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2010年10月

2010年10月31日 (日)

【アーカイブス】名古屋港のC50 補遺

 D51826氏から、名古屋港の本駅が写っていないかというリクエストがあったので、早速、お目にかけたい。こうした写真がすぐに選び出せるというのは、デジタルの最大の利点であろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは先日お見せした正月に撮影したC50の一連の写真の中にあるカットである。先回、掲載したかと思っていたら、載せ忘れていたらしい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 稲沢に向けて、単機で発車していくところも写している。一連の写真を見ると、名古屋港のC50が綺麗に写っているのは、珍しいと言うことがおわかりいただけるだろう


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 場所不明と記した写真の前後のカットは、こんなシーンである。かなり怪しげな雰囲気だ。

 別の写真で遠くに写るビルの名前を見ると、「名港プレイランド」とある。サイロの位置などから考えると、名古屋港のヤードの南側かもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 せっかくなので名古屋市電を1枚。これは中電の名古屋火力発電所である。その後、ゴルフの練習場となり、さらに現在はショッピングセンターとなっている。この近くを西臨港線、現在のあおなみ線が走っているが、市電との平面交差は撮影しているものの、貨物列車の写真はない。残念であるが、やむをえないか。(駅長)

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2010年10月30日 (土)

【アーカイブス】昭和46年の古渡

 ネガも数があると、さて、何の目的で撮影したのか、というカットがたまに出てくる。今回紹介するのは、中央線古渡あたりの写真である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ここには歩道橋があって(今もあるかも)、中央線の列車が撮りやすかった。神領に回送する485系のしらさぎが写っている。なぜか、文字がずれているのが不思議だ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これが主たる目的ではないだろうが、ここを通らないはずのキハ35も写っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 反対側の金山方面を見ると、こんな感じであった。これは中央線の普通で、名古屋まで直通する列車はEF64が牽いてきた。番号は、なんとトップナンバーである。

 しかし、この合間に70系の普通も走っているはずであるが、なぜかこれらは撮影していない。今になってみれば、勿体ない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この後は、東名古屋臨港線の古渡信号所までチャリンコを飛ばして撮影しにいっている。ただ、この写真では特徴がないので、どこか、もう一つ判然としないかもしれない。


 このような何時撮ったかわからない写真が出てくるのが、スキャンの楽しみである。さて、次は何が出てくるかな?(駅長)


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航空自衛隊岐阜基地航空祭2010

今年のブルーインパルスは新作を披露するらしい。そんな書きこみが某ブログに載っていました。青い空に白い線で描かれる美しいコントラストの芸術作品は、スケールの大きさと相まって写欲をそそられます。


今年は10月24日(日)に催されますが、週間天気予報を見ると当日はあまりかんばしくない模様で、これではアクロバット飛行を撮るにも、灰色の空に白いスモークではさっぱり映えません。

ところが岐阜基地のHPを見ると、本番直前日の23日(土)13:30~予行演習飛行が行われるらしく、さらにこの日は晴れ間の出る天気予報となっています。せっかく公式に載ったことだし、どうせ撮るなら少しでも条件のいい時に、しかもできるだけ順光で撮りたい、とついいつもの癖が出てしまいますが、こんな思考が自然と身に付いてしまったのは今日まで鉄をやってきたおかげである、と自負してしまう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(→“きっこのブログ”調)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


さて予行演習日の23日、カメラ片手に訪れたのは岐阜基地を北東の方向に見る木曽川堤防の某所。もう少し基地方向に近付けば迫力ある写真を撮れたのですが。


     「あれ、鉄ネタが出てこないじゃない?」

     いえいえ、そんなことありません。


翌24日、航空祭当日を向かえました。天気は予報どおり朝から曇り空。名鉄では、公式HPにも載っていたとおり航空祭臨時ダイヤが施行されます。各務原線で運転される臨時列車の本数は年に一度の大盤振る舞いで、これに伴う運用変更も広範囲にわたるため、かなり大規模な臨時ダイヤとなります。

しかし毎回似たようなダイヤ設定となるためか、加えていつも地元・犬山線内で撮影しているせいか、被写体はいつもイラスト表示付きの特急ネタばかりで、やや飽きてきた感があります。

そんなわけでアタシは(→“きっこのブログ”調)、新鵜沼以遠でしか表示されない「三柿野」行先幕にこだわり、同業者多数覚悟を決めてにんじんカーブへと出動しました。~わざわざ出向くほどのものでもないが。

それでも十数名は集まってきたのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

そういえば昔は、「三柿野」行きと言えば犬山線からの急行が30分毎に走っていたり、新岐阜ー三柿野ハタオリ準急などが思い出されますが、特に注目に値するほどでもなかったので、まともな写真はあまり撮っていません。~そりゃそうだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


年に一度の各務原線大増発&大増結ですが、特急の延長運転以外は大半が6Rか3R。昨年登場した5000系+1800系のような珍編成でも現れないかと少し粘ってみることに。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


・・・そんなわけで名鉄電車を待つ間、ふと見上げると“航空機版珍編成”??異機種大編隊飛行が現れました。ふむ、ここにいれば「鉄」と掛け持ちできるわけです。結局名鉄の珍編成は現れず。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

この日は13:10~ブルーインパルスの曲芸飛行が催されます。天気も思っていたほど悪くならないので、この際だから曇天承知で本番も見てみたくなりました。

そんなわけでアタシは(しつこい)、一旦帰宅後、ウインドウショッピングと理由を付けて家内を連れ出し、今度は某大型SCの屋上駐車場に陣取りました。空は相変わらずの灰色模様なので、あまり絵になるような写真もなく・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

↑この写真ですが、どこかの大カーブ築堤を登ってくる長編成の列車をアウトから望遠で引っ張ったときの画像を連想することはないでしょうか?(むりやり考えすぎ)


セントレア開業以来、旅客機の撮影もごぶさたです。空気がきれいになるこれからの季節、じっくり時間をかけて久々にトライしたくなってきました。(出札掛)

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2010年10月26日 (火)

47.セノハチのEF59 1976/12/28

 高校1年生の冬休み、暮れも押し迫った12月27日、広島・宮島ミニ周遊券を片手に姫路から急行「くにさき」の乗客となりました。目的地はセノハチのEF59、現役蒸気を知らない自分にとっては、とりあえず、旧型電機が追っかけの対象となっていました。これまで、首都圏は何度か撮影に出向いていましたが、今回は一気に西へ向かい、EF59との初対面に期待が膨らんでいました。未明の広島に到着後は始発電車まで時間があったので、ホームでEF65Pの九州ブルトレなどをバルブして時間を潰していました。24両のEF59には大きく分けて3タイプあり、1~19がEF53、20~23がEF56の初期タイプ(丸型ボディ)、24がEF56の後期タイプ(角型ボディ)でしたが、いずれも瀬野方のゼブラ塗装・八本松方の連結器改造・切り文字ナンバー以外は種車の面影がしっかり残っており、EF53・56を偲ぶには十分な外観でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 広島からの始発電車で到着した八本松から国道2号線を歩いてお立ち台へと向かいました。この日は冷え込みが厳しかったようで、この地区では珍しくうっすらと雪が積もっていました。そんな中に現れたのが20系の「あさかぜ」、雪の影響で遅れていたらしく運良く撮影することができました。

【八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 本命のEF59です。EF53からの改造機のペアです。冬の朝日をいっぱいに浴びて長編成の貨物列車を一生懸命押し上げてます。この頃は貨物列車の本数も多く、そのほとんどがEF59の後補機付きで、EF59が次から次へとやって来るといっても過言ではなく、まさにEF59三昧といった感じでした。

【八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 時折、EF58の荷物列車も姿を見せてくれます。気温が低いため、車体の下から漏れたSGの蒸気が白く写っています。所属機関区は忘れてしまいましたが、ヒサシ付きのようです。

【八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 新性能電機に混じってローカル貨物ではEF15も活躍していました。確か広島機関区の所属で岡山以西の運用だったような気がします。今になって気がついたことですが、頻繁に目の前を通り過ぎて行ったEF60・65・66や80・153系などの電車がネガにほとんど写っていません。おそらく、あまりに日常すぎてシャッターを押さなかったものと思われます。もったいないことをしてしまいました。

【八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 EF56からの改造機のペアが山を下りて来ました。八本松から瀬野に向かう場合は下りこう配のため、後押しの仕事を終えたEF59は単機回送で瀬野へと戻って行きます。運用の都合でペアが2組となった回送4重連がセノハチのもう一つの名物でしたが、この日は撮影ポイントを探しているうちに行ってしまった1本だけで、回送4重連のまともな写真は撮れませんでした。

【八本松~瀬野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 夕方近くになった頃に瀬野駅へ向かい、EF59型式写真を撮ることにしました。機関区は駅に隣接して設けられており、ホームから手軽に撮ることができましたが、この頃はホームからの撮影が禁止されており、駅員の目を盗んでこっそりと撮った覚えがあります。ちょうどいい位置にEF56からの改造機が停まっていました。丸っこい車体が特徴ですが、残念ながらパンタが上がっていません。

【瀬野機関区】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 瀬野機関区の構内にはいつも数両のEF59がたむろしており、活況を呈していました。茶色の電機がこれだけ並ぶのは壮観で、旧型電機パラダイスといった感じです。瀬野機関区は合理化により廃止されてしまい、現在、機関区跡は区画整理が終わり、スカイレール(山の上の住宅地への交通手段となっているゴンドラみたいな乗り物)の駅になって、当時の面影は跡かたもなく消え去ってしまいました。

【瀬野機関区】(電車運転士)


その後、結果的にセノハチには何回か訪れるチャンスがありました。その時の成果は別の機会に(いつになるかわからないかも…)ご紹介させていただきます。


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2010年10月25日 (月)

【アーカイブス】名古屋港のC50-その2

 過日、お正月に撮影した名古屋港のC50の写真をご紹介したが、C50の最後の頃に撮影した写真が出てきたので、ご紹介したい。


 前回、名古屋港のC50は緩急車が前後について撮りづらかった、と記したが、通常はこのような形で入換を行っていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 このような運転方法では写真が撮りづらいので、名古屋港の蒸機はあまり訪れる機会が無かった。先回、ご紹介した緩急車のない写真がいかに珍しいものか、おわかりいただけるだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


  これは現在、水族館となっているあたりであろうか。もう少し東にガーデン埠頭(当時、そう呼んでいたかわからないが)に向かう歩道橋が見えるが、この上から撮ればもう少し周囲の雰囲気が入って良かったかもしれない。しかし、撮影した写真を見る限り、なかなかそのあたりまでは行っていないようだ。路線も単線になっている。このアングルで撮ったのは、残念ながら1枚しかない。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


  これはどのあたりか、見当も付かない。名古屋港の駅あたりではなく、どこか側線に入っているようにも見えるが・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 これが跨線橋の上から撮影した名古屋港の駅である。現在は、シートレインランドとなっているあたりだろう。

 C50だけでなく、DD13も写っているが、残念ながら、DD13は撮影していない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 この名古屋港の駅の上には、名古屋市電が専用軌道で走っていた。この右手が、現在は地下鉄の名港車庫になっている。


 ところで、これら撮影は、昭和46年7月である。おそらく、その頃がC50の最後と思われるが、いつ頃、DLに変わったのであろうか。このC50が稲沢の蒸機の(もっといえば名古屋の蒸機の)最後の筈だが、お別れ運転のようなものが行われたのかどうか、記憶がない。(駅長)



 

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2010年10月24日 (日)

富山でスカートのぞき

 ちょっとびっくりするようなタイトルであるが、もちろん刑法に触れることをしたわけではないので、念のため。

 

 欧州から帰った翌週には、仲間の集まりで幹事をしていたことから、富山まで出向くことになった。JRと高速バスを比較したが、どうせ帰りは酔っぱらって寝てしまうだけ、ということで運賃の安いバスを選択。行く直前に、富山地方鉄道の鉄道の日イベントで元西武のレッドアローの中間車を入れて3連で復活運行をすることがわかり、バスを始発に変更。それでも電鉄富山駅発車11:00、高速バスの富山駅到着が10時53分で若干不安であったが、バスが早着することに賭けた。

 幸いにも、高速道路の渋滞がなく、富山には10時45分頃に早着。余裕を持って、電鉄富山駅に向かった。

 今回は、乗車するのではなく、撮影が目的なので、10時56分発の普通に乗って隣の稲荷町へ。ここの北側は開けていて、しかもこの時間は順光の筈なので、編成を撮るにはもってこいである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 通過時に、気持ち曇って露出が落ちたような気がしたが、なんとか撮影できて一安心。その後は、人と会う約束があったので、一旦、市内へ戻った。


 所用をすませて、今度は城川原に。富山ライトレールの車庫を見学させて貰えることになっているからだ。今回は特別に屋根上や、ピットに潜って特殊な駆動装置を見せて貰えることになった。普段は見られないスカートの中は、こんな感じ。車軸のない車輪と、その前の駆動軸の配置が一目でわかる。

 


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 翌朝は富山ライトレールの撮影とあわせて、高架化工事中の富山駅の様子を見に行く。かつての北陸本線のホームのあたりは、すでに更地となっている。もう少しすると高架橋が立ち上がって、このあたりの風景も一変するのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今回の富山訪問は天気に恵まれそうだったので、立山も見られるのではないかと期待していた。しかし、頭上は雲ひとつ無い晴天でも、立山連峰にはうっすらと雲がかかり、すっきりと見えなかった。さらに午後からは雲がわいて、すっかり見えなくなってしまった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 富山の写真は立山と一緒に撮ってこそ、素晴らしさが際だつのであり、山が見えなければ魅力は半減する。

 そこで、天気はよいものの、ついつい昼からアルコールに手を出して、結局、撮影のやる気も半減してしまった。結果として、帰りのバスではゆっくりと休めたのであるが・・・・(駅長)

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2010年10月23日 (土)

自由行動ー後編ー

昨年の10月三連休は、「佐久間レールパーク号」を撮影しがてら、何年ぶりかの飯田線東上~野田城に一日だけ撮影に訪れました。さすが昔からの名撮影地は代わり映えもなく、またちょうど稲刈りの時期を迎えていたこともあり、あたり一面黄金色に輝く稲穂が印象的でした。

さて今年も飯田線には「そよ風トレイン」だの「秘境駅号」だの、と二つの臨時列車がこの三連休に走ります。撮影チャンスも増えることだし、再び黄金色の風景を撮影するべく東上周辺へ向け、ピーカン予報の三連休最終日に半日間だけ出かけることにしました。


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ところで・・・、笠寺では毎日(平、休日とも)6:40頃に117系の区間快速が117系普通列車を追い抜くシーンが見られます。わざわざ見るほど価値のあるものか、と思われるかもしれませんが、117系同士が本線上で出会うのはそう珍しいことではなくとも、緩急の追い抜きシーンが見られるのは117系全行程のうちでもこの瞬間だけ。線路も隣同士の配線なので「さあ、並びを撮ってください」と言わんばかりのシチュエーション。さらに10月中旬から117系の運用変更があるかも、との噂を聞いていたので、せっかく飯田線まで行くのならその途中に撮影してみようと、最初で最後となるであろうチャンスを狙いました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

確率はかなり低いが、どちらかに国鉄色S11編成が充当されて2色並びでも撮れればいいな、と夢物語を描いていたら、いきなり正夢になってしまいました。これで少しは価値のあるカットとなったでしょうか~。初めから狙ったわけではなく偶然です、ホント。因みに区間快速の運用は10月17日から311系に変更され、この並びはすでに過去のものとなりました。


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以前、このブログで駅長様が東上~野田城で撮影された「そよ風トレイン」を載せられましたので、自分はあえて別の角度から、と久々に訪れた江島~東上のインカーブで迎え撃つことにしました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

しかし同業者は誰一人おらず、しめしめ、独占気分で当該列車撮影後モニターを見てみたら、なるほど、誰もいない理由がわかった気がします。やはり東上~野田城のほうがまとまって良い結果が得られた・・・反省。


ここは早々に撤収し、有名撮影地までウォーキングをかねて移動します。現地に着いたらまさに稲刈り作業の真っ最中。すでに稲刈りの終わった区画もあり、昨年ほどではないですが一面に黄金色が輝いています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

よく見ると、黄金の稲穂に混じってポツポツと赤いものが・・・色あせた彼岸花でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

一週間ほど遅かったか、撮影してもほとんど映えないものばかりだな、と歩いているうちに一箇所だけまだまだ元気な花の列を見つけました。バックの道路などが目障りですが、ご勘弁ください。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

一区画だけ、ちょうど“はさかけ”の作業を始めたところがありました。もっと近づいて撮影したかったのですが、この撮影地は以前問題が起きたところ。加えて、むやみにカメラを向けようものなら、農家の方々に難癖付けられて心象を悪くされてもいけないので、あえて少し離れた位置でカメラを構えました。・・・相変わらず、なかなか図々しく行動できない小心者です(いや、むしろ『紳士的』と呼んで)。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

帰り道、豊橋駅前に立ち寄り市内線の豊橋祭り花電車を待ちましたが、1時間以上粘れど姿を見せません。やはり花電車目的で訪れていた同輩から後で聞いた話によると、この頃は赤岩口車庫で留置中だったとか、残念。実は昨年もスカを食らっており、2年連続で撮れずじまい。車庫まで行けば撮影できるものの、やはり走行写真が撮りたいのでやむなくあきらめましたが、確実に撮りたければ豊橋祭り当日に来なさい、ということか・・・。


あまり時間もないので、後ろ髪をひかれる思いで豊橋を後にしました。(出札掛)

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2010年10月22日 (金)

近鉄の期間限定撮影地

 今日は、仕事で奈良まで出張である。今の奈良といえば、平城遷都1300年祭が開催されているので、これを見ない手はない。もっといえば、平城宮の跡は近鉄の奈良線が貫いているので、近鉄の写真も撮れそうだ。と、いうことでカメラを持って、平城遷都1300年祭の会場に行くことにした。

 

 すでに行かれた方も多いと思うが、平城遷都1300年祭の目玉は最近復元がなった大極殿である。しかし、場所が線路から離れるので、撮影には線路のすぐ南にある朱雀門と一緒に狙うことになる。会場には、1300年祭ということで、普段にはない歩道が設けられていて、いろいろな方向から朱雀門と近鉄を狙うことができる。いわば、イベント開催期間中だけの期間限定撮影地である。


 朱雀門は入らないが、撮りやすいのはシャトルバスの乗り場から大極殿に行く途中にある踏切で、イン、アウト側ともバックに家が入らず、すっきりした構図で狙うことができる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは南側から。ちょうど阪神の車両がやってきた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 こちらは踏切を渡った北側から。こちらは薄曇りでないと、車体側面がかげるのが難点だ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 朱雀門とのアングルは、いろいろ歩き回ったが、先ほどの踏切のちょっと北側からがいちばん、纏まりが良かった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さらに大極殿の手前から望遠で狙うと、こうしたアングルで狙える。横位置では、ここが一番纏まりが良かった。


 幸いだったのは、撮影日が薄曇りだったことで、北側から光線を考えずに狙えたことである。晴れた日なら、午後遅くの方が撮りやすそうだ。


 今、話題のイベントだけに、ここは家族サービスを兼ねての鉄にもピッタリである。なんせ本数が多いので、待たなくてすむ。車両も、近鉄だけでなく、阪神車、京都市の車両までやってくる。

 いざとなれば、整理券が要るが、遣唐使館の見学に追いやれば(^^;)、1時間ほど時間がとれる。1時間もあれば、撮影には十分だ。


 秋の一日、近鉄の撮影は如何でしょうか?(駅長)

 

 


 


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2010年10月18日 (月)

46.鉄分補給(秋桜朝連) 2010/10/18

 10月も中旬となり、やっと秋らしくなってきました。今年は夏の酷暑の影響で秋の花(彼岸花・秋桜など)の開花が遅れたようですが、やっと秋桜が見頃を迎えています。三河線の竹村から土橋寄りに広がる田んぼには秋桜が植えられ、毎年見事な花を咲かせています。秋桜の畑は毎年位置が変わり、去年は撮影に適した場所には畑がありませんでしたが、今年はいい位置に咲いています。ご紹介の場所は車体にケーブルの影が落ちる9:00までが勝負なので、久しぶりに朝連に挑戦してみました。7700系引退後は6000系オンリーとなり、車両のバリエーションは寂しくなりましたが、満開の秋桜が十分に補ってくれます。なお、今年は竹村の若林寄りにも秋桜畑があり、バックは民家でうるさいですが、午後からはこちらの光線状態がよくなります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

線路から少し離れた高台にも秋桜畑がありました。これまで気がつかなかった場所で、このポジションは初めて撮影しました。

【竹村~土橋】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

とりあえず、線路端の秋桜畑から、オーソドックスな構図も押さえておきました。

【竹村~土橋】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

縦位置で望遠気味に秋桜を強調してみました。花の密度が濃いので、思ったよりいい感じになりました。

【竹村~土橋】(電車運転士)

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2010年10月15日 (金)

アントワープの7001

 では、アントワープの自由時間に無理矢理撮った路面電車の写真をお目にかけよう。アントワープ、というかベルギーには、アメリカのPCCの技術を移転した車両がつい最近まで数多く走っていた。ブリュッセルやゲントでは無くなったようであるが、アントワープではまだまだ現役で、中でも7001はオリジナルの塗装に戻されて活躍していた。たまたま、この車両を見かけたことから、追っかけてしまった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


  これは、この前お見せしたアントワープ中央駅の駅前である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中央駅の反対側の路地は中華街になっていて、中華風の装飾が見られる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 アントワープの町中には狭い街路が残り、単線運転となっているところもある。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中でも、フランダースの犬の最後の場面で出てくる大聖堂のまわりは古い街並みが残り、驚くほど狭い街路にも路面電車が運行されている。

 この写真を撮影したときは、かなり暗くなっているが、ISO1600まで増感すれば、なんとか撮れる。まさにデジカメ様々である。(駅長)

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自由行動ー前編ー

以前、このブログに「家内が手術入院をする」と、皆さんには耳障りなことを書いてしまいました。その後10月初旬に手術を行いましたが、おかげ様で術後は「入院患者の模範生」と言いたくなるくらい、いたって良好。外傷でも内臓、心臓系の病でもないので元気であっても不思議ではないのですが、ともあれ、まずは一安心。このまま順調に経過すれば10日後には無事退院できるらしく、「ほっ」としたところで10月の三連休に突入しました。さて、もうお察しですね~。

家内の心配もなくなり、さー自由だ!どこに行こうか、と。しかし入院患者ほったらかしで遠征しては大ひんしゅくを買いそうなので、天気予報をにらみながら家内の小間使い看病の合間に鉄活動を(→え、その逆でしょ?)企てたのであります。



東京方に“JR貨物広島公開PR”のHMを付けた岡山区のEF65-115が、三連休の週末に名古屋周辺での運用に就きました。HM掲出期間限定なので、これを逃すと二度と撮れない、と気合を入れて撮影に挑みます。HM側のカマを狙うとなると、当然上り列車であることが必須条件となるのですが、これが曲者。まともな時間帯に撮れるのは稲沢15:30頃発の名古屋貨物(タ)行き単機8574レのみ。貨車を引く運用は米原→稲沢AM6時着の6090レですが、この時期は稲沢周辺ならISO上げて辛うじて撮影可能?しかし天気予報は雨で、どうせ暗いだろうからパス、しぶしぶ単機にターゲットを絞り午後から外出。

ところが時間が経つにつれ、各地で大雨洪水警報が発令されるほどの最悪な天気となり、さらに露出も危ういため、できるだけ速度の遅い区間で、しかもどうせ貨車が付かないのなら正面がちでもいいか、と思いついた撮影地が稲沢(貨)出発後の本線合流付近。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


《ISO1250 1/180 F6.7》 こうなると、ほとんど意地ですね。背後遠くに同業者がもう一人いました。好きですねー、お互い。


翌日の朝は天気予報に反して徐々に青空が広がりはじめ、せっかく晴れるのなら、と日曜朝のお楽しみ・8865レの撮影に出かけました。充当カマは昨日のEF65-115。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


恒例の撮影地、木曽川は稲穂がまずまずの“やや”黄金色。やって来た当該列車は機次位に「ヨ」をしたがえた、どことなくかわいらしい編成。HMは当然反対側。


家内の接待看病後、木曽川でのように黄金色の稲穂を求めて名鉄広見線善師野付近まで車を走らせました。逆光で見た田園には稲穂がきれいに光っています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


足回りが見える位置でシャッターを切ると、ちょうど夕日ギラリを撮れそうな感じだったので、今回はここで数本の列車を撮影することにしました。もう一歩かな・・・。夕日ギラリの撮影地を知りたい方は、百戦錬磨の電車運転士様に委ねましょう。


帰り道、太陽の沈む方向から推測して、もしや犬山線の犬山口駅に行けば夕日の撮影ができないか、と足を運んでみました。肝心なところに雲がわいているのでしばらく粘り、山に沈む直前の17:20、ようやく太陽が少しだけ顔を出したところに列車接近。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


ご存知のように、この場所は線路が勾配を上りきった高台です。夕日を見るには障害物が少ないおかげで、山の稜線に隠れるぎりぎりまで眺められるため、うまくいけば面白い写真が撮れそうです。もちろん期間限定ですが・・・。


さて、次の日は三連休最終日。天気予報も朝から快晴。家内には「夕方まで戻る」と言い残して、早朝から豊橋に向けてJRの人となりました。

ーー以下後編ーー(出札掛)

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2010年10月14日 (木)

【アーカイブス】私の撮ったキハ90系

 電車運転士氏がキハ90系とキハ8000系の写真を載せておられるので、それに乗じて小生の写真をお見せするとしよう。


 キハ90系は中央線と高山線で運転していたが、中央線は蒸機の撮影にあわせて、高山線は当時、国道41号をよく走る機会があったことから、結構、撮影している。当然、当時から珍しい異端車であることは知っていたので、極力狙ったことは間違いないが、とはいえ、DCなのでこのために歩いて撮りに行ったり、待って撮ったりしたことはない、と記憶する。中央線では、たまたま狙っていた時に来たから撮った、というのが正解だろう。これに対して、高山線ではすでに蒸機が走っていないので、狙って撮っているのは間違いないが、これもちょうど列車が来るから、ということで撮影していて、計画的に撮影しているわけではなさそうだ。いまとなっては、ちょっと残念だが、いくらでも撮る対象があった当時としては、やむをえないだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、総天然色のキハ90系。これは落合川の中津川寄りである。1971年4月の撮影であるが、当時はすでにブローニーのカラーを使っていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、もうひとつの総天然色。これはネガカラーである。ちょっと色が黄色いが、丁寧に調整すれば、もう少し自然になるかもしれない。1970年の撮影であるが、この頃のネガカラーは意外に発色がよい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 このような良い場所で撮影しているのは、落合川で蒸機列車と交換してたからだったようだ。左は多分826レ。時折、D51重連になった列車である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは落合ダムにかかる吊り橋の上からか。左に826レの機関車の煙が上がっている。天気が悪いが、この頃にはあまり天気には執着していなかったようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 桜の良い時期に旧線のトンネルの上にも登っているが、これも天気が悪い。土曜日は学校があるので、やむをえないのだろう。


 さて、高山線でもキハ90系をそれなりの数を撮影しているはずだが、まだ、スキャンしているものがない。

 そこで、最後にキハ919が先頭にでた写真をお目にかける。


 これら撮影は76年5月で、当時、一宮まで仕事に行っていた。ちょうど帰りの時刻がキハ90系ののりくらの時間で、ある時、キハ919が岐阜方の先頭にでているのを発見した。早速、カメラを持って出社し、帰りに撮影した。キハ919が先頭にでていたのは、一週間くらいであろうか。多分、この走行写真は極めて珍しいはずである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは一宮に到着する標準形の先頭車。今となっては、地平時代の駅自体が珍しくなってしまった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて停車中である。



「はなぶさ」に集まる仲間たち



 最後に一宮の出発シーン。撮影は2日にわけて行っている。


 試作車として短命のキハ90であるが、屋根上にラジエーターを設けた姿はなかなか決まっていて、好きな車両であった。

 キハ90の最後は、確か76年9月である。栄生駅のホームから写した最終列車の写真が当時の鉄道ファン誌に載っている。(駅長)

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2010年10月13日 (水)

駅照明の工夫

 アントワープ中央駅の評判が良いので、調子に乗って次は地下鉄(LRT)の地下駅を。

 まずは、BOCHUMのRATHAUS南駅である。BOCHUMって、デュッセルドルフのどこにあるの、などという突っ込みは入れないこと。(^^;)


 これは見ていただけばわかる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 

「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ご覧のように駅の壁面がLEDで装飾され、時々刻々色が変わるのである。なかなか変化があって、見飽きない。


 近年、欧州の鉄道駅はかなりカラフルになってきており、また、照明も工夫して駅に特徴を持たせている。最近、送ってきた、SM趣味者のための本にもかなりのページを割いて紹介していた。ドイツには、こうした駅の装飾を集めた本も出版されている。


  もうひとつは、ESSENの中央駅。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 10年ほど前に訪れたときにも青い照明が印象的だったが、今回、デジカメで撮影してやろうと、再度訪れた。

 ブルーの照明に照らされたホームは、好き嫌いはあるだろうが、なかなか考えていると思った。某市の交通局の関係者にもぜひ見てもらいたいものである。(駅長)

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45.“急行”「北アルプス」とキハ91系「のりくら」 1976/08

  「北アルプス」が特急格上げのため、キハ8000・8200系の塗色が変更になるのと試作的要素が強くキハ181系の母体となったキハ91系の引退が近いという噂が耳に入り、お盆前後に関東方面に遠征したのに飽き足らず、両方を一度にゲットしようと残暑厳しい高山本線を訪れました。日帰りでのスケジュールだったのと駅間が遠いため徒歩鉄は苦しいということで、有名撮影地が点在する飛騨金山・焼石・下呂方面はあきらめ、白川口付近でお茶を濁してしまいました。今から思えば多少無理をしてでもそちらに足を向けておくべきだったと後悔しています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち
 手始めは本命列車の前にやって来たローカル列車。今は2両の短い編成が基本ですが、ローカルといえどもキユニを含む7両の長大編成は見応えがあります。編成の中身も5両がキハ10系、残り2両がキハ26系と時代を感じさせます。

【上麻生~白川口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いてキハ80系の「ひだ」。急行「のりくら」が主体だったこの頃は高山本線のクィーン的存在でした。

【上麻生~白川口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 1発目の本命、急行「北アルプス」です。晩年は3両の寂しい編成でしたが、この頃は8両の長大編成で貫録十分でした。このポジションは41号線沿いにある白川ダムの上からの撮影ですが、今は入口がしっかりと鎖錠され、手軽に撮ることはできなくなっています。

【上麻生~白川口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 同じポジションからアングルを変えて連写です。キハ58系と同様の急行パターンの塗り分けが格好よく決まっています。

【上麻生~白川口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この日2発目の本命列車、キハ91系の「のりくら」です。写真ではわかりにくいかもしれませんが、屋根上の放熱器と電車的な2段ユニット窓が特徴です。車両のトラブルが多かったため、トラブル発生時に故障車両を編成から外して短時間で運転再開ができるよう、編成の真ん中から運転台がすべて外側を向くように組成されています。

【上麻生~白川口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後に急行「北アルプス」のアップを。結局、急行塗り分けのキハ8000・8200系を撮影できたのはこの日が最初で最後でした。塗り分けは変わるものの車両自体はそのまま残るということで、あまり気合が入らなかったということだったかもしれません。もう少し真面目に撮っておくべきでした。

【美濃太田】(電車運転士)





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2010年10月12日 (火)

驚嘆のアントワープ駅

 さて、今回の出張鉄で一番美味しかったネタを先出ししてしまったので、ちょっとマイナーなネタに戻る。今日は車両は登場しない。駅の紹介である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 さて、この写真を見て、どのように思われるだろうか。

 昔の駅を改良したようだけれど、随分下の方に列車が走っているな、というイメージだろうか?

 もう少し、良く見て欲しい。

 画面の右上にも列車が見える。さらに、目を凝らしてみると、中段にも列車らしきものが見えだろう。

 そう、この駅のホームはなんと3層建てになっているのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これを反対側から見ると、こんな感じである。エレベータの上段が上の写真の撮影地点で、その上にもホームがある。+1,0,-1、-2と大きく書かれた表示がユニークである。

 アントワープ駅は、元々頭端式であったが、ブリュッセルからオランダへの高速新線の建設にあたり、通過式の地下線がつくられ、それにあわせてホームも改良された。

 地上2階部分には左右にわけて6線のホームが設けられ、また、地下1階部分にも同様の行き止まり式の6線ホームがあり、地下2階部分には通過式のホームが4線で設けられている。これまで市街地の外れのベルチャムを経由していたタリスやオランダとの国際列車は、この最下層のホームを経由して、直通運転している。1階は通り抜け式の商店街となっており、この地ならではのダイヤの店も並んでいる。お土産にひとつかふたつ買ってこようかと思ったが、残念ながら朝早かったため、店が開いていなかった。(^^;)


 この駅が改良され、使用されたのは、確か昨年の冬ダイヤからであったと思う。地下線ができたことは知っていたが、ここまで大規模な改良とは思わなかった。


 アントワープ駅の凄いのは、3層となったプラットフォームだけではない。実は、駅舎自体が素晴らしい建築なのだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 一見、オペラ座のホワイエかと思わせるこの場所は、実は駅のコンコースである。場所は、上記写真の突き当たりを抜けたところで、この写真に写っている向こう側が正面となる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これがその反対側。正面入り口からコンコースに入ったところである。上の写真は、正面に見える階段のあたりで撮影している。その奥は、+1と書かれた高架上のホームである。駅の外観は、現地からアップしたブログを参照いただきたい。


 これまで海外の駅は、かなりの数を見てきた。しかし、その中でも、このアントワープ中央駅ほど豪華でスケールが大きく、かつ、歴史と現代が見事に調和している駅は見たことがない。

 おそらく、世界で5本の指に入る(現時点での判断は勿論トップ)駅舎ではないだろうか。さらに言うなら、バスの中から見ただけだけれど、この駅から続く高架線の造りも芸術的な美しさである。

 

 ここまで費用をかけて駅舎を改良するというのは、もちろん、駅が地域のシンボルとして郷土愛を高める手段になっているからであるし、また、自動車の利用を抑制するための手段として期待されているからであろう。

 わが国の行政トップや鉄道事業者にぜひとも見て欲しい駅といえる。(駅長)


 

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2010年10月11日 (月)

今更、という気はするのだけれど

 無事、欧州の出張から帰国した。帰りは、COP10の影響か、満席で名古屋便が取れず、成田経由の予定であったが、すでに2度搭乗したエアバス380のエコノミー席の居住性の悪さに辟易していたので、11時間の機中を思うとちょっと憂鬱な気持ちになっていた。

 しかし、フランクフルトでインチョン経由のボランティアの募集があり、早速応募。帰りの提案は羽田便であったが、インチョン~名古屋便でリクエストすると、なんとインチョン経由ではなく、フランクフルト発の名古屋便に振り替えてくれた。機材が340に変わるだけでなく、名古屋には3時間も早く着く。これはありがたい。人助けはするものである。(^^;)


 さて、今回の出張というか視察には、1日、非公認の観光日が入っていた。一応、視察の予定にはなっているのだけれど、希望者は主催者が観光に連れて行ってくれるのである。実際には、ほぼ全員が参加したのだから、会社への報告用の日程ではわからないようにしてあるのだろう。

 この日は、自由行動ができる。さて、どこに行くか。但し、何かあったことを考えると、あまり遠くに行くことは避けた方が良さそうだ。

 

 そこで、滞在していたデュッセルドルフの近くで何かないか探していたら、ちょうどおあつらえ向きの鉄向きイベントがあることがわかった。

 それは、ドイツ国鉄の保存機E103がかつてのTEE客車を牽いて、週1往復ケルンとハンブルクの間を定期運行するというものである。これは、今年夏ダイヤ期間中だけのイベントで、ケルンを金曜日の14時39分に発車しハンブルクに向かい、日曜日にケルンに戻ってくる。まさに、今回の出張で、「撮ってください」というような美味しい設定である。


 なじみの無い方のために、これがどれくらい鉄向きの凄い列車かと言えば、オリジナル塗装のEF58が食堂車付きの20系客車を牽引し、かつての特急速度で東海道線を走行する、といっても良いくらいの設定なのだ。あるいは、青大将の「つばめ」「はと」と言っても言い過ぎではないかもしれない。今、ドイツの鉄ちゃんは、この列車に夢中なのである。

 もっとも、駅長はかつてTEE時代のE103牽引RHEINGOLDに乗っているので、ある意味では近年のわが国のレトロカラーに塗ったイベント列車と同じく、今更の感はしないでもない。しかし、当時は走りは撮影していないし、こんなチャンスに遭遇することは滅多にない。美味しく撮影させていただくことにした。


 ここで、問題はどこで撮影するか、である。ライン川沿いに走るところは、ケルンの南なので没。ケルンとデュッセルドルフの間でも農村風景は撮れそうだけれど、駅からの距離もあるので、ちょっと辛い。

 そこで、第一候補をケルンの大聖堂と写せるケルンの発車、第二候補をライン川を渡ったケルン・メッセとした。

 行きの列車で下見をすると、ケルン・メッセはホームから撮影が可能だが、ケルンの発車は発車番線が2番線なので、引きがなく撮りづらい、ということがわかった。天気は、不幸にしてというか、幸いにも、というか曇りである。晴れると逆光になるので、ある意味では曇りがありがたい。


 発車時間まで、ボンまで足を伸ばし、14時15分頃にケルン・メッセに到着する。着いてみると、鉄橋までちょっとカーブしており、しかも大聖堂は木に隠れて頭が見えるだけである。そういえば、ドイツの雑誌でも、ケルン・メッセの写真って、見たことがなかったなぁ、と今になって思い出す。またしても反省である。


 ここは3複線の鉄橋となっており、優等列車が走れそうな路線が3線ある。さて、どこを走ってくるのだろうか。

 ホームの先端に行くと、カメラを構えた鉄ちゃんがすでに3人ほどいる。さっそく、どこを走るかと聞くと、通過線となっている中線と教えて下れる。これでアングルが決められる。


 待つことしばし。綺麗な103に牽かれTEE色の客車を連ねたIC1806がやってきた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 わかってはいたが、客車が切れてしまっているし、ホームも入ってしまっている。もう少し、引きがあると良いのだけれど、反対側のホームが入るし、そこにはドイツ鉄がカメラを構えているので、場所的にはこれが限界である。ちょっと不満は残るが、さすがにこれ以上の贅沢は言えない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 編成後部には、TEEのロゴの入った食堂車が連結されている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 編成はご覧の通り。このホームの先端にもドイツ鉄がカメラを構えている。


 その後、トラムを撮影していると急速に天候が回復して、快晴となった。最後にケルンの大鉄橋をわたってくる列車を撮影したが、天気が良すぎて半逆光となってしまった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今回の出張は、雨には振られなかったが、天気予報では晴時々曇りでも、なぜか昼過ぎまではずーと曇っていて、それから数時間だけ晴れるという、パターンであった。しかし、帰りの飛行機から見ていると、帰国日はドイツからロシア国境付近まで高圧帯に入っているせいか、ずーーーと快晴であった。

 できれば、滞在中もこうした快晴であったら、気持ちよかったのに、と思わずにはいられない。

 出張中で晴れたら、かえって落ち着かないのでは・・・といわれれば、その通りであるけれど・・・・。(駅長)

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2010年10月10日 (日)

あぁ、布袋駅(駅舎解体編)

名鉄の中で唯一開業当初からの姿をとどめていた、しかも最古の犬山線布袋駅の駅舎が、ついに先日解体されました。毎日通勤で犬山線を利用しているので、ここを通過する際に(とは言っても、半年ほど通勤で乗車時のみお世話になっていたことがありましたが)観察していたところ、どうやら10月5~7日の数回に分けて解体されていったようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


上の写真は9月25日の夕方。すでに正面にあった社章つきの車寄せ(という表現で合っているのかな?)は保存のため取り外されています。新聞などでは9月末に解体とのことでしたが、結局10月初旬から準備が始まったようです。そして・・・↓

「はなぶさ」に集まる仲間たち


上の写真が10月10日昼時に撮影したもの。残骸が痛々しく散らばっています。

地元では「布袋駅舎保存会」なるものが設立され、正、賛助会員しめて90名ほど参加されています。この保存会の手によって車寄せの柱、駅舎内の待合ベンチ、天井に飾られたシャンデリアなどが取り外され、今後は市の催し物などでその姿を披露していくとのこと。ブログ「ほていコミュニティ協議会→検索してみて」に活動の一部が載せられています。

因みにこの跡地には、下り線の仮ホームが造られる計画となっています。いよいよ高架工事が活発になってきました。変化があれば、また定点観測していきたく思います。

さて、数年後(いや、もっとかかる計画?)には高架工事も完了し、見違えるように整備された「まち」が誕生することでしょう。(出札掛)

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2010年10月 5日 (火)

アントワープに来たのは良いけれど

 お仕事でベルギーのアントワープに来ています。菅首相のお供でASEMに来たのでもなく、ダイヤの買い付けでもなくて、単なる視察ですが・・・。(^_^;)

 

 投宿したホテルは、なんと新装なったアントワープの駅前。3階のレストランからの眺めはご覧の通りで、なかなか美味しい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 しかし、しかし、これが精神衛生上、いかにも良ろしくない。 


 団体なので、自由に動けない。陽のある内は郊外で、市内にいる時間帯は、朝か夕方。なんせ、この時期、日の出は8時頃。日没は18時半頃ですからねぇ。ほとんど、真っ暗。(>_<) まだ、駅の中も見てないです。

 PCCのファーストナンバー、7001がオリジナル塗装に復元されていたり、大聖堂の近くのリスボンも真っ青の狭ーい街路、郊外への新線区間など、撮りたいもの、良い場所は思いのほか、いっぱいあるのだけれど、そこで自由に撮れないほど、苦痛なことはない。天気もまずまずなのに・・・。デジカメの高感度をフルに使ってちょっとは撮ったけれど、さて、出来の方は・・・。
 やっぱり、海外の路面電車のある都市は、プライベートで行くに限ります。目の前においしい人参がぶら下がっていて、それを食べられないのは辛いです。早急に再訪しないと・・・。(^_^;)(駅長)

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2010年10月 3日 (日)

【ほんの少しアーカイブス】パノラマカー重連特急運用

 先日、ある方から7000系の事について聞かれ、何か参考になる画像はないものかと過去のスキャンデータをチェックしていたところ、7000系白帯車重連の写真を見つけました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


パノラマスーパー1000系の登場で7000系の特急運用が徐々に狭められつつある当時、パノラマカー重連特急運用はどのくらい残っていたのか定かではありませんが、いずれにせよ白帯特急なお健在の頃の画像です。

写真の系統板をご覧いただくと「犬山・日本ライン」の行先併結列車であることがわかります。この時期は可児市で「花フェスタ95」が催されていたのですが、もしかしたらこの催事輸送に伴い鵜沼行き定期特急に新可児行きを臨時増結したのか、それとも春、秋季運転の鵜沼行き多客臨をこのように仕立てたのか、当時の撮影記録がない&記憶もないため、この列車の詳細がわかりませんがご容赦下さい。【1995/04/30撮影・布袋~江南】



「はなぶさ」に集まる仲間たち


こちらは、1600系の登場により7000系が特急運用から退く直前の時期に撮影した479レです。通常4両のところ、春・秋季休日ダイヤの繁忙期のみ増結される列車だったような記憶がありますが、間違っていたらご指摘ください。

同列車は新名古屋17:40前後のため、地元の犬山線内で撮影するには西の空に雲がかかるとアウトです。この日は夕方まで雲ひとつないピーカンだったため、パノラマカー重連特急運用の最期を記録するべく早速出動!夕日を浴びて鵜沼に向かうところをかろうじて捉える事が出来ました。【1999/04/29撮影・布袋~江南】


自分でも忘れかけていた画像を見て「へぇ~、こんな写真撮っていたのか」と、7000系を偲びつつ、ひとりニンマリしています。(出札掛)


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2010年10月 1日 (金)

沖縄阿房列車

 「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」というのは、かの有名な内田百閒先生の「特別阿房列車」の書き出しであるが、「なんにも用事がないけれど、飛行機に乗って沖縄に行って来ようと思ふ」ということになった。沖縄というところは、鉄道が無いため、わが地図には描かれていないし、意識もない。これまで沖縄に行ったのは、学生時代に開かれた海洋博に、当時、アルバイトをしていた添乗員の補助で行った時と、昭和58年頃に出張で石垣島に行った時の2回だけである。こうしたことから、意識的には豪州やシンガポールなどよりは遙かに遠く、セイロン島とかセイシェル諸島に行くくらいの感覚である。

 理由はお察しのようにマイルの処理であるが、どうせ行くなら最も遠いところにいっってやろうということで沖縄になった。勿論、国内で鉄がらみで今すぐに行きたいところが無いというのが一番の理由である。

 なんにも用事がないのは確かであるが、行けば行ったで見てきたいものはある。ゴムタイヤ駆動なので鉄道といえるかどうか疑問ではあるが、知らない内に那覇にはモノレールができていて、日本最西端と最南端の駅があるらしい。乗り鉄ではないが、モノレールにも一応は全線乗ってみたい。もうひとつ、大きな目的もあるけれど、それはさておいて、スケジュールを組んだら、見事台風が襲来したので、予定を変えて訪問することになった。

 鉄目的なら、当然、最も早い時刻の飛行機に乗って、遅い飛行機で帰ってくるのであるが、モノレールなのでそれほど鉄をする気にもならず、なんにも用事もないので、ゆっくりした予定を組んだ。昼過ぎに那覇について、翌日夕方にはもう帰ってくる行程である。随分、勿体ないと言われたが、今更ビーチに行ってもしょうがない年齢なので、沖縄に行っても時間がつぶせない。

 

 さて、旅立ちは例によって中部空港であるが、勿体ないくらいの秋晴れで天気がよい。そこで、搭乗前に前々から気になっていた某ホテルの駐車場を覗くことにする。普段はギリギリの予定で行くのであまりこうした時間はないが、今回は特に用事もないので余裕がある。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 鈴鹿の山並みにちょっと雲がかかっているのが残念であるが、四日市のコンビナートまでしっかり見える。足回りが隠れるのがいやで、ここには足を向けなかったが、こうやってみてみるとなかなか良い光景である。7000系の時にどうして気がつかなかったのだろうか。またしても、反省である。


 無事に那覇に到着。日本最西端の駅は那覇空港であるが、ここにはプレートしか無いようなので、最南端の駅の赤嶺に。駅前にある碑とモノレール(ゆいレール)を撮影して、訪問の目的の8割を達成した。到着してわずか30分である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 那覇までせっかく来たのだからと、モノレールを撮影することにする。ゴムタイヤ駆動は面白くないが、それでも撮り始めれば力が入る。入り江(川?)沿いに走る壺川の付近はなかなか変化があるし、景色も良いので撮りやすい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 夕方になってきたので、ギラリを狙う。左手のビルは俯瞰に最適で、県の建物でもあることから、ここで撮影ができると目星を付けていたが、現在は使われていないようで入ることができなかった。残念。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ついでに日没もねらう。太陽がちょっと雲に隠れてしまい、もうひとつであった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 翌日は、全線乗車を兼ねて2000円札のモデルと首里城を見学。首里城なんて、記憶にないと思ったら、1992年に復元されたとのこと。どおりで・・。


 また、明日から9000マイルほどマイルを貯めないといけないのに、その前にわざわざ飛行機に乗りに行くこともないと思うのだが、まあ、これもひとつのきっかけというものだろう。

 さて、今度沖縄に行くのはいつだろうか。(駅長)

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44.彼岸花鉄 2010/09/25・26

 今年も彼岸花の季節がやって来ましたので、近場ですが彼岸花鉄に行ってきました。鮮度落ちになる前にアップしたいと思います。満開になる時期を狙って現地入りしましたが、いつもの年なら満開になっているはずが???…咲いている花が少ないΣ(゚д゚;)。やはり夏の酷暑の影響で例年より1週間ほど開花が遅れたようです(ノ_・。)。ということで、今年は今週末(10/2・3)が見頃になるものと思われます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 彼岸花の前に蕎麦の花でウォーミングアップです。三岐線の三里~丹生川の東側は蕎麦畑となっており、一面に小さな白い花が咲き並びます。毎年、蕎麦が植えられる場所は変わりますが、今年は線路に近い方の畑に植えられていました。ここの蕎麦畑は早朝から午前中の早い時間が勝負です。

【9/25 三岐鉄道 三岐線 三里~丹生川】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 本命の彼岸花です。本来なら田んぼの畦が真っ赤になるくらいに咲いているはずなのが今年はまだこの一角しか咲いていませんでした。昨年は花はよかったのですが、天気が×で、残念ながらリベンジとはいきませんでした。彼岸花は線路の西側の方がたくさん咲きますので、昼前から午後にかけてがベストです。

【9/25 三岐鉄道 三岐線 三里~丹生川】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 北勢線にも彼岸花鉄ができるポイントがあります。超有名な眼鏡橋から少し阿下喜寄りにある陸橋の北側の田んぼが広がるあたりです。写真のポジションは午前中の早い時間が順光になりますが、その時はまだ肝心の彼岸花には陽が当たらないので、花に陽が当たる頃にはどうしても列車の側面が陰ってしまします。とはいっても、ここの彼岸花は密度が濃いので、それを差し引いても十分お釣りが来ると思います。

【9/25 三岐鉄道 北勢線 楚原~麻生田】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 場所が変わって、こちらは樽見鉄道です。このポイントも周囲一面に咲いているはずだったのですが、今年は咲くのが遅かったので、タイミング的には早すぎる結果となりました。光線は昼前から夕方にかけてが良好です。

【9/26 樽見鉄道 木知原~谷汲口】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 樽見鉄道の横屋~十九条の鉄橋付近にも大量の彼岸花が咲きますが、構図的に苦しかったので、今回はパスしました。その代わりといっては何ですが、すぐ近くの東海道本線の彼岸花ポイントに向かいました。ここも両側の土手が真っ赤になるのですが、やはり開花が遅く、タイミングが早すぎました。ポジションを決めてやって来る列車を適当に撮影していましたが、線路端に鉄の姿が何人か見えたので、何かネタ列車でも来るのかなぁ?くらい思っていたところ、ネタ列車の正体はこれ(EF66 27 イベントPRのHM付き)でした。あらかじめわかっていれば、この列車だけは線路端で撮ったのに…、もったいないことをしてしまいました。

【9/26 東海道本線 穂積~大垣】(電車運転士)



 彼岸花は花のピークが短いので、今週末が今年のラストチャンスだと思います。天気次第ということもありますが、出撃場所がまだお決まりでないのなら、一度お出掛けされてはいかがでしょうか。



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