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2011年1月

2011年1月31日 (月)

【アーカイブス】山口線のSL

今回は初めてアーカイブスをアップしてみます。

タイトルどおり、今にして思えば同じ山口線ですが、こちらは関東の山口線=西武鉄道です。かつては「おとぎ電車」と言ったように思いますが、これもうる覚えです。先日の例会で、「東三河のとも」さんが昨年10月に頚城に行ってきた、と話されたので、「あーそー言えば、高校生の時に撮ったなぁ」と記憶を呼び起こしていたところ、某掲示板で最近アップされており、昨日、奥のダンボールを引っ掻き回して探し出しました。

しかし、やっぱり、というかろくなデキではありませんでした。自分の頭の中ではこんあ構図だったと思っていたのに、シャッターチャンスを大外ししているものばかり、その中でも、なんとか見れる2枚を選びました。

撮影は1973年4月30日とあります。これより前に「コッペルが走る!」との大ニュースが入った前年にも行ってます(当時東京在住で行った、というほどの距離ではない・・・)が、ハーフしかないようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち





当然、この折り返しはバック運転になるのですが、当時NHKの大河ドラマの影響か「謙信号」なるプレートが付いていました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


後に続く3両の客車は井笠鉄道の生き残りで、こちらも貴重な車両だったのですが、こちらはこのあとどうなったのでしょうか?ご存知の方はご教授下さい。

質、量とも駅長様や電車運転士様には遠く及びませんが、私なりにボチボチ アップしていきたいと思います。(検査掛)

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2011年1月30日 (日)

62.「北びわこ」雪の蒸機鉄 2011/1/30

 1/29の天気予報では今シーズン4回目の寒波襲来ということで、再び雪鉄のチャンスが巡って来ました。今回の寒波は1/17のような平野部の積雪は期待できないようだったので、どこへ出撃しようか直前まで迷っていました。1/10に続き敦賀方面も考えましたが、「日本海」・「トワイライトEXP]は羽越本線の大雪の影響で運休になっており、候補から外れました。ここ最近、蒸気を撮っていないのを思い出し、運転日を確認したところ、1/30・2/6・13で、1/30がC56、2/6・13がC57での運転でした。どうせ行くならC57の運転日かとも思いましたが、気象庁のHPで確認したところ、米原の積雪深が30㎝を越えていたので、銀世界を行く蒸機が撮れるのではないかという期待のもとにクルマを走らせました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 「北びわこ1号」の米原発車の10:09までは時間があったので、東海道本線で貨物列車でもと思い、近江長岡付近に寄り道をしました。当然、伊吹山は雪雲の中でまったく見えずだったので、線路端で列車を待ちました。大雪の影響が列車によっては30分以上の遅れが出るなどダイヤが乱れており、どっちから何が来るのかわからない状態でした。寒い中しばらく待っていると上りの117系の8両が走り去って行きました。


【近江長岡~醒ヶ井】2011/1/30(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 柏原方面へクルマで移動していたら道路から俯瞰気味に撮れるポイントがあったので、伊吹山も見えないことだしここで妥協しました。上り「しらさぎ」」が10分くらいの遅れで通過して行きました。この後、「北びわこ」の撮影地へ向かいました。結局、貨物列車は1本も来ませんでした。


【柏原~近江長岡】2011/1/30(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 「北びわこ1号」です。最初は北陸自動車道をくぐったところのアウトカーブの定番お立ち台で狙うつもりでしたが、すでに多数の置きゲバが林立していたため、ここはあきらめて河毛を発車してすぐの直線区間にポイントを決めました。河毛到着時には薄日が差していたのに発車直後から急に風が吹き出すとともに激しい雪が降ってきたため、ご覧のとおり煙が折れて客車を隠してしまいました。C56にしてはまあまあの煙だっただけに残念です。


【河毛~高月】2011/1/30(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じ列車のアップです。急にドレンを吐いてくれちゃったため、機関車の足回りが隠れてしまいました。


【河毛~高月】2011/1/30(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 「北びわこ1号」の折り返しの回送を撮るため、場所を移動しました。田んぼのど真ん中で待っていたため、強風をさえぎるものが何もなく、地吹雪のような状態でした。上り「しらさぎ」が雪煙を思いっきり上げてカッ飛んで行きました。


【虎姫~河毛】2011/1/30(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち

 「北びわこ1号」の回送の時は風は強かったものの薄日が差してくれました。ロクゴPF+12系+C56の編成が思ったより早い速度で通り過ぎて行きました。考えてみれば、オリジナルの12系は蒸機イベント用にJR東とJR西にわずかな両数が残るだけとなってしまいました。こんな状況ですので回送といえどもバカにしないでしっかりと押さえておく必要があります。

【虎姫~河毛】2011/1/30(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 「北びわこ3号」は雪原を行く蒸機列車を俯瞰したいと思い、地図で目をつけておいた虎御前山に登ってみました。案の定、山に続く道は除雪されておらず、無理すればクルマで強硬突破できそうな雰囲気でしたが、大事をとって麓にクルマを置いて歩いて登りました。ラッセルしながらあちこち見て回りましたが、思ったより雑木が伸びており、時間切れもあって、結局、このポイントになってしまいました。もう少し高さがほしかったです。煙はいい感じでたなびいてくれたのにまたまた強風の影響で煙が見事に手前に流され、客車がほとんど見えません。風の強い日の蒸機は手強いことを実感しました。2/6・13はC57の登板なので、雪が持ちこたえてくれることを祈りたいと思います。


【虎姫~河毛】2011/1/30(電車運転士)


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終焉迫る名鉄AL車

瀬戸線で最後の活躍をする2編成の名鉄AL車は、車体こそ更新されていますが、足回りは昔ながらのツリカケモーターで、まさしく今なお現役。が、ついに終焉を迎えるときが近づいてきました。


1月29日の朝、某サイトを見ていたら、AL車2編成に「さよならマーク」が付けられた、との書き込みを発見。さらにこの日は昼前から2編成とも運行されているらしい。たまたま同日は、仕事関係の作業現場に進捗状況を把握するため小一時間ほど外出することになっていたので(本当です)、これはちょうど“外出ついで”に撮影ができるな、と家を出る時間を少し早めて、瀬戸線へと足を向けました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

A6を大曽根でゲット。さよならマークは、栄町方がピンクをベースにA1(A2)の顔、瀬戸方がブルーをベースにA6の顔が描かれ、「ありがとう6750」の文字と吊り掛けモーターのイラストが入っています。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

時間の都合で一時的に駅撮りを余儀なくされましたが、このように2編成まとめて効率よく撮れるチャンスはなかなか訪れないので、まあやむを得ないか・・・というのも、自分の情報不足のせいか、普段はあまり瀬戸線の運用に関心を持たないことが仇になり、いつAL車がどのスジで運行されるか皆目把握できていません。

とある日に撮影したデータを元に、後日の同じ時間帯に訪れてみると、まったく異なる形式の車両が入ってることがあり、もしや共通運用のスジが何本も存在しているのか、それとも臨機応変に運用を決めているのか、さっぱりわからずじまいです。 沿線に馴染みのある検査掛様のご教示を何卒お願いしたく存じます。

そうした瀬戸線の車両運用を相手にAL車を確実に求めるには、その日の旬な目撃情報サイトを参考するか、現地にて目撃したら、ハタオリ運用で推測したスジを信じて待ち構えるしか手段はないのでしょうか。それとも普段の心がけか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

↑1コマ目にあるように大曽根駅で撮影したA6は、100分後、ハタオリ運用どおりにやって来ました。午前中に行けば順光なのは、ハイ、百も承知です。日を改めてリベンジ決定。こんな撮影環境ですら、パッチワークの補修塗装が汚れのように目立つのが痛々しく残念でなりません。


1年前の7700系と同様、そのうち、公式さよなら運転でも催すのでしょうか。あ、即ちマークの付かない普段着の姿はもう見られない、ということですね・・・。(出札掛)



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2011年1月29日 (土)

【アーカイブス】近江鉄道のED14

 近江鉄道の機関車を紹介された電車運転士さんから、ED14の写真が見たいというリクエストがあったのを、これ幸いと、ED14の牽く貨物列車の写真を紹介したい。もっとも、今回はこのためにスキャンをしたのではなく、過去にスキャンをしておいたデータのストックからなので、若干、写真に偏りがある。

 なお、尾小屋鉄道についても、この機会に一連の写真をスキャンしようと考えているので、おって追加の写真をお目にかけることになるかもしれない。

 さて、これらのED14の写真は1977年頃の撮影である。当時、ED14の走る線路から、自動車で5分ほどのところに住んでおり、しかも平日昼間に比較的、時間がとれる仕事だったこともあって、一生懸命、ED14の貨物を撮影することになった。撮影している人は見たことがなく、休日にもED14の貨物が走っていたかどうか、記憶がないが、雑誌でも写真を見たことがないので、あまり撮影している人はいないはずだ。

 この頃には、中版カメラでエクタクロームで撮影している。さすがにエクタクロームは30年以上経っても、ほとんど色落ちをしておらず、良好な状態である。スキャンして拡大してみると、ピントがしっかり来ているポジは100%等倍に伸ばしてもビクともしない。1500万画素程度のデジカメデータと、状態の良い中版のポジのスキャンデータは、ほぼ同じ解像力かと思う。 

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、ED14の牽くセメント列車のハイライトは、多賀線の終点、多賀からさらに奥に伸びる専用線の築堤である。ここは、ちょうど俯瞰に適した場所に中学校があり、そこへ行く道路上からピッタリのアングルで撮影できた。廃線後にしばらくしてから行くと、この築堤そのものがなくなっていたのには驚いた。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは専用線を降りてくる列車で、鈴鹿山系の裏側がバックに入る。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 多賀から彦根にかけては、平坦な地形で面白みは少なかったが、四季折々の美しさがあった。というか、それを入れないと単なる編成写真になってしまう。結果としては、風景写真ばかりに凝りすぎて、あまり編成写真を撮っていないのは反省材料である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ED14のセメント列車は、1時間半に1本くらいは走っていたように記憶する。すれ違いの出来る場所は、多賀と高宮であるが、しょちゅうすれ違いが見られたかどうかは記憶がない。

 なお、このセメント列車は、ベルトコンベアが出来て廃止になったが、彦根にあったセメント工場自体も随分前になくなってしまい、いまは結婚式場かなにかが建っていたと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 セメント列車の印象の強いED14の貨物であるが、多賀にキリンビールの工場が出来ると、その輸送も行うようになった。ワムを20両も牽くという私鉄としては長大な編成で、東武のED4001はこの輸送のために購入されたはずであったが、ED14ばかりが使われていたようだ。このビール列車は確か2往復があり、昼頃に運転されていた1往復をよく撮影した。


 なお、検査掛さんから問い合わせのあったモニ13001であるが、多分、撮影していない。というのも、当時は旧型国電にあまり関心がなかったため、わざわざ狙いに行かなかったのと、奥の方にあったあやしい電車群は極めて撮影がしずらかったためである。元西武の郵便車の方は珍しかったし、古典的な外観なので何度も撮りに行っているのであるが・・。(駅長)

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2011年1月27日 (木)

さようなら尾小屋鉄道 1977/03/19(特別車2号車)

 尾小屋鉄道の最終日に35mmのカメラで撮影した写真を紹介したところ、電車運転士さんから、「いや、これだけのはずはない。もっと良い写真があるはずだ。それらも惜しみなく見せろ」(^_^;) という、という強い要請があった。まあ、何かに付け、期待されている内が華だし、たまたま時間があった(というより、こうやって要請されるとスキャンがはかどる)ので、早速、スキャンをしてお見せしたいと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 電車運転士さんも書かれているように、この日は小雨模様に加え、温度が上がったためか、雪が蒸発してもやのようになるという最悪の天気であった。さらに、これは最終日としてやむをえないが、さよならの看板も付いている。いまなら、こうした葬式鉄は遠慮するかもしれないが、当時は葬式鉄を一生懸命やっていたので、俯瞰ではなく線路脇からの撮影になってしまう。

 この日は、多客で臨時列車も走ったようだ。何度も書いたように、雪のため、倉谷口が臨時の終点となっており、DLとDCを組んだ編成を走らせて、観音下と倉谷口の間はDCの単行で運転していた。

 これは波佐羅と塩原の間で撮影した、臨時の客車列車。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 こちらはその帰りの列車だろう。

 観音下と倉谷口の間で撮影したキハ2の写真はすでにお見せしているので、それ以外の写真を。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは川沿いの区間に入る手前か。モヤが幻想的な雰囲気を醸し出している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、ひとつ上の写真を撮影してから、線路をまたいで、撮影したと思われる。

 他にも、この場所でキハ3の列車とすでにお見せしたキハ2の写真を撮影しているので、かなりの時間、ねばっていたようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 川沿いの写真は、もう一箇所、場所を変えて撮影している。これも観音下のあたりかと思うが、もうひとつ記憶がない。


 まだ、写真があるかと思ったが、3月19日の昼間に撮影しているのは、場所が重複している分を除くと、ほぼこれだけである。移動のために列車に乗ったりしているし、列車本数も少ないので、あまり走りは撮れなかったのかもしれない。

 少なくとも、天気が悪いから、ということで、小松の駅近くの赤提灯でジョッキを傾けていたのではないことだけは確かである。(駅長)







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1月16日の瀬戸線

だいぶ鮮度が落ちますが、1月16日の1ショットをアップします。

寒さに震え、翌日の出勤をどうしようと考えていた日曜の朝、重い腰を上げ高蔵寺に81レを撮りに出掛けたのですがフラれ、降雪が激しくなり諦めて帰途についたのですが、大曽根で6650系が上っていったので、これだけはなんとしても撮っておかねば、という訳でとりあえず地元まで戻って待ってみることにしました。

その間にも雪はどんどん大粒になり、風下での撮影は至難、やむなく軟弱駅撮りに・・・。こんな天気のもとではパッチワークぶりがわからないのが救いです。(検査掛)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


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61.尾小屋鉄道 帰りがけのお駄賃 1977/3/20

 尾小屋鉄道さよならの喧騒も終わり、営業最終日の翌日の3/20、都合4泊した小松ステーションホテルを後に、米原行客車鈍行の乗客となりました。その車中で思いついたのが彦根にいる近江鉄道の古典機関車達でした。早速、彦根途中下車に予定を変更、個性的な機関車をウォッチングすることにしました。当時、近江鉄道には4型式(ED31・ED14・ED4001・ロコ1101)がいましたが、ED14はバリバリ現役だったため、貨物仕業に就いていたのか、彦根では見ることはできませんでした。他の3型式は彦根にいましたが、いずれも留置中の姿だったため、パンタは上がっていないのが残念です。東武鉄道へ里帰りしたED4001を除く3型式は今でも彦根にある近江鉄道ミュージアムで保存されています。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 米原から1駅先の彦根に向かう電車の車中から米原構内に留置(放置)されていたDD50を発見、あわててカメラを取り出して何とかシャッターを押すことができました。


【米原】1977/3/20(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 1923(大正12)年製のED31です。現在の飯田線の一部だった伊那電鉄からやって来ました。装甲車のような外観と窓が異様に小さいのが特徴で、、この大きさでちゃんと前が見えたのか妙に心配したのを覚えています。


【彦根】1977/3/20(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 1930(昭和5)年製の元阪和電鉄の入換機だったロコ1101です。阪和電鉄の電機は秩父鉄道のED38が有名ですが、こちらもれっきとした阪和電鉄の生き残りです。ズングリムックリのED31に比べるとスマートな外観です。


【彦根】1977/3/20(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 東武鉄道からやって来た1928(昭和3)年製のED4001(右)です。イギリスのE・E社製の電機で、典型的なデッカースタイルが特徴です。当時は、西武鉄道にも同タイプの電機が活躍していました。東武博物館リニューアルに合わせ、2009(平成21)年に東武鉄道に里帰りしています。


【彦根】1977/3/20(電車運転士)


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2011年1月26日 (水)

さようなら尾小屋鉄道 1977/03/19(特別車)

 電車運転士さんから、尾小屋鉄道の最終日の様子が紹介された。すでに書いたように、最終日は自分も行っている。ということで、当時の様子が懐かしく、さっそく最終日の写真をスキャンしてみた。ひょっとしたら、この中に若き日の電車運転士さんが写っているかもしれない。


 多分、この時は夜行の「のりくら」で金沢経由で行ったのだろう。小松に着いて、まず朝の客車列車を撮影する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この後は、キハ3の列車に乗って、暫定の終点となっていた倉谷口に向かったようだ。金平でキハ2の列車とすれ違う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 キハ3を倉谷口で撮影する。最終日とはいえ、乗客はこれくらいであった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ここで観音下の方に歩いて、電車運転士さんも撮影された川沿いの場所で撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 この後も沿線で撮影しているが、それはブローニーで撮影しているので、今回はスキャンしていない。ここで一気に夜に飛ぶ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 小松で停車中のキハ3。これが最終列車になったのかな?

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 キハ2もストロボを焚いて撮影している。この時に電車運転士さんも反対側から撮っているようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その後、最終列車に倉谷口まで乗車したようである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 倉谷口からは、キハ2のデッキで帰ったはずだ。随分寒かったが、快適だった記憶がある。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に小松で行われたお別れ式。電車運転士さんもこの輪の中にいたはずである。

 これで名古屋に帰ったはずであるが、さて、どのような手段で帰ったのだろうか?夜行の「のりくら」に間に合ったのかな?


 なお、今回の写真はいずれもスキャンしただけで、一切トーンカーブをいじっていない。階調も豊かである。多分、この頃にはモノクロ現像の腕が上がって、頂点に達していたのではないか、と思う。(駅長)




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2011年1月25日 (火)

60.さようなら尾小屋鉄道 1977/03/17~19(3号車)

 尾小屋鉄道関連も3号車まで来ました。廃止の3日前から現地入りしていろいろと写真を撮っていましたが、いよいよ最終日を迎えることになりました。駅長様も最終日には現地入りされていたとのことで、ひょっとしたらどこかでニアミスしていたかもしれません。この3日間は天候にはあまり恵まれず、晴れ間が見えたのは初日の午後くらいで、後は曇りか霧雨で暗い感じの写真ばかりになってしまったのが残念です。最終日の記録ということで、少し枚数が多めになりますが、どうかご容赦いただきますようお願いいたします。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 小松ステーションホテルをチェックアウトし、この日の最初は大杉谷口の鉄橋の俯瞰ポイントに陣取りました。前日に下から見上げたら同業者が斜面にへばりついている姿が見えたので、自分も登ってみることにしました。駅長様のキハ2と同じポジションと思われます。キハ3がホハフを従えて鉄橋を渡って行きます。


【大杉谷口~金野町】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 同じポジションからカメラを右に振るとさっき鉄橋を渡って来た列車をまったく違う雰囲気で狙うことができました。


【大杉谷口~金野町】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 金平の駅に新小松からやって来たキハ3が到着します。最終日ということでさすがに同業者の姿が見られました。


【金平】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 先ほどのキハ3が到着後、入換を行い停まっていたホハフと連結、新小松へ戻って行きまた。軽便鉄道によく見られる朝顔カプラーの様子がよくわかります。ピンを差し込んだら連結完了です。


【金平】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 適当に撮影しながら観音下付近までたどり着きました。早朝、新小松を出発した時は今にも降り出しそうな雰囲気でしたが、とうとう霧雨状態となってしまいました。条件的には厳しくなりましたが、幻想的な風景が展開されていました。キハ2を先頭にホハフ=キハ3の編成が現れましたが、霧のおかげで側面の装飾が目立たなくなって日常の風景的な感じになりました。


【波佐羅~観音下】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 午後からは一旦新小松に戻りました。最終日ということで、さすがに新小松は同業者や別れを惜しむ地元住民でごった返していました。ここに来てやっと最終日らしい雰囲気を感じることができました。


【新小松】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 新小松の車庫内に翌日から運転される予定の代替バスが装飾を施されて待機していました。当時は新車だった三菱ふそうのMRタイプのバスも世代交代が進み、見ることができなくなってしまいました。


【新小松】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 夕方近くになって最後の走行写真を撮影すべく西吉竹方面に歩き、田んぼの真ん中で列車を待ちました。お名残り乗車の乗客が増えてきたのか、DLを先頭にキハ1=ホハフ=ホハフの編成が暫定終点の倉谷口を目指します。


【新小松~西吉竹】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 当初の予定では夕方の列車を撮影したら帰路につく予定でしたが、ここまで来たら最終列車に乗ろうということで、急遽、予定を変更しました。最終列車に乗ってしまうと大阪行の夜行に乗るか小松ステーションホテルにもう1泊かのどちらかの選択になりましたが、半ばヤケクソの感じで小松ステーションホテルにもう1泊ということになりました。夜も更けてきた頃、キハ2先頭の列車が新小松に到着しました。左側にはテントが張られ、廃線セレモニーの準備が進められていました。


【新小松】1977/3/19(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 とうとう最終列車の時間となってしまいました。この頃には多客のためにダイヤが大幅に乱れ、最終列車は大幅な遅れで運転された記憶があります。とりあえずキハ2に乗り込みました。最終列車はご覧のとおりの盛況ぶりでしたが、同業者よりもお残り乗車の地元の方々が目立ちます。車内には蛍の光のメロディがずっと流れていたのを覚えています。この列車が新小松に到着した時点で尾小屋鉄道の長年の歴史に終止符が打たれることになりました。


【最終列車キハ2車内】1977/3/19(電車運転士)

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総天然色の尾小屋鉄道

 私事で恐縮であるが、ようやくスキャンしたデータが1万枚を超した。当初はスキャンのやり方自体が試行錯誤であったり、熱が入らなくてペースはスローであったが、「はなぶさ」ブログによって発表の機会が出来たことで、ペースが格段にあがった。これも飽きもせず、小生の写真を見ていただいている賜と、感謝の気持ちが一杯である。改めてお礼を申し上げたい。


 当初はアットランダムにスキャンをしていたが、どれをスキャンしたかわからなくなってしまう懸念があることから、最近は時系列に作業をしている。現在は、1971年の秋ぐらいを進行中である。ペースが上がったのは、時系列にモノクロのネガをスキャンするため、一回セットすれば、あとは自動的に機械がスキャンしてくれて、楽なこともある。しかし、残念なことにスキャンをした中にはあまり記録が残っていないような貴重な写真はほとんどない。このため、たぶんにマンネリとの批判をあびそうであるが、それは聞き流して(^^;)、今後も折に触れて当時の写真をお見せしたいと思う。


 さて、今回はリクエストのあった尾小屋鉄道の総天然色写真である。

 ポジの記録によれば、尾小屋の最後には3月5日、12日、19日と3回訪れている。このうち1度は撮影を目的とした名鉄主催のバスツアーだったはずだ。あとの2回はどのように行ったか記憶がない。ただ、19日の最終日は、最終列車のキハ2のデッキに乗ったことを覚えているので、現地に泊まったのか、あるいは夜行列車で帰ってきたのかもしれない。


 しかし、不思議なことにこの時のカラーの写真はほとんどない。ちょうどコダクロームを使い始めた頃で、ケースの番号から4本目の撮影であることがわかる。しかし、スナップ的に撮っている写真だけで、これは、という写真はない。当時はモノクロ中心であったので、カラーが少ないのは確かであるが、それにしても3回訪れて20枚程度というのはいかにも少なすぎる。理由はよくわからない。


 さて、その貴重なカラーである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは遊園地前のあたりであろうか。車両はキハ1である。コダクロームのため、後ろの森がうまく発色せず、色が潰れてしまっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 廃止直前の時には、豪雪で観音下から尾小屋の間が普通であった。このため、ラッセル車を運行して、廃止前に全通させようと努力が試みられたが、結局、再開出来ないまま廃止となってしまった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち



 その機関車を追ってきたのかどうかわからないが、廃止直前の観音下の風景である。なぜかわからないが、右の民家のあたりに青い模様が見られる。ポジを見ても傷ではないようで、一時話題となった静電気か何かの影響かもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 遊園地前の写真をもう1枚。これも緑が沈んでいるが、コダクロームの色の傾向なのでやむをえないのだろう。どこまで色が出せるかわからないが、もう少しフォトショップの使い方を学んで、綺麗な写真にできればと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは沿線最大の撮影地であった大杉谷口の鉄橋の俯瞰である。残念なことに、手前にも鉄橋の袂にも鉄ちゃんが写っている。これは廃止1週間前の撮影であるが、その時でもこれだけの人出ということは、今にしてみれば嘘のように少ないのではないか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に小松駅のキハ2とC155。奥にちらりと見えているのが、北陸鉄道の小松線である。

 

 尾小屋鉄道は比較的近くにありながら、それほど通わなかったのは、本数の少なさと重厚長大の列車の方が当時の好みだったからである。今にしてみれば、なんとも勿体ない話であるが、当時はそれほど撮影対象が多かったと解釈していただきたい。(駅長)









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2011年1月22日 (土)

59.雪鉄(名古屋本線・犬山線)2011/1/16

 1/16は、この地区の平野部初めての本格的積雪になりました。早朝はうっすら程度の雪景色でしたが、9:00過ぎから本格的な降雪となりり、これは元旦のリベンジをせねばと国道21号線を岐阜方面へと向かいました。一宮ICを過ぎたあたりから路面も真っ白になり、ノロノロ運転となりましたが、10:00前には黒田~木曽川堤のカーブまでたどり着くことができました。来る列車を適当に撮影していたところ、出札掛様が登場され、雪と寒さに震えながらもしばらくご一緒させていただくことになりました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 下りの特急が1700系で岐阜方面へ走り去って行ったので、折り返しを木曽川堤からの築堤下りポジションで待ちました。幸か不幸か降雪が一段と激しくなったタイミングで1700系が築堤を駈け下りて来ました。やっぱり前パンは魅力的です。もう少し雪煙りが舞い上がってくれるとよかったのですが、贅沢をいえばきりがありませんので雪景色が撮れただけでもよしとしましょう。


【黒田~木曽川堤】2011/1/16(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 出札掛様は2200系でしたので、一般的な赤色車両をアップします。普段見慣れている車両でも、降りしきる雪の中を思いっきり雪煙を巻き上げて突っ走る姿は迫力があって格好イイと見直してしまいました。


【黒田~木曽川堤】2011/1/16(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 名古屋本線は午前中で撤収し、いったん自宅へ戻りましたが、、夕方近くになってさらに激しい降雪があってさらに積雪が増したので、スクランブル発進で近くの犬山線へ車を走らせました。現地到着が日没直前だったため、時間との勝負になりましたが、ちょうど運用が5000系ばかりの時間帯に当たり、条件が何とか持った時は銀電ばっかりという状況でした。1本でもいいから赤色車両が来てほしかったです。


【上小田井~西春】2011/1/16(電車運転士)


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白い一日


タイトルを見て、某ミュージシャンの歌の話題?ではありませんので悪しからず


1月16日(日)、東海地方は何年ぶりかの大雪。せっかくの休日にゆっくりしようと思っていたのに、これほどのタイミングで雪が降るとなればカメラ片手に出かけないわけがない!


朝、うっすらと白いじゅうたん。貴重な雪景色を写すべく、さてどこに向かおう・・・白に映えるのはやはり赤い色、そして撮影チャンスが稼げる線区、平地よりも山間部を走るところ、ただし山奥は棄権したい→ノーマルタイヤですから・・・結論、自宅から手軽にアプローチできる名鉄広見線へと車を進めました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

愛岐トンネル近くまで来たのに、なぜか定番のトンネル飛び出しアングルには見向きもせず、以前何気なく撮影したことのあるプチ俯瞰の場所に足が向きました。高揚すると、つい“あまのじゃく”な悪い癖が出てしまう・・・。雪の量は思ったより少ないようで、それどころか雲の合間から陽も差す始末。積った雪も徐々に溶け始め、もはやこれまで。

半ばあきらめかけ、ふと西の方角を見ると怪しげな雲行き。早々に広見線を後にして木曽川沿いに車を西へと移動、名鉄本線を目指します。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いざ着いてみると、予想どおりの大雪!黒田~木曽川堤のアウトカーブポイントに向かうと、そこには、はなぶさメンバーの皆さんがよくご存知の方が陣取っておられるではありませんか!一緒に雪まみれになりながら、小一時間の撮影。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

ここは元旦に電車運転士様が撮影され、ブログに載せた場所。線路に近づかないと車両が判別できない「降りっぷり」に、やむなく列車写真しか撮れないのかと思いきや、特急列車に目を向けると、雪煙を巻き上げながら高速で疾走してくる、迫力ある姿を捉えることができます。よって、大雪のときは高速走行区間で線路にへばりつくのも一つの手かと。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

降り続く雪に、家内も午後の買い出しをあきらめたよう。よしチャンス!外出許可を取得し、まず江南~柏森の自動車学校裏ポイントに向かいました。本線特急の迫力には及びませんが、着雪した先頭車がイイ感じ。本当なら鵜沼行き特急が来る時間なのに、ダイヤが乱れているため姿を現しません。軽く撮影後、午前のリベンジを果たすべく再び広見線へと車を進めます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

降り止まぬ天気なのに意外と路面は雪が積らず、車の移動は容易でした。対して、周りの風景は朝と違ってまさに雪国。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

やがて露出がキツくなってきたので、後ろ髪を引かれる思いで撤収。夕方の帰り道は、暗くなるにつれて物凄い大雪。身動きが取れなくなるになる前に、どうにか家にたどり着きました。


そういえば、愛岐トンネルの西方でオーバークロスする国道バイパスから俯瞰撮影できる場所があったことを、なぜか二日後に思い出しました。お願い、もう一度雪よ降れ~。(出札掛)




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2011年1月19日 (水)

58.さようなら尾小屋鉄道 1977/3/17~19(2号車)

 先回アップした尾小屋鉄道最終日2日目の様子です。小松ステーションホテルを早々にチェックアウトし、2日目の撮影に向かいます。さよならHMがハッキリわかるような写真はとりあえず押さえたということで、この日は結果的に俯瞰を中心とした風景重視の写真が多くなってしまいました。このような写真はさよならのお祭りの時ではなくもう少し早い時期に訪問して撮っておくべきでしたが、廃止まで残り2日となった現実ではどうしようもありません。思い立ったが吉日という原則を実践することの大事さを痛感しました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 新小松駅には蒸気が置いてありました。尾小屋に保管してあったものをさよならに合わせて動かそうということで新小松まで持ってきたのはいいものの、結局整備ができずに新小松に留置したままになったということを聴きましたが、真意はどうだったのでしょうか?


【新小松】1977/03/18(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 始発列車に乗って大杉谷口の鉄橋へ向かいました。川岸で待っているとキハ3-ホハフの編成が現れました。


【大杉谷口~金野町】1977/3/18(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 次は兼ねてから目をつけておいた金平~沢の木橋にポジションを決めました。よく見ると橋脚は石積みですが桁と補強材は木製です。長原付近にももっと大規模な同仕様の木橋があったのですが、不通区間に含まれていたため、ここで我慢するしかありませんでした。さっきのキハ3が戻って来ましたが、ホハフを新小松に置いてきたのかた単行での運転でした。


【金平~沢】1977/3/18(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 その後は前日のロケハンで目をつけておいた俯瞰ポイントを潰していくことになりました。大杉谷口の鉄橋と掛け持ちできるポイントです。キハ1が単行でやって来ました。


【金平~沢】1977/3/18(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 この日のメインのポイントとして狙っていた場所です。雪山をバックに平原を行くといった雄大な感じで、自分が描いていたイメージに割と近い感じがしました。雪解けのドロドロの斜面を泥だらけになりながら苦労して登った記憶があります。自分では今でも金平~沢の大俯瞰と勝手に決め込んでいます。前の写真のキハ1が倉谷口から戻って来ました。


【金平~沢】1977/3/18(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 沢の集落をバックに田舎の農村らしい風景が感じられるポイントです。この日はキハ3とキハ1しか動かないと思っていたらキハ2がホハフとキハ1を従えてやって来ました。背後の家は昔ながらの木造ばかりで、目障りになるような家はありません。


【金平~沢】1977/3/18(電車運転士)





 明日はいよいよ最終日です。当然、小松ステーションホテル3連泊となります。いくら若いといってもそろそろ疲れが見えてきましたが、気力を充実させて最終日に挑みたいと思います。

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2011年1月15日 (土)

幸せの黄色い電車♪ in 穂の国

電車運転士様が中央西線で素晴らしい写真を作られていた2011年1月8日、私めはネタ列車~日本車両出場の甲種輸送(新京成N800形)を撮りに豊橋まで出かけました。

でも、せっかく行くならこれだけ撮って帰るのはもったいない。飯田線119系の「青電」は来るだろうかと、行方を目撃掲示板で調べてみると、この日は飯田線北部中心の運用となりそうなので断念。次に豊橋鉄道HPを覗いたら、今年も渥美線にラッピング電車「なのはな号」がちょうどこの日から走り始めるようなので、よし、ターゲット決まり!ついでに某情報板では新幹線ドクターイエローが西下する予定とのこと。これも狙ってみようか。

わりと短時間にこれらが集中して来るので、効率重視、みんなまとめて豊橋駅周辺で撮影することにしました。


さて、一日振り返ってみると、メインの甲種輸送よりも表題のとおり「黄色い電車」との出会いが印象的だったりして。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

豊鉄渥美線豊橋駅では、線路横に今年も菜の花が植えられました。見るまでもなく、まだご覧のような咲き具合。暖かくなったら再訪してみたく思います。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ドクターイエローが確実に近づいてくるのをケータイから目撃情報で確認。やがて猛スピードで走り去っていきました。本日はT4編成だとか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

道中に名鉄電車の「はぐみん」塗装3305Fを見かけました。行路を追ってみると、どうやらこの日は豊川急行スジで運用しているよう。ドクターイエロー撮影後、いいタイミングで豊川へ向かってくるので帰り道に国府駅で下車。豊川線に入るのであれば、名古屋本線と並行する区間でなら側面のラッピングを強調した編成写真をきれいに撮れそう、と国府駅南方で待ち構えました。このほか豊川線内ローカル運用車には「迎春」マークが今年も付けられていたので、一石二鳥の収穫。


因みに、黄色は風水的にどんな効果があるのだろうかと調べてみると、「金運 変革 変化」など。特に西の方角が良いらしいが、我が家から豊橋に向けてはどうかと言えば、あらら、やや逆方向。

はたして黄色い電車は幸せを運んできてくれるでしょうか?(出札掛・・・今年は吉か?)


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2011年1月13日 (木)

札幌でササラ電車を追う

 長年、この趣味をやっていても、なかなか撮れない車両がある。特定の条件下でしか運転しない車両で、その筆頭格が除雪車両であろう。近年、特雪など、除雪車両に人気が集まっているのは、なかなか撮影できないと言う希少性や雪をかいて走る勇壮な姿に加え、事業用車としてレトロな外観が近年の鉄道車両にない魅力をたたえているからではないか。

 嘘かホントか知らないが、特雪を狙う鉄ちゃんは週末の金曜に空港で待機し、雪の状況を確認して運行が確認されれば、最終便で目的地に向かうという。しかし、動くかどうかはあくまで当日の雪の状況次第なので、空振りも多いと思われるし、それ以上に豪雪となれば、撮影よりも身の安全がはかれるかどうかが問題となる。それは、昨年末から今年の新年に会津や山陰で雪で多くのクルマが道路に閉じこめられた状況を見れば明らかである。

 さすがにそこまでのリスクを覚悟して特雪を撮りに行こうとは思わないが、長年、撮りたいと思っていたのが、札幌市電の除雪車であるササラ電車である。これまで、冬に札幌に行ったことは何度もあるが、幸いにしてというか、不幸にしてというか、ササラ電車が動くほどの悪天候にあわず、撮れずじまいであった。

 

 正月明けに所用で札幌まで行くことになった。普段は天候が良いことを望むが、今回だけは逆で何とか雪が降って欲しいと思う。しかも、多少の雪では昼間にササラが動かないので、豪雪を望むという、地元の人には申し訳ない、ちょっと罰当たりな願いである。

 そうした願いが伝わったのかどうかわからないが、昨年末から北海道は豪雪となった。札幌の積雪量は60cmに達し、さらに滞在日には豪雪になるとの予報である。

これはしてやったり。(^_^) さらに、当日、夜会う予定の現地の友人から、当日の午後は時間があるので、自動車を出しても良いという願ってもない、ありがたい話をいただいた。


 千歳空港はそれほどの雪ではなかったが、札幌は豪雪で、ダイヤが乱れているという。事実、千歳線を札幌に向かうにつれ、雪が深くなる。12時にすすきののホテルで友人と待ち合わせ。聞くと、10分ほど前にササラ電車が走っていたという。これは長年の念願がかないそうだ。


 さっそく、藻岩山の下の電車事業所に向かう。オレンジ色の新しい雪11が構内の除雪をしていたが、ちょうど昼時のためか、係員が降りてしまった。しかも、豪雪の筈が天候が回復し、太陽の姿も見え始めた。本当に動くのか?


 しかし、小一時間ほど待つと、再び雪が強まって、係員が車両に乗り込んだ。これは動く!


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さっそく、電車事業所から出てくるところを撮影する。さて、どこにいくか。すすきのか、西四丁目か。

 車両の動きを見ていると、中央図書館前の亘り線で折り返して来た。これは西四丁目に向かうのだろうと、さっそく追跡する。

 しかし、ササラ電車は西線16条で停まって、今度はそこの亘り線で折り返してしまった。天候も回復して、再び、太陽や青空が見える。これは、天候が回復したから、除雪作業は中止か、と冷や冷やする。

 しかし、中央図書館前の亘り線を過ぎて、ササラ電車はすすきの方面へ。途中で追い抜き、撮影後、さらに追い抜いてすすきのへ。ここで、ビル街を走る姿をサイドから撮影する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 すすきので停車中に先回りし、陽が当たっている山鼻9条で迎え撃つ。雪晴れの中走るササラ電車という最高のカットが撮影できた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後もササラを追いかけ、三吉神社の雪をかむった木をバックに撮影。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 しかし、ここで腕の未熟さが露呈した。すなわち、ササラ電車を撮る場合、反対側の線路越しに撮影すると、雪を右側にはねのけるため、車両を真ん中においたのでは排せつした雪が切れてしまう。ちょっと車両を左側におかないと、バランスの良い写真にならないのである。

 しかし、よく見ると、雪をはねとばすのは車道の部分だけで、歩道まで雪は達していない。おそらく、ササラの角度に長年のノウハウがあるのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 西4丁目からの帰りは、今度は歩道側から撮影。案内してくれた友人は、線路をまたいだ側からの方が好きと言うが、個人的にはこちらの角度の方が迫力があって良いと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に電車事業所前に到着したところを撮影する。ここでササラ電車は入庫し、時間的にも撮影は難しくなって、本日の撮影は終了した。ほぼ1往復で10回以上撮影できたので、成果は十分である。


 ひとつだけ、贅沢をいわせていただけば、ササラ電車にはトラ縞模様でより古典的な外観のブルーム式車両がある。ササラ電車のイメージにはブルーム式のほうがあっているため、本当はこちらが撮りたかった。

 翌日の午前中も、ササラ電車の撮影のため、時間を取っておいたのだが、あにはからんや、なんと天気が快晴となってしまい、これでは絶対に動かないと諦め、札幌を早めに離れてしまった。実は、すすきのの道路に面したホテルの部屋から、偶然にも4時40分頃に雪3が動いている様子を見ることは見たのであるが、さすがにこの時間では撮影する元気はない。

 友人の話では、必ずしも雪11を中心的に使っているわけではないとのことなので、次に行けば、ブルーム式の車両が動いているところを見られるかもしれない。ササラ電車を撮るという長年の願いはかなったが、また、宿題をつくってしまった。(駅長)

 


 

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2011年1月12日 (水)

57.今シーズン初の雪鉄 2011/01/10

 連続投稿申し訳ありません。天気予報によると福井県嶺南地方は1/9夜から1/10朝にかけて雪、気象庁のHPの雨アメダスデータでは今庄の積雪は30㎝弱ということで、今シーズン初の雪鉄に挑戦してきました。1/10の朝、JHのHPで高速道路状況を確認すると木之元から先はチェーン規制がかかっており、新たな積雪があるようなので、木々がクリスマスツリー状態になることを期待して、名神・北陸道経由で今庄を目指しました。実は、昨年同時期、同様の気象条件の日に今庄まで行きましたが、全国的に想定外の大雪だったため、肝心の「日本海」は運休と寂しい思いをさせられたので、今回は昨年のリベンジが目的となりました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 現地に到着すると線路端の新雪はいい感じでしたが、周囲の木々には思ったほどの着雪はなく、雪煙ドッカンの構図を狙うべく南今庄の上りホーム先端に陣取りました。本命の「日本海」までに「サンダーバード」や「しらさぎ」を適当に撮っていました。猛スピードで駆け抜ける681・683系は思いっきり雪煙を巻き上げてくるので、顔しか見えません。


【南今庄】2011/01/10(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 「日本海」の続行でやって来るはずの「雷鳥」が先に来てしまいました。いやな予感が的中し、大雪の影響か「日本海」は遅れているようです。


【南今庄】2011/01/10(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 「日本海」が遅れているのがわかった以上、待つしかありません。その間、時間つぶしにやって来る列車を適当に撮っていました。下りの「サンダーバード」です。


【南今庄】2011/01/10(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 待てど暮らせど「日本海」は来ません。携帯サイトの情報や居合わせた同業者の話から運休にはなっていないようです。撤収する同業者もいないので、ひたすら待つしかありません。ただ、いつ来るかわからないので、動くに動けず、トイレにも行けず身体が次第に冷えきってしまいます。羽越線の強風で抑止を食らっていたらしく。結局、約2時間遅れで南今庄を通過、とりあえず何とか去年のリベンジを達成することができました。トワ釜ではなくローピン釜でホッしました。最近、数両のローピン釜が運用から落ちているので、トワ釜の確率が高くなっています。


【南今庄】2011/01/10(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 本命の「日本海」の後は「トワイライトEXP」になりますが、同じ場所で撮っても芸がないと思い、少し今庄寄りの定番ポイントへ移動しました。こちらも相当時分の遅れが予想されましたので、来るまで待つしかありません。「日本海」と同じく2時間待ちかと思いましたが、周囲の同業者の話しぶりから30分遅れのようです。思ったより遅れが少なく、割とすんなり撮ることができました。


【南今庄~今庄】2011/01/10(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 そういえば、この日は何本か通るはずの貨物列車が上下とも1本も来ていません。3連休ということと日本海側の悪天候の影響で今日はダメかとあきらめていましたが、突然、EF510の貨物列車が姿を見せました。長距離列車のダイヤがガタガタだったので、列車番号はまったくわかりません。1本来ただけでもよしとしましょう。


【南今庄~今庄】2011/01/10(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 521系が徐々に幅を利かせている中、583系改造の419系は細々と敦賀までの運用が残っていました。運よく食パン顔ではないオリジナル顔の編成がやって来ました。ただ、当たり前のように走っていた475系はこのあたりでは撮影にいい時間帯には来なくなってしまい、1本もゲットできませんでいた。


【南今庄~今庄】2011/01/10(電車運転士)





 この日は豊橋で飲み会があったため、昼過ぎには撤収しました。ということで下りの「トワイライトEXP」・485系の臨時「雷鳥」はあきらめざるを得ませんでした。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 飲み会の集合時間まで少し時間があったので、駅前ペデストリアンデッキの上から「おでんしゃ」の送り込み回送を狙いました。デッキと「おでんしゃ」のイルミネーションがいい感じで、夜の街を彩っていました。


【駅前】2011/01/10(電車運転士)

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2011年1月 9日 (日)

56.中央西線 ロクヨン鉄 2011/01/08

 1月8日、天気予報によると朝の冷え込みは厳しいが昼間は高気圧に覆われて冬型が緩むとのことで、おそらく中央アルプスも凛とした姿を見せてくれるだろうとの読みで、中央西線のロクヨン詣でを行ってきました。さすが、この冬一番の冷え込みは木曽地方では-8℃を記録していました。また、寒さの厳しいこの時期は石油需要がピークを迎えており、6883列車の復活運転はもちろんのこと、土曜日は運休になる3088・5875列車も運転されたため、昼間に撮影可能列車がすべて運転されるという効率のいい1日でした。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは定番の武並カーブで6883列車を狙いました。更新1000番代同士のペアでした。冬場は恵那以西で陽が当たるのはここだけですので、ここからスタートになることが多いのですが、さすがに1年で最も陽が短いこの時期ではギリギリアウトでした。通過して5分後くらいに朝のエロエロ光線状態になりました。残念!


【武並~恵那】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そのまま6883列車を追っかけます。恵那のバカ停を利用して先回りしました。この時期、木曽福島以南で陽が当たるのは田立付近と伊奈川橋梁だけになりますので、どっちにしようか迷いましたが、伊奈川橋梁はここで撮ると3088列車を捨てなければならない(6883列車と3088列車は大桑行き違いのため)のと背後の高圧鉄塔が赤白のストライプに塗り変えられてしまい、以前にも増して目立つようになってしまったこともあり、田立手前の跨線橋にポジションを決めました。編成全体に陽は当たりませんでしたが、機関車の部分は何とかセーフでした。


【坂下~田立】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 3088列車は情報通の方から1000番代の国鉄色先頭という情報をいただいていたのと中央アルプスがくっきりと見えていたということで、中央アルプスバックのポジションを選びました。ここは山を引きつけるためには300mm以上が必要です。やっぱり国鉄色はいいですねぇ。


【十二兼~野尻】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 本日3回目の6883列車です。6883列車は須原で10分ほどの停車時間があるので、うまくいけば薮原あたりでもう1回とも企んだのですが、さすがにこれは無理がありました。3088列車を捨てれば須原以北でもう1回撮影することができますので、当日のカマ番によってどちらかを選択することになります。薮原付近は無理でしたが、奈良井でバカ停があるので先回りしました。日出塩までは山の中を走ることが多いので、日当たりが悪く、日出塩以北の開けた場所までクルマを進めました。このところ寒い日が続いていましたので、畑に積もった雪が結構残っていました。3084列車まで時間的にあまり余裕がないので、すぐに19号線を引き返しました。


【日出塩~洗馬】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中央アルプスがバッチリ見えていたので、3084列車は野尻~大桑間の定番ポイントも考えましたが、この調子なら乗鞍岳も見えるだろうと思い、しばらくごぶさただった乗鞍バックの俯瞰ポイントに向かいました。ここは倉本の裏手から山道をかなり登らなければならないのですが、日陰になる部分はしっかりと雪が残ってしかも凍結していたため、冬タイヤに交換しておいて正解でした。木曽谷の雄大な風景はいつ来ても感動モノです。


【上松~倉本】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 3084列車も南木曽で15分ほどの停車時間がありますので、追っかけができます。坂下・恵那付近も考えましたが、順光ポイントの釜戸付近まで一気に南下しました。天気のいいこの日は遠く中央アルプスを望むことができました。


【瑞浪~釜戸】(電車運転士)




「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に81列車です。釜戸付近でそのまま粘ってもよかったのですが、この後の家族運用のこともあり、多治見方面へ移動しました。釜戸で3084列車を撮ってからここで81列車を狙うのは時間的にギリギリで一か八かの勝負でしたが、何とか間に合いました。今日初めての0番代でした。中央西線で最近見る0番台のペアは74-47ばかりで他のカマはあまり見かけなくなりました。0番代もいよいよ終焉が近づいてきたということでしょうか? この後の5875列車も撮影可能でしたが、家族運用のため、この日はこれで終了としました。


【多治見~土岐市】(電車運転士)

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究極の「走るんです」

 説明はともかく、まずはこの写真をご覧頂こう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 車体の各部がへこんで、ボコボコの電車。運転台にはガラスがなく、金網が着いているだけだ。出入り口には扉もない。しかも、集電装置はポールのようだ。右側には人力車も見える。

 さて、これはいつの写真に見えるだろうか?


 実は、この写真を撮影したのは、昨年の12月である。場所は、インドのコルカタ。カルカッタという昔の地名の方がわかりやすいかもしれない。

 

 このコルカタには、インドで唯一の路面電車が走っている。しかも、このように時代がかった姿である。前々から、一度行ってみたい、とは思っていたが、そこはインドである。無事に生きて帰ってこられるかどうか、というと大げさであるが、衛生面や治安面の不安があり、なかなか踏ん切りがつかなかった。

 しかし、今回、ようやく状況が整って、コルカタを訪れることが出来た。先回、ご紹介した一連のタイの写真は、実はこのインドに行くトランジットを利用して撮影したのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 悠久の大地、インドに行くと人生観が変わるとかいわれる。しかし、人生観は変わらなかった。

 インドの街には牛がのんびり歩いているかと思ったら、町中には牛は一頭も見かけなかった。道路を歩くときは、寝ている乞食をまたいで歩かないと行けないと聞いていたが、乞食はいたけれど、またがないと歩けないほどではなかった。

 その代わり、クルマと人は滅茶苦茶、多かった。黄色いアンバサダーのタクシーと三輪タクシー、そのけたたましいクラクション。そしてところ構わず歩き回る歩行者。すべてが混乱の中にあった。その中を路面電車が忘れたように走っていた。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 インドは、ご存じのように長い間、英国の植民地であった。そうした歴史的な建物も残されているが、多くの場所は低層の建物が並んでいるだけで、特徴のある風景は少なかった。それ以上に、自動車に邪魔されて、まともな写真が撮れることはほとんどなかった。こうしたすっきりした写真が撮れるのは、極めてマレである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 都心のエスプラネードには、路面電車のターミナルがあり、市内からの路線が集まっていた。ここには、散水車のような事業用車が留置されているが、使われた形跡はなかった。写っている男性は水汲みに行くところで、消火栓があるのだろうか、ここで多くの姿が見られた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じくエスプラネードで撮影した形式風写真。前は1等、後ろは2等で、違いは扇風機がついているかどうかである。
 


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 自動車の増加に対応するためか、町中の道路は一方通行が多い。その中を電車が逆向きに走っている。よくこれで事故がおきない、というべきか、あるいはしょっちゅう自動車と接触するから、車体がボロボロとなっているべきなのか。いずれにしろ、今まで多くの都市の交通の様子を見てきたが、ここほど無秩序の都市は見たことがない。

 こんな状況なので、路面電車の運行も滅茶苦茶である。故障が多いためだろうか、動いている車両数自体が少ないし、ひとつの系統で30分や1時間近く来ないことも珍しくない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 当然ながら、この程度の路面電車で1千万都市の交通をまかなうことはできないので、都市交通の主役はバスである。乗り方はわからないが、これは本数が多い。

 タタ製のこの車両は、窓枠と鎧戸がなんと木製!というコルカタの名物バスである。


 こんな状況なので、路面電車は廃止されると思われているが、なぜか、最近になって更新車と思われる新車が入った。今後、どの程度、増えるのか疑問であるけれど、とりあえず存続に向けて、動いているようで嬉しかった。

 今回の訪問は2日で、まだまだ撮りたい場所もあったし、天気がもうひとつだったのでちょっと不満は残っている。では、もう一度、コルカタがどうか、といわれると、悩んでしまう。本数が少ないうえ、自動車が多すぎてまともに写真が撮れないのがネックである。

 近年、BRICsとかいわれて、インドが注目されるようになってきた。今回の撮影は、そうしたインドの姿を見るのも目的のひとつであった。結論から言えば、現在のコルカタは、日本の昭和30年代前半の姿がそのまま残っている、という感じである。しかし、近年の世界の動きからすれば、インドが中国のように劇的な変化をすることも考えられないわけではない。そうした様子をウォッチしていくことも面白いかもしれない。(駅長)


 



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2011年1月 8日 (土)

福知山界隈にて(北近畿撮影行・後編)

新年を迎え、早くも1週間が過ぎようとしています。正月ボケの頭と体をリハビリして社会復帰せねば、と鋭意努力の毎日が続きます。

そんな中、昨年末に北近畿地区撮影行の前編を投稿して以来、その続編を忘れかけていたことをリハビリのおかげ(?)で思い出してしまったので、さっそく投稿します。今春までの限定ネタとしてご笑覧下さい。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

舞鶴線内の「タンゴディスカバリー」。2両編成の愛嬌あるスタイルで駆け抜けていきました。真倉付近まで行けば名撮影地が点在しているのでしょうが、天気が悪くなり、時間もなかったので朝に「まいづる」を撮影した陸橋上で仕方なく妥協。つまらない背景にはご勘弁。《綾部~淵垣 3001D》



「はなぶさ」に集まる仲間たち

タンゴ鉄道宮福線で「タンゴエクスプローラー」を撮影。こちらの車両は、ダイヤ改正後はタンゴ鉄道線内ローカル特急の運用となるよう。しまった、それならJR区間で撮影すればよかった・・・。 《牧~荒河かしの木台 3081D》



「はなぶさ」に集まる仲間たち

福知山を訪れた記念として、たまに雑誌でネタ列車の投稿写真を見かける福知山城バックの土師川鉄橋にも行ってみました。背景の建造物はどうしようもありませんね。「はしだて」通過。《福知山~石原 3066M》



「はなぶさ」に集まる仲間たち

今春の改正で名称消滅する一日一往復の貴重な「文殊」を撮影。“走り”を撮るには意外と手強く、この時期は下り列車なら大阪への送り込み回送、上りならせいぜい福知山以北で狙うしかありません。複線に見えますが、実はタンゴ鉄道とJRの併走区間です。逆方向なら面白かったかな。 《厚中問屋 3072M》



「はなぶさ」に集まる仲間たち

露出が厳しくなってきた夕方は、福知山駅に入場して「北近畿ビッグXネットワーク」最大の見せ所である特急相互連絡の様子を眺めました。

(左から)同駅始発山陰線上り「たんば」停車中に福知山線上り「北近畿」が豊岡方から到着後、続いて山陰線下り「はしだて」が綾部方から到着して数分間のドラマが繰り広げられます。3編成とも非貫通の美しい顔だちで揃いました。地方の駅で3本もの特急が肩を並べる姿は、なかなかのもの。 《福知山 左から5098M、3026M、3065M》



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ボンネット車にはかないませんが、真正面から見る限りでは、国鉄時代から変わらない風格になぜかホッとします。ただ、せっかくの風格も「北近畿ビッグXネットワーク」を示したHMには・・・、コンセプトはわかるけど、なんだかヒトの遺伝子みたいなデザインはなんとかならなかったのでしょうか。《上川口~福知山 3022M》


限られた時間を駆使して目的は達成できましたが、もっと的を絞るべきだったか、それとも一日余分にあれば・・・若干心残り。何も撮らずに後悔するよりは、ましですよね?(無理やり納得・出札掛)





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2011年1月 4日 (火)

【アーカイブス】瀬戸電と名古屋市電のコラボ2

 新年初のアーカイブとして、d51826na からご要望のあった瀬戸線(というより瀬戸電と言った方がイメージにあうだろう)と名古屋市電のコラボの第二弾をお目にかけたい。

 先回ご紹介したのは清水での平面交差であったが、今回お目にかけるのは森下の平面交差で、名古屋市電は上飯田に行く系統が運行されていた。この撮影時は路線廃止の直前で、平面交差する系統は81系統のみが運行されていた。

 しかし、こちらの平面交差は清水ほど綺麗に瀬戸電との交差の写真が撮影できていない。踏切脇に信号所があったことから、踏切の制御を行っていて、市電やバスが踏切で待たないように調整していたのではないかと思うがよくわからない。


 ネガを確認していて、瀬戸電とのコラボが撮影できていたのは、この1枚だけである。 


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まあ、平面時代の瀬戸電の様子も今となっては貴重なので、電車が写っていない写真ばかりとなるが、それらをご覧にいれるとしよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは踏切を東側(大曽根側)から見たところ。踏切の右側に信号所が見える。しかし、当時は線路脇に柵すらなかったんですねぇ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 次に西側(大津町側)から見たところ。森下の駅も、当時はこんな長閑な無人駅であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 当時の乗降風景で、女子高生がいかにも素朴である。ク2321は特急塗装になった車両の筈であるが、この時にはまだ緑塗装だったようだ。緑塗装だと、ひときわ旧型の感じがするし、900形も両運時代の面影を留めている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後に、当時の大曽根の様子を。この頃は貨物輸送をやっていたので、側線が多くあった。高架化された現在では、この当時の面影はまったくない。(駅長)


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2011年1月 3日 (月)

2011 新春初詣鉄

 カラリと晴れた1月2日、正月のセレモニーも無事終わり、家族運用から開放されたのを良いことに、さっそく撮り初めを兼ねて初詣鉄に繰り出しました。初詣の行き先は、大阪の住吉大社。この初詣輸送で阪堺電軌の車両が総動員されるのに加え、昨今、都電色やレトロ塗装などで話題を振りまいていることから、久々に正月に訪問しました。

 まずは、住吉交差点で撮影。この日は、住吉大社の前の道路が交通規制され、歩行者専用道となっているので、欧州のトランジットモールを彷彿とさせる雰囲気です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


  普段は昼間に走らない古豪、160形も今日はフル稼働です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 これは都電色。名古屋は晴れていたけれど、残念ながら雪雲が流れてきて、天候は曇ってしまいました。残念。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 驚いたのは、鉄の多さです。住吉の交差点では、カメラの放列が敷かれました。あれ、どこかで見たような・・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 夕方には、粉浜で南海本線を撮影。このあたりで、ラピートとサザンがすれ違います。1時間ほど狙ったけれど、残念ながら撃沈。実はこの写真の手前に映っている影は、難波行きのラピート。あと10秒どちらかが遅れていれば・・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 夕方からは、仲間内の新年会があったので、それまで撮影。5時を過ぎると交通規制が解除となってしまいますが、夕方の光線の中、ライトを付けた電車がなかなか良い雰囲気です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 調子に乗って、カメラの感度を高くして、ライトで照らされた踏切を撮影。駄目元で撮影しましたが、これもなかなか良い雰囲気となりました。ゴーストが出てしまっているのが残念ですが、これはやむをえないかな。(駅長)






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2011年1月 2日 (日)

55.2011年元日鉄 2011/01/01

 メンバーの皆様、あけましておめでとうございます。1日遅れのあけおめで申し訳ありません。11・12月は私事で土日がほとんどつぶれていましたので、鉄活動が低調気味でした。2011年も気合を入れて鉄活動を続けて行くべく、家族がまだ寝静まっている元日の早朝、近場ですが今年初鉄を実施しました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち





 全国的な寒波襲来ということで、岐阜方面に行けば多少は積雪があるのではと期待して現地入りしましたが、ご覧のとおり本当にうっすらの状態で、早朝の赤い空に雪煙を巻き上げてといった状況にはなりませんでした。冬の寒い朝というイメージを期待しましたが、撃沈でした。今年もこんな調子ですが、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


【黒田~木曽川堤】2011/01/01(電車運転士)

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2011年1月 1日 (土)

長野電鉄1000系の長期運休

 1月5日~2月23日まで長期運休だそうです。


http://www.nagaden-net.co.jp/webstation/news_index.html#1000-2000_1006


 まさに、2000系を撮りに来てくれ、といわんばかりですね。(駅長)

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あけましておめでとうございます

 本年もなにかとお世話になりますが、「はなぶさ」ブログ共々、宜しくお願いいたします。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 今年らしい画像をさがしたのですが、結局はこの絵に落ち着きました。

 昔だったら、干支にちなんでこんな列車が走ったのでしょうね。評価はともかく、活気のある時代でした。それに比べると・・・。


 ちなみにオリジナルはこの列車です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは77年、上の写真は80年の撮影です。この頃は、出来たばかりの6000系で運転していたのですね。AL車の「こどもの国」もあったように思うけれど、いつ頃だったのでしょうか。(駅長)


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謹賀新年 2011

あけましておめでとうございます。今年も内容の豊富なブログを通じて、多彩な知識を吸収したく思います。また、昨年同様“思い立ったら吉日”を極力実行して、後悔することのないよう、そして体力が続き時間が取れる限りアクティブに活動したく思います。


正月ということで、縁起良く?爆煙の「初詣やまぐち」を載せます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

撮影したのは19年前の1992年元旦ですが、これを「昨年の写真です」と、うそぶいても信用してしまうほど昔から変わらない風貌です。もっとも、スルどい人なら「あれぇ、最近の初詣やまぐちはC56+12系2両じゃなかったの?」と、ツッコミを入れるところでしょうが。

特製HMに日章旗、しめ縄のスペシャル装飾。好き嫌いが分かれるところですねー。


今年もよろしくお願いいたします。(出札掛)

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