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2010年11月

2010年11月30日 (火)

51.最後の非電化軽便 尾小屋鉄道 1977/01/15~16 (1号車)

 今回は久しぶりにローカル私鉄ネタをご紹介したいと思います。場所は尾小屋鉄道、北陸本線の小松を起点に南東の尾小
屋を結ぶナローゲージ(762mm)の路線で、営業キロは16.8キロ、もともとは尾小屋鉱山の運搬鉄道として開業しました。昔はあちこちにこの手の軽便
鉄道が存在していましたが、時代の流れには逆らえずに次々と廃止され、特殊な例を除いて非電化軽便鉄道としては最後に残ったのが尾小屋鉄道でした。高校の
同級生にローカル私鉄フリークがいたため、「廃止前に一度は行っておいた方がええで」という言葉に触発され、成人の日絡みの連休を利用して、大阪からの臨
時夜行急行(多分「越後50何号」だったと思います)で小松に向かいました。早朝、小松に着くとそこは一面の銀世界、どうも前日にかなりの積雪があったみ
たいで、大雪の様相を呈していました。この頃には3月の廃止が決まっており、廃止2か月前の訪問でしたが、同業者の姿もほとんど見かけず、2か月後に廃止
されてしまうとういうことが信じられないくらい、普段着の姿で黙々と列車が動いていました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち






「はなぶさ」に集まる仲間たち



 小松から始発列車でまずは終点の尾小屋まで行こうと思いましたが、少し前に降った大雪の関係で、観音下(かなが
そ)~尾小屋間は当分の間運休とのこと、とりあえず全線乗車はあきらめ、暫定終点の観音下まで乗車しました。小松から少し山間部に入っただけで積雪量は大
幅に増加、近くにスキー場があるのかスキーを担いだ小中学生が大勢下車しました。今だったらスキーに行くのに軽便鉄道の選択肢はありえず、絶対クルマです
よねぇ。写真のキハ3は元遠州鉄道奥山線のキハ1803で、末尾の数字がたまたま3だったのか、180だけ車体と同じ色に塗ってキハ3としています。


【観音下】1977/01/15(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 とりあえず観音下から小松方面へ歩いて適当に撮影しながら行けるところまで歩いてみようということで、行動を開始
しました。
山影から陽が昇ると美しい雪晴れの状態となり、前夜の雪が木々に積もってクリスマスツリーとなっていました。先ほどのキハ3が雪原を滑るように戻って来ま
した。暖冬傾向の今は石川県の平野部でこれだけの積雪は滅多にないことだと思いますが、当時、地元の方に聴いた話ではこのくらいの雪は当たり前だというこ
とでした。


【波佐羅(はさら)~観音下】1977/01/15(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 さらに小松方面に進みました。次にやって来たのはキハ1でした。尾小屋鉄道には3両の気動車(キハ1・2・3)が
いましたが、この日運用に入っていたのはキハ1と3でした。形態はそれぞれ違い、キハ1は正面2枚窓、キハ2は正面3枚窓のバケット付き、キハ3は中央窓
が大きい正面3枚窓で、この3両の中では製造年次が新しい(昭和24年汽車製)キハ3が一番まとまったスタイルをしていました。車体中央下部に白い煙のよ
うなものが見えますが、排気管が床下にあるため、排気が雪を巻き上げています。


【金平~沢】1977/01/15(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち





 観音下折り返しのキハ1が戻ってきました。3両のキハの中では一番古い(昭和12年日車製)ため、クラシカルなスタイルをしています。


【金平~沢】1977/01/15(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 唯一の交換可能駅の金平まで来ました。金平は路線のちょうど中間付近に位置しています。背後の木々に積った雪が綺麗だったので、ホームから正面縦位置で狙ってみました。


【金平】1977/01/15(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 金平を後にさらに進みます。木々の間からキハ3が姿を見せました。こちら側(新小松方)は車番の180が塗りつぶされておらず1803のままになっています。


【大杉谷口~金野町】1977/01/15(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 尾小屋鉄道の定番撮影地のひとつ、大杉谷口の鉄橋までたどり着きました。キハ3がゆっくりと鉄橋を渡って行きます。そろそろ日も暮れかかってきたので、この日の撮影はこれで終了して、次の列車で新小松に戻りました。


【大杉谷口~金野町】1977/01/15(電車運転士)




 この日は雪晴れを堪能できた満足な1日でした。この日の宿は小松ステーションホテル(駅寝)を予約?してありました。雪晴れを期待して横になりましたが、暖房が程よく効いていたこともあって朝まで爆睡だったようです。翌日の様子は後日2号車でアップしたいと思います。

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2010年11月29日 (月)

【アーカイブス】三河東郷~大海間

 飯田線のこの付近の写真は、メンバーの方も数多く撮影されているだろうから、今更、という感もあるが、出札掛氏にあわせて写真をご覧に入れたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは出札掛氏と同じ日に撮影したED18+EF58のトロッコ列車。行きもこの少し大海よりで撮影しているが、帰りの方が雰囲気が良かったので、そちらを紹介する。チラリとトロッコが写っているが、サイドから撮影してトロッコを隠したので、旧客の営業運転に見えなくもない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは定番の場所を走るEF58122の12系客車。正面に陽があたらないが、良い雰囲気の場所で好きだった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後は飯田線に残った最後の旧型国電といえるクモヤ22+クモヤ90の2連(形式はこれで良かったですか?)

 この写真には、ちょっとした秘密があるが、それはまた何時か。もう、撮影してから15年以上、たつのですね(^^;)。


 ところで、下の2点は6×7版でエクタクロームによる撮影である。デジとか35mmフィルムとの違いが出ているだろうか?なんとなく、色乗りが良いようにも思えるけれど、気のせいかな。(駅長)


 

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2010年11月27日 (土)

面白列車@三河東郷~大海

検査掛様の初投稿記事と、そこに寄せられたコメントを拝見しているうち、懐かしい情景が浮かび上がってきました。飯田線南部にネタ列車が運転されると、誰もが必ず一度は訪れる(かな?)三河東郷~大海の“お立ち台”ですが、投稿の画像を見る限り、新たに登場した撮影地と引き換えに過去のアングルでの撮影はかなり困難になってしまったようです。

ふと思い出したついでに、自分が今までこの“お立ち台”で撮影したネタ列車のうち、強烈に印象に残った2カットを披露します。ブログメンバーの方々の「濃い」コレクションには到底及びませんが、どうかご了承下さい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

まずはトロッコファミリー号1992年の運転最終日に行われたEF58 122+ED18 2 の茶ガマ競演による旧客牽引。まさしくJR東海の出血大サービス!です。撮り鉄の行動はみんな一緒、言うまでもなく佐久間の先まで往復とも追っかけしました(1992/11/29)。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


これは佐久間レールパークでの新たな車両展示に伴う配給列車。運転日は平日でしたが、確かこの日は休日出勤の代休日をわざわざこの列車の運転に合わせて決めた記憶があります。 よって堂々と「平日鉄」を行ったわけで、もちろん中部天竜の手前まで追っかけたのは言うまでもありません。不自然にバックの木々が一部伐採されています。今回開通したバイパスの工事準備がすでに始まっていたのでしょうか(2003/07/11)。


レールパークは閉園し、トロッコも走らない現在の飯田線こそ本来の姿なのでしょう。そんな自然の装いをしているうちにぶらりと訪れてみたく思います。119系の青電狙いで・・・。(→わかっとらん!)

PS・検査掛様の数ある「濃い」アーカイブスも、ぜひとも期待しています。(出札掛)

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2010年11月25日 (木)

【アーカイブス】西臨港線のD51

 名古屋港には三つの臨港線がある。ひとつが先に紹介した東臨港線、そして現在の金城埠頭方面へ向かう西臨港線、もうひとつが名鉄の東名古屋港線である。

 東臨港線を紹介したからには、西臨港線も紹介しなければならない。しかし、自宅から遠いこともあって、西臨港線はほとんど撮影していない。とはいえ、名古屋市電の稲永線はなんども撮りに行っており、ダイヤがわかっているなら併せて稲永の付近で撮影できたはずである。なぜ、それを撮影していないのか、これも不思議である。

 

 閑話休題、唯一と思われる西臨港線写真がこれである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 烏森の関西線から分岐するあたりで撮影している。ここの読者なら当然ご存じだろうが、その後、この路線は名古屋貨物ターミナルへの路線として大変貌をとげ、さらにあおなみ線となって電車まで走るようになっている。

 

 これはこのカーブの反対側、関西線の分岐部のあたりである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 いかにも中途半端な構図でお恥ずかしい限りだが、分岐部の雰囲気がよくわかるし、トリミングもできないのでそのままお見せしたい。


 さて、時刻の公表されていないこうした専用線のダイヤをどうして知ったのか?

今回の一連のネガの中に、手作りの時刻表が見つかった


「はなぶさ」に集まる仲間たち

  たぶん、通っていた稲沢機関区あたりで、写させて貰ったのだろう。勿論、コピー等という便利なものはない時代で手書きである。これを大事に抱えて撮影に行ったと思われる。

 この手書きダイヤがネガに残っていたのは、記録として残そうという意図ではなく、たまたまフィルムが中途半端な残りかたをしたことから撮影したようだ。関西線である上部がピンぼけで読めないのはご愛敬として、東臨港線や名古屋港のC50の入れ換え時間が何時だったか、これでわかる。多分、今から調べるのは限りなく難しいだろう。なお、関西線の下が四日市港の貨物線、さらにその下が西臨港線である。


 こうしたちょっとした気まぐれが、後世になって貴重な記録となったりする。それははるかエジプトの時代から続く普遍の法則である、というと言い過ぎかな。(駅長) 
 

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国道151号線八束穂跨線橋からの眺め

初めての投稿ですのでうまくいきますかどうか。

電車運転士氏の「銀杏鉄2010/11/23」にコメントした場所です。如何でしょうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

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2010年11月23日 (火)

50.銀杏鉄2010/11/23

 引っ越し後の後片付けもなかなか進まず、短時間鉄しかできない状況がまだまだ続いております。11月も下旬になると毎年中日新聞の1面に祖父江の銀杏が黄色く色づいて見頃になっているというヘリからの俯瞰写真が掲載されますが、今年は夏の猛暑の影響からか、色づきが遅れているみたいで、まだ掲載されていないようです。ちょうど尾西線の森上~萩原あたりが該当しますが、いつもなら見頃を迎えているはずなので、色づき具合を偵察してきました。森上~萩原間の沿線には至る所に銀杏の木が植えられ、黄色く色づく季節は目を楽しませてくれますが、いざ、電車との組み合わせとなるといい位置に植えられている銀杏の木が少ないため、まとめるのにひと工夫必要です。11/23現在では森上~山崎は色づきが遅く来週末あたりが見頃という感じでした。山崎~玉野は何とか色づいていましたので、苦し紛れっぽいアングルばかりですが、ご紹介させていただきたいと思います。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



【山崎~玉野】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



【山崎~玉野】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



【山崎~玉野】(電車運転士)





 この日はどの運用も6800系ばかりで車両のバラエティ的にはイマイチでした。風は冷たかったものの天気はバッチリだったのに、残念ながら家族運用の都合で9:30には撤収せざるを得ませんでした。できれば午後まで粘っていたかったというのが本音です。この日の状況から判断すると来週末が一番の見頃となりそうなので、できればもう一度足を運んでみたいと思います。






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【アーカイブス】DE50牽引の貨車

 D51826さんから、DE50の試運転についている貨車について質問があったので、該当部分を拡大してみた。さすがに、これが限界である。

 はっきりいって、この貨車の記憶は全くない。試験車ではなく、フラットカーになにか載せてあるようにも見えるが・・・。(駅長)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

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【アーカイブス】DE50のこと

 さて、稲沢のD51の話題が続いたが、この一連のネガの中に珍しいカットが見つかったので、もう少し、関連話を続けさせていただきたい。


 珍しいカットとはこれである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 毎度定番の関西線13番ホームである。最初は単機、続いて重連の写真を紹介したので、今度はDLとの重連である。なんだ、DE10か、とはいわないで、ナンバーとスタイルをよく見て欲しい。


 ン?DE50?そんな機関車、あった?DD51とDE10から加工したのではないの?

 

 などということを言わないで欲しい。


 DE50とは、DD51のメンテナンスを省力化するため、1基エンジンでDD51の性能を出そうと昭和44年に試作された機関車である。ちょうどこの7月に稲沢に配置され、D51と連結して試運転が行われた。

 どこで情報を仕入れたのか知らないが、物好きにもこのDLの試運転を2度にわたって撮影に行っている。こうした熱意でもう少し、当時の当たり前の車両も撮影していれば良いのだが、そちらの方はさっぱりである。まあ、やむを得ないところではあるが・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もう一度は、伏屋の築堤で狙っている。確か、朝の早い時間の列車だった記憶がある。残念なことに、この時の写真は高圧鉄塔や信号機が変な入り方をして、あまり良いのがない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これが目的ではないだろうが、稲沢まで行って、止まりもちゃんと撮影している。新型DLといって毛嫌いせず、真摯に向き合っているのは我ながら見上げたものである。(^^;) ただ、この時はこの1枚しかシャッターを切っていない。珍しい機関車だけに、もう少し色々な角度から撮影しても良さそうなものだが・・・・よくわからない。


 このDE50、wikiを見ると中央西線でも試運転されたと書いてあるが、記憶にない。かなり早い段階に岡山に転属し、そこですぐに休車になって長年にわたり放置された話は良く知られている。正式な廃車は昭和61年らしいが、車両自体はまだ、津山かどこかに残されているという。理由はわからないが、不思議な経歴である。(駅長)


 


 


 


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2010年11月22日 (月)

【アーカイブス】東臨港線のD51

 稲沢機関区のD51には思い入れがある方も多いようであるし、東臨港線を走るD51の写真が出てきたので、名古屋港のC50関連としてご覧に入れたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、多分、東邦ガスの工場のあたりであると思われる。多分、というのは、Google Erathで見ても、このあたりがまったくの空き地となってしまっていて、今では検証できないからだ。

 なぜ、この工場の場所で撮ったか、よくわからない。おそらく、東臨港線で最も特徴的な場所で撮りたかったのだろう。それなら、ここよりも新幹線と併走しているところや白鳥信号所で撮ればよさそうなものだが、なぜかここで撮影している。


 この場所は気に入っていたようで、2度も撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ところでこの列車、どこ行きなのか?てっきり名古屋港行かと思っていたが、先日来の写真で見ていると、名古屋港行は逆向き牽引であることがわかった。となると、名古屋港を発車して、稲沢に向かう列車を撮影しているのだろうか。確かに、稲沢行きでなければこれだけ力行しないだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さて、このD51849であるが、戦時型テンダで異彩を放っていた。毎度お馴染みの名古屋駅通過の写真でお見せしたい。現在は、豊田の交通公園に保存されているが、拡張工事が計画されているので、今後、どうなるのだろう。同時に展示されている名古屋市電の1814は解体との話があるだけに、気になる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 長野から稲沢に転属した集煙装置付きD51 3両の内、192の写真が出てきたのでご覧に入れる。これも重連の写真なので、意外に稲沢線では重連が多かったのか、あるいは狙って撮っていたのか。

 ちなみに、これら写真の撮影は1970年7月で東臨港線の写真の1枚は7月15日である。となると、この後ろに写っているコマは・・・・。(駅長)

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2010年11月21日 (日)

紅葉狩り、のつもり

夏ごろから悩まされた両肘周辺の腱鞘炎もかなり解消し、カメラを構えても痛みを気にせず撮影に専念できるほど回復してきました。一年を振り返るのはまだ早いですが、なんだか今年は鉄活動で運悪く「ハマる」確率が多かったり、体調もこのサマだし、あまりツキのないことが多く感じられました。仕事の面までも個人的には対前年比大幅減の失態続き。まあこの点は若いメンバーの胸を借りて、部署単位での成績を見ればどうにか昨年並みの成績を得られる見通しがついてやれやれですが、とにかくロクなことがなかった2010年もあと1ヶ月(早!)。


腱鞘炎も治まってきたことだし、電車運転士様も無事ブログ復活?されたことだし、そこで来年に向けての厄払いと称して、カメラはリバーサル/デジタルの2台体制で気合を入れ、天気予報を頼りに、久しぶりに夜明け前に家を出る撮影行程を企てました。目的は紅葉の中央線(2010/11/20)。


土曜日ということで、まず6883レを定番の武並で狙います。通過1時間前に現地入りしたら、すでに置きゲバ数本!有名撮影地とはいえ、ここで同業者と一緒になることは今までなかったので、たまにはあることか、と思っていたら結局見る見るうちに数十人もの人だかりに。なんじゃ、こりゃ?と周辺の会話に聞き耳をたててみたら、原色カマが充当されるとのこと。いや、しかしそれだけのことでこんなに人が集まるものか、と当該列車を待ち構えたらその理由がわかりました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


朝日のエロエロ光線を浴びながら現れたのは原色重連!なるほど、どうりで(うーむ、苦笑)。実は中央西線でロクヨン1000の原色重連を見たのはこれが初めて。おそらく妙高高原で過去に撮影した「シュプール」以来ではないでしょうか(懐し!)。


追いかけ開始。6883レの撮影は、武並→大桑の鉄橋→さらに奥へ、というのが定番の追っかけパターンですが、今回は坂下~落合川の有名なカーブをサイドから俯瞰するポイントに向かいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


本来の目的であるバックの紅葉を期待したのですが思いのほか緑が多く、それほど映えていないので少し残念。でも原色重連は描写できたので、よしとせねば。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

さらにこの場所は「朝日ギラリ」を狙うことができます。おあつらえ向きに「しなの」が車体を傾けて輝きながら通過していきました。普段は映えない「銀電」も、こんなときは効果てきめんですね。


本格的な紅葉を狙うにはもっと奥まで行かねばならないのですが、今回は中津川周辺で紅葉がかった風景を撮りたかったので、ここで折り返します(→また、あまのじゃくな)。落合川周辺を見渡せる場所へ移動して、こまめに撮影ポイントを変えながら3084レまで粘ります。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


3084レは、またもや原色が先頭で登場。ただし“うわさ”では0番台、しかも原色34号が先頭に立つ予定だったそうで、なぜか差し替えられてしまったようですが、ぜいたく言うのは禁句。原色先頭に変わりはないです。


午前中は目立っていた雲も午後はすっかり取れてまさに快晴。もしや御岳山の姿が見えないかと、以前見つけた恵那~美乃坂本の撮影ポイントへ移動します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

画面左奥に御岳山が見えますが、やや霞んでいるうえに冠雪が少ないのであまり目立ちません。雪に覆われた美しい姿が現れ、はっきり見えてくれれば望遠で引き寄せても面白いのですが、もう少し先の時期ですね。でも線路の背景にある紅葉は見事でした。


少し美乃坂本寄りに戻り、81レを待ちます。線路の両脇に見事なススキが連なっています。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


どこで撮っても81レは逆光になるし、疲れてきたのでこの場所で妥協して撮影しました。今度は0番台更新色の重連。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


移動中に見つけたこ線橋からの印象。題して「光る鉄路」(なんちゃって)。露出に悩むときは何度でも試し撮りできるのがデジの利点(後で好きなように加工できるのもデジの利点)。


日も傾きかけてきたので夕日と絡めた写真を撮りたかったのですが、諸事情により今回はここで撤収し、家路につきました。秋の撮影はいろいろなシチュエーションで楽しめます。(出札掛)


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検査入院直前の明治村蒸機と京都市電

 明治村の名物、蒸気機関車と京都市電が12月20日からしばらくの間、運転を取りやめるという。期間が明示されていないことから、かなり大規模な修繕をすることが想像される。人間でいうなら、検査入院である。しかし、検査入院で、そのままあぼーんとなってしまうことがないわけではない。


 明治村には、かなりの回数行っているかと思うが、蒸機にしろ、京都市電にしろ、まともに撮ったことがない。これは運転休止になる前にしっかり撮っておかないと、と思って、天候に恵まれた休日、明治村に行くことにした。


 久しぶりに行く明治村へのルートは随分変わっていた。まず、駅が明治村口ではなく、犬山からバスに乗ること(^^;)、というのは冗談であるが、かつては犬山からのバスは駐車場側のバス乗り場に着いていたと思うが、今は正門前の発着である。また、路線バスも名鉄バスではなく、岐阜バスコミュニティの運行である。


 さて、肝心の蒸機であるが、撮影ポジションがないことは承知していた。ただ、菊の世酒蔵前に撮影場所が設けられていて、そこから線路沿いに撮影できると聞いていた。そこでまっさきに菊の世酒蔵前の撮影場所に行くも、「枯れ木があるので立ち入りはご遠慮ください」の表示。うーむ。

 表示を無視して撮りたい気持ちを抑えて、帝国ホテル前に。ここは定番の場所だけに押さえておきたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは帝国ホテルを入れて撮るが、肝心の蒸機が点景となってしまって全く目立たない。そこで次は蒸機をアップで狙うことにする。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 手前の赤い柵が目障りだが、やむをえないでしょう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて菊の世酒蔵前の梅林の中に入って1枚。

 結局、見た感じで撮れそうなのは、この2箇所だけである。東京や名古屋は駅の進入が撮れそうであるが、残念ながら、列車到着までは改札して貰えないので、ホームにはいることができない。


 続いて京都市電である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは京都七条。不覚にも、広角を使えば、京都市電を真横から撮影できることを今日、初めて知った。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 紅葉のこの時期、期待していたのが市電名古屋駅から到着を望遠で狙う構図である。樹木の間を走る京都市電は、ほとんどと言って良いほど、光線があたって撮影できる場所がない。そこでそれを逆手にとって、木立の間を抜ける光線を活かして逆光で狙ってみたら、雰囲気が出て良い感じとなった。米国・サウスケネバンクポートにあるシーショア博物館でこんな場所があったことを思い出した


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もう一箇所、狙いとしていたのが、日本庭園からの展望である。ここからは入鹿池をバックに木立の間を抜けてくる京都市電を撮ることができる。ちょうど、タイミング良く木々も色づき、シャッターを押す・・・が何かおかしい。

 電車のベスチビュールのあたりに何と枯れ木が・・・・。前に来たときには無かったはずだが、木が伸びたのだろうか。うーん、残念だ。


 ということで、休日の1日をつぶして撮影に行った割には、たいした写真が撮れなかった。12月上旬には12号が動くはずだし、撮影ポジションも入れるようになっていることを期待して、もう一度、行かねばならないか、と思っている。


 なお、蒸機の写真を見てわかるように、帝国ホテル前以外の場所は、すべて陽があたらない。よって、撮影には明るい曇りの天気の方が良さそうだ。(駅長)





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2010年11月19日 (金)

49.近鉄伊賀線の旧型電車1976/12/29

 セノハチのEF59詣での翌日、年末年始の帰省で姫路から多治見へ帰省することになっていましたが、親は車で帰省させ、、自分は単独で列車での帰省を計画しました。順当なら山陽・東海道本線経由となりますが、たまにはマイナーなルートをということで、関西本線経由を選択しました。その時にそのまま素通りするのはもったいないと思い、伊賀上野で下車、近鉄伊賀線を訪問しました。この時は初代伊賀鉄道の生え抜き車両や近鉄の狭軌線から集められた古豪が元気に活躍していました。時間があまりなくて伊賀上野近辺での撮影になってしまいましたが、翌年の1977年にはこれらの車両は元名古屋線のモ6331型に置き換えられてしまい、タイミング的には運がよかったといえる結果となりました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 乗り換えのために下車した奈良ではホームから奈良機関区の扇形庫を見ることができました。小雪がちらつく中、扇形庫の中に前年(1975年)の8月にさよなら運転を終えたEF52が眠りについていました。

【奈良機関区】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 伊賀上野に降り立つと伊賀鉄道生え抜きのモニ5181型(1926年製)がのんびりと発車時間を待っていました。写真ではわかりずらいですが、トラス棒にお椀型ベンチレータ装備の典型的な中小私鉄向けタイプの車両です。

【伊賀上野】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 どこか適当なところで走りを撮ろうということで、伊賀上野から歩いて撮影場所を探しました。次の新居付近は田んぼが広がり、それなりに撮れそうだったので、ここで列車を待ちました。モニ5158型のペアが冬の日差しを受けてのんびりとやって来ました。

【新居~西大手】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 先程のモニ5181型のペアが伊賀上野から戻って来ました。何とも長閑な風景ですが、ステンレスの200型(元東急1000系)が導入された今はこの風景はどうなっているのでしょうか?

【新居】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もう少し上野市寄りに歩くと撮影におあつらえ向きの鉄橋がありました。後で知ったことですが、ここは伊賀上野城をバックに撮影できる伊賀線の定番ポイントだったようです。鉄橋を渡っているのは元伊勢電鉄のモニ5201型(1928年製)とクニ5361型(1930年製)のコンビです。写真に写る白い点々はゴミではなくたまたまちらついていた小雪です。本命はニコニコ窓で有名な元信貴山電鉄のモニ5251(1930年製)でしたが、残念ながらこの日は会うことができませんでした。

【新居~西大手】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 伊賀線を後にし、乗り換えのために下車した亀山でのスナップです。紀勢本線の客車列車はまだ当たり前のようにDF50の牽引でした。当然、電化前なので、架線のない広々とした構内が健在でした。

【亀山】(電車運転士)

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2010年11月18日 (木)

【アーカイブス】名古屋駅のD51

 ようやくスキャナが修理から直ってきた。モノクロのスキャンができるようになったので、アーカイブスの発掘を続けたい。

 

 とりあえず、手元にあったネガをスキャンしてみた。名古屋駅で撮影したD51である。今もそうであるが、笹島への貨物は新幹線のすぐ横を走るので、関西線の12、13番線から手軽に撮れる。さらにこの頃は、新幹線と在来線の境に広告板がなく、新幹線のホームからも通過するD51が撮影できた。今から見れば夢のような話である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、最もよく撮った構図で、ここのメンバーにもお馴染みの角度だろう。今なら新幹線と頭をならべた写真を狙って撮るだろうが、当時はさすがにそこまでのこだわりは無かったし、新幹線の本数も今から見れば少なかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 笹島へ行く列車は、時には重連もあったようだ。ただ、あまり記憶はないので、重連の列車は、ごく少なかったのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 名鉄百貨店とメルサを望む。この頃には、駅前の高い建物と言えば、メルサのビルであった。今は、すっかり周囲に埋没してしまっているが・・・(^^;)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 9番線を走る逆向き牽引の貨物。名古屋港行きだろうか?

 今にしてみれば、D51よりも、両側のホームに停まっている列車の方が面白そうだ。しかし、残念ながら、いずれも撮影していない。(駅長)

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48.復活 中央西線6883列車 2010/11/13

 メンバーの皆様、ごぶさたしております。実は、11月上旬に引っ越しをしました。引っ越し先への電話移設工事が完了するまでの間、インターネットが使えなかった関係で、しばらくブログへのアップができませんでした。引っ越してからも荷物の後片付けなどに追われ、しばらく鉄活動が運休状態となっておりました。そんな状況の中、11月から中央西線の6883列車の復活運転が始まりました。現在のところ、毎週、水・土曜日運転となっているようです。例年どおりなら3月中旬まで運転されます。木曽路方面は紅葉も見頃のようで、天気次第のところもありますが、ロクヨン重連とのコラボが期待できそうです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 11月13日(土)の早朝、こっそりと家を抜け出して、定番の高蔵寺のカーブで6883列車を待ちました。天気予報に反して雲が広がり、条件は厳しかったのですが、とりあえずシャッターを押してきました。この後、車の追っかけが可能ですが、引っ越しの後片付けを放り出すわけにもいかず、撮影後、自宅へと戻りました。カマはとくに限定されていないようで、この日は更新色の1000番代でした。(電車運転士)

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2010年11月15日 (月)

地下鉄6050系の回送

 日本車輌から甲種(と言う言葉は死語でしたね(^^;))で大江まで回送された名古屋市交通局6050系が、名鉄のデキ600牽引で金山-知立-豊田市経由で赤池まで回送するというので、会社の帰りに大江駅でその様子を見てきた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 昼間だったら名古屋臨海鉄道のDLによる入れ替えやデキの連結など見られたであろうが、この時間なので停車中の姿を高感度にして撮影するだけである。構内は結構明るいと思っていたが、ISO3200に増感して1/25、f4.5なので結構暗い。ISO3200まで増感すると、APSサイズのCCDではノイズがでて、かなり苦しい。フルサイズを持っていこうかと考えていたが、荷物が大きくなるし、スナップ程度なのでAPSサイズのカメラで良いかと考えたが、ちょっと甘かったか。まあ、記録として撮っておくだけなので、良しとしよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは築港線のホームから。撮影しているときは暗くてわからなかったが、よく見ると後部の重連補機(実際には本務機)が電柱の陰に隠れてしまっている。こちらも1/30 f4.5でやはり暗い。望遠(150mmくらい)で止まっているか心配であったが、ほとんどの画像が拡大してもなんとか見ることができた。腕の良さと言うより、スタビライザーの効果抜群ということなのだろう。


 以前、このブログでも紹介したが、10数年前の6000系回送の時は、夏で走りがかろうじて撮れたこともあって、早朝に赤池まで繰り出した。しかし、今回は赤池到着時間がずっと早くなって撮れないし(デジで無理をすれば撮れるようであるが)、それ以前に寒いし眠いので、そこまでの元気はない。勿論、撮影に行かない原因は、それだけではないだろうが・・・。(駅長)


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イレギュラー

名鉄瀬戸線で某鉄道趣味団体臨時列車が運転される、との情報が入ってきました。鉄道趣味団体が列車を貸切り運転する時は、その車両が普段は入線しない線区を走行させたり、珍しい編成を組んだりするなど、たいていは営業運転では味わえないイレギュラーな企画をだそうと趣向を凝らすのが常ですが、名鉄瀬戸線の場合ではせいぜいつりかけ車を編成丸ごと貸し切る程度だろうと思っていたら、なるほど、そうきたか!というのが今回(2010/11/14)の団体です。


聞くところによると、今回使われる車両は6751Fの2両。あれ、通常の4両編成ではないの?ということは、営業運転では見ることのできない6750系の2両単独が走行する姿を確実にカメラに収める事が出来るわけです。確かにイレギュラーか・・・。

運転区間は喜多山以東の短い間で、撮影地も思い浮かばず足の向くままに、まず尾張旭からの団体お迎え回送を狙いました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


6751Fは栄町側・ク6651に幌が付いています。普段この車は6752Fと連結されて中間に入るため、めったに出さない顔を拝むことができました。ただし過去にHL車が走っていた頃は、幌付き顔の車は当たり前のように見かけたものです。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


印場~大森・金城学院前で団体乗車列車を狙いました。ここでは希少価値を優先して、あえて後追い側を載せます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


せっかく尾張旭の近くまできたので、城山公園内にそびえたつ「スカイワードあさひ」の展望台に登ってみました。うーん、編成が入りきれない。 ここからは南を向いて撮影するため、晴れたときの逆光を避けるには季節や時間帯を考慮するなど工夫が必要です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

城山公園の木々が色づいてきました。うーん、アングルに無理がある。


天気が良くないのか、情報が行き届いていないのか、注目度が低いのか、おかげでそれほど同業者の姿は多くないようでした。しかし瀬戸線から“赤電”の姿がやがて消えていくことを考えると、これも貴重な記録のひとつとして残しておきたく思います。(出札掛)


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2010年11月14日 (日)

花電車とおでん車を楽しむ


 久しぶりの記事である。また、海外逃亡かと思われる方もあるだろうが、そうそう海外に逃亡してはおられない。単に本業が忙しかったのと、スキャナの調子が悪くなり、点検に出したことでネタが無くなったのが理由である。しかし、撮影記録を調べてみると、国内では8月に大井川、10月に富山に行ったくらいしか本格的な撮影をしていない。まともな撮影していなければ、新作の記事が書けないのは当然といえる。


 と、いうことで、久々の総天然色写真による新作記事である。今回のネタは、豊橋市内線の花電車とおでん車である。豊橋を訪れた本来の目的は別であったが、まだ花電車を撮影していなかったし、タイミング良く運行を開始した直後のおでん車に一緒に乗らないかとの声がかかり、楽しんできた。


 まずは、花電車の撮影である。本来は豊橋まつりの花電車として運行していたものであるが、今年は「とよはし市電を愛する会」の20周年にあたることから、それを記念して今日14日まで運行していた。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 当初は、札木のあたりで形式を撮影するつもりであったが、乗った電車と駅前ですれ違ってしまったため、それならと競輪場前まで行って、単線区間で撮ることにした。これは井原と赤岩口の間で晴れたら逆光になる構図であるが、幸か不幸か曇り空である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日の目的地の前畑の坂を登ってくるところを狙う。晴れれば夕陽が綺麗な場所なのだが。この後は夕方まで、撮影できず。夜6時に駅まで戻り、おでん車に乗車である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは花電車の夜景。もう少し明るいところで撮れば花も浮き上がるのだろうが、残念ながら運動公園前は暗くてなんともならない。停車時間も短いので、せっかくのおでん車とのツーショットであるが、うまく撮れなかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはおでん車の夜景。おでん車はここで30分停車するので、ゆっくり撮影ができる。最近のデジは、手持ちで簡単に撮れるのがありがたい。この写真は、自動車のヘッドライトが車体前面にあたった時に撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはおでん車の料理。昨年と仕出し業者を変えたとかで、美味しくなっている。ビールは飲み放題で、日本酒と一合升には手を付ける前に料理が無くなってしまった。(^^;)

 このおでん車、大変な人気で、すでに今シーズンの予約はいっぱいとのこと。今シーズンにはもう一度乗る機会があるので、その時が楽しみである。(駅長)

 





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2010年11月 5日 (金)

日本シリーズ 2010

今年はドラゴンズ×ロッテ・・・。全国的に見れば、やや盛り上がりに欠けるかどうかはさておき、この記事を書いている平成22年11月5日(金)の時点では、ロッテが3勝して優勝に王手をかけました。わが愛知県民としては、どちらに勝ってほしいかは当然言うまでもないことです。優勝に向けての応援メッセージとして、この画像をささげます。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


でも28年前の写真では効力ないかもよ~。


この記事を皆さんが見ている頃には、さて、どのような結果となっているでしょうか。(ネタがないときの苦しまぎれ・・・出札掛)

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