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2010年6月

2010年6月30日 (水)

29.茶畑を行くブルトレ 1976/04/03

最近の過去ネタはED16に偏りがちでしたので、今回はちょっと違ったネタをアップします。五日市線を後にして東京から大垣夜行の乗客となりました。静岡で下車し、下りの一番電車を待って金谷へと向かいました。この日は茶畑の中を行くロクゴPのブルトレがターゲットでした。牽引機はその後ロクゴPF→ロクロクと交代しましたが、やっぱりロクゴPが一番格好イイと改めて感じました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


まずは、博多「あさかぜ」です。正面に朝日を浴びて目の前を走り去って行きました。20系との組み合わせは最高で、元祖ブルトレの貫録十分です。

【島田~金谷】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


お次は「富士」です。少し低いポジションから狙ってみました。この時点では残念ながら24系に代わっていました。ロクロク時代の山型マークもそれなりによかったと思いますが、シンプルな円形マークも魅力的でした。

【島田~金谷】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


次の「みずほ」は茶畑の中腹から俯瞰気味に狙うことにしました。撮影の合間にやって来たマンモスEH10の貨物列車です。重量感のあるEH10は結構好きな機関車でした。

【島田~金谷】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


ローカル列車は113系が主力となりつつありましたが、80系もまだまだ現役でした。朝のラッシュ対応のため、7+6の13両編成がやって来ました。晩年は短編成での運用が中心でしたので、13両の長大編成は見応えがありました。

【島田~金谷】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


「みずほ」が姿を見せました。こちらは分割・併合列車だったため、14系が使用されていました。客車だけで14両編成、短編成化が進む最近のブルトレに比べて迫力が違います。やっぱりブルトレはこうでなくっちゃって感じです。この後、ラストランナーの「さくら」となるわけですが、下り列車に見事に被られ、撃沈でした。

【島田~金谷】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


ブルトレを一通り撮影した後はEF18の貨物列車を狙うべく、さらに場所を移動しました。手前に茶畑、はるか向こうには大井川の鉄橋を望む静岡県らしいロケーションでした。1か月前の反省からサイド気味のアングルで待ちましたが、この日は何とEF60の代走。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。、結局リベンジはなりませんでした。ということで、本当ならEF18の画像がアップされるはずでしたが、80系になってしまいました。今思い出しても腹立たしいやらとても悲しいやら…(ノω・、)。

【島田~金谷】(電車運転士)















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2010年6月27日 (日)

竹村“ハス田”レポート

電車運転士様の報告に刺激を受けて、念願の三河線竹村にハスの花を狙いに行ってきました。ところでハスの花をネットで調べてみると、「花の命は4日間。1日目は早朝に開き始め3cmぐらい開いたところで早々につぼむ。2日目は朝7~9時頃に満開、お昼ごろにはつぼむ。3日目は6時~9時ごろに満開になるが、午後になっても半開きのままで、外側より散り始める。4日目には花弁が次々と散り、午後にはすべて落ちてしまう」とのこと。つまり開花しているところを狙うなら午前中がいいわけですが電車はモロ逆光で、光線状態が良くなる午後は花の状態がちょっと・・・。そしてこの日の天気予報は雨、昼前から曇。逆光は避けられるが、晴れるなら午後がいいし、でもこの天気・・・選り好みするほど余裕はないので結局、花の写真重視で朝の三河線に向かいました。昨年の新聞に掲載されたからか、花を見に訪れる人が絶え間なく、ちょっとした観光地化しています。花を撮るカメラマンは見かけても同業者の姿は1名もいたかどうか?名鉄カレンダーにも載っているのに認知度が低いのか、天気が悪いせいか、ネタ列車が来ないせいか、ちょっと拍子抜け。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


やってくるのはすべて貫通路型の6000系ばかり。個人的には好きな被写体です。通りすがりのオバちゃんが言うには「昨年に比べ今年はたくさん咲いたね~」とのこと。雨も早々に止み、ひととおり撮影し撤収しようと思ったら晴れ間が出てきました。「え~、なんで?」はい、もう一度撮り直し。おかげでいろいろなアングルで楽しめました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


カメラをかまえたところに見物客が歩いてきたりして、思うように撮らせてくれません。電車は5~10分おきにやってくるのでストレスは感じませんが


「はなぶさ」に集まる仲間たち

↑ちょっと遊んでみました。幽玄なハスの花、ありがたく撮影させていただきました。2010/06/27(気が付いたら3時間もねばっていた・・・出札掛)

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東京出張報告

 鳩山首相の退陣により、延び延びとなっていた東京出張にようやく行ってきた。

 結果は文字通り、見てのお楽しみであるが、本人はそれどころではなかったというのが偽り無い気持ちである。

 ただ、ラッキーだったのは金曜日の出張となったおかげで、翌土曜日がフリーとなったことだ。調べてみると、ちょうど今、車両の置き換えの時期で、意外に面白いものが多い。結果的に、東京で一日鉄を楽しむことになった。東京には数限りなく行っているが、これだけ都心部で鉄をしたのは初めてかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


  まずは泊まったホテルからの遠望。お台場である。これは金曜日の撮影。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

翌日は7時に目覚ましをかけておいたのであるが、なぜか5時に目が覚めてしまう。前の日に12時過ぎまで気持ちよく飲んでいて、起きられないと思ったが。悲しい鉄の性かもしれない。

 外を見ると、薄曇りである。1日前なら晴れていたようで、ちょっと運が無いかと思うが、この時期なら贅沢を言うのではなく、喜ぶべきかもしれない。

 まだ、ゆりかもめは動いていないので、とりあえずタクシーで東京駅まで出て、荷物をコインロッカーに預ける。ただ、前日に早朝出発の準備をしていなかったのと、京浜東北線が夜間作業の遅れで遅れていたため、当初予定していた西川口まで行くのを断念。曇りということで、晴れれば逆光となる東十条で「あけぼの」を撮ることにした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 

北斗星までは時間がたっぷりあるので、その時間を使って都電を撮りに行く。とりあえず山手線経由で大塚まで行ったところ、ラッキーにも阪堺塗色の7511がすぐにやってきた。大塚駅前で撮影して、飛鳥山に戻り、併用軌道区間で撮影する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 次は北斗星である。これは西川口で狙うことにしたが、ここでチョンボ。電車運転士さんの作例が頭にあったため、歩道橋の東側で狙ったが、途中で北斗星が中線を走ることが判明。ポールが邪魔をするので、ちょっと余裕がない構図となってしまった。

 ちなみに、カシオペアは25日の列車からEF510牽引に変わったと、近くにいるファンが話していた。北斗星も置き換え寸前と言うことで、この跨線橋も多くのファンが構えていた。跨線橋の西側に移動できなかったのは、すでにファンが構えていて場所が無かったからである。やはり初めての場所の撮影は難しい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、6月30日限りの253系である。西川口から武蔵野線経由で下総中山に向かう。ここで2本を撮る予定であったが、北斗星が遅れてきたおかげで、1本しか撮れなかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、7月16日からAE車が置き換えられる京成を撮影しに高砂へ。試運転をやっているだろうと予想はしていたが、10分ほど待つだけですぐにやってきて拍子抜け。

 ただ、この新AE、ノーズがながいので、そこに架線の影が映り込むので要注意である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 予定よりも早く新AEの試運転が撮れたので、町屋から再度荒川線へ。荒川区役所のあたりであじさいの綺麗な場所があったように記憶していたからだが、行ってみるとそうした場所はなかった。バラと思い違いをしていたのかな?タイミング良く、また7511がやってきた。この後、荒川線に乗って大塚へ移動。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 大塚から山手線で原宿へ。再度253系を狙う。ここにもファンが多い。残念ながら1本目はかぶられ、これは2本目の撮影。山手線を見ていると、女性の車掌が多い。ざっと2/3の列車が女性車掌である。JRも随分変わってきたものだ。

 その後、渋谷の某レコード店経由で京急の1000系を探して、川崎から大師線へ。1本運用が入っていると聞いていたが、明日のさよなら運転を控えてか、本日は運転無し。川崎から快速特急にのって東銀座へ戻り、某洋書店によって、帰宅した。

 海外はともかく、国内でこれだけ一生懸命鉄をしたのは久しぶりである。なんとなく、東京ではなく、ソウルあたりで鉄をしている感じになったのは、なぜだろうか。





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2010年6月25日 (金)

最後に見た静ママの旧国

駅長様の飯田線の記事を見ていて、晩年の静ママ旧国を撮りに飯田線までちょくちょく通っていたことをふと思い出しました。どこから情報を得たのかは忘れましたが、現役を引退して西浜松に疎開していた数編成のひとつが、とある日に豊川へ廃車(たぶん)回送されることを知り、大学の講義をさぼって平日の、しかも雨天にもにもかかわらず豊橋へ撮影に出かけました。

情報によると回送電車は西浜松から一旦西小坂井まで走り、折り返し豊橋まで戻り、飯田線に入って豊川(日本車輌)に向かうルート。つまり豊橋~豊川鉄橋間にいれば3度チャンスがあるわけで、それなら、と船町で下車して当該列車を待つことにしました。1輌ごとに特長のある静ママの車輌ですが、どんな組み合わせで組成されてくるか注目であります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日やってきたのは3編成つなげた堂々の6連。静ママの6連運用は、たしか朝の北部にて中央線に乗り入れる1往復のみしか見られなかったと思うので(荷電2両付きで6両組成は夜にありましたが)、まさに臨運用ならではの見応え!そして豊橋から豊川に向かう最後の行路をとらえたこのシーンが、静ママ旧国を写した最後のカットとなりました。なんと最後部には張り上げ屋根の美しい53007!!飯田線詣でのたびに意識していてもなかなか出会うことのなかった車輌がこうした形で最後に見られたのはラッキーかもしれません。涙雨の中、旧国との別れに出かけた一日でした。

〔メモ〕1983/09/20  回9831M (出札掛)

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2010年6月21日 (月)

28.鉄分補給(竹村のハス花) 2010/06/21

出札掛様のリクエストにより、三河線竹村のハス花の最新情報です。会社からの帰宅途中に様子を見てきました。例年どおり、ボチボチいい感じで咲き始めています。ここ1週間くらいが見頃ではないでしょうか。18:00過ぎで曇りのため、露出的には厳しい状況でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

7700系が引退し、車両は6000系オンリーとなってしまいましたが、ハス花とのコラボは捨て難いです。花は見頃となってきましたが、天気との組み合わせが悩みの種です。1日くらい晴れの日があってもいいと思いますが、なかなか思いどおりにいかないのが現実です。(ノ_・。)

【竹村~土橋】(電車運転士)


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2010年6月20日 (日)

【アーカイブス】木曽路のD51重連臨客

 今時のファンにとって中央西線の重連というと、EF64あるいはEF64千番台となるのであろうが、駅長の世代となるとやはり蒸機、D51の重連が懐かしい。しかし、山線で重連が多そうに見える中央西線でも、なぜか勾配を登る下り列車は貨物でも後補機付きが多く、前重連は見かけなかった。これに対して、中津川への上り列車は何本か前重連があり、回送をかねていたのか、客車列車にもあったように記憶する。ただ、鳥居峠を越える木曽福島以北は運用が変わり、前重連が何本かあったはずだ。なお、中津川~落合川間の補機はすべて後補機であった。

 そうした中、中央線でD51重連の臨客が走ると聞いて、撮影に出かけた。期日は1970年12月25日である。この臨時列車は、愛知県下の高校生(県立高校?)の有志が参加したスキー合宿のため、仕立てた列車である。当時は、スキー合宿もバスではなく、列車利用で臨時列車を仕立てていたのである。この列車の撮影のきっかけは、おそらく学校からスキー合宿に参加した人間から、蒸機が牽いた、と聞いたのがきっかけであったのだろう。小生はスキーには縁がないので、当然、スキー合宿には参加せず、蒸機重連の撮影である。

 この列車が撮りごたえがあるのは、D51重連に加え、客車が10両以上もつながっていることである。すなわち、見ることのできなかった「しなの」「ちくま」「彩雲」といった中央線蒸機全盛期の蒸機急行の姿を偲ぶことができるわけだ。

 この撮影までに、田立には数度、行っている筈であるが、なぜか、もう少し先の開けた場所ではなく、駅よりの切り通しの上から俯瞰している。重連らしさは出ていないが、客車が後ろまで入って、結果的には急行ニセコを偲ばせるような、まずまずの構図とはなった。しかし、その後も電化までに何度か田立には行っているが、この場所では撮影していない。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時の撮影に味をしめて、翌年1971年の12月25日(^^;)にも撮影に行っている。この時は、多少は腕が上がって編成を入れて撮ることが大切だとわかったのか、田立の南木曾側で編成を狙っている。トンネルを出て、ダム湖沿いに走る区間で、現在は国道19号となっているあたりである。煙の流れ方を見ると、かなりの高速運転で走っていることがわかる。記憶はないが、D51重連で客車10両以上の編成は、かなり迫力があったであろうことは想像にかたくない。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この山口ダムの横は、電化にあわせて新線トンネルに切り替わったことから、電化直前までポールが立たず、撮影ができた。そのため、この後も何度か撮影に訪れているが、この写真にまさる迫力のある写真は撮れていない。(駅長)


 

 


 

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27.大久野専用線のED16 1976/04/02

大久野専用線といってもあまり馴染みがないかもしれませんが、五日市線の終点、武蔵五日市から北方向へ分岐していた貨物専用線です。もともと五日市線は今の終点の武蔵五日市から、さらに大久野・武蔵岩井と2駅分路線が伸びていました。1971年に武蔵岩井までの旅客営業が廃止された時に途中の大久野までは貨物専用線として残されましたが、こちらも1982年に廃止されてしまいました。ED16といえば、青梅線・南武線での活躍が有名ですが、五日市線、それも終点から先の貨物専用線といった超マイナーなところにも姿を見せていました。本数も少ないそんな場所を訪れていた自分も自分ですが、こんなところもあったんだというような感じで見ていただければ幸いです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


本線から分かれ、大久野に向かうED16。途中は開けた場所もなく、杉林の中を淡々と進むといった感じでした。思ったよりも急勾配が続くロケーションでした。

【武蔵五日市~大久野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

詳しいロケーションは忘れてしまいましたが、大久野から先へ専用線みたいなのがあったような気がします。操車掛がデッキに乗っていることから入換扱いになっていたのでしょうか?
【大久野】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち
大久野構内で一休みのED16。さすがにこんなマイナーなところまで追っかけてくる同業者はおらず、ED16をじっくりと観察することができました。付近に工場らしきものがあり、これが貨物列車が残った要因だったのでしょうか? 荷物は一般貨物でした。構内は意外と広々としており、右奥には旅客営業時代の駅舎とホームが写っています。
【大久野】(電車運転士)

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原色一般機8865レ@木曽川

稲沢をAM9時過ぎに発車する8865レは毎週水曜と日曜運転の東海道貨物。知る人ぞ知る注目列車のひとつです。岡山の65運用の東限で唯一名古屋地区で見られるうえ、たまにトラやヨ8000などが付く楽しみに加え、運がいいと無動力とはいえ回送ガマを従えて重連になることもしばしばで、今年3月の改正後は特にムド回送の確立が高くなったように感じます。昔はいたるところで見られたEF65一般機も今や風前の灯火。しかも原色ときたら更に貴重な存在。そんなカマがうまく休日の運用に充当されると、家から車で20分というお手軽撮影地、木曽川までちょっと出かけてみたくなります。重連になるのか、どんな貨車が繋がるのか、行ってみてのお楽しみ。ここでは最近の2列車を紹介します。


2010/06/06  65-100番が登場!機次位には名古屋地区では貴重な伯備線色の64-1000がつなげられていました。現場に戻るのでしょうか。この塗装も今のうちで、大宮に入ると普通の64-1000用更新色になってしまうとか。組成にはとびとびにトラの姿も。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


2010/06/20 116番が牽引し、次位EF210にヨ8000付き。EF210がパンを降ろした姿は、このまま赤く塗ればまるで北海道のDFなんとかに見えてきます。この日は数秒差で快速との被りを回避できました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

前述のように、8865レはタイミングが悪いとこの付近で快速と被る恐れがあり、また同業者が線路沿いや畦道などにちらばって構えるため、時によってはフレームに入ってしまうこともあるので注意が必要です。また、貨車の長さもまちまちで予測がつかないため、どうしてもキッチリとした写真を撮るならば稲沢で発車待ちの姿を下見するのが良いでしょう(面倒~)。ただ、ここで8865を待つ間、進行方向は逆になりますが甲種回送8862レ(もちろん運転日に限る)、たまに走るDD51の牽く試2750レ、そして117系8連の5600F列車がまとめて上っていくので効率よく楽しめます。(出札掛)

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2010年6月19日 (土)

特急「金星」最終日ほか

駅長様が最終日の金星を載せられていました。もちろん自分も最終列車を見送りに大学サークルのメンバーとともに出かけたのであります。駅長様も指摘のとおり、まともな写真など撮れるはずもないと思いましたが、でも何かは写しておきたいと停車ホームの10番線や対向ホームを行ったり来たりとしていたら、後部にさよならプレートが立てかけられているのを見かけました。雑踏をかき分け被写体の正面に思い切り近付き、28mmでストロボ一発!


「はなぶさ」に集まる仲間たち


そして最終列車出発。見送りに応える車掌さんにもめがけてストロボ一発(まぶしくしてごめんなさい)。

「はなぶさ」に集まる仲間たち



その後、次は千種に下宿している大学の先輩をお見送りのため帰宅客で賑わう中央線ホームへ。やがて列車に先輩が乗り込み、ドアのそばで発車待ち。そしてドアが閉まる瞬間、サークルのメンバー全員で大声で「○○○君、ばんざ~い、ばんざ~い」三唱。一般客の冷たい視線もろともせず、悪ふざけしてしまったことを克明に覚えています。


今度は3日後の「つがいけ」最終日。ただ、この日は大学祭の準備のため名古屋を「つがいけ」より先に出る中央線に乗らねば集合時間に間に合わないので、せめて停車中の写真だけでも、と早めに名駅へ出向きました。列車は8番線に停車中。編成写真を撮ろうと対向ホーム10番線に向かうと、そこには10両編成の103系がブロック!して撮影困難。しかもこの103系に乗ることにしていたので、そこで思いついた荒業、今度こそは一般客のひんしゅくを買わないよう後部の空いている車輌に乗り込み、走り出してから窓全開にして「つがいけ」から離れていくところを一発勝負。「あ、何やら付いている」。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


いかにも手書きの惜別プレートが飾られていました。停車中のみとはいえ、せっかくだから貫通路正面にでもきれいに付けてほしかった・・・。

そして留置線には夜行「きそ」に使われていた10系寝台が寂しげに並んでいました。以上、無茶を平気でしていた昭和57年11月改正における「わが国鉄時代」でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


ところでこの4カットはいずれも同じ1本のネガに写っていたものですが、スキャンの仕方が悪かったせいか、露出不足のせいか、(それとも原版が悪い?)どうも思うように現像できないためモノクロにしたら体裁よくなったものがあり、そのまま載せることにしました。またホコリが目立ちますがご容赦ください。(ときにはモノクロで「ごまかし」するのも面白いですね  出札掛)

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【アーカイブス】1970.1.2 飯田線豊橋


 先日の集まりで、飯田線にスカイブルーの旧国、すなわち大糸線からの転属車の写真があるといったら、ぜひ見せて欲しいという要望があった。こうしたことでもないと多分スキャンしないと思われるので、スキャンしてみた。相変わらず旧国は形式名がよくわからないので、説明をお願いしたい。

 なお、撮影は昭和45年1月2日で、高校1年の時である。多分、正月ということで豊橋まで遠征したものと思われる。このコマの後ろには、当然、豊橋市電が写っている。


 これがスカイブルーの車両。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 どうも増結用に出庫するようで、後ろには茶色の車両が連結されていた。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時には、営業線でも茶色の車両を撮影している。車号は何番だろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後に同じ路線を走ってくる電車。1,2,3,4,・・・・あれ、数が合わないけど。

 写真の合成もうまくなりました(^^;)(駅長)

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2010年6月16日 (水)

【アーカイブス】RAILWAYSの世界

 懸案であった東京出張が25日(金)となった。まだ、相手については流動的な面があるが、とりあえず土曜日に鉄ができることは嬉しい。あとは、天気が良いことを祈るだけであるが、こればかりは何とも言えない。


 さて、今日は話題の映画「RAILWAYS」にちなんだ写真を。この映画、単に鉄ちゃんが運転士になる、というより重いものもあるとはおもうが、それはさておいて、デハニ50形が画面に何度も現れることは喜ばしい。そういえば、この電車を40年近く前に撮影していたことを思い出して、ネガを探して、スキャンしてみた。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは出雲大社前に到着するデハニ53である。当時、デハニ50形は、川跡と出雲大社前の機織り専用であった。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、同じ鉄橋を横から狙っている。おそらく、出雲大社にお参りに行きがてら、撮影したのであろう。ちなみに撮影は、1972年8月11日である。

 ここまでアップして気がついたのであるが、デハニ50形自体は、定期運用こそ無いものの、昨年まで現役であった。ということは、これと同じ写真を平成の世でも撮れたわけである。車両そのものは、塗装を含めて全く変わっていないし、周囲にも時代を感じさせるものを何も写し込んでいない。となると、この写真は歴史的な価値はあまりない、ということになるわけで、その意味ではちょっと残念である。


 歴史的な価値から言えば、この写真だろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 1973年まで走っていた特急である。確か、朝夕1往復だけの運転ではなかったか。 

 多分、この頃の一畑の特急の写真は珍しい、ということにしておこう。(駅長)

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2010年6月13日 (日)

【アーカイブス】1972.9.21 特急「くろしお」

 雨が降り出してきた。いよいよ梅雨入りだろう。しばらく、鉄活動はお休みである。

 こうした時に、データのデジタル化は絶好の暇つぶし(というほどの時間はないが)になる。


 デジタル化を保存を前提として、義務感にとらわれてやりはじめると、これはちょっと辛い作業となるが、単に引き伸ばしの代わり、と考えれば、結構楽しい。あの暗い暗室に入って、暑さを我慢しながらやるよりも、明るい環境下でテレビでも見ながらやるのは、健康的でもある。(どこが?)


 ただ、暗い中、現像パッドにゆっくりと画像が浮かび上がってくるときの感動は、また別のものがある。しかし、引き伸ばしに掛かるコストや手間を考えると、デジタル化は初期投資はかかるものの、ランニングコストははるかに少なくてすむ。将来、何時か伸ばすだろう、と撮りためた写真が日の目を見るのは嬉しい。これもデジタル化の恩恵と考えて良いのではないか。


 と、いうことで、たまにはディーゼルをと思い、キハ82の「くろしお」をスキャンしてみた。当時の編成は10両、いまから比べるとずいぶん長い。障害物のない加太の築堤を走るシーンは、絶好の晴れ舞台といえ・・・言って良いのかな?(駅長)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

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【アーカイブス】1982.11.11. 特急「金星」

 以前、出札掛氏より特急「金星」のイメージカットが紹介されていたが、たまたま、ネガの整理(?)中に金星最終日のカットがあったので、ご覧に入れたい。

 おそらく、この時にはメンバーの多くが名古屋駅に出没していたのではないか、と思われる。ただ、この時の最終日にはかなりのファンが出ていたので、いずれも撮影には苦労されたのではないか。

 夜間の撮影故、フラッシュでは光が届かないことから、小生も三脚を持って撮影に行ったようだ。しかし、どうしてもファンが体を乗り出すので、画面の一部に体が入ってしまっている。状況を考えると、これはやむを得ないだろうし、昨今の状況を見れば、まだまだ可愛らしい。(笑)(駅長)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

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来年のネタ

先日は、名鉄知多新線のイベントについ踊らされてしまいました。今後はどんなネタで一儲けするのかなー、とヒマつぶしに昔の写真や書物をひっくり返してみたら、来年4月に河和線開業80周年、小牧線全線開通80周年、6月竹鼻線開業90周年、8月新名古屋開業70周年を迎えます。画質は悪いですが、過去に撮影した写真の一部をピックアップしてみました。


まず1981/04/29、地上駅時代の小牧駅で行われた発車式。当時は高校生で、この日は剣道部の友人が小牧駅近くで試合があったので応援ついでに出かけたものです(どちらがメインなのか)。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

次は1991/06/23、竹鼻駅での発車式。8800系の記念団体列車を仕立てましたが、臨時スジが入らないせいか、岐阜(茶所)から定期列車に増結して竹鼻線を1往復した後、岐阜から単独運用で目的地に向かいました。画像をよく見ると、後部に何やら連結されているのが見えると思います。相手は5311F。特製HMではないのが残念。ところで8800系の竹鼻入線は他にもあったのでしょうか。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


番外編。これは、もし廃止されなければ100周年を迎えていたんだなー、というもの。1981年2月に行われた岐阜市内、美濃町線70周年発車式を見に行ったときの1カットです。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

年月が過ぎるのを本当に早く感じています。そういえば昨年の今頃は7011Fを追いかけていたんですねー。(出札掛)

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2010年6月12日 (土)

【アーカイブス】ここはどこ? 2

 ここはどこ?シリーズの2回目。といっても、今回はずっと簡単である。とはいえ、もう変わってから30年以上が経つので、かなり懐かしい写真であることは間違いない。
 夏のシーズンの午後、この駅にはご覧のようにパノラマが並ぶ姿が見られた。しかし、いつもパノラマが3本並んだわけではない。そこは、狙って行っている。海水浴輸送華やかりし頃の姿である。(駅長)

「はなぶさ」に集まる仲間たち


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【アーカイブス】ハーフサイズで撮影した鉄道写真2

 ハーフサイズで撮影した鉄道写真を載せたところ、思わぬ好評だったので、それに乗じて続きを載せることにしたい。というより、こういうきっかけでもないと、スキャンをしようと思わない(順番が回ってこない)、というのが直接的な動機といえる。撮影は昭和43~44年である。

 まずは、撮影場所が不明のEF6430の写真である。後ろが切れているなどと、いわないで欲しい。見て欲しいのは2両目である。なんとマヌ34がついている。

 このEF6430は中津川電化の増備車で、電暖付きの筈であるが、マヌをつけているということは、まだ電暖を装備していない初期型がいて、混運用であったからだろうか?多分、昭和44年の冬くらいの撮影と思われるが、マヌを使っていた最も最後の頃の写真であろう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いては、名古屋機関区のC57である。これはどこから撮ったか、一目瞭然であるが、今にして思えば、形式を撮るのにも絶好の場所であったかもしれない。残念ながら、ここからC57を撮ったのは、この時の一連のカットだけである。線路脇に今のような広告がないので、実にすっきりしている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、同じ名古屋機関区のC57であるが、これは貨物を牽いている珍しいシーンである。コンテナ数両ということは、四日市までの貨物列車であろうか。

 C57の貨物はほとんど見た記憶がないので、変運用か、臨時列車なのかもしれない。それにしても、このカットに何両の蒸機が写っているのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いては、名古屋駅で撮影した芸術?写真である。偶然なのか、狙ったのか、そのあたりは定かでないが、今なら勿体なくて、とてもではこのような写真は撮ることができないだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後に、これは名古屋で中学校時代を過ごした方には、懐かしい列車の写真。多分、中学校の卒業旅行ではないかと思う。車窓から、何枚も鉄道の写真を写してはいるものの、残念ながらいずれもブレぼけで、使えるものはない。


  

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 しかし、この頃の写真は純粋に撮っていたのが画面の隅々まであふれかえっており、今見てみると、ちょっと新鮮ですらある。初心忘るるべからず、か。(駅長)
 

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2010年6月11日 (金)

ナンバーマニア

1982年9月の某日、中央線大曽根駅側線にて発見、というより大学鉄研の某先輩からの目撃情報があり、さっそく見に行った貨車です。その先輩の話では数日間ほど留置されていたようですが定かではありません。「ワラ1の1番!!」→これってトップナンバーでしょうか?何しろ貨車の「1番」を見ること自体珍しいと思うのですが、詳しい方、フォローくださいませ。(出札掛)

「はなぶさ」に集まる仲間たち


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26.出張鉄(上野口ブルトレ+N'EX) 2010/06/09

急遽、6/8に予定外の東京出張が舞い込んだため、翌日の6/9を年休扱いにして東京で1泊(宿代は自腹)すれば上野口のブルトレと近々置換えが決定している253系N'EX狙いが可能ということで決行してきました。天気は午前中はドン曇り、午後からは雨模様というスッキリしない状況でした。今日(6/10)の関東地方の天気は朝からバリ晴れ、結果的には1日違いでバリ晴れの好条件で各列車をゲットできたみたいで、何ともストレスのたまる結果となってしまいましたが、出張の予定は動かすことはできず、どうにもなりませんでした。駅長様は6月下旬に東京出張が予定されているとお聴きしましたので、ぜひ晴れることをお祈りいたしております。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


まずは「あけぼの」から。少しでも楽できるようにと西川口に宿をとりました。この日は双頭連結器装備の1031号機でした。ここは西川口から蕨方向に行った最初の歩道橋の階段です。曇りだったため、ビルや電柱の影を気にすることなく撮影できました。本当は蕨~南浦和の定番Sカーブに行きたかったのですが、要脚立なので遠方からの徒歩鉄では無理ということであきらめました。

【西川口~蕨】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「あけぼの」から「北斗星」までは2時間以上あるので、同じ場所で粘っていても時間を持て余すだけと思い、白岡まで移動しました。ここは白岡から徒歩15分ほどで行ける陸橋の上からの定番ポイントで、晴れればほぼ順光になります。本当はノーマルなパーイチがよかったのですが、この日はたまたまカシガマが運用に入っており、個人的にはあまり好きでない「カシ斗星」になってしまいました。

【白岡~新白岡】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


午後からは253系のN'EX狙いで総武本線の超定番ポイントのモノサクへ広域移動しました。現地へ着いてからスカ色の113系もそんなに先が長くないということを思い出し、とりあえず来た列車はシャッターを押しました。青黄帯の211系もそれなりに進出していましたが、113系もまだまだ主力として活躍していました。

【物井~佐倉】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


本命の253系N'EXです。晴れれば午後からバリ順なのですが、あいにくの雨にたたられトホホ状態でした。運用の半分くらいはE259系に代わっていますが、12両の長大編成が130km/hでカッ飛んで行く姿は迫力満点でした。長電へ移籍後の色はこのままなのか変更があるのか興味を惹かれるところです。

【物井~佐倉】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


もうひとつ忘れてはいけないのが鹿島貨物。午前中に下り3本、午後から上り3本の3往復の設定です。3月改正でダイヤが変更になっており、正確な通過時刻がわからななったので、行き当たりばったりの状況でした。3往復とも新鶴見のPF運用です。あわよくば原色機を期待していたところ、この日は残念ながらすべて更新色の運用でした。ただ、PF自体が減少傾向にある今となっては色にこだわっている悠長な状況ではなくなっていますので、更新色でもとりあえずシャッターは押しておいた方が無難かもしれません。現地到着が昼過ぎだったため、下りの3本の通過時刻はわかりませんが、上りの現地通過時刻は13:08・14:15・17:54でした。

【物井~佐倉】(電車運転士)

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2010年6月10日 (木)

【アーカイブス】1972.3.6 ED17がいた頃の飯田線

 先に飯田線の奥にはED62のお召しの時に初めて足を踏み入れたと書いたが、その前に行っていたことを失念していたことをお詫びしたい。

 実は、その7年ほど前に一度だけであるが、柿平まで行っている。日付を見るとお分かりいただけると思うが、大学の一期の入試が終わった翌日か翌々日である。ED17が3月15日のダイヤ改正(新幹線が岡山まで延びたときである)にあわせて無くなる、ということで撮りに行ったらしい。

 これまで受験勉強で実に半年ぶりの鉄ちゃん、といいたい所であるが、実際にはその一週間前には名古屋市電の名古屋駅前の路線等が廃止されているので、単に一週間ぶりの鉄ちゃんである。受験勉強中といっても、ペースは今よりも激しかったかもしれない。(^^;)


 それはさておき、初めての飯田線で槙原まで行ったのは、雑誌か何かでここが良さそうだと知っていたからだろう。とはいえ、撮影地はよくわかっていなかったようで、なぜか柿平まで行って時間を無駄に過ごしたりしている。槙原にも湯谷から歩いたように記憶している。

 

 ところで肝心のED17であるが、すでにEF10に変わっていて、豊橋行きを一本撮影しただけである。せっかくのED17なので、もう少し線路脇から撮ればいいものを、かなり線路から離れて、川をいれて撮影している。ひょっとしたら、EF10と混運用となっていて、牽引機が特定できなかったのかもしれない。

 しかし、トリミングしているので多少見られるようにはなっているものの、アングルやタイミングがもうひとつなのが残念である。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 EF10は2本撮影しているが、いずれも満足のいく出来ではない。とはいえ、このトンネルの上からのアングルは、その後、撮れなくなっているので、ちょっと珍しい構図かもしれない。木がカットできないので、無理無理であるけれど・・・。

 EF10も、この後数年で消えてしまったので、もっと一生懸命撮っておくべきだったと後悔するばかりである。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、飯田線の旧国と言えば、やはりこの車両が出てこないと始まらない。昼間は牛久保でおネンネしているので、午後遅くまで待っていたようだ。すでに光線がまわってしまっているのが、ちょっと残念である。ところで、この頃、すでに宮下橋(でよかったっけ)は架かっていたのだろうか。ややアングルが低いようにも感じるのだが・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ところでこの写真、3両目に連結しているのは、湘南色らしくみえる。どこからの転属車なのだろうか、ご存じでしたらお教えいただきたい。(駅長)

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2010年6月 8日 (火)

【アーカイブス】ハーフサイズで撮影した鉄道写真

 鳩山内閣の退陣で延期となった東京出張が、組閣と共に日程も決定し、6月25日(金)となりそうである。まだ、確定ではないが、これはありがたい。なんぜ、翌日が土曜日だし、一晩泊まることは決まっているので、鉄ちゃんが出来る。さらに天気が良ければ、もう一晩泊まって、朝練をやるのも良さそうだ。しかし、問題は天気である。梅雨のまっただ中、晴れるかどうかは、普段の心がけ次第。と、なると、すごすごと土曜日に帰ることになる確率が高そうであるが・・・。(^^;)


 それは、さておき、今回は最初期の鉄道写真である。ネガカバーを見ると、昭和44年7月30日と書かれている。どうやら朝早く自宅を出て、名古屋駅でブルトレを撮って、関西線に向かったらしい。この時は、まだ一眼レフは持っていないが、親父の35mmフルサイズのカメラを借りていっているように覚えているので、多分、このハーフサイズの写真はサブ的に撮ったものだろう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


  これは名古屋市電の安田車庫。よく見ると、ドラムブレーキを付けた1169が写っているので、昭和44年前半以前の撮影であることがわかる。安田車庫の写真自体は一眼を買ってからも撮影しているので珍しくはないが、ドラムブレーキ時代の1169はフルサイズで撮影していないので、ちょっと貴重な写真ではある。(意識して撮っていないのが恥ずかしいが)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いては、名古屋駅に到着する485系のしらさぎである。スカートの白線があったのは何時までだろうか?当時はバスターミナルビルしか、大きなビルがなかったことがわかる。写真の出来はともかく、懐かしい写真である。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いては、長島あたりで撮ったと思われるC5783である。さすがにプログラムシャッターのハーフサイズカメラでは流れているが、この大きさならかろうじて見られないことはない。


 あえて、ハーフサイズの写真をアップしたのは、スキャンしてモニターで見ると、意外にこのサイズのネガでもそれなりに見ることができることがわかったからである。勿論、モニターで見ると紙焼きよりも粒子が気にならないことも大きい。デジタル化の恩恵のひとつかもしれない。こうしたことから、ハーフサイズのネガをお持ちの方は、是非、データ化して残すことをお薦めしたい。多少のアングルの悪さやピンの甘さがあっても、それ以上に貴重な写真が生き返ることに価値があるのではないだろうか。


 デジタル化を薦めるにあたって残念なのは、まともなフィルムスキャナがカタログから消えようとしていることである。ついに最後に残ったフィルムスキャナであるNIKONの9000EDの生産中止が5月に発表された。(実際にはずいぶん前から生産はされていなかったのであろうが・・・)これによって、状態の良いフィルムスキャナの中古価格が上がることが想像されるし、しばらくすれば中古そのものも品薄になるかもしれない。


 これまでの経験から言えば、35mmのネガやポジをスキャンするなら4000dpiは必要ではなく、2400あるいは2800dpiで処理できる機械があれば十分と思われる。(4000dpiでスキャンしてもサイズが大きくないりすぎて、実用的ではないし、A4までなら2400dpiでなんとかなる)

 これくらいの能力の機械なら、1万円ちょっとだせば状態の良い機械がヤフオクで落札できるのではないだろうか。

 もちろん、フラットベッドでフィルムスキャンのできる機種はあるし、能力的にもフィルムスキャナーに匹敵するという意見もある。とはいえ、使い勝手はフィルムスキャナが勝っているという意見は多い。

 本気で写真をデータで残したいと思うなら、ぜひ、この時期に状態の良いフィルムスキャナをお求めになることをお薦めしたい。(駅長)

 

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2010年6月 6日 (日)

いざ!金華山ドライブウエイ

今年の5月は平年より気温が低く、過ごしやすい日々。とある日曜の朝、この気候につられ何を思い立ったのか某写真集で知った金華山からの俯瞰撮影にトライしてきました。こんな涼しいときは空気も澄んで遠くを見渡せるかもと思っていたら、そんなに甘くないようで。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

天気予報は晴れなのに、思ったよりも雲がわいて霞んでいました。かろうじて小牧山が見る程度。列車の側面に陽が当たるのは夏季の朝限定。300mm相当ですが、もう少し望遠にしたいところです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち
旧・市ノ坪車庫の脇を行く各務原線。こういうときの名鉄カラーは目立つのでありがたいです(銀電だったら撃沈か?)。やがてこの場所も建造物が出来ると見通せなくなるかもしれません。

「はなぶさ」に集まる仲間たち
岐阜南部を見渡します。DD51原色の牽く試2751レがやってきました。単機に見えますが空コキをつなげています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち
場所を移動して138タワーをバックに高山線を。キハ40系の4連!

「はなぶさ」に集まる仲間たち
いいかげんワンパターンになってきたので日曜朝のお楽しみ?8865レを撮影して撤収。同列車は岡山機の運用で密かに注目を集めています。この日は更新色の一般型。原色だとかえって目立たないし、一般型の去就が噂されていますので結果OKです。
金華山ドライブウエイの車の通行は朝7時から。光線状態にもよりますが、夕方にも一度訪れてみたく思います。
撮影:2010/5/30 (出札掛) なぜか文字がセンター移動してしまう・・・

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鉄分補給(名鉄工臨朝連)2010/06/06

情報通さんから、デキが動くよと聞いて、早朝から鉄分補給に行ってきました。名古屋は朝快晴、これはGOOD、と思っていくも、南に下るとなぜか雲が・・・・。(>_<)

「はなぶさ」に集まる仲間たち


  とりあえず、富士松の築堤で豊明行きを撮影。残念ながら、ここの田圃にはまだ水が入っていませんでした。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、新安城と宇頭の間へ。田圃の状態はいいのだけれど、ここも薄曇り。これでは、電車運転士さんのようなスカッと抜けたカットでは撮れません。やむなく、跨線橋の歩道から俯瞰します。

 このあと、矢作橋まで追いかけたけれど、入れ換えに間に合わなかったばかりか、すぐにパンタを下げてくれたので、轟沈でした。残念。

 新安城の陸橋には4+3人、矢作橋には7人ほどが撮影していました。パノラマなきあと、名鉄鉄ちゃんの目はデキに向いているようです。これで毎日走ってくれたら文句はないのですが・・・早起きが大変か。

 早朝から出撃された皆様、お疲れさまでした。(駅長)

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平成22年6月5日の雑感~名鉄知多新線30周年ほか

平成22年6月5日、名鉄ではご存知のように知多新線30周年のイベントが行われました。2000系が知多新線を走行、というネタに、わざわざ遠くまで足を運ぶほどのものかな~と思っていましたが、天気も良さそうだし同業者の数も7000シリーズのときよりは少ないだろうから撮影しやすいのいでは?と判断し、まんまと名鉄の思惑にはまって出かけることになりました(ただし車で)。

前日の目撃情報から、朝6時過ぎに犬山線を「エコトレイン」3301Fが下るようなので、まず早朝の布袋~石仏へ。水鏡を見つけたので上り列車でウォーミングアップ。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


知多新線の特長を出せる撮影地を探そうと、早めに上野間~富貴に向かったものの、結局ここ↓に落ち着きました。う~ん、手前の柱・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


ここから反対向くと、↓です。単線でトンネルが見えるので知多新線らしさはありますが、あとは海が見えたら文句なしですが。ミュースカイの内海折り返し時間を使って近辺をうろうろしたら、海をバックにサイド気味で俯瞰できる場所を見つけましたが高圧線にモロに邪魔され断念。また次の機会に時間をかけて撮影地を探してみたく思います(いつのことになるのだろう)。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日は中央線81レに1000番台原色重連との情報があったので、知多半島を後に大急ぎで名古屋市内へ。実際は↓でしたが、先頭が当たりなのでOKでしょう。これとほぼ近い時刻にドクターイエローが下ったはずですが、興味度を優先しました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

ついでに3084レも迎え撃ち。某情報によると0番台もいよいよ見納めとか。後悔のないよう、撮れるときに撮っておきましょう。この後、岩倉にて本日から発売の記念パノラマカード2種を購入し、帰宅。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


最後に、再び家を出て、本日の主役が役目を終えて犬山に戻るところ(実際は定期列車の運用に就くための回送)を布袋にて出迎えました。やはり役目を終えた旧駅舎と引込み線を併せて撮影しましたが、高架工事が始まると一変するのでしょうね。因みにここでの同業者はゼロ。この状況も含めて、ミュースカイで一稼ぎと企てたところで、集客力、注目度は今一歩。わかっていたことですが、なんだか無理がありますよね。いっそのことデキを使ってレア編成をプッシュプル、なんていうのは悪趣味でしょうか。

ところでミュースカイの記念マークは3日(木)から付いています。ひょっとして当分の間このままかも??。というわけで今日一日、久々のイベント三昧でした。(出札掛)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

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2010年6月 5日 (土)

【アーカイブス】1971.5.16 ここはどこ?

 今日は知多新線開業30周年記念号の走る日である。この路線は、内海開業式の時に行っている。その思い出の路線だけに、撮影に行こうかと考えていたが、結局、面倒になってやめてしまった。こういう熱意のなさは、まさに加齢による気力の衰えが原因なのだろう。

 

 そんなわけで、天気も良いのにスキャンをしている。ある写真を探すのが目的であったが、結局、その写真は見つからずに、他の写真をスキャンしてしまうことになった。まあ、いつかはスキャンすることになる(たんなる希望であるが・・)のだから、単に順番が変わっただけなのだろうが・・・。

 

 そこでスキャンしたのがこの写真である。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 この写真のどこが面白い・・・駅撮りだし、もうちょっと、うまく撮れないの・・・という声が聞こえてきそうだが、ちょっと待って。ホームの番線は6とあるし、跨線橋もある。こんな駅、名鉄にあったっけ?

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 改札の側を向くとこんな感じである。ずいぶん、ぼろい駅舎だ。全体を入れたり、あるいは外から撮ればいいのだけれど、外観は撮っていない。理由は・・・・。

 今から見れば、勿体ない話であるが。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後の写真は、線路に中に堂々と入って撮影している。(>_<)

 まあ、40年前のことななのでお許しあれ。しかし、このホーム、4両編成のパノラマなのに、2両がはみ出している。ローカル線の末端駅かと思えば、方向板は特急岐阜となっている。

 さて、この駅は・・・・・。(駅長)

 

 


 

 

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2010年6月 3日 (木)

旧型時代の長野電鉄





















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2010年6月 2日 (水)

1979.5.27の思い出

 鳩山総理と小沢幹事長が辞任した。普通なら新聞を読んで、これからどうなるのか、という感想を持つくらいだが、今回は直接、自分に影響を被ってしまった。予定していた東京への出張が、政局の混乱によって取りやめとなってしまったからである。まさか、総理の交代が直接自分の身に影響を及ぼすことになるとは思いもよらなかった。

 実はといえば、今回の出張はやや時間不足で内容が詰め切れていなかったので、ちょっとホッとした面がある反面、それに備えてテンションを高めてきたので、緊張が途切れると次にテンションが高まるかどうかが、ちょっと心配である。

 もうひとつ、残念だったのは、出張を機に、朝練を予定していたのが水泡に帰すことだ。こういう予定変更の時に限って皮肉にも天気が良さそうである。次の日程は未定であるが、梅雨にはいってからになるだろうから、おそらくEF81牽引の北斗星やEF64のあけぼの、253系の成田エクスプレスは綺麗に撮ることができないかもしれない。残念で、心残りである。


 そんなわけで時間が出来たので、はなぶさブログに書き込むとしよう。折角だから、今日は大ネタである。

 タイトルを見ると、ああ、あの日、とピンと来た方も多いだろう。そう、愛知植樹祭でお召しが走った日である。正確に言えば、前日の26日が植樹祭で、この日は飯田線のED62のお召しと豊橋~蒲郡間でEF58のお召しで、こちらが本番であった。翌27日は何の目的だったか失念したが、蒲郡から岡多線(現 愛知環状鉄道)にお召しが運転され、そのため名古屋-蒲郡-(お召し)-新豊田-岡崎-名古屋と1号編成が走り、一部区間はEF5861とEF5860のプッシュプルになった。愛知の鉄ちゃんにとってはこれは生涯にそう何度もない大ネタの日であった。そういえば、最近発売された「わが国鉄時代」誌にも飯田線のお召しの写真が載っていた。誰しも思いは一緒であっただろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 お召しの撮影は、このブログのメンバーの一人と一緒に行っている。国鉄を本格的に撮り始めた時期で、飯田線の奥(といっても新城より北であるが)に行ったのは、このお召しの時が始めてではなかったか。

 岡多線の本番は、三河豊田と永覚の間で狙っている。片ポールで編成が綺麗に入り、好きなカットである。ここの写真は、確か雑誌にも掲載されたように覚えている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 蒲郡(三河三谷か)への回送は、岡崎と安城の間で狙った。EF5860が先頭でのプッシュプルであった。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 新豊田から岡崎への回送は、矢作川の鉄橋で狙っている。ここでもEF5860が先頭のプッシュプルである。これは新豊田に機回しがないためで、EF5860を回送で送り込んでプッシュプルで折り返したためと記憶するが、ちょっと違っているかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後の名古屋への運転は、岡崎と安城の間、多分明治用水の上から狙っている。EF5860が付いていないのは、岡崎から浜松へ回送したためだろうか。まだ、この頃は東海道線の撮影地を熟知していないので、編成の一部が踏みきりで切れる場所で狙っている。今なら、どこで狙うだろうか。

 

 今、写真をスキャンしてみると、5月とはいえ、意外に天気が悪い。確か、前日の夜には猛烈な雷雨だったように覚えている。天候が不安定だったのだろうか、晴れた写真は矢作川の鉄橋の上しかないうえ、コダクロームが不安定なときだったためか、色がくすんでいるのがちょっと残念である。(駅長)






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2010年6月 1日 (火)

25.鉄分補給(名鉄工臨朝連)2010/05/26・06/01

最近、活発な動きを見せる名鉄の工臨。土日は車が使えるので、早起きさえすれば撮影の足に苦労することは少ないのですが、平日は自転車+電車しか足がないので、撮影ポイントが限定されてしまい、結構辛いものがあります。ここ最近、5/26・6/1の2回ほど挑戦しましたが、いずれも天気が味方をしてくれず、次のチャンスがあればリベンジしたいです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

4/8以来、9003レの再登板ということで、5:00過ぎに自転車で自宅を出発してこのポジションに向かったもののあいにくのドン曇り。リベンジとはなりませんでした。犬山線の工臨は運転頻度が少ないため、次のチャンスはいつになるのでしょうか…。

【上小田井~西春】5/26(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

平日の9004レを狙うべくこの日も5:00に自宅を出発。中央線の初列車に乗れば金山から前走りの準急に間に合うので、最も時間の稼げる矢作橋で下車、撮影ポイントまでダッシュしました。本当はもう少し宇頭方面へ行きたかったのですが、10分しか時間がなかったので、徒歩鉄ではここが限界です。西方向の空は晴れているのに太陽が昇る東方向は厚い雲に覆われて撃沈、また、稲が思ったより成長していて水鏡は厳しい状態でした。

【矢作橋~宇頭】6/1(電車運転士)

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