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2010年7月

2010年7月31日 (土)

【海外鉄】様変わりしたアメリカの都市交通

海外の話題が続く中、流れを断ち切ってすみません。>いえ、海外鉄はあまり評判が良くないので、アクセス数もうなぎ下がりです。(^^;) どんどん、国内ネタを書いていただきますよう、お願いします。


と、いいながらも、海外ネタを続けます。もっとも、この辺でやめないと飽きられるので、これが最後、かな?

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 

 まずは、この建物。何かと言えば、サンフランシスコとサンノゼを結ぶ近郊鉄道、カルトレインと地下鉄であるBARTの乗換駅なのです。BARTの終点であるミルブレーで、サンフランシスコの空港にも近く、ホテルもここから徒歩2分の所にとりました。

 この環境が、実に移動には便利です。まずは、空港から近い。荷物を置いて、サンフランシスコにもサンノゼにも、手ぶらでいけます。ホテルでは荷物を預かってくれるので、短い期間ならこれも手ぶらで移動することが可能です。

 事実、サンフランシスコからカナダへの移動は、リュックひとつでした。これが、実はカナダ入国で大問題となりました。日本人のくせに、カナダ滞在わずか2日、荷物はリュックひとつ。目的は観光となっているけれど、何をしに来たのか、という疑念です。麻薬の運び屋とでも思われたのでしょうか。

 結局、税関で荷物を調べられて、当然、なにも発見されずに無罪放免。ある程度、荷物を持っていかないと入国で疑われるというのは、まったく意識しませんでした。


 ちなみに今回は、ここに荷物を置いて、やはりリュックひとつでサクラメントまで1泊で往復しています。結局、荷物(といってもバッグひとつですが)は、サンフランシスコのホテルに預けっぱなしで、リュックひとつで西海岸とカナダを移動しました。もっとも、一度、ホテルに戻って着替えなどを入れ換えてますが・・・。もう、ここまで来たら、日本で鉄ちゃんをしているのと、なんら変わりません。(^^;)

 ただ、注意していないとどこでどんなトラブルがあるのかわからないのが海外鉄。

油断大敵と肝に銘じたいところです。


 閑話休題、米国における都市交通の整備は目を見張りますが、サンノゼではこんなシーンも撮影できました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 左はサンノゼのLRT。右はカルトレイン。サンノゼのシリコンバレーの通勤時ですが、こんなに一杯、列車が並ぶシーンが撮影できます。勿論、昼間には本数は少なくなるのですが、一昔前から見たら、夢のような話です。(駅長)

 


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2010年7月30日 (金)

暑い!福井!【後編】

海外の話題が続く中、流れを断ち切ってすみません。


【前編】より~

牛ノ谷方面に向かう途中、時々撮影地ガイドに紹介される芦原温泉~丸岡の陸橋付近へ寄り道しました。ネタ列車を狙うわけでもなく、ただせっかくなので何か適当に、と待っていたら長編成の683系がやって来ました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


青い空、白い雲に緑の田圃や山々のきれいなコントラストを表現したくPLフィルターを付けて強調してみましたが結果のほどは・・・。デジカメはデフォルメされてしまうので効果をストレートに表すにはポジのほうがいいのかもしれませんが・・・物議をかもしそうです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち  ここで小さなサプライズ!こんなタンコロ←も走って来ました。越美北線の車両ですが、検査出場ですか?








芦原温泉駅近辺で行われている夏祭りを横目に、牛ノ谷まで再び北上。ここでトワイライト8001レを迎え撃つべく三脚をセットし準備OK。この後、大サプライズが起きました。定時ならそろそろ後方から来るはずのサンダーバードが来ない。「遅延?知らないうちに通過したか?ヤバい、暑さボケ?」と思っていたら、なんと突如ボンネット編成が、あの重低音とともに現れました!!

「え、何これ?TDL臨あったっけ?それともただの団臨??」両先頭のHMは何もなく、側面行先幕は真っ白だし、風貌はさながら廃車回送、でも乗客はあるし・・・後追いながら撮影はなんとかできましたが、撮影後ネットで調べたらどうやらサンダーバード28号の代走だったようです(編成:H01)。乗客の皆さんには申し訳ないですが、こちらにとってはラッキーなサプライズでした。この5分後に8001レを撮影。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

ところで↑の写真をよ~く見ると、なにやら同業者が左から5両目の線路端に一人立っているではありませんか。いまさら「おーい、じゃま!」と大声を張り上げたところで届くはずもないし、どうしてわざわざこんな所で線路端で狙うかな~?ま、騒ぐほど目立ちはしませんが、こういう違法行為を犯す奴は画像処理ソフトでこの世から消えてもらいましょう。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

場所を変えて485系臨時雷鳥などを撮影後、うろうろしているうち陽も傾いてきたので、そろそろ帰り支度。途中、まだ露出があるので上り485系を丸岡~春江にて地平線に沈む夕日バックに挑戦。もう少し遅い季節なら真横に太陽の位置が来るのですが止むを得ません。おまけに薄雲がわいて、なんだか四角っぽい夕日ですけど・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


下り貨物列車が接近、次位が空コキのおかげでカマが浮き出てくれました。シルエットにするにはEF510も悪くないですね。(多少画像処理しました ご了承ください)

「はなぶさ」に集まる仲間たち


帰る前、もう一度田原町に戻り、最後に撮っておきたかったのは↓の場所。2013年開通を目指し、えちぜん鉄道から福井鉄道への乗り入れが計画されており、その暁にはここ田原町で二つの線路がつながることになります。19時過ぎの撮影のせいで露出がフラットな画像ですが、かえって影が出ずに良かったかもしれません。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


右奥にいる福鉄の発車を見届けて帰宅の途につきました。次に訪れるころには、田原町の乗り入れが実現して福井の鉄道がより活性化されていることを願っております。


それにしても、このところ福井ではボンネットが登場したり、駅長様が遭遇した475系の団体や、8月1日には越美北線50周年でキハ58が同線に入るなど、毎週のように話題が事欠きません。普段からこんなに賑やかでしたっけ?(出札掛)

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2010年7月29日 (木)

【海外鉄】カナダの保存鉄道の蒸機と電車

 これもカナダに行った直接の目的ではないが、2箇所で保存鉄道の蒸機と電車を撮影する機会があった。

 

 まずは、蒸機である。ダイヤモンド・スタックにカウキャッチャーという、義経号を彷彿とさせるこの機関車は、Edmonton Yukon and Pacific Railway の107で、1902年製ということになっているが、実際には1919年にどこかの工場の入れ換え機として製造されたらしい。 


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この蒸機は、エドモントンの郊外にある保存鉄道で運転されている。モーガルの古典的なスタイルで人気を集めているらしい。


 もうひとつは、同じアルバータ州のカルガリーからしばらく走った所にある保存鉄道で運行されているカルガリー市電の15である。出入り口が正面にあるちょっと変わった形をしている。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 米国には保存鉄道が多いが、これはカナダにおいても同様で、各都市の近郊に保存鉄道がある。これらを訪ねるのも楽しいが、問題は場所。多くは鉄道では行けず、レンタカーを借りなければいけない。それがネックといえる。


 と、ここまで書いたが、これは嘘である。信じた方、ご免なさい。m(_ _)m


 実は、これらの鉄道は都心から公共交通でいけるのである。しかも、バスの運行間隔は15分以下と名古屋周辺部よりも多い。


 まずは、上の写真。これは、エドモントンの郊外にあるフォート・エドモントンパークというオープン・エア博物館で動態保存されている蒸機である。オープン・エア博物館とは野外博物館のことで、いわば明治村のお仲間といってよいであろう。

 ここには1920年代までのカナダの街並みが4時代に分けて再現されており、その中に蒸機と路面電車の路線があって、定期的に運転されている。

 

 素晴らしいのは、そのシチュエーションで、博物館の中ではなく、まさにごく普通の風景の中を走っているように見えることだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 このアングルになると、ちょっと不自然、という感じをもたれるかもしれない。実は、後ろに見える踏切のところで、複線の軌道と平面交差をしているのである。

 いずれにしても米国の蒸機を手軽に、自然の中と行っても過言でない良い風景の中で撮影できるのは嬉しい。しかも、運行間隔は30分程度であるから、保存鉄道のように一発必中ではなく、何度でも撮影ができる。待っている時間には、博物館の中を見ればよい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは、その博物館のメーンストリートを走るエドモントン市電の42。雨が降って、下がぬかるんでいるため、妙なリアリティがある。


 こうしたカナダの歴史を紹介する野外博物館は、エドモントンから約300km離れたカルガリーにもある。こちらはカルガリー・ヘリテージパークと名付けられている。


 上のカルガリー市電は、実は駐車場から正門前のシャトル便として運行されているものである。また、エドモントンと同じように博物館を取り巻くように蒸機の保存運転が行われており、こちらは元アメリカ海軍の0-6-0の蒸機が使われている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 いかがだろうか。これが博物館の中の鉄道に見えるだろうか。一見、保存鉄道さながらのこうした写真が、公共交通で行ける博物館の中でいとも手軽に撮れるということは実に素晴らしい。

 

 海外でひとつ不思議なのは、こうした歴史的な街並みを保存する博物館が、緯度の高いところの方が多いと感じることである。なんとなくわかる気もするが、なにか本質的な部分があるかもしれない。(駅長)



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2010年7月27日 (火)

【海外鉄】サクラメント鉄道博物館

 今日のニュースで、JR東海が建設する鉄道博物館へC6217を搬入するニュースをやっていた。それにちなんで、このほど訪れてきたサクラメントの鉄道博物館を紹介しよう。

 サクラメントには、今から20年前に訪れているが、その時は時間がなくて、鉄道博物館には寄ることができなかった。というより、当時は、まだそれほど整備がされていなかったのかもしれない。

 

 今回、久しぶりにサクラメントに行くことになったことから、鉄道博物館にも寄ってみることにした。もちろん、サクラメントを訪れたのは、ここに行くことが目的ではないが。

 この博物館の目玉はいくつかあるだろうが、一番驚いたのはコレ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 サザン・パシフィックのキャブフォワード4294である。とにかくでかい。右の人と比べてもらいたいが、まさに2階建ての家のサイズの鉄の塊が目の前にあるという感じで、こんなのが走ってきたら卒倒するくらいの迫力があったろう。日本のD52やC62は勿論問題ではなく、中国の前進もこれに比べれば大人と子供くらいの違いがある。ビッグボーイもデンバーで見ているが、遠目だったせいか、今回ほど大きいとは感じなかった。

 現在、アメリカの蒸機で最大級なのは、844だろうか?この4294を見ていると、ぜひとも844の走りを見たいと思えてくる。


 もうひとつ、感心したのがこの客車。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 カナディアン・ナショナルの寝台車であるが、中に入って驚いた。なんと車体が揺れて、光や音があたかも夜間に走行しているかのように、車窓を流れていくのである。

 こうした展示は、国内でもあるかもしれないが、あまりの見事さ驚いた。しかも、この客車が展示されているのが、博物館のラウンドハウスの最奥部分で、しかもひっそりと展示されているのである。こうゆう奥ゆかしさは、見ていて羨ましくなる。


 さて、わが国の鉄道博物館は、といっても、大宮の鉄道博物館はまだ訪れていない。死んだ車両にはあまり興味がないからである。JR東海の博物館は・・・・これは地元だけあって、たぶん、開館直後に行く機会がありそうだ。

 しかし、今回のカリフォルニア州立鉄道博物館のような感動を得ることが得ることができるだろうか。楽しみである。(駅長)


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2010年7月26日 (月)

【海外鉄】カナダの餘部鉄橋を走る日本の路面電車

 福井遠征のため、紹介が遅くなってしまったが、カナダの餘部鉄橋を走るのは、こんな車輌である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 なんやら、緑色の車両が走っているようだけれど、鉄橋のスケールが大きすぎて車両が小さくてよくわからない?


 では、これでどうだ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そうなのだ。ここは餘部ではなく、ましてやカナダなどではなく、大阪だったのだ。だって、電車に「あびこ道」と書いてある。


 もちろん、これは大阪ではなく、エドモントンなのである。ここの保存団体が、阪堺電車から205形247を1992年だったかに購入して走らせているのである。すでに書いたように、このハイレベル・ブリッジはカナディアン・太平洋鉄道と路面電車の共用橋(一段下は道路橋)として建設された。このため、橋上には3線分のスペースがあり、現在は、1線分の線路を使って保存運転が行われている。なお、1段下は道路橋として使われている。


 さて、車内を見てみると、今だ阪堺当時の広告が残っている。ほとんど改造もされていないようだ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 電車が日本製なら、運転士も日本人である。え、なぜ上の写真のように制服を着ていないって?そのあたりはあまり詮索しないように。(^_^;)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 前ばかり見ていると、ハイレベルブリッジの高さを実感できないのが、難点といえる。


 このエドモントンを訪れたのは、勿論、この247が目的ではない。行ったのは、ココ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ウエスト・エドモントン・モールと呼ばれる世界最大(級)のショッピングセンターである。広さは幕張メッセの3倍、東京ドームの12倍で、宮崎のシーガイアと長島スパーランドとホテルが2つとチャイナタウンと、あと800の店舗が建物の中に入っている。とにかく広い。写真のコロンブスのサンタ・マリア号のレプリカがあるのは、そのごくごく一角。ここではアシカのショーも行われている。まあ、いずれにしても想像を絶する広さである。このような大規模な郊外型ショッピングセンターがあれば、他の商店は太刀打ちするのが難しいだろう。


 まあ、このショッピングセンターを視察の目的地と言うことにしておけば、格好は良いが、これもエドモントンを訪れたついでの訪問地(とはいえ、都心から片道30分近くかかるが)である。では、一体、何を目的にエドモントンを訪れたのか。

 それはまた、後日。(駅長)


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2010年7月25日 (日)

暑い!福井!【番外編】

 電車運転士氏と出札掛氏の素晴らしい福井関連の写真を見ていると、思わず欲情(^_^;)してしまい、早速、福井に向かった駅長であった。

 知らないうちに福井のバスターミナルは繊協ビルから福井駅の東に移動。繊協ビルの前のバス停で降りて、撮影するという目論見はもろくも崩れたけれど、ホテルが近かったのでまあいいか。

 まずは、小手調べに福井鉄道のビール列車を撮影。夕方の運行なので、意外に撮影するチャンスは少なく、今回が初の撮影である。(ちなみに例年使っている602は北府で放置状態)

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 翌朝、勇んで日本海の撮影に。電車運転士氏から、日本海の頭に陽が当たるのは、森田の九頭竜川鉄橋と南条付近だけ、と聞いていたので、とりあえず九頭竜川鉄橋へ。行ってみると、鉄の三脚の洪水。ゲゲゲ(の女房ではない)、日本海ってこんなに人気があるの(*_*)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 白玉、黒玉、赤帯、青帯(はないか)、いろいろ揃っているけれど、デジカメで単玉は誰もなし。皆、まだまだ若いのう。85mmをカメラに付けて、三脚の山の後ろからさりげなく撮影。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

  順光で日本海が通過。あれ、誰も帰ろうとしない。雷鳥までねばるのかな?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 やがて475系が「こまつ」のヘッドマークを付けて通過。そうか、今日のネタ列車はこれだったのか?

 あれ、やっぱり誰も動かない。雷鳥が過ぎても誰も動かない。

 今日、何が動くの???


 耳をダンボにして聞いていると、どうも489系のボンネットが来るらしい。待つことしばし、スーパー雷鳥のスジでボンネットが登場。ヘッドマークが「臨時」なんて贅沢を言ってはいけないのだろうなぁ。
 ようやく、今日、鉄が集まっていた理由も解明した。ここで運行を聞くと、敦賀で折り返してすぐに戻るという。となると、このまま森田で撮っても面白くない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 敦賀からの折り返しなら、湯尾のカーブなら何とかなりそうだ。どうやって移動しよう。

 そこで、「ドラエもーーーん」。

 「どこでもドア」を出してもらって、湯尾のカーブに移動である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 もう少し、カーブの近くに寄ろうかと思ったけれど、木が邪魔するし、ヘッドマークは臨時だから、まあ鉛筆転がしでも良しとすべきか。


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 で、もう一度、ドラエもんにどこでもドアを出してもらって、南条と王子保の間に移動。今度はトワイライトを・・。

 あれ、なんか電車運転士氏の写真と違う。ここは標準の方が良いのかな?

 いずれにしろ、車両の後ろに野立て看板があって、煩いことしきり。これをうまく隠さないと・・・。

 このポジションは、駅長ひとり。みんなは後ろの方で狙っていたけれど、なぜなんでしょう?

 このトワイライト撮影のあと、知る人ぞ知る武生の蕎麦屋「谷川」(ここの蕎麦はホントにうまい。但し、営業時間は11時半から14時まで)に行って、帰り・・・いや本来の目的に行きました。


 行きがけの駄賃でこれだけ撮れれば、まずは満足満足。

 いずれにしろ、このところの実績から、海外にしろ、国内にしろ、何も知らず駅長がカメラを構えれば、ネタ列車が自然に向こうからやってきてくれることがよーくわかりました。(^^;)

 さあて、このツキツキ撮影は何時まで続くでしょうか?


 ところで、今日の「こまつ」と489系ボンネットの列車は一体何の列車だったの?(駅長)

 


 

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2010年7月24日 (土)

暑い!福井!【前編】

昨年の夏は、毎週のように名鉄7000系ネタに振り回されていたせいか、地元ベッタリで過ごしてきました。今年はそうしたイベント症からようやく開放され、さあ7月の三連休は遠方にネタを求めようか、と考えた結果、臨時運転で撮影機会の増える485系「雷鳥」を中心に福井への撮影行を企てました。奇遇にも電車運転士様は同じ日に福井南部~滋賀県へと足を進めたようで。こちらは福井市内から北部へと向かう行程です。朝と夕方に集中する485系、客レは石川県境に近い芦原温泉~牛ノ谷で、日中は時間つぶしに福井平野で適当に、というプラン。19日未明の高速を走り、夜が明けだした九頭竜川鉄橋に着きました。

某情報誌に載っていた419系の運用を見ると、福井5:19発下り始発が唯一3+3の重連で運用されているようなので、手始めにこれを狙うことにしました。一気に牛ノ谷まで北上しても良いのですが、せっかくの晴天なのに早朝のため撮影地が山の影に隠れてしまうのは避けたいので、手堅く九頭竜川で待ち構えました。山の稜線から陽が顔を出したのは通過20分前。面がつぶれるのは止むを得ませんが、徐々に日が短くなっていくことを考えれば今の季節に限定された撮影でしょう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


次に車を牛ノ谷へと走らせ、午前のメイン・4002レと雷鳥8号を待ちます。地図を見て予想はしていましたが、この時間は上り列車の面に陽が当たりません。そのせいか鉄の姿はさっぱりでしたが、おかげでまったりと撮影できました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


実はもうひとつターゲットがあり、事前に某目撃掲示板と某情報誌の475系運用とを照らし合わせていたら、当日は国鉄色編成がこの付近で4002レの10分後に下っていくことが判明。面のつぶれる上り列車に対し下りは当然順光。朝日を浴びる国鉄色をいただきました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

この後、福井市内へ戻り田原町へ“名鉄電車”を見に行きました。このアングルなら早朝に限るところでしょうが、どうか大目に見てください。標高のある山がバックに遠慮がちに見えますが、有名な山なのでしょうか?
「はなぶさ」に集まる仲間たち



「はなぶさ」に集まる仲間たち
この後、再び九頭竜川に戻り8002レを定番撮影。









午後は、初めにえちぜん鉄道三国芦原線をどこかで撮ろうとロケハンしましたが、平野のど真ん中を走るためか、インパクトに欠ける所ばかり・・・(→探し方が悪いのかもね)。あまり時間も取れないので適当にお茶を濁しました。気温がぐんぐん上がります。今まで撮影した場所は、ほぼ車を横付け状態で準備できるので割と楽をしていますが(→つまり歩きたくない)、強烈な暑さのせいで思考能力は低下気味。どうも妥協写真の傾向になりがちです。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

このあと、やがて知る人ぞ知る思わぬサプライズに遭遇。すみません、ネタをもたせるため後編に続きます。(出札掛)



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2010年7月23日 (金)

【海外鉄】コースト・スターライト

 先日、「怪しい鉄路」として、ある併用軌道の写真を紹介したが、そこを走るのは実はこのような列車である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 超弩級のすごい迫力である。EF510牽引のブルトレが、その前面形状から迫力があるというが、おそらくこの列車の方が数倍、インパクトが強いのではないか。

 なんといっても車体の断面が大きい。そんな馬鹿でかい車両が併用軌道を走ってくる。その迫力を想像していただきたい。


 この列車は、「コースト・スターライト」と名前が付けられた大陸横断列車である。正確には、運行区間がシアトル~オークランド(サンフランシスコ)~ロサンゼルスと西海岸沿いに走るので、大陸横断をしているわけではないが、車両が2階建て客車である同じスーパーライナーなので、大陸横断列車といっても過言ではないだろう。なお、サンフランシスコ発の本来の大陸横断列車である「カリフォルニア・ゼファー」はエメリービル発に変更になっているので、現在はここを走らない。


 それでは、ここがどこかといえば、サンフランシスコの対岸、オークランドにあるジャック・ロンドン・スクエア駅の東側である。ここには25年前に行ったことがあるが、その時は倉庫街のまっただ中で、とてもではないがカメラを出すのにははばかられる雰囲気であった。


 しかし、現在はウォーターフロント再開発のブームで観光施設が造られ、ずいぶん綺麗になっている。カメラ2台を首から下げて撮影できるとは、米国も変わったものである。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もっとも、この「コースト・スターライト」は、ここを1日1往復しか走らない。普段走っているのは「キャピタル・コリドール」と呼ばれる区間急行で、サンノゼ~オークランド~サクラメント間を1~2時間おきに運行している。これも2階建て客車を連結している。プッシュプルで運転しているので、サクラメント行きは機関車が後ろに付いている。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ところで、AMTRAKを撮影するときに懸念されるのが、列車の遅れである。しかし、今回は撮影日にサクラメントに宿泊したため、定時での運行を確認していることから、その点は安心であった。なお、撮影は8時半頃で、米国は夏時間のため日の出が遅いので、結構、街路樹の影が落ちている。ひょっとしたら、ここでうまく撮影できるのは、夏至に近い今頃だけかもしれない。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 サクラメントでこの列車を撮影して、どうやってまたサンフランシスコで撮影できたかと言えば、この列車の20分前を走る「キャピタル・コリドール」で先行したからである。一昔前と異なり、アメリカの鉄道の利便性は高まっているので、日本のようなこうした芸当も可能である。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この「コースト・スターライト」は、以前から乗りたい列車であったが、ようやく昨年、タコマからポートランドへの移動の折りに乗ることができた。列車ダイヤはかなりアバウトで、この時は、ポートランドに30分早着、さらに30分停車していたので、LRTを撮影してからゆっくり発車を撮影できた。また、上記のサクラメントでも時刻表上の10分停車に対して1時間近く停車しており、かなりの早着になっていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これがスーパーライナーの売りの展望車である。2階建てであるから、見晴らしは良いが、ロッキー越えはともかく、平坦線が多い区間では、風景が単調なため、結構、飽きてしまうのが難点といえる。

 しかし、タコマ発車直後やサンフランシスコ到着直前のウォーターレベルの景色は美しいし、何時かはこの列車で大陸横断を楽しんでみたい。(駅長)

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2010年7月22日 (木)

餘部鉄橋の最後の日に

 山陰線の名所、餘部鉄橋は、この7月16日限りでその役目を終えましたが、ちょうど同じその日、駅長はこんな鉄橋を訪れていました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 カナダのエドモントンという町の中央を流れるノース・サスカチュワン川に架かるこの鉄橋、全長777m、高さ48mという雄大なスケールで、1913年と餘部鉄橋とほぼ同じ時期に完成しています。地上部分の橋脚は餘部と同じような造りで、建設時期を考えると、兄弟橋のようにみえます。たまたま餘部鉄橋の最終日にこの鉄橋を訪れたというのは、何か不思議な縁を感じます。

 かつてはカナダ太平洋鉄道が運行されたこの大鉄橋はハイ・レベル・ブリッジと呼ばれ、1989年に運転を取りやめたあとも、市のシンボルとして大切に残されています。

 ここを訪れたのは鉄橋を見るだけでなく、ここを走るある車両を見るためです。さて、この上を一体どんな車両が走ってくるのでしょうか?(駅長)

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2010年7月21日 (水)

今どき注目される貨物列車とは・EL編

大げさなタイトルですが、つまりは一昔前ならどうってことない列車なのに、「え、なんでそんなにクローズアップされるの?」という現象が時々と起きています。若い世代の人たちから見れば、それは確かに貴重な存在で、ネタ列車的価値として位置づけられてもおかしくない、と思うのかもしれませんが、百歩譲っても「たいしたことないんじゃないの?」と感じてしまう内容も見受けられるわけで・・・。結局、価値観のレベルが落ちてきたのか、はたまた自分たちが年をとっただけなのか、定かではありませんが。

写真↓は梅田発稲沢行き6170レです。ワム80000を長々と連ねて走る姿はなかなかの見応えで、スピードこそ遅いものの一見の価値はあると思います。担当機は吹田の66。列車番号からもお分かりのとおり、運転日が限られているうえに人気のカマが充当されれば、その組み合わせを一目見ようと同業者が集まってきます。いまや、インターネットのおかげで目撃情報が誰でもリアルタイムで入手できる時代。7月17日、早朝の関西での目撃情報によると人気の27号機が牽引で運転されているとのこと。当日は三連休初日で休みモード全開!曇天もろともせず情報を頼りに木曽川まで“見学”に出かけました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日は堂々34両もの長~い編成。線路端には十数人の人だかり!これ以上カメラを左に振るとフレームに入ってしまうので尻切れ覚悟で撮影しました。「ふぅ~、ぎりぎり」。この長さ、編成美、やはり注目に値する列車なのかな?昔はEF65の牽引でほぼ毎日運転していたので、何の変哲もない貨物列車(貨物/機関車ファンのみなさん、すみません)だと感じていたのですが・・・。

どうせ注目するのなら、こんな列車↓はいかがでしょう。電車運転士様も撮影された18日のM鉄犬山線上り早朝工臨です。この列車の運転自体がたいへん珍しいことは電車運転士様ご指摘のとおり。石仏~布袋で朝日エロエロ光線を浴びながら走ってくるところをキャッチしました。なんだかごちゃごちゃしている・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

この2つの列車のうち、注目度の高さ=希少価値で軍配を上げるとしたら、なかなかお目にかけられない&早朝、とういことでM鉄デキにしたく思います。6170レのネタは、いずれまた機会が巡ってくることでしょうし、けっこう目撃情報が入るので確実にしとめられるのですが、そんなに騒ぐほどのものかな~、と。これも時代の流れでしょうかね?(出札掛)

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怪しい鉄路

 「はなぶさ」に集まる皆様、3連休の鉄活動の成果は如何でしたでしょうか?電車運転士様の行動力には脱帽です。

 そういう駅長も、ちょっと鉄をしてきました。前々から狙っていた、いかにも怪しい雰囲気の場所。(^^;) さて、ここに何が走るのでしょうか。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

カンカンカンカン・・・・・おお、なんかやってきたぞ。

 なんじゃ、あれは?機関車じゃない、運転台もない。単なる箱が走ってくる。どうやって動いてるんだ(T_T)

 いや、客車か?2階建て???でっけぇ。家が動いてるんじゃないか?

 おお、誰か乗ってるぞ。女性?なんで、あんなとこに?

 「はなぶさ」に集まる仲間たち


怪しげな車両が走るここは一体どこ?どうやら日本ではなさそうですか・・・。(駅長)

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2010年7月20日 (火)

31.夏の3連休、電気機関車三昧 2010/07/17~19

ブログメンバーの皆様は、7/17~19の3連休の活動成果はいかがでしたでしょうか。梅雨明けと同時に、いきなり猛暑日が襲ってくるなど、鉄活動には辛い季節となりましたが、結局、くそ暑い中、3日間とも出撃となりました。最近、天候不順のため、鉄活動をさぼってしまい、過去ネタばかりのアップになっていましたが、久しぶりの最新ネタということで、3連休の活動結果をアップします。結果的には、電気機関車中心の内容となりました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


7/17(土)は、中央線の81レの先頭が1000番台の原色という情報をいただき、急遽、釜戸まで出掛けました。この時期にしては霞が少なかったので、俯瞰で狙ってみました。3連休の初日にもかかわらず、コンテナはほぼ満コン状態で、稲が成長した田んぼがグリーンカーペット状になっており、なかなかいい感じでした。

【瑞浪~釜戸】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


2日目の7/18(日)は、情報通の方から、運転回数が極端に少ない犬山線の上り工臨(9008レ)の運転情報をいただいていたので、早朝からの出撃となりました。広見線の水害の関係で運転されるかどうか心配でしたが、予定どおり姿を見せてくれました。ここからもう少し上小田井寄りのストレート区間も考えましたが、以前、駅長様がお撮りになったインカーブポイントで狙うことにしました。

【上小田井~西春】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


最終日の7/19(月)は、名古屋本線の工臨(9004レ)が本宿まで運転という情報をいただいておりましたが、天気予報とにらめっこしていると、7/19は3連休のうちで一番天気がよさそうだったので、臨時「雷鳥」が運転されることもあり、衝動的に北陸・湖西線方面へ車を走らせました。まずは「日本海」からです。5月に出札掛様とご一緒したポイントですが、背景の森と手前の田んぼの緑に国鉄色が映え、水鏡とは違ったよさが感じられました。トワガマだと背景の緑に溶け込んでしまうので、ローピンガマでホッとしました。この日のこのポイントは、通常の「日本海」と変わらないのにもかかわらず、20人ほどの鉄が集結、人気の高さを実感しました。

【南条~王子保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


「日本海」の後は、南今庄に移動しました。同じポイントで「トワイライト」も撮りましたが、編成全体が緑色のため、風景に埋もれてしまったので、赤色のEF510の貨物列車をアップしました。ここも田んぼの緑がキレイでした。3連休のため、コンテナが大きく歯抜けになってしまっているのが残念です。

【南今庄~今庄】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


午後からは、場所を湖西線方面に移し、割と空気が澄んでいたので、俯瞰にチャレンジしました。このポイントは、高圧鉄塔の点検道となっている急な坂道を10分ほど登らなければならず、夏は地獄の登山となってしまいますが、苦労したお駄賃として、目の前には棚田と琵琶湖が一望できる絶景が広がっています。

【北小松~近江高島】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日の締めくくりは、ビラデスト俯瞰です。出札掛様とGWに訪れたときは、黄砂にやられてほとんど何も見えない状態でしたが、何とかリベンジできました。EF81のコンテナ貨物が下の方に写っていますが、ちょっと列車が小さすぎでした。伊吹山が見えていたので、欲張ったアングルを選択してしまいましたが、空をカットしてもう少し引きつけた方がよかったかもしれません。

【近江中庄~マキノ】(電車運転士)













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2010年7月12日 (月)

【アーカイブス】1972.3.18 岐阜市内線

 このところ、国鉄関係の記事が続いたので、たまには目先を変えて、路面電車をお目にかけよう。 

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さて、この写真、岐阜市内線であることは間違いないが、場所を言い当てられる人は少ないのではないか?それより、どうして道路の真ん中を走っていないのだ、という疑問がある人が多いのではないだろうか


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 実は、これは鵜飼屋と長良北町の間である。美濃町線の下芥見に見られるように、路面電車は開業時には道路の片隅に軌道が敷かれることが多かった。鵜飼屋と長良北町の間は、当初は専用軌道として開業しているが、後に道路化されて、その片側に線路が敷かれていた。長良橋の架け替え以前は単線であったはずで、その後に複線化されたのだろうか。

 いずれにしろ、岐阜行きの車線は1車線は確保されているとはいえ、向かい側から電車が走ってくると正面衝突の可能性もあるわけで、自動車の増加により、昭和48年頃に営業を休止して、道路の拡幅が行われている。土佐電鉄の朝倉あたりは、こうした路線形態が21世紀まで残ってしまったわけで、幹線道路ではないとはいえ、よくも残っていると感嘆せざるをえない。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは長良北町の終点で、このあたりの道路は広くなっているが、少し先から急に狭くなっている。この先には、昭和36年まで高富線があり、その頃は道路ではなく、軌道だけだったはずだ。右手の名鉄観タクと書かれた建物は、もと長良北町の駅舎で、駅員がいて、荷物の取り扱いもあったときいている。
 岐阜市内線というと、古い街並みの残る公園前や本町のあたりが良く知られているが、長良川を渡った長良北町のあたりまで訪れる人は少なかったようで、このあたりの写真はあまり見ることがない。

 ところで、岐阜城をかたどった大きな方向板はいつ頃まで付けられていたのだろうか?昭和50年頃には、もう小さな方向板に変わっていたと記憶するが・・・。(駅長)



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【アーカイブス】D51芋掘り号

 1970年は万博の開催された年であるが、そろそろ蒸気機関車に先が見えると共に、ブームになってきたことから、蒸機を使ったイベント列車がいろいろと走り始めた年でもあった。

 名古屋でも関西線のC57や武豊線のC11は無くなったが、稲沢のD51は健在であったことから、この稲沢のD51を使って東海道線に蒸機運転が行われた。名古屋から、米原か近江長岡か、どこまで走ったかはもう一つ記憶がないが、「D51芋掘り号」とか名前が付けられていたので、どこかで芋掘りを楽しんだのではないかと思う。驚くのは、東海道線をD51単独で牽引して関ヶ原を越えたことで、勾配が緩いのでさほどは厳しくはないだろうが、天下の東海道線を蒸機が走るだけに話題を呼んだ。まあ、当時はそれほど列車本数も多くなかったし、貨物列車も緩速の列車があったはずだから、D51の客車でも十分に対応できたのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この芋掘り号は、9月から10月の日祝日に、確か6回ぐらい運転されたはずである。今なら、毎週のように関ヶ原に出没するであろうが、高校生の分際では、木曽川まで行くのがやっとであった。 

 これは、木曽川を行く初日(たぶん)の9月15日の芋掘り号である。今は、この途中くらいに踏切が出来ているのではないか。

 悲しいかな、この前後のコマを見ても、しらさぎと貨物の写真があるだけで、電車も写していないし、さらにはちょっと歩けば名鉄線もあるのだが、これも写していない。ここまで来て、まっすぐに帰るには勿体ないが、試験の前であったかもしれない。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 2週間ほどあとの列車を名古屋駅に撮影に行っている。機関車は、たぶん全日D51903が使われたと思う。ドームの両端がまっすぐに切られた戦時型機である。ヘッドマークは取り付けられていないが、見識と言うより、まだ当時はイベント列車ではそこまでの飾り付けをしなかったのだろう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 次のコマには、発車式の様子が写っている。これは初日の写真ではないので、毎回、発車式が行われたのだろうか?このあと、発車のシーンも写しているが、撮影者が多くてあまりうまく撮れていない。


 せっかく、東海道の伊吹山麓を走るなら、午後に伊吹山をバックに撮りに行けば良さそうなものであるが、当時はそこまで考えが回らなかったようだ。よって、帰りの撮影はしていない。今、考えれば、なんとも勿体ない話である。(駅長)






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2010年7月11日 (日)

いまさら水鏡



「はなぶさ」に集まる仲間たち



7月某日、自宅から車で数十分のところに朝一で仕事が入りました・・・というより自分で決めたのですが。よって直行となるためいつもよりゆっくりできるのですが、いい機会なので平日朝限定の面白い列車を撮影できないか、と探してみたら岐阜を9時前に出発するキハ40系6連の回送列車があるので、これを目指して結局いつもと変わらない時間に家を出ることに。遅刻しないよう、仕事先の途中に立ち寄れる(→かなり大回り)各務原~鵜沼の築堤へ向かいました。築堤沿いの田んぼは稲が伸びているものの、1区画だけ稲が植えられておらず水鏡状態であるのを発見。本番直前の普通列車をまず1カット。そして当該列車は推定通過時刻になっても現れずタイムリミット。どうやらスジを読み間違えたようで、これは次の機会に譲るとしてしぶしぶ次の撮影地仕事先に移りました。キハ40に変わりはないのでまぁいいか。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



週末土曜日・10日は貴重な梅雨の晴れ間。先日は曇りだったため晴天下での撮影を果たすべく再訪問。6連回送は休日ダイヤのためウヤですがキハ40狙いにはこだわります。順光狙いなら早朝が良いのは百も承知ですが、体が動かん!しかも朝は雲が出ていたためこのカットが精一杯。先頭がキハ47の3連でちょっと面白いのでまぁいいか。







「はなぶさ」に集まる仲間たち



午後になっても雲が少なく晴天続き。この貴重な天気をムダにはしたくないので、夕方5時前に急きょ外出許可を頂き、キハ40狙いにしつこく同じ場所へ(→もったいない!他に行くところないのかい)。この時間なら順光になるのですが、風が吹いていて水鏡は台無し。直前に風が弱くはなったもののシャッターチャンスは正面串刺し。「あー、やっちまった」。しかしやがてはこの車両も姿を消すと思われるので、梅雨の時期の、しかも休日に晴れてくれただけでもまぁいいか。(妥協だらけの出札掛)

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30.電化間近の紀勢本線西部 1976/05/09

最近は、梅雨時で週末の天気があまりよろしくないので、最新ネタをアップすることができません。ということで、今回も過去ネタで行きたいと思います。現在の紀勢本線は西半分の新宮までが電化されていますが、 電化は昭和53年9月と歴史的には比較的新しい部類に入ると思います。電化以前の目玉はDF50とキハ80系「くろしお」(ブルドックスタイルのキハ81も健在だった)でしたが、急行「きのくに」はキハ58系、ローカル列車には一般型気動車が活躍しており、まさにディーゼル王国の様相を示していました。紀勢本線のイメージといえばやっぱり青い海、そんな風景とDF50・キハ81の組み合わせが撮りたくて、受験もひと段落した高校1年生のGW明けの時期に的を絞って、土曜日の夜、天王寺からの夜行「きのくに」に古座まで乗車、朝1番のローカル列車で紀伊田原を目指しました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

紀伊田原から国道42号線を古座方面に戻るように進み、風光明媚な海岸線に出ました。この日の最初のカットとなったDF50の客車列車です。実は、この時が時自分にとってのDF50との初対面でした。

【古座~紀伊田原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

合間にやって来たローカル気動車列車です。長距離の普通列車はDF50の客車列車が主力でしたが、短区間の列車は一般型気動車がでした。写真の列車はキハ20系と17系の混結です。当時は珍しくも何ともない編成で、パスすることも多かったと思いますが、この時はたまたまシャッターを押していたようです。

【古座~紀伊田原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

岩場の少し高い位置からDF50の客車列車を狙いました。この日は1日中ピーカンの天気で、海の青・木々の緑・機関車の赤のコントラストがとてもきれいでしたが、当時は予算の都合で残念ながらモノクロオンリー、カラーで残したかったシーンでした。

【古座~紀伊田原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

もうひとつの主役がキハ80系の「くろしお」です。キシ・キロ混みの長大編成は特急列車としての貫録十分でした。背後にはすでに電化柱が立ち並んでいます。

【古座~紀伊田原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

この日のメインメニューのキハ81の「くろしお」です。名古屋~天王寺を直通する「くろしお」にはブルドックスタイルのキハ81が先頭に連結されていました。背後の奇岩が珍しくて何とか画面に入れたくて試行錯誤しましたが、結局、中途半端な構図になってしまいました。浜辺では岩場で海藻採りのひと仕事を終えた女性たちが休憩をとっています。
【古座~紀伊田原】(電車運転士)

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【アーカイブス】1970.7.26 万博の思い出

 万博関連の表示で、もっとも賑やかだったのは、大阪地下鉄へ直通する阪急と大阪市交通の列車であろう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 千里線へ直通する列車は、このような立派なマークを付けていた。 


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時は、家族で万博に行ったと記憶するが、直接、万博会場に行くのではなく、単独行動でいろいろ寄り道をしながら会場に向かっている。

 まずは、名古屋駅でさくらを撮影している。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、山陰線京都口の蒸機が写っている。たぶん、新幹線で移動したのだろう。

 蒸機では関心の無い方も多そうなので、唯一撮影しているDD54を。DD54のまともな写真は、この1枚だけかもしれない。


 続いて京都市電の壬生車庫を訪れ、その後、西院から阪急に乗っている。狙いはコレである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 当時、まだ普通に残っていたデイ100に乗って西院から淡路まで来たようだ。そこで万博輸送列車とあわせて、ディ100を撮影している。

 その後、千里線から万博会場に向かったようだ。
 しかし、万博会場内ではロクに写真を撮っていない。北大阪急行も数カットあるだけである。モノレールも撮った覚えがあるが、違うネガのようで、まだ見つけていない。今から思えば、こうしたシーンをもっと撮っておけば良かったと思うが、あとのまつりである。

「はなぶさ」に集まる仲間たち



 イベント会場にいっても、イベントを見ずに鉄道ばかり撮影していたのは、すでにこの頃からであったようだ。このような習性は、いくつになっても直らない。(^^;)(駅長)

 
 



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2010年7月 9日 (金)

名カキ見学

先輩方々の昔懐かしい、と言うよりも貴重な作品の数々に目を丸くしているこのごろです。自分の浅い経験ではとてもこのレベルには及びませんが、しかし数十年も経てば、平凡な画像が今の若い世代の鉄仲間に「へぇ~っ」と思われ優越感に浸れるようなときが来ることを期待して(→ありえない)コツコツ記録していきたく思います。

以下は1985/11/28に大学の鉄研サークル行事の一環で「名カキ」見学に訪れたときのものです。気が付くと、今でも現役の車両は117系くらい・・・。あれから25年も経っていたのか~。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

165系に、「東海」ほか数点の秘蔵HMをわざわざ取り付けてくれました。117系が出発準備中。当然ですが国鉄色。何気に並びを撮りました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

飯田線色の147も懐かしい。しかし短命でしたね。165系健在なり!



「はなぶさ」に集まる仲間たち

147のついでに113も撮影していました。どのような順路で見学したのか、当時の記憶がよみがえりません。雨天にもかかわらず撮影に必死だったのか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

↑こんなのもいましたね。現在でも趣味団体、グループで申し込めば見学させてくれるのでしょうか?(出札掛 原版カラーネガ


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2010年7月 5日 (月)

【アーカイブス】1970.11.15 神領電車区

 JR東海が、クモヤ90やクモハ12など、博物館に展示する車両を原型に戻しているという。そういえば、クモヤ90などの事業用車を神領電車区で撮影したことを思い出した。珍しい写真かどうかわからないが、ご笑覧に入れたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは神領電車区にあったクモヤ90で番号は020と読める。後ろに70系を連結している。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは救援車のクモエ21008。低屋根改造される前?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは名古屋駅で撮ったクモヤ22118。今、こんなのが走ったら大騒動になるのかな?



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 当時の中央線の電車は70系が中心であったが、先頭車が足りないのか、クハ68が何両か使用されていた。中でも好きだったのがクロハ59改造のクハ68023。窓配置がd1D7D5D2でバランスを欠いているところが面白かった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは帰りに神領駅で撮ったクハ68。関西からの転属車であろうか。12両編成で運転され、ここで6両が解放されている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 顔を並べた70系、80系、485系。ごくごくありふれた光景であったが、今となれば貴重なシーンである。

 残念なことに、この一連のネガは埃が多く付いていて、あまり良い状態ではない。たぶん、学校の暗室で現像をしたネガと思われる。フォトショップを使えば、何とか直せるのがありがたいが、ちょっと残念ではある。

 ところで、当時、神領区が撮影のために個人で立ち入れたかどうかはよくわからないが、この時は高校の倶楽部の見学ということで中に入らせて貰っている。これは立ち入りが難しいところにも結構有効な手段で、名古屋市電の西町工場、豊橋機関区、稲沢機関区などに入った覚えがある。乗務員向けの食堂のメニューが安かったことが印象に残っている。

 形式等、間違いがあったらご指摘ください。(駅長)




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2010年7月 3日 (土)

【アーカイブス】1969.10.19

 せっかく調子に乗ってスキャンを始めたので、もう少し1969年に撮影した名古屋の鉄道を紹介したい。このあたりの写真は撮影最初期のもので、ネガで見るとアングルが傾いていたり、傷が付いていたり、露出が狂っていたり、動態ブレがあったりと、使い物にならないと思いこんでいた。しかし、スキャナで取り込んで修正を施すと、ウェブ上ならなんとか見られる程度までに修復できることがわかった。そんなことから、時間を見つけて、せっせとパソコンに向かうことになる。今日のように、雨で外にでられない日は、絶好のスキャン日和である。暗室をこしらえて、引き伸ばし三昧をするのが長い間の夢であったが、それが思わぬ形で実現したと言える。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、名古屋駅に停まるC11の客車列車である。これは、多分、東海道線電化後にはかなり珍しいのではないか。日付を見てお分かりのように、C57が引退して直後であるが、蒸機ブームを当て込んで、臨時列車を仕立てたのだろう。ネガを見ると「?(なぞ)列車」と書いてある。後のミステリー列車の前身と言っていいのだろうか。C11の牽引なので武豊線にでも向かったのかもしれない。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 行き先がわかれば、走りを撮りたくなる。そこで実は大チョンボをしてしまった。

 撮影地として選んだのはご覧のように金山で、多分、東海道線を走る珍しい蒸気列車を撮ろうとしたのだろう。しかし、金山に行くのに、なぜか名鉄ではなく、地下鉄で行っている。当時の鉄道の知識では、金山に行くのに名鉄という発想が浮かばなかったのだろうか。

 加えて、金山でも撮影は初めてのはずで、経路を間違えて時間がないことから、橋の上から撮影している。なぜか、この時のことは今でも鮮明(というほどではないが)に覚えている。

 しかし、動態ブレに加え、なんともつまらないアングルで、お恥ずかしい限り。まあ、初心者なのでこうしたミスはありうるが、それにしても残念である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ただ、ちょっとえらかったのは、蒸機を撮影してすぐに帰るのではなく、隣を走る中央線や名鉄も撮影していることだ。とはいえ、数カットだけなので、満足がいくレベルではないけれど・・・。

 これは181系のしなの。これで大体の撮影時間が9時頃ということがわかる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、こんな列車も撮影している。ただ、当時は国鉄にしろ、名鉄にしろ、蒸機と路面以外の撮影はあまり本腰が入っていないようで、この場所で次に撮影をしたのは10年以上後ではないだろうか。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に名鉄の3400系。車体が綺麗なので、多分、車体更新をした直後だろう。

 この頃は、名鉄線は東海道線と並行して走っていた。後の中央線よりの路線へ変わったのは、地下鉄工事のためだと記憶するが、すでに金山駅横では工事が始められている。(駅長)



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京急1000形

先頃、京浜急行で一大勢力を誇った1000形(→“系”ではないみたい)が引退しました。見た感じはこれといった特長もなく、ごく普通の電車というイメージでしたが、いざ引退となると「さて、自分は以前に写真を撮っていただろうか?」と、つい昔の画像データから探してみたくなります。梅雨空でネタもなく出かける気力もなくなるような日は、時間つぶしにうってつけ。そうしたら、1982年3月頃に18きっぷで関東~北陸と出かけたとき、途中、何の目的かは忘れましたが京成高砂に立ち寄った際に1カットのみ撮影していました。隣に停まっている京成電車は、昨年リバイバルカラーとして登場した「ファイアーオレンジ」塗装。当時はもちろん現役塗装でしたから、まさかこの色が消滅してしまうなど想像つくはずがありません。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

先日駅長様も行かれたと思いますが、やって来る電車のバリエーションはさすが関東、息つくひまがありません。どうということもないひとコマがやがて貴重となるのはあらためて言うまでもないことですが、その事象の多さに関東地区の鉄ちゃんはさぞかし忙しいことでしょうね~。(出札掛)

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【アーカイブス】関西線のC5783

 現在、発売中の「蒸機の時代」に関西線のD512の写真が何枚も掲載されている。文中にもあるように、最後の頃には稲沢唯一のなめくじであるとともに、D51の一桁機、さらには2号機ということで、エース的な存在であった。


 では、客車を牽っ張っていたC57はというと、一般的にはお召機の139号機であろうが、印象としては門デフの83号機の方がはるかに強かった。スマートなボイラーとあわせて、門デフのC57って、なんて格好が良いんだ、と思ったものである。磐越線でC57180に付けてみたり、また、ちょっと特殊であるが最近のD51498など見ると、門デフの蒸機に憧れた人が多かった、と言うことなのだろう。

 

 ということで、C5783は何回も撮影している。というより、当時の名古屋のC57は10両配置だったはずだから、稼働さえしていれば、1日撮影に行けば出会ったわけである。その意味では、D512よりも撮りやすかったはずだ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、多分永和を発車するC5783。カーブをしているので、弥富寄りであろうか。手前に木が映り込んでいるのはご愛敬である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 弥富で好んで撮影したのが、近鉄の乗り越し線の跡である。ここからは、長島橋梁から弥富に下ってくる列車を俯瞰できた。煙はないものの、関西線で数少ない俯瞰ポイントであった。今にして思えば、乗り越し線を撤去して日が浅いためか、撤去部分のコンクリートが真白い。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 改めてネガを見てみると、結構、C57の牽く貨物が写っている。多分、定期で四日市まで1運用があったのだろう。これは富田の桑名側か。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


このC5783の知られざる秘密(^^;)は、テンダ側のプレートが形式入りであったことである。当時は、前後ろのプレートを取り替えればいいのに、と思ったものだ。

 ところで、この写真を見て驚かされるのは、なんと客車がスハフ43であることだ。その後、関西線でスハフ43に乗った記憶がないので、定期的に運用されていたのかどうかは不明である。亀山方の最初の客車なので、ひょっとしたら、紀勢本線経由の天王寺行き客車なのだろうか?

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 名鉄百貨店から俯瞰した名古屋駅発車のC57である。新幹線と一緒に写っていたらベストであるが、残念ながらC57だけである。新幹線のホームを見ても人影が少ないので、まだこの頃には新幹線の運行本数も少なかったのかもしれない。今なら狙っていくのだけれど、当時は残念ながら、そこまで頭がまわらなかった。
 最後にC57139の写真を1枚。これは、蒸機の置き換えを1週間後に控えた9月の撮影で、すでにさよなら列車に向けて整備が始まっている。後ろの客車は白帯があるので、お座敷車であろうか。(駅長) 

「はなぶさ」に集まる仲間たち







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