地平時代の瓦町。さまざまな古典車輌が姿を見せて、飽きることがなかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、元京浜の10形を先頭にした3連。朝のラッシュ時には増結が行われていた。

 長尾線は30形が中心であったと思うが、志度線にはあまり30形が入らず、京浜や近鉄の車輌が主に使われていたように記憶する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは潟元と春日川の間と記憶するが、当時は松並木があって、風情のある景観であった。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、屋島をバックにした志度線の名所。確か鉄橋はコンクリート橋に架け替えられて、今はこのようには撮影できないのではないかと思う。


 今となっては、高松琴平は、旧型車最後の牙城といっても良いのだろう。旧型車の運転は月に1回、定期的に行われており、春休みやGWには4連も走るようなので、機会を見つけて訪問したいと思っている。(駅長)








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2011年4月25日 (月)

81.桜鉄2011(増6号車) 2011/4/24

 桜鉄5号車で今シーズンの桜鉄は終了ということで画像をアップさせていただきましたが、出札掛様の明知鉄道のご報告では山桜がまだ咲いていないようだとのことでしたので、昨年の状況から逆算して、ひょっとすると今年は4/24でも大丈夫ではないかという淡い期待をもとに午前中だけですが明知鉄道を覗いてきました。今年は開花時期に寒波が訪れた関係で、例年より1週間程度開花が遅れたのと開花してから急に暑くなったり寒くなったりと天候が安定しなかったこともあってか、山桜の咲き方がおかしな感じになっていました。ソメイヨシノはさすがに終了でしたが、山桜はどの木も花の密度が薄く、場所によっては花が満開になる前に葉っぱが出てきてしまっている木もあって、天候不順の影響が表れているといった感じでした。阿木~飯羽間の陸橋お立ち台、岩村を出て国道陸橋を過ぎたところの山桜は花がほとんど付いておらず、撃沈状態でした。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 花白温泉脇の枝垂れ桜です。例年に比べて花の付きが全然悪かったです。背景が杉林なので、いい感じで桜が浮かび上がるはずでしたが、今ひとつの状況でした。


【2011年4月24日 花白温泉】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 山岡に程近いイワクラ公園展望台からの俯瞰です。街並みをバックに下り列車が山岡を出発して行きます。


【2011年4月24日 山岡】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 山岡~野志には小さな峠越えがありますが、その途中に立派な山桜があります。ここの山桜も天候不順の影響か、やはり花の付きがもう一つで華やかさが足りませんでした。列車は恵那に向かう上り列車です。


【2011年4月24日 山岡~野志】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 同じ山桜を反対側に回って上り列車を狙いました。光線はこちら側からの方が良好です。例年どおりの花の付き方ならもっと存在感が出ますので、来年再チャレンジしてみたいです。


【2011年4月24日 山岡~野志】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 先ほどの山桜ポイントからさらに野志方向へ進んだところ逆光に輝く山桜がありました。この日見た中では一番まともな桜でした。右側のビニールハウスが目障りでしたので、いろいろアングルを変えながら何とかならないものかと試行錯誤しましたが、どうにもなりませんでした。


【2011年4月24日 山岡~野志】(電車運転士)




 画像とはまったく関係のない話ですが、先日、元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんが乳がんで亡くなられたという報道がありました。キャンディーズの解散は自分が高校3年生の時で、世代的にはまさにドンピシャでしたので、すごいショックを受けました。今日(4/25)の告別式の中でご本人の肉声の最後のメッセージが流れていましたが、明らかに死を覚悟しているのを前提としながらも、これまで支えてくれた人たちへの感謝の言葉、東日本大震災で亡くなられた方々を想う言葉、できることなら女優業をもっと続けたかったという悔しい想いなどが綴られていました。死を悟った状況での言葉だったので、一言一言にすごく重みを感じました。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。


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2011年4月24日 (日)

【アーカイブス】もっと見せます!北鉄能登線 Ⅰ

 先回、スキャンしたばかりの北鉄能登線のカラーを載せ、本命はモノクロ、と書いたところ、電車運転士さんから、「それも見たい」というリクエストが寄せられた。この時期のモノクロネガのスキャンは、まだ当分、後になるかと思われるが、どうせ何時かはスキャンすることになるわけだし、楽しみに見て貰える内が華!ということで、さっそくスキャンすることにした。雨模様の天気で外に出られないのも、スキャンを促しているかのようである。


 改めてネガを引っ張り出して調べてみると、この能登線には4度行っていることがわかった。昭和47年5月8日、6月7日、6月22日、24日である。8日に全線乗って撮影しており、24日が最終日で、22日とあわせて看板が取り付けられている。どうせなら、看板が無いときにもう1回行っていれば良かったのだが、当時は、さよならの看板付きの方が希少価値があると思っていたようだ。今回は、5月8日と6月7日の写真をお目にかけたいと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 8日は、当時運行されていた七尾線のふるさと列車から撮影を開始している。後ろの築堤が能登線の線路で、検査掛さんがC56のときめき号を撮影されたのは、このあたりかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、どこかわからないが松林の中を走るシーンを撮影している。このあと、三明まで乗車したようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その後、滝で降りて岬の方に歩いていったようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 灯台が写っているところを見ると、このあたりが岬の先端かもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 カラーと異なるのは、カメラの高さである。カラーは三脚の上なので低いが、モノクロは手持ちのため、1m近く高い。そのため、海岸の石ばかりではなく、水面も写っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じようなアングルであるが、後ろの松林を見ると、すこしずつ場所を変えているようだ


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 縦構図でも撮影している。これが一番纏まっているかな?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 当時の列車本数は、多分、1時間1本くらいであろう。5~6本撮影しているので、ここで半日近くカメラを構えていたかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日は最後にふるさと列車を撮りに行っている。背景から見ると、羽咋ではなく、金丸のあたりまで行っているようだ。


 続く6月8日は、午前中、七尾線で撮影してから、能登線に向かっている。この日の機関車は、現在、西日本の保存機となっているC56160で、梅小路に行く前に一時的に七尾区にきていた。七尾線で撮影できたのは、この日だけであった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日は、なぜか海沿いの区間ではなく、松林の中で撮影している。前回、柴垣に行っていないので、この日に行けばよいのに、なぜ、このような場所で撮影したのだろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 能登線には、たしか1本だけ、急行が走っていた。古めかしい急行の看板が、いい雰囲気を出している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 松林の中もいい雰囲気であるが、やはり海辺の方が良い。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

鳥居と腕木信号が写っているので、能登一宮と滝の間であろう。海岸の砂浜から撮っているようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 だだっぴろいところで撮影しているので、ちょっと間延びした写真になってしまっている。通常の状態で撮影しているのは、ほぼこれで全部である。柴垣側の景色で撮っていないのは若干の不満であるが、まあ、これだけ撮れていれば良しとすべきなのだろう。6月7日の方は、天候も悪かったようでもうひとつの仕上がりであるが、5月に撮影した方はネガの状態も良く、どれだけでも大伸ばしが可能である。

 次は、廃止直前の写真をお目にかけたい。(駅長)

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2011年4月23日 (土)

【アーカイブス】尾小屋C155

 今回は、クイズです。(^_^)


 少し前に尾小屋鉄道が話題になったときに、この写真を紹介しようと思いましたが、なかなか探しだせませんでした。たまたま、今日、モノクロのネガを見ていたらひょっこり出てきたので、ご覧にいれましょう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、この写真。機関車は、間違いなく尾小屋のC155です。しかし、客車は尾小屋とは違い、井笠の客車もつながっています。

 さて、これはどこでしょうか?ちなみに撮影は昭和47年5月です。(駅長)

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2011/4/17 恵那通信

今年の桜鉄も終盤を向かえた4月17日は、はなぶさメンバー方々の記事のとおり早朝の名鉄本線で面白いネタがありまして、天気予報は朝から“快晴”となれば、これは行かねばならない、と暁の東名高速を経て乙川鉄橋に向かい、この区間ではいとも珍しい組成の9004レを撮影しました。画像は似たようなものなので省略ねっ・・・。

さてここからがメインイベント。直前まで悩んでいた桜鉄の行き先を「明知鉄道」と決めて、高速道を恵那に向けて走り始めました。たとえ明知がハズれても落合川があるさ、という軽い気持ちでしたが・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

電車運転士様による昨年4月17日の「はなぶさブログ」を参考にしながら、手始めに阿木駅へとアプローチ。あれ、時期がずれたのか、桜の咲き方が少ないのですが??というわけで駅北側からのアングルは電車運転士様の画像ほど花がきれいではなかったので、駅南方の1本桜でごまかすことに。


次に岩村に移動して、ここでも電車運転士様の画像を参考に目的地に着いてみたら、桜は咲いている気配もなく、まったくのスカスカ。周りの桜は咲いているのに??こりゃあだめだ、と早々に桜をあきらめてターゲット変更。単なる思いつきで、昨年秋に撮影した御岳山バックのポイントに向かいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いつもとは異なるルートからアプローチしたら、おぉー、見晴らしのいい俯瞰ポイント発見!木々が伐採された場所からの撮影ですが、さて、いつからこのような“お立ち台”が存在していたのか?昨秋に訪れたときはまったく気付きませんでした。画像の通り、山をアップにできる分、長編成は後部が隠れてしまいます。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

少し場所を移動したら、このようなアングルで撮れる場所も見つけました。編成は入りますがあまり望遠にできません。ここは木々の隙間から狙いますが労せずして足場が確保できます。明知の桜をあきらめた引き換えに、新しい御岳撮影地の発見で帳消し。ただ、残念なことに霞がかってしまいました。空気の澄んだ時期を待って「再履修」決定。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ふと時刻表を見ると、今年3月改正で登場した明知鉄道の恵那行き“急行列車”がやってくる時間です。どこで撮っても逆光なので、半ば適当にロケハンしていたらそこそこ咲いている桜の木が目に留まりました。急行にはHMも付けられるので、それもわかるようなアングルで待ち構えました。桜がなければ、単純な逆光写真。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

午後は、好撮影地が点在する武並以西にロケハンしながら移動です。81レ貨物をどこで捉えようかと土岐川沿いをうろうろしていたら、きれいに色づいたしだれの花(花桃かな??)が印象的だったので、ファインダーに収めてみました。先頭は運良く原色カマ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

小一時間、彩られた木々に見とれつつ・・・。



やがて薄雲が広がってきたので、これをもって今シーズン最後の桜鉄となりました。あ、落合川に行くのを忘れていた。また来年ねっ・・・。



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この「はなぶさ」ブログのバックナンバーを見ていたら、当ブログが開設してから、はや1年が経っていたことに気が付きました。これもひとえに駅長様のブログ管理のご尽力と、何よりも当ブログをご覧いただいている数多くの皆様方のおかげと思い、感謝申し上げます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


↑「1周年」つながり、ということで。(出札掛)




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2011年4月22日 (金)

【アーカイブス】全部見せます!能登線総天然色写真

 昨日お見せした能登線の総天然色写真が、予想以上に好評なので、他の写真も(押し売りで)ご覧にいれるとしよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 これは羽咋駅に停車中のさよなら列車。3連なのはお別れ式か何か行われるためだったかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは羽咋駅を出て、七尾線をオーバークロスするあたり。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 羽咋を出たあたりには、羽咋川の鉄橋があった。この鉄橋は、廃線後にもかなり後まで残っていたように思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 滝には、能登一宮の気多大社の鳥居があった。なぜか、最初に訪れたときには、海沿いのところで写真を撮らず、砂浜で写真を撮影している。岬の方まで歩いていることは間違いないのであるが、なぜカラーを撮らなかったのか、よくわからない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは柴垣のあたり。3連は、羽咋で撮影した列車かもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 岬の方でも、いろいろな角度で撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最終日は、お別れ列車に乗っているようで、夕暮れまで撮影している。日本海に沈む夕陽と一緒に撮影したが、雲があって雰囲気はもうひとつであった。


 能登線のカラーは、全部で19カットである。他のカットは、角度が同じであるので割愛した。これだけ、なのか、こんなに、か、わからないが、当時のカラー(しかもブローニーのポジ!)の値段を考えれば、学生の分際では、これが限界であることは確かである。


 何度も書いて恐縮であるが、これらカラーはモノクロのついでに撮影しているので、あくまで本命はモノクロの方である。そちらには、さらに角度を変えた写真もあるはずである。いずれ、それらもスキャンしてお見せすることになるだろう。


 最後に当時の七尾線の写真。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 キハ55が能登路のヘッドマークをつけて走っている。

 今なら、三脚が並ぶことだろうが、当時はあまりに当たり前すぎて、まじめに撮影していない。この写真も、なぜか手前に雑木が写っている。せめて、それらを外して撮ればいいのに、なぜかそこまで気配りしていないのは、いかにも残念である。(駅長)






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80.播但線のDD54(姫路界隈)

 駅長様が北陸鉄道能登線のすばらしい画像をご紹介されましたので、自分も久しぶりに過去ネタをアップしたいと思います。以前に、福知山線のDD54をご紹介させていただきましたが、中学・高校の6年間は親の仕事の都合で姫路に在住しておりました。最寄駅は播但線の野里で、播但線のDD54は割と身近な存在でした。姫路に引っ越したのは昭和48年、播但線のC57が消えてからそんなに時間が経っていない頃でした。C57を経験されている諸先輩方にはDD54はC57を追いやった憎たらしい存在かもしれませんが、C57を知らない自分にとっては新鮮な被写体でした。そんなわけで、約3年の間に撮りためていた播但線のDD54を撮影区間別に分けてご紹介したいと思います。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 山陽本線と播但線の分岐点付近には姫路第1機関区がありました。ここは播但・姫新線用のDE10や気動車が配置されており、福知山機関区の所属だったDD54は折返しの間ここで休憩をとっていました。当時は、機関区の中に入ることに目くじらを立てられることもなく、事務室でひと言断れば撮影させてくれるといったおおらかなよき時代でした。夕日を浴びてDD54とDE10がおあつらえ向きの位置で次の出番を待っていました。後ろには大規模な扇形庫もしっかりと残っています。


【1977年3月 姫路第1機関区】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 姫路での最大の見せ場は朝の播但線ホームで繰り広げられていたDD54の並びです。客車の631列車と貨物の1691列車の発車時間が近かったため、毎朝見られた光景です。姫路の貨物ヤードからは播但線に直接入線することができなかったのと播但線ホームは行止り線だったため、631列車を据付け後、1691列車が推進で入線していました。正面窓の違いがおわかりいただけると思いますが、製造初期のものはアルミの金具支持、後期のものはHゴム支持となったいました。自分としては顔が引き締まる金具支持の方が好ましく感じました。右側は姫路の客車区でいつも客車がたむろしていました。


【1977年3月25日 姫路】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 夕方の633列車の姫路発車です。夕方の斜光線に複雑な配線のレールがいい感じで光っています。本来なら、もっと長玉で引っ張って上の跨線橋をカットするべきですが、当時は望遠は135mmしか持ち合わせていなかったので、これが限界でした。


【1977年6月15日 姫路】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 姫路第1機関区は放課後の時間を利用してたびたび訪問させていただきました。633列車の運用に入る12号機がエンジンをアイドリングさせて待機しています。望遠で正面がちに狙った角度は顔に迫力が出てDD54らしさが強調されるため、好きなアングルでした。


【1978年2月19日 姫路第1機関区】(電車運転士)




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2011年4月21日 (木)

【アーカイブス】古き良き時代の非電化私鉄

 桜にあわせて、近代的な列車の写真が続いたので、ここらでちょっと古い写真をご覧頂くとしよう。


 これまで数多くの鉄道を訪ねたが、景色の良さで間違いなく10本の指に入るのが、この鉄道である。かろうじて、廃止までに2度、訪れただけ。しかも、そのうち1度は廃止当日と言うことで、ほとんどの写真にはさよならの看板がついているのが、今となってははなはだ残念であるが、当時の様子を偲ばせる貴重な総天然色写真と言うことでご覧頂きたい。

 

 とりあえず、路線名はかくして、雰囲気を楽しんでいただこう。さて、どこの路線だろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 キハ07改造のディーゼルカーが走っていた。

 

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 小さな岬をぐるりとまわって、線路が延びていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

  松林の中を走るところもあった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この車輌は、廃止後、筑波鉄道に譲渡された。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 では、そろそろ解答といこう。この路線は、北陸鉄道の能登線である。七尾線の羽咋から能登半島を北上して、三明の間を結んでいた。

 なかでも、滝と柴垣の間は、小さな岬をぐるりとまわり、波打ち際を走っていた。夏はともかく、冬の荒れた日には日本海の海の飛沫が車内まで飛び込んできたことだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今見ても、実に景色の良いところを走っている。確か、廃線跡はサイクリングロードになっているはずだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この、柴垣の砂浜は夏に海水浴場となり、金沢からC58牽引で臨時列車が運転されたという。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


まだ、本命のブローニーのモノクロはスキャンしていないが、とりあえずついでに撮った35mmのモノクロから。この位置で、カラーで撮れば良かったのに・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 終点の三明。ここから能登金剛へのバスが走っていた。 


能登線が廃止されたのは、昭和47年5月であった。もはや夢物語であるが、もう一度、こうした景色の良い非電化の鉄道で、クラシックな車輌の撮影を心ゆくまで楽しんでみたいものだ。(駅長)


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久々の早朝鉄でしたが・・・

駅長様、主席助役様、電車運転士様、出札掛様、d51826様

近郊での久々のビッグイベント?なせいか、天気も良かったためか、皆様、早朝鉄お疲れ様でした。検査掛も花粉症と闘いながら、久々に参加させて頂きました。

駅長様より、当日、他のポイントは?とのリクエストがありましたので、結果イマイチですが、アップさせて頂きます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


男川後、駅長様も次の一手をどこで???と言っておられましたが、私は藤川の東、国道1号線が名古屋本線を跨ぐところで一度撮ってみようと思っていましたので、迷わず行きました。

結果はご覧のとおり、住宅が煩く写り込んで、撮っただけというカンジになってしましました。まぁ列車の構図的には好きな角度なので、一旦9009レを撮りに本宿の高架終端部に行った後、再び取って返しここに戻った時に、駅長様に見咎められたようです。この後、改造後初めて5601編成が撮れたので、よしとします。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


9009レです。光線具合からお分かりでしょうが、後追いです。すぐ横の国道を大型トラックがバンバン走っているので、引っかかると邪魔くさいですが、あとになってみれば、9004レをここで撮ったほうが良かった気がします。次に機会があれば・・・。

終日野放しであれば、電車運転士様のように長良川鉄道へも行ってみたいところでしたが、残念ながら許可は正午まで、とのことで、このあと揖斐川堤防で8865レを撮影後、水都の2便を木曽川で撮って、ギリギリ12:00に帰着し、事なきを得ました。(検査掛)

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2011年4月19日 (火)

2011 名残のさくら鉄

 桜が満開だった10日の日曜は、笠松と樽見鉄道で過ごしましたが、その後、平日には天候に恵まれ、雨もほとんど降らなかったことから、うまくいけば16日の週末もなんとかさくら鉄ができそうな様子になってきました。当初、16日の天気予報は雨模様でしたが、雨が金曜日にずれ込んだことから午後から晴れの予報となりました。朝起きると、天候は回復に向かいそうな気配です。早速、出動とあいなりました。


 さすがに平野部では桜が散っていると予想されるため、行き先は山間の桜のポジションとなります。そこで、昨年、電車運転士氏が素晴らしい写真を撮られた長良川鉄道が印象に残っていることから、そこを目指してクルマを走らせることにしました。


 まずは行きがけの駄賃として味岡の桜を見に行きます。残念ながら、すでに散り果てに近い状態。また、来年に期待するとしましょう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、長良川鉄道の加茂野と関下有知の桜を見に行きましたが、さすがにここもすでに遅く、同様の状態。そこで、さらにクルマを北に向けて走らせます。結局、郡上八幡までは同じような状態で、絵になる場所はありませんでした。加えて山間に入ったせいか、天候も悪化して、時折、黒い雲がわくような状態となりました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 結局、郡上大和までは、これは、という場所は見つかりませんでした。そこで、当初からの目的地である、郡上大和で撮影となります。結果的には、この郡上大和ばかりで写真を撮ることとなってしまいました。それはひとつには、この駅の雰囲気が素晴らしかったのと、時間がたつにつれて天候が良くなったため、何度もやり直しを迫られためです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 午後2時をすぎると天気は快晴となり、太陽の光を浴びた満開の桜を撮ることができました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ただ、天気が良くなると、今度は同業者がやってきて、ホームの上から撮影します。それをカットするのにかなり苦労することになります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 電車運転士さんが撮られた山田~徳永間の桜並木も食指が動きましたが、肝心な場所にクルマが止まっていて、撮影できませんでした。


 帰路、ドライブを兼ねて美濃に向けクルマを走らすと、苅安と福野の間の桜がなんとか撮れそうな感じでした。越美南線時代から、このカーブの俯瞰が気に入っており、ダイヤを見るとタイミング良く、わずかの待ち時間で2本の列車が撮れることがわかりました。そこで、最後の撮影をここで行うことにしました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 車体には光は当たりませんでしたが、斜光線に桜が浮かび上がり、なかなか良い雰囲気です。

 さて、その翌日の天気予報は快晴。しかも、情報通の方から舞木入場の貨物が走ると教えていただき、再度、早朝からの出動となりました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最初のカットは、電車運転士さんと並んで岡崎公園で撮影し、美合停車を使って列車を抜けないかとクルマを走らせます。なんとか、列車より先に行くことができましたが、さて、どこで撮るか。このあたり、線路は東南東の方向に走っているので、この時間は北側から光が照っているはずです。このような早朝の時間に撮影したことがありません。

 いや、撮影したことはありました。まだ、舞木の検査場ができる前に、山の上からキハ8000系の豊橋特急を撮影していました。しかし、その場所は、今、検査場となっています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 1981年の撮影です。30年前か(^^;)


 当初、頭だけに光が当たればよいと、舞木検査場の南側で撮影することを考えていましたが、現地に行くと山肌にも光が当たっておらず、あまり良い感じではありません。そこでよく見ると、検査場の下に引きがありそうで、そこから撮影できそうです。急ぎ、クルマを北側に走らせました。

 しかし、現地に行くと、国道1号のフェンスがいかにも邪魔です。もう移動する時間はありません。結局、そこから狙うことにしましたが、もうひとつの写真になってしまいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、舞木に入場する列車を撮影。場所も狭く、後ろにビルも入るのであまり期待していませんでしたが、意外にも全編成が入って、それなりの写真となりました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、時間はまだ7時すぎ。このまま帰るには早すぎます。

 どこに行こうかと迷った後、以前、電車運転士さんが撮影された三ヶ根山からの俯瞰に挑戦してみることにしました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 現地に着いてみると、霞がなくてクリアでしたが、ごく薄い雲があったためか、海の青さがもうひとつ。ちょっとしまりのない写真になってしまいました。

 その後、蒲郡線沿いに春の風景を求めて走りますが、これは、という場所はありません。結局、上横須賀と福地の間のカーブで菜の花が咲いているのを発見し、そこで撮影します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に、南桜井のアイシン精機工場脇の桜を見に行きます。ここも既に散りはて状態でしたが、従業員用の駐車場脇の道路から、なんとかそれらしい写真を撮ることができました。この日はハイキング大会が行われていたようで、普通もすべて4連で運行されていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 天候に恵まれて、今年の桜の撮影はまずまずの成果を収めることができました。さて、来年はどこでさくら鉄を楽しむことができるでしょうか。(駅長)

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79.桜鉄2011(5号車) 2011/4/17

 今シーズンの桜鉄もそろそろ終わりの時期となりました。約2週間にわたり名古屋近郊の桜をご紹介してきましたが、最後は長良川鉄道北部の様子をアップしたいと思います。天気予報では4/17は全国的に移動性高気圧に覆われてこの地域でも終日晴天とのことでしたので、当然、出動を考えていました。情報通の方からこの日は9004列車が本宿まで運転されるという情報をいただいておりましたので、少し9004列車に浮気してから本命の長良川鉄道に向かうスケジュールとしました。






「はなぶさ」に集まる仲間たち




 9004列車はデキ400で矢作橋まではちょくちょく運転されますが、この日の9004列車はチキ車の舞木工場入場ということで、運転機会の少ない矢作橋以東での運転に加え、名古屋本線東ではめったに見られないデキ600=チキ4両=デキ300といった編成だったので、乙川の鉄橋で撮影することにしました。さすがに桜は残骸しか残っておらず、桜と9004列車のコラボは無理な状態でした。現地に到着すると駅長様・検査掛様・出札掛様も同じ場所に出向いておられ、桜情報の交換など、しばし鉄談議に花が咲きました。水鏡も何とか見れる状態となり、皆様もそれぞれ満足のいく成果が得られたことと思います。この後、駅長様と検査掛様は9004列車の追っかけ、出札掛様は明知鉄道へ向かわれるとのことで、それぞれの目的地に向かわれました。自分は豊田東ICから東海環状道を美濃ICまで走り、長良川鉄道に向かいました。


【2011/4/17 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 桜の時期に訪れてみようと昨年夏に目をつけておいた八坂付近の東海北陸道の側道からの俯瞰ポイントです。残念ながら桜は散り果て状態で、来年以降のの宿題となってしまいました。この日は郡上大和が最寄駅でウォーキング大会が開催される関係から、復路の臨時列車と定期列車の増結車両の送り込みを兼ねて長良川鉄道では珍しい3両編成で運転されていました。


【2011/4/17 八坂~みなみ子宝温泉】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 車を郡上八幡方面へ走らせましたが、福野・深戸とも桜は散り果て状態、相生を過ぎたあたりでギリギリセーフの桜を見つけたので、上り列車の時間が迫っていたこともあって、とりあえず1本ここで撮ることにしました。


【2011/4/17 相生~郡上八幡】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 郡上八幡以北へさらに車を走らせると、こちらは桜がまだ満開の状態でした。国道156号線の対岸の県道を走っていると雪山(白山連峰??)が綺麗な姿を見せてくれていました。標準系だと桜を絡めて撮ることも可能でしたが、ここは雪山をメインにしようと思い、望遠で思いっ切り引きつけてみました。


【2011/4/17 自然園前~山田】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 山田~徳永には長良川沿いに桜並木があります。堤防から見ているとかなり華やかで立派に見えますが、いざ列車との絡みとなると案外まとめにくい感じです。脚立を携えて並木の下をウロウロしてみましたが、結局、このポジションとアングルが精一杯でした。


【2011/4/17 山田~徳永】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 ウォーキング大会の復路輸送対応の関係でこの日は午後に臨時列車が運転されました。運転区間は美濃白鳥~美濃(美濃白鳥~郡上大和は回送)で、桜満開の郡上大和で狙うことにしました。南側の踏切から望遠で引っ張ってみましたが、いつ来てもここの桜は絵になります。


【2011/4/17 郡上大和】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 郡上大和から北は桜の時期に足を延ばしたことがなかったので、ロケハンがてら車を美濃白鳥方面へ走らせました。途中の大中では桜がいい感じで咲いていたので、ここで撮ることにしました。乗降客があればローカルな雰囲気がさらに増すところでしたが、残念ながら乗降はゼロ、思うようにはいきませんでした。やって来た列車はウォーキング大会の関係で2両に増結されていました。


【2011/4/17 大中】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 大中から折返し郡上八幡方面に向かう途中で長良川沿いに咲く満開の桜を発見、光線状態もよかったので、桜を大きくとりいれたアングルで列車を待ちました。長閑な山里の風景の中に単行気動車がマッチしています。


【2011/4/17 自然園前~山田】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 郡上八幡以北は先程の列車の後は夕方暗くなるまで列車が運転されないため、帰りがてら郡上八幡以南へ移動しました。山桜がまだまだ元気な様子だったのと周囲の木々が芽吹き始めていることもあって、この日最後の撮影はこのポジションにしました。すぐ下に国道156号線が通っているので、車が入らないことを祈りつつ列車を待ちましたが、運よくセーフの結果となりました。


【2011/4/17 深戸~相生】(電車運転士)



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2011年4月16日 (土)

78.桜鉄2011(4号車) 2011/4/16

 平野部の桜シーズンもそろそろ終わりが見えてきました。次は山間部へ足を伸ばそうと画策していましたが、当初の天気予報は土日とも雨または曇り予報、今シーズンの桜は先週で終わりかと思いきや、思ったよりも天気の回復が早く、急遽、出動となりました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 4/16の朝は犬山線の9008列車が運転されるということで、ひょっとしたら桜の残骸がまだ残っているかもという淡い期待を持って五条川の鉄橋へ向かいました。現地に到着するとすでに出札掛様がスタンバイされていました。この日の9008列車はデキ306の単機ということでしたので、サイドから狙ってみました。ご覧のとおり、桜が散り果て寸前状態だったのと、雲が低い位置にあったため朝の斜光線とはならず、少々残念な結果となりました。この日のノルマはこれで達成ということで、帰って2度寝かとも思いましたが、ラジオの天気予報を聴いていたら昼頃から天気が回復するという予報だったので、一か八か勝負をかけて高山線方面へクルマを走らせることにしました。


【2011/4/16 徳重・名古屋芸大~大山寺】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 満開の桜を期待して、焼石~下呂の鉄橋に向かいましたが、定番の鉄橋アウトカーブの桜は花の付きが悪くて絵にならなかったので、急遽、国道の落石防止壁の上から見下ろすポジションに変更しました。ロケハンする時間がなかったこともあり、多少窮屈なアングルとなりましたが、止むを得ませんでした。


【2011/4/16 焼石~下呂】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 対岸の桜は元気がありそうだったので、川原に降りて下から見上げるアングルで狙ってみました。本当に久しぶりに桜の時期にここを訪れましたが、桜の木が弱ってしまったのか以前に比べて花の付きが悪くなってしまい、昔のような華やかさがなくなってしまったような気がしました。


【2011/4/16 焼石~下呂】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 鉄橋へ向かう道中で元気な桜があったのを思い出し、焼石方面へ少しクルマを戻しました。桜の木全体を入れるアングルはちょっと無理があったので、思い切って枝のバランスのよい桜をアップにしてみました。直前まで急なにわか雨に襲われてやきもきさせられましたが、何とか陽が差してくれました。この後、和良経由で長良川鉄道へ行こうか、加子母経由で中央西線へ行こうか迷いましたが、EF64が1000番代になってからはごぶさたしている落合川の桜が気になったので、結局、落合川に向かうことにしました。


【2011/4/16 焼石~下呂】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち


 


 落合川の桜は落花盛んでしたが、ギリギリセーフといった状況でした。以前は撮影可能だった正面がちの定番アングルは竹がしっかりと伸びてしまって線路がまったく見渡せない状態となり、現在は、このアングルしか撮ることができません。この日の3084列車は更新色のペアでした。少しでも川沿いの桜を強調したかったこともあり、縦構図で狙ってみました。


【2011/4/16 中津川~落合川】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 81列車と5875列車は釜戸付近で撮ることにして落合川を後にしました。桜の咲き具合が心配でしたが、このあたりもギリギリセーフといった状況でした。撮影ポイントを物色していたらピンク色が濃い桜(なのかなぁ?)の木があったので、春らしさが強調できると思い、ここにポジションを決めました。5875列車は更新色-国鉄色の組み合わせでした。


【2011/4/16 釜戸~武並】(電車運転士)


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祭り鉄、桜鉄。

桜満開の4月10日、天気予報は一日快晴。よっしゃ、朝からがんばるぞ!と気合を入れて4時起床。あ~眠たい。


JR美濃太田駅から東に1kmほど進んだところに古井(こび)神社があります。この神社、ちょっと面白く、参道のド真中をJR線が横切っています。そして満開を迎えた桜の木が参道を両脇から被っており、これらの風景をうまい具合にまとめられないだろうかと「桜鉄」のコースに取り入れてみました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

まずはウォーミングアップで早朝の加茂野にて。「桜鉄」としては初訪問の駅です。8時過ぎに撤収後、入れ違いで電車運転士様も訪れていたようで。

さて、古井神社では毎年4月の第二日曜日に春の祭礼が行われます。たまたま訪れたのがその日に当てはまりまして、初めから狙ったわけではないのですが、せっかくなら祭りの風景と絡めた写真が撮れたらよりGOODと思い、小1時間の祭り見学と洒落込んでみました(と言っても朝早いので、何の行事もない)。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

背景に見える桜の木に沿って参道が続いています。参道を横切るJR線は太多線と美濃太田車両区の入出区線が並行して、あたかも複線区間のよう。高山線の朝の運用を終え車両区へ戻るキハ40系がゆっくりと入出区線を進んできました。回送なのに行先表示は夕方の運用に備え、すでに「岐阜」となっているので、黙っていたら営業列車の写真として通用しそうです。ここでは太多線よりも入出区線を走る列車のほうが背景も隠れずにバランスよく収まりますが、いかんせん本数が少なく通過時間もわからないのが難点。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

線路の脇で法被姿の人々が集まっていました。近寄ってみると、間もなく神輿が繰り出されるところ。直前に太多線の列車がやってきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

朝9時頃は人影もまばらで、屋台は専ら準備に大忙し。桜に囲まれた参道が線路の向こうまで続きます。道幅は意外と狭く、そのため屋台の屋根が障害となり、参道を通過する列車を撮るには苦労します。さらに人出が増えたら撮影どころではない・・・。ならばわざわざ祭りの日に来なくても・・・でもまあいいや。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

踏切のそばで入出区回送を待っていたら、本殿に向かう神輿が現れました。これも鉄道写真の一環?



貴重な桜満開快晴日にゆっくりしている暇もなく、撮影させていただいたお礼に参拝と、大震災の義援金寄付の「おつとめ」をして、次の目的地へ向かいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

可児川沿いでの桜撮影は、古井神社で時間をかけすぎて、ベストとなる光線時間を逃してしまいました。毎回似たようなアングルになるので工夫が必要かも。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

西可児中学校の通学路沿いに咲く桜です。遠くから見ると見事な桜並木ですが、列車と一緒に収めるには、ややまとめ難いところ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

この後、犬山の郷瀬川で少しだけ時間を潰し、夕方にかけては樽見鉄道の横屋~十九条で陣取りました。桜には樽見の原色カラーが似合います。ここには駅長様も時間差で訪れていたとか。



まことにけっこうな桜鉄日和でした。(出札掛)








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2011年4月14日 (木)

富山 さくら鉄

 満開時に長期間の好天に恵まれた今年の桜。原発、地震とおちつかない世相とは裏腹に、こんなに撮影条件に恵まれることは滅多にありません。このチャンスを逃すまいと、早朝から動かれている方には驚嘆すると共に、敬意を表する次第です。


 さて、そんなチャンスを活かそうと思っても、名古屋の桜は食傷気味。そこで、ちょっと遠出をして、富山の桜を見に行ってきました。


 まずは高速バスを市役所前で降りて、丸の内の北にある松川沿いの桜に。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ちょうどタイミング良く旧塗装が来てくれました。

 続いては松川沿いの桜並木を散策しながら、荒町へ。ここでは南富山への電車と桜を入れて撮ることができます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ちょっと桜の影がきつかったかな。またしてもタイミング良く、旧塗装が来ました。今日はついているのかな。

 さらに、電車に乗って大学前に。ここの市民球場の横にも桜並木があります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ここの桜もなかなか良い感じです。またも電車は旧塗装。今日はなんとも巡り合わせが良いようです。


 市内線ばかりでは飽きるので、ちょっと北陸線に足を伸ばします。西高岡と福岡の間の小川沿いには桜並木があります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 改修されていない土手が長閑でなかなか良い雰囲気です。ちょっと高圧鉄塔がうるさいかな?まあ、やむをえないでしょう。

 なぜか、485系がやってきました。回送?まだ、動いているのですねぇ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 鉄塔を外すとこんな感じ。ちょっと後ろの工場がうるさいか。おや、貨物がやってきた。EF81のローズピンクも最近は、色が濃い車両があるのだなぁ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 では、ちょっと足を伸ばして、射水線へ。桜はないけれど、菜の花が良い感じです。ちょっと手前に入れすぎて、うるさいかな?


 え、こんな電車、今、走ってたっけ?

 

 信じて読まれた方、ご免なさい。m(_ _)m 実は、これら写真は今から35年前、1975年頃の撮影なのです。北陸線の機関車は、当然、EF70。射水線は、1980年に廃止になっています。

 とはいえ、富山市内線は旧塗装の車両が今も1両(7017)残っており、クルマも写っていないので、ちょっと見ただけでは最近の写真と見えなくもない???いずれにしても、あまり変わってませんね。(^^;)


 ちなみに、松川の桜、この時よりも木が随分大きくなっており、枝ぶりも良くなっているので、今はこんなにすっきりと電車が抜けません。念のため。(駅長)










 

 

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2011年4月13日 (水)

77.桜鉄2011(3号車) 2011/4/13

 日曜日以降、移動性高気圧の影響で晴天が続いています。朝練も連日となるとそろそろ疲れが見え始めてきますが、晴天が続いているとどうしてももったいないという貧乏根性が働き、ついつい朝練に出かけてしまいます。4/13は名鉄から離れて中央本線の6883列車をターゲットに、早朝、自宅を出発しました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 本来は石油シーズンが終了する3月中旬で運転が終了する6883列車ですが、東日本大震災の関係で信州方面の需要に対応するため、4月に入っても運転が続けられています。4/10に訪れたときは桜がちょうど満開だったので、多分、まだ大丈夫だろうと予想して行きましたが、ほとんど散ることもなく十分いける状態でした。この日は更新色のペアでした。


【2011/4/13 高蔵寺~定光寺】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 6883列車撮影後、駅に戻るために愛環線沿いを歩いていたら線路脇の公園にまだ咲いている桜があったので、ちょっとだけ寄り道しました。高架が多い愛環線は撮影ポイントを見つけるのに苦労しますが、多少苦しいアングルとはいえ、桜と愛環車両の組み合わせが撮れたということで、思わぬ収穫となりました。


【2011/4/13 中水野~高蔵寺】(電車運転士)




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2011年4月11日 (月)

76.桜鉄2011(2号車) 2011/4/10・12

 今年の桜は開花が遅れた分、咲き始めたら一気に満開といった感じでした。先週末に平野部は各地で満開となったようですが、4/9(土)は昼過ぎまで雨または曇りといった天気で出動を躊躇した分、効率が悪くなってしまいました。翌日の4/10(日)は前日とは打って変わっ朝から晴天に恵まれ、絶好の桜鉄日和となりました。メンバーの皆様も各地へ出動されたことと思います。自分は昼に瀬戸市内でどうしてもパスできない用事があったため、一番いい条件の時間帯には桜鉄ができないといった何とも消化不良の状況で朝と午後から夕方にかけてしか活動ができませんでした。少しでも効率よく場所を稼ごうということで、日の出前に自宅を出発、岐南(名鉄)→関下有知・加茂野(長良川鉄道)→美濃河合(太多線)→瀬戸市内で用事→高蔵寺(中央本線)→木知原・谷汲口(樽見鉄道)と自分でも訳のわからないスケジュールで1日が終わりました。今度の週末は平野部の桜は散ってしまっているでしょうから、少し足を延ばして山間部の桜を狙ってみたいと思います。4/12は9007・9006列車が運転されましたが、うまくいけば神宮前で顔合わせが撮れるのではないかと思い、朝練を試みました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 笠松の定番ポイントにしようか迷いましたが、デジカメに切り替えてからごぶさただった境川の鉄橋をこの日最初のポジションに決めました。ここは右上に踏切があり、踏切待ちのクルマがモロに入ってしまうので、交通量の少ない早朝が勝負です。3/12のダイヤ改正から名古屋~岐阜の2000系の日中運用がなくなってしまったので、2000系を捕らえることができるのも早朝だけになってしまいました。

【2011/4/10 岐南~茶所】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 名鉄を早々に引き揚げ、岐阜・各務原ICから東海北陸道を美濃ICまで進みました。関下有知の前後は立派な桜並木があり、並木沿いの直線区間を駆けて来る列車を望遠で引っ張ってみました。車両が青帯の入ったナガラ502だったので、列車に存在感が出ました。ここは午後からが順光ですが、朝の反逆光に浮かび上がる桜も印象的でした。


【2011/4/10 関市役所前~関下有知】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 関下有知を松森側から撮るとこんな感じになります。終日逆光ですが、こちらの桜並木も見事です。望遠で周囲の不要なものを切り取ってしまうと桜のトンネルを進むような雰囲気が出ます。


【2011/4/10 関下有知】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 クルマを少し美濃太田方面に走らせ、加茂野に立ち寄りました。ここにも立派な桜があります。新設駅ではなく越美南線時代からある駅で国鉄時代の雰囲気がそのまま残っています。休日なのでどこかへ遊びに行くのか、私服姿の女子高生が列車の到着を待っていました。


【2011/4/10 加茂野】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 長良川鉄道を後に用事のある瀬戸市内へ向かいました。途中、R248の新太田橋を渡っているときにふと太多線の木曽川橋梁を見ると川沿いに桜の木が見えたので、ひょっとしたら撮れるのではないかという悪い癖が出てしまい、寄り道してしまいました。苦しいアングルですが、何とかごまかすことができました。


【2011/4/10 可児~美濃河合】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 瀬戸市内での用事を終え、ダイヤを確認すると高蔵寺あたりなら中央本線の81列車に間に合いそうだったので、ダッシュで高蔵寺の定番カーブへ向かいました。桜の咲き具合はまあまあだったのですが、14時過ぎの81列車の時間は逆光になってしまいます。運用を把握していたわけではありませんでしたが、運よく国鉄色が先頭でした。貫通扉横のお髭が気になりますが…。


【2011/4/10 高蔵寺~定光寺】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 81列車撮影後、快晴の天気もまだ持ちそうだったので、春日井ICから名神を羽島ICで降り、揖斐川堤防道路を一気に木知原まで走りました。午後の桜ダイヤの上り臨時列車に何とか間に合いました。先日運用に入ったばかりの新車(ハイモ330)が来ました。毎年のことですが、谷汲口・横屋と並んで木知原の桜は見事な花を咲かせてくれます。

【2011/4/10 木知原~谷汲口】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 陽もかなり傾き、光量も落ちてきたので、桜をバックに列車を流してみました。列車が止まったまではよかったのですが、思ったよりバックの桜がしょぼかったのと列車の速度が遅いため、流れ方が足りなく、微妙な仕上がり具合となってしまいました。もう少し遅いシャッター速度を選択すべきでした。

【2011/4/10 木知原~谷汲口】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 4/12は早朝の神宮前で9007列車と9006列車を待ちました。計算どおり金山寄りのベストな位置でうまく離合してくれました。6時ちょっと前ということで、さすがにこの時期でも陽は当たってくれませんでしたが、期待以上の成果が得られました。


【2011/4/12 神宮前】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 出勤までにはまだ時間があったので、神宮前でデキ撮影後は本星崎で途中下車しました。小学校の桜はちょうど満開でベストな状態でした。ここの桜は駅長様がご紹介されていますので、駅ホームの桜の画像をアップします。普通電車の到着時は電車を待つ乗客がホームに佇んでいるので、それなりに絵になるのではないかと思いました。


【2011/4/12 本星崎】(電車運転士)




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2011年4月10日 (日)

2011 桜鉄 その2

 桜満開で天候に恵まれた今週末、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか?


 さて、これだけ条件に恵まれたとなると、やはりじっとしているわけにはいきません。早速、沿線に繰り出しました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、前々から気になっていた豊橋鉄道老津の桜。ここだけの目的ではなかなかいくのは大変ですが、たまたま午前中、所用があったので、午後、豊橋に向かいました。

 今、渥美線では、利用者に楽しんで貰うため、沿線に菜の花が植えられており、菜の花の装飾電車も運転されています。すでに装飾電車の運行は終わっているようですが、菜の花は今も咲いていてい、老津では桜とのコラボを見ることができました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、天候に恵まれた日曜日、どこに行こうか迷いましたが、とりあえず樽見鉄道に行くことにして、その行きがけの駄賃に笠松へ。今日は同業者が6人ほどいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 続いて樽見鉄道の木知原へ。良いアングルなのですが、昨年も同じアングルで撮影したので、新味がないのがネック。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今回の目的地は、この日当。前々から狙っていた場所ですが、なかなかいく機会がありませんでした。山間なので桜の開花が心配でしたが、見事に満開でした。ただ、11時頃に行ったら、すでに光線は完全に逆光。どのみち順光にはなりませんが、9時頃に行った方が良いようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて定番の谷汲口へ。桜は見事ですが、ここは同業者が多くて、どうしてもカメラに入り、結構撮りづらいのが難点です。ここも昨年の再履修なので、ちょっと新味がありません。


 この後、横屋をへて三岐鉄道の貨物を撮りに行きましたが、多度からの道を間違え、見事に時間切れ。また、来年の課題になりそうです。(駅長)











 


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2011年4月 9日 (土)

“ボンネット雷鳥”の思い出

【ありがとう489系運転記念特別企画】


諸先輩方に比べれば、はるかに浅い歴史の範囲ではありますが、近年撮影した中で印象に残った「ボン雷鳥」にまつわるエピソードを思い起こしてみました。



   『デッドセクション』1982.10

「はなぶさ」に集まる仲間たち

まだ、この頃のボンネット用ヘッドマークは文字表示でした。撮影場所は敦賀~北陸トンネル間。まさかこの地点が後にデッドセクションになることなど知る由もなく、適当に撮影した列車です。堂々12両編成で特急の風格漂う、良き国鉄時代。




   『離合』1994年4月頃

「はなぶさ」に集まる仲間たち

この偶然に幸せを感じた瞬間。撮影地がどのあたりかは、説明しなくてもわかりますよね。




   『記念運転』2003.9.21

「はなぶさ」に集まる仲間たち

京都所の485系ボンネット車さよなら運転として企画された「なつかしの雷鳥」号。両端の先頭車に充てられたボンネット車両には、側面に復元されたJNRマークと往時を偲ぶ文字タイプのHM、そしてグリーン車を3両組み込んだ11両編成で運転区間は米原経由の大阪~富山という手の入れよう。欲を言えば、切り込みスカートも原型に・・・。有名撮影地はどうせ激パだろうと、地味な田村付近で待ち構えました。



   『共演』2006.10.9

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10月の3連休(10月7~9日)直前に京都車A04編成の富山方先頭車クハ481が故障。予備車も連休期間はフル稼働で代替車両がないため、急きょ金沢から「能登編成」H03編成が借り出され、クハ489のみを差し替えた結果、富山方がボン、大阪方がパノラマ車という珍しい編成が現れました。そして怪我の功名か、「外ばめ」HMの出で立ちでボンネット雷鳥が久々の復活となったのです。

この“復活ボン”を狙うべく、京都車全編成がフル稼働する3連休の最終日に朝から湖北方面に出撃。やがて目撃情報が入り、午後の大阪発「雷鳥91号に入った」とのこと。午後の撮影に最適のダンロップカーブはすでに同業者で大変なことになっているらしく、雑踏を避けて適当な場所に三脚を据えて、同業者数名と迎え撃ちました。スカート部には、ご丁寧に“A04”のシールが貼られています。


そして15分後は、こんな列車が↓。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

当該列車は「しらさぎ97号」。所定なら683系のところ、こちらもこの日のみ代走で金沢~米原を1往復。すでに北陸線特急運用から引退していたボンネット車が、偶然にも代走運用で続行してくるという夢のような共演が実現しました。

一昔前なら当たり前のシーンだったのですが・・・。


2011年3月11日、世間は大震災の緊急事態に陥っている中、北陸線特急の代表格である「雷鳥」が長年の歴史に幕を閉じました。催されるはずだった引退セレモニーも一切取り消され、ひっそりと引退していったのはやむを得ないですが、いつの日か、その功績をたたえ再び「リバイバル列車」として現れてくれることを願っています。  ~~仕立てる車両はあるのかな?~~ (出札掛)




 






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2011年4月 8日 (金)

75.桜鉄2011(1号車) 2011/4/5~8

 今年も桜鉄の時期がやって来ました。ただ、東日本大震災といった未曾有の大災害があり、亡くなられたり、行方不明になられたり、避難生活を余儀なくされている方々のことを思うと、晴れかな気分で桜鉄の時期を迎えられないのが残念です。また、寒い日が3月下旬まで続いたこともあってか、例年よりも1週間くらい開花のペースが遅いようで、スケジュールの調整に注意が必要かと思われます。4月の第2週は移動性高気圧圏内に入ったおかげで、平日の出勤前の早朝桜鉄を行うことができました。4/9の土曜日は昼過ぎまで雨の予報ということで、晴天が期待できる4/10の日曜日が勝負といったところでしょうか。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 今シーズン初の桜鉄は名鉄の本星崎からとなりました。咲き具合が心配されましたが、満開1歩手前といった感じで、結構いける感じでした。朝日を浴びて鉄仮面の6500系が眼前を通過して行きました。


【2011/4/5 本星崎~本笠寺】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 4/6は情報通の方から9004列車が金山→矢作橋で運転されるという情報をいただいていましたので、桜とのコラボに挑戦してみました。スタンバイしていると駅長様がお見えになり、しばし鉄談議を交わした後、本命の9004列車をを待ちました。右側の器具箱が気になりますが、桜の存在感を重視したくて駅長様のポジションから少し引いたアングルで狙ってみました。現地通過が5:40過ぎと早い時間で列車には陽は当たらず、無理やり感度を上げて対応したため、ノイズが目立ってしまいます。安いデジカメの泣き所が出てしまいました。


【2011/4/6 本星崎~本笠寺】(電車運転士)





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 4/7は朝方は雲が多く、条件はよくありませんでしたが、昼前から青空が広がって天候が回復してきたこともあり、岡崎公園へ足を運びました。このポジションは列車の側面に陽が当たる早朝限定ですが、白い1200系や2200系なら何とかなると思い逆光承知で狙ってみました。やはり、桜が持ちこたえてくれることが前提ですが、条件のいい晴れた日の早朝に再チャレンジしてみたいです。


【2011/4/7 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 岡崎公園内にある竹千代橋からの定番アングルです。ここも早朝限定のポジションですが、白い1200系ということで逆光でも何とかなりました。桜の木の合間を狙うポジションなので、列車の顔しか写りませんが、桜のボリュームが感じられるお気に入りのポジションです。


【2011/4/7 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 反対側の明神橋の上からのポジションに場所を移動しました。ここは早朝以外は側面に陽が当たりますが、日中はケーブルの影が思いっきり車体側面にかかってしまうため、それが解消される夕方がベストです。ただ、下のテニスコートが桜シーズンの時は臨時駐車場になってしまうため、クルマの処理に苦労させられます。


【2011/4/7 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)





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 陽も大きく傾き、そろそろ潮時かと撤収を始めた時にふと西の空を見ると夕日がいい感じに輝いていたので、いつもの悪い欲張り癖が出て、結局、日没まで粘ることになってしまいました。もう少しサイドから窓が抜ける状態で狙いたかったのですが、足場がないのと夕日のバランスがイマイチと判断、このポジションであきらめざるを得ませんでした。


【2011/4/7 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)





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 4/8は9004列車に比べて運転機会が極端に少ない9005列車が運転されるということで、形態に特徴のあるデキ400のシルエットに挑戦してみました。自宅を出るときは東の空は雲が少なかったので、朝焼けに浮かび上がるデキ400を期待して現地に向かいましたが、結果はご覧のとおり大きな雲が空全体を覆い、何だか不気味な雰囲気が漂う変な感じの写真となってしまいました。


【2011/4/8 富士松~豊明】(電車運転士)


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2011年4月 6日 (水)

桜満開、しかし・・・

 名古屋では桜が満開となった。いつもなら春到来のうれしさに、心もうきうきとしてくるものだが、今年はなかなかそんな気分にはならない。

 なかなか解決しない原発も憂鬱であるが、海外を見ると原油価格がじわじわと上がっているのが気になる。このまま原油価格があがると、ますます景気に影響することが懸念される。


 それはさておき、昨夜、情報通の方から、金山にデキがいた、という連絡をいただいた。となると、翌日早朝に豊明か矢作橋まで運転する可能性が高い。本星崎には、有名な学校脇の桜があるが、そろそろ満開と思われるし、デキと撮影できるのはまさに千載一遇のチャンスである。そこで、早起きして本星崎に向かうことにした。


 現地に向かうと、すでに先客がひとり。電車運転士さんであった。早朝からご苦労様です。

 プッシュプルのデキが牽引する採石列車は5時40分頃通過。夜明け直後でフィルムでは辛いが、デジカメをISO1600にあげて撮影する。近接撮影の上、意外に速度が速いので、シャッター速度をある程度あげないと、動態ブレしてしまう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 クルマを自宅に帰して会社に向かう電車運転士さんと別れて、もう少しねばることにする。東側に4階建てのマンションがあり、日が照り出すとその影が気になる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 7時を過ぎるとその影もそれほど気にならなくなる。しかし、もっとも良い場所に電柱の影が入り、なかなかシャッターのタイミングが難しい。前パンの1700はなかなか綺麗に纏まる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 影が消える頃を見計らって、北側からも撮影する。アングルはこちらの方が良いが、残念なことに終日、逆光である。

 仕事に行くギリギリの時間までねばって、何本か撮影する。これから光線状態がベストになる、というタイミングに撮影地を離れなければならないのは辛いが、「早起きは3本の得」の例え通り、天候にも恵まれて満足行く撮影ができた。

 今週末の土曜は天気が悪そうであるが、日曜は回復するという予報である。もうひとつ乗り切れない部分はあるが、折角の春。満開の桜を楽しみたいと思う。(駅長)


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2011年4月 4日 (月)

【アーカイブス】たまには形式写真でも

 模型にはあまり熱心でないことから、鉄道写真を撮るときでも、形式よりは走りが中心である。しかし、時には形式(らしい)写真を撮ることもあった。当時は今よりもはるかに車庫に入るのに制約がなかったし、また、電車ではパンタをあげてくれたり、時には車両を移動させてくれることもあるなど、いまよりは係員もずっと協力的であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは阪堺、じゃない、当時は南海ですね、の205形である。緑の車体と黄土色に塗られた扉や窓枠が如何にもバランスが良い。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 続いて、ボテ新といわれた121形。大阪市電1600形の車体を用いた車体更新車である。これも緑とクリームの塗装が落ち着いて素晴らしい。この車両は有名な雲塗装にはならず、後に緑一色から広告塗装になったという。


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 続いて、長崎電軌に残る木造電車の168である。今は茶色になっているが、当時はクリームと緑の2色であった。当時、長崎には2両の木造車がいて、ラッシュに走っていないかと思って訪れたが、さすがに予備の予備車だけに、車庫でお寝んね。そこで車庫を訪れて撮影した次第である。


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 もう1両の木造車は、この173であった。今見てみると、こちらの方がちょっと古典的な感じがする。

 2両とも光線の良いところに停まり、パンタをあげているが、勿論、こうした状態で停まっていたわけではない。いずれも車庫の中にいるのを出して貰ったのである。今にして思えば、もう少し前に出して貰えば車体にかかる影もなくなるのであるが、さすがにそこまでは気がまわらなかった。しかし、こういう融通をきかせてもらえたわけで、今にしてみれば良い時代であった。


 最後に、電車ではないが、あまりにも有名な車両の形式(風)写真。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 重連で停まっているが、これはニセコの時代ではなく、梅小路に行く直前の運転が行われていたときである。


 今にして思えば、この当時の電車の塗装は、若干のやぼったさはあるものの、落ち着いていて、電車の雰囲気とピタリとあっていた。それから思えば、最近の車体デザインと塗装は・・・・・・て、ちょうどミトーカさんの番組をテレビでみながら、このブログを書いてます。あっと、けしてミトーカさんのデザインが嫌いというわけではないので、念のため。(駅長)



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2011年4月 3日 (日)

489系+えちぜん・福井鉄道etc 2011/3/27【舞台裏編】

大災害、原発事故、自粛ムードなどで気が滅入っている中、ときにはリラックスするため肩の力を抜いた話題でいきましょう。 (おーい、ブログの品位を落とすなよー)


電車運転士様の書かれた3月27日の北陸方面撮影行レポには表されていない「舞台裏」的出来事を同レポの補足としてまとめてみました。本編と照らし合わせてご笑覧下さい。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

朝の「日本海」4002レを撮影後、一気に南下して日曜朝のお楽しみ・8865レを近江長岡で捉えます。牽引機は今年3月の改正で岡山のEF65から吹田のEF66に変わりました。改正後もたまに重連編成が見られることと、EF66も徐々に活躍の場が狭められているだけに、8865レは今後も注目列車のひとつとしてチェックしていきたく思います。

事前情報で、この日のカマは100番台、次位に0番台の66重連にエチレンコキが付く編成とのこと。実際にはさらにチキが後ろに連なる長大編成でした。列車通過時、肝心の伊吹山はご覧のとおり雲の中。こんなときは広角で重連重視アングルにしてごまかしてしまえ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

8865レを待っている最中、後方からダイヤにない貨物列車が上ってきました。65PF+コンテナの組成から推測すると、おそらく災害のために所定は東海道経由のところを日本海経由で急きょ設定された迂回貨物9086レと思われます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

午後は北陸道を北上。撮影地を求めてとりあえず鯖江インターを降りて大土呂~北鯖江をロケハン中、ふと遠くに二灯のヘッドライトを照らした赤い車両??が接近してくるのが見えました。慌ててカメラを取り出して待ち構えたら、ロンチキ工臨の登場!この日に北陸線を上ってくる情報はつかんでいたのですがスジなどさっぱりわからないし、ほとんど眼中になかっただけに、なかなかラッキー!

ここで489も撮影しようかと思ったのですが、この周辺は雲が多くタイガーロープもあり、489の通過まで時間があったので、この場を捨てて思い切って再び北陸道で北上しました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いよいよ本命の489系です。“芦原温泉でバカ停”という不確かな情報をキャッチ。即ちその前後でなら2度シャッターチャンスがある、と半信半疑ダメもとで、撮影地が点在する細呂木付近へと向かいます。

ロンチキ撮影後、高速を飛ばして推定通過時刻の5分前に現地入りし、どうにかバリ順の足場を確保。やがて普通列車の後を追いながら当該列車が現れました(原版RDPⅡ)。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

一発目を撮影後、慌しく移動開始。芦原温泉で停車中の489を確認し、「情報どおり」と確信して、やはり撮影地が点在する丸岡ー芦原温泉間の直線に向かいます。
きれいに整備された車体と「雷鳥」モチーフの美しいHMが相まって、なかなか印象的でした。ところでこのHM、正調版よりも空が青くデザインされているようですが、車体色に映えるよう考慮したのでしょうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

電車運転士様の記事には、福鉄200形同士の離合後の画像が載せられていますが、離合したときはこのような感じでありまして・・・。車がカブった・・・・・仕方ないですね~。  田原町行の列車は数分遅れでした。もし定時で走ってきたら目の前で離合されていたかもしれないので、結果OKということで納得しています。


久々に内容の濃い一日、遠征のしがいがありました。    「ツキ」を呼ぶパワーは努力の量に比例する、か??(出札掛)



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【アーカイブス】小海線 ふたたび

 昨年、昭和45~6年に撮影した小海線の一連の写真をお見せしたが、小海線には翌47年にも訪問している。今回は、この時の写真をご覧にいれたい。

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 まずはどこかおかしいC56の停まり写真である。どこがおかしいか、といえば、このC56にはデフがない。後にタイのカンチャナブリでデフ無しのC56に泰緬、じゃない対面することになるが、これはタイではなく、小海線の野辺山駅である。

 どうしてデフ無しのC56が走ったかと言えば、どうやらテレビ番組の撮影のためであったようだ。(多分、大いなる旅路?)うまくいけば、走行シーンも撮れたのだろうが、情報入手ができなかった当時としては、停まっているシーンが撮れただけでも大満足である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この時の目的は、C56が前後について運行された小海線3Lの旅とかいう臨時列車である。確か、長野発小海線経由の長野行き循環列車で、信越線内EL、小海線C56、中央線EL、篠ノ井線DLと3種の機関車が使われたことから、この列車名になったようだ。

 撮影場所であるが、補機まで写るようにと、馬鹿のひとつ覚え宜しく、三度目の松原湖に行っている。今見ると、コンクリートの擁壁が如何にも自然を壊していて気になるが、当時はそこまで意識をしなかったのだろうか。本来なら、手前の鉄橋のあたりで撮るべきなのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この時は、天候にも恵まれて、最高地点にも行っている。しかし、お見せできるのはDCの列車だけである。実は、本命のC56が牽く八ヶ岳高原号はシャッターを押すタイミングが悪かったため、使い物にならないのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 お見せできないもうひとつの理由は、機関車がこのカマだったからだ。デフとテンダがなぜ白いかは、あとからゆっくりお見せしたい。場所は高岩で、田植え直後の田圃と高い崖、そして蒸機のバランスの取れた写真であるが、世の中、そうはうまくいかない。しかし、前々年の訪問もこの近くにいたはずであるが、なぜかここでは撮影していない。


 さて、最後にこのおカマさんである。説明は付けず、写真だけ載せておく。今となってはこれも歴史の一コマなのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 光線状態、ロッドの位置、すべて完璧なのだが・・・・。嗚呼。(駅長)





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