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2010年5月

2010年5月30日 (日)

消える?長電2000系

 リンゴ色や茶色に復活して、人気上昇中の長野電鉄2000系が来年早々に消えるという。なんでも成田エクスプレス用の253系を導入するらしい。もっとも、湯田中への乗り入れは変電所の改良が必要で、実現には地元行政の補助次第だとか。まだ不確定要素はあるものの、今時、走っていることが不思議な車両なので、遅かれ早かれ消えることは間違いないであろう。

 と、いうことで、早速長電に撮影に行って来た。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 と、言いたいところであるが、例によってスキャン画像である。

 なぜかわからないが、1977年11月に泊まりで長電と上田交通に行っている。どうも、東急の5000系が入るため、旧型車が危ない、というのが理由だったようだ。その後、車両がどれだけ変遷したか、よくわからないが、少なくともこの時に新車として入った東急5000系はとっくに姿を消している。

 この時は屋代線を中心に撮影していて、電機の写真もあるが、長野線の方にも旧型が入っていたようで、それの撮影とあわせて2000系も撮影している。これは有名な桜沢のカーブだろうか。天気が良くて、バックにが黒姫が写っている。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もう少し線路に近づいてヘッドマークも撮ればよいのだが、この頃は鉛筆転がしの写真が多い。これも桜沢あたりか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 線路に近づいて撮ったのはこんな写真。ここでは日没までねばっていたようで、夕陽にギラリの写真も撮影している


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

この風景を撮りに長電に行ったのか、現地で見つけたのか記憶がないが、屋代線の大室と金井山の間でこんな雄大な光景を撮影している。長電でも、というか、わが国の私鉄で屈指の光景かと思うけれど、今まで雑誌などで見た記憶がない。なぜだろうか?

「はなぶさ」に集まる仲間たち

すこし、左を向くとこんな感じである。後ろは松代の街。この時、登場したばかりの2500系もすでにない。考えてみれば、この撮影から30年余が経過しているのであるから、当然であろう。いま、このあたりはどうなっているのだろう。このあたりに長野自動車道が出来ているので、ずいぶん光景は変わっているはずである。

 

 この時は、どのように行って、どこでどう泊まったのか、まったく記憶がない。上田交通で朝に撮っているから、別所温泉だろうか。これは、八木沢と舞田の間くらいで撮影しているはずである。

 しかし、85mmで正面からしか撮らない今よりも、当時の方がはるかに撮影のセンスがいいのには、我ながら情けないばかりである。(駅長)


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2010年5月29日 (土)

JR-F名古屋港線

都会の中のローカル線か、と思わせるようなJR貨物の名古屋港線。古いデータ(2002年6月撮影)を眺めていたらふと目にとまり、そういえばDE10の日課だったんだよなー、と思い出します。遠くにはツインタワーのみがそびえ立っています。ということは、今なら高層ビルがひしめきあって?いる光景が見られるかも、と8年ぶりに同じ場所へ訪れました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


DE10の日課は相変わらずとも、お供の姿が変わってしまいました。名駅には高層ビルがまた造られ始めますが、10年後はどのように発展しているでしょうか?(最近、いまむかし描写にこだわる出札掛)

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2010年5月28日 (金)

富山の思い出~18きっぷ消化の旅

駅長様の北陸遠征の高岡での写真を見て、「あれ、見たことあるような場所?」と、過去のデータを探したら、見つけました。撮影は昭和58年7月29日。18切符を使って北陸線~富山県の国鉄線乗りつぶし~大糸線~中央線、の「乗り鉄」メインの旅に出かけ、途中高岡駅前で時間つぶしに撮影したときのものです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


ちょうど七夕祭りの期間中で飾りがにぎやかですが、モノクロで撮ったことに悔やんでいます。右上の鉄塔と仏壇の看板は駅長様の写真を見ると今なお健在のようですね。また電車をよく見ると、どうやら「後追い写真」のようです。車が邪魔で、ようやく見通せたときは電車が遠ざかってしまった後なので迫力に欠けますが、本当のところはどうだったのか、記憶がありません。この後、乗りつぶし目的で富山港線にも足を運びました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


夏真っ盛りで立山など見えるはずもなく、定番の場所ですが漁船重視で一列車のみ撮影し、適当に線路に沿って歩き始めました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

臨時駅「競輪場前」にたどり着きました。駅名と発車時刻が一緒にど~んと表示されているのがユニークです。


思えば、北陸三県のうちで富山県が、鉄道においては最もバラエティーに富んでいますね。風光明媚なロケーションにトロッコ、LRT、ローカル線から新鋭特急までetc・・・。ネタがなくともじっくり出かけてみたく思います。(出札掛)

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2010年5月27日 (木)

24.青梅線のED16 1976/03/31~04/01

高校受検も一応終わり、解放感全開の春休み、ED16に興味を惹かれ青梅線を2日間にわたり初訪問しました。宿は東京近郊にある友人の親戚宅だったような記憶があります。この頃はED16の石灰石貨物が半分ピストン輸送のような感じで多数運転されており、旅客列車も旧型国電が主力で、たまにやって来る101系の方が珍しいくらいでした。EF53をひとまわり小さくしたようなED16のスタイルはどことなくかわいらしくて好感が持てました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


乗った電車が青梅止まりだったため、乗り換えのために下車したところ、増結用のクモハ40がひと仕事を終えて休憩中でした。写真は半流タイプですが、切妻タイプもいました。青梅線のクモハ40は茶色塗装はもちろんのこと無粋なHゴム化はほとんど施工されておらず、また、前サボもしっかりと入っており、より原型に近い姿のままでした。左に写るスズキのフロンテも懐かしい車です。

【青梅】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


定番の鳩ノ巣カーブです。石灰ホキを連ねたED16がやって来ました。もう少し後の日だと線路沿いの桜が満開になるのですが、残念ながらまだ蕾の状態でした。

【古里~鳩ノ巣】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち


2日目は超有名ポイントの軍畑の鉄橋を中心に撮影しました。規模は小さいですが、餘部鉄橋と同じ構造です。橋を渡った向こう側がすぐ軍畑の駅です。まずは定番アングルでED16の貨物列車を狙いましたが、通過直前に下方からバルサン攻撃が襲って来ました。当時の軍畑の鉄橋は邪魔な手すりもなく、架線も鉄橋部分は長大スパンでひと跨ぎだったため、スッキリとした写真を撮ることができました。

【二俣尾~軍畑】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち


旅客列車は茶色の72系の天下でした。写真のクモハ73は中間車のモハ72に運転台を取り付けた改造車ですが、63系の流れを汲む3段窓車も健在でした。

【二俣尾~軍畑】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


鉄橋の高さを強調したくて下から見上げるポイントを探しました。踏切が鳴り、この日一番のショットかと期待を持ってシャッターを押しましたが、この列車に限って単機回送でした。貨車がついていればなぁとガッカリしたことを覚えています。このカットを撮影後、青梅線を後にして、友人の親戚宅(埼玉県)へ向かいました。

【二俣尾~軍畑】(電車運転士)




















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2010年5月26日 (水)

惜別記念 続 金星 

 5月21日に出札掛氏が583系金星の思い出を書いておられる。これは583系金星の写真を持っている人は写真を掲示してほしいと言う無意識の示唆に思えてしまう。たまたま、何枚かの金星の走りの写真を撮影しているので、手元にあった金星の写真をスキャンしてお目にかけたい。 

「はなぶさ」に集まる仲間たち


これは、近江長岡~柏原間を走る583系金星である。この写真は、多分1979年の撮影であろうが、この時はまだ築堤に突き当たるようにつくられた道路はなく、引いた感じで伊吹山を入れて撮影できた。晴れれば逆光になるので、これは薄曇りの日に撮影をしている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いては、関ヶ原~柏原間の新幹線をまたぐ部分のカーブである。ここは山の中にもかかわらず、かなり早い時間から陽があたるため、何度か撮影をしている。最も条件の良いときには、モノクロであるが、「はやぶさ」も撮れた。編成の最後尾までははいらないが、雰囲気がよいので好きな撮影地であった。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後は垂井線を下る金星である。ここは、下り線側にはこの時間帯、列車が来ないので、安心して撮影できた記憶がある。

 ところで、この頃の金星というのは、「みずほ」「さくら」と続くブルトレの間にたまたま来る列車、という程度の位置づけであった。とはいえ、金星の運行期間中に撮影していても、ファンに会った記憶は全くないので(同行して撮影した人はいるが)、今となっては貴重な写真であることは間違いないであろう。(というより、単に写真に価値をつけたいという願望であるが・・)

 この「はなぶさ」のメンバーは、まだまだ金星をさまざまな角度から撮影しているはずなので、ぜひ、未公開のそれらの写真をここで公開して欲しいと望むばかりである。(駅長)


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2010年5月24日 (月)

北陸遠征 玉砕その2

 わざわざ北陸まで行きながら、天候に恵まれず、玉砕した写真の続きをご覧に入れたい。

 富山といえば立山連峰、というくらい、屏風をたてたような迫力ある景観はまさに壮観のひとことである。折しも5月は残雪の時期で、青空にそびえ立つ雪山を背景にした鉄道写真は、誰もが撮りたいところである。特にこの連休は天候に恵まれ、毎日、立山が手に取るように見えた、などという話を聞くと、どうしても期待してしまう。

 ということで、富山に行くにあたり、当然、立山が見えたらどう撮るか、という計画を綿密に組んでおいた。立山のない富山というのは、まさに何とかを入れないナントカのようなもので、画竜点睛を欠くというか、魅力のないことおびただしい。計画をたてるにあたり、山が見えないときはどうするか、ということは、全く考慮していないし、考慮する気もない。


 しかし、しかし、訪問した初日、天気は快晴で雲一つ無いのに山は見えなかった。天気が良いことを信じて、富山に最も早く着く交通手段で行ったのにもかかわらず、である。

 実は、立山が見えるには、天気が良いことに加え、空気中の水蒸気の量が少ない必要がある。このため、秋のようにカラっとしているときには山が見えやすいのに対して、春は霞がかかりやすく、よく見える機会はそれほどない。

 とはいえ、3日もいたら、1日くらいは見えるだろうと期待していたのに・・・結果は初日こそ晴れたものの、3日目は終日雨であった。これはどう判断すべきなのだろうか(>_<)


 まあ、愚痴はこれくらいにして、撮影した写真をご覧に入れたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、能登を撮影後に撮影した万葉線。高岡駅前の撮影である。

 自動車が写っていないのはいいとして、人も写っていない。近年の路面電車の写真は賑やかな街の中を走っている光景が好まれることもあり、こうした閑散とした光景の写真はまったくもって使い物にならない。まさに「死んだ町に路面電車だけが生きている」という様にも見えるシーンであり、ちょっと考えさせられる写真でもある。実際には、まだ町が起き出す前の一番電車なのだが・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 つぎは、昨年開業した富山の環状線で、富山城址をバックに撮影できる国際会議場前である。ここは昼間にも撮れるが、雰囲気的にはライトアップされた夜の方が良いようにも思う。こうした時間にも撮影できるのは、まさにデジカメ様々である。

 しかし、山が見えないとはいえ、なぜ早朝と夜の写真ばかりなのだろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 撮影を予定していて、雨に降られたら、まったくもってやることがない。カメラマン殺すに刃物は要らぬ。雨の3日も降れば良い。という言葉を思い出す。

 最終日、帰りは16時40分の高速バスを予約していたが、一本早く帰ろうと13時40分に予約を変更しようと思うと、なんと満席。まあ、JRの片道分で往復でき、しかも時間も変わらないとあれば、満席となるのも当然か。現在は1日6往復であるが、もう少し増発を望みたいところである。

 しょうがないので、地鉄に乗って時間をつぶす。本線は単線ながら最高速度95kmで走れるようになっており、あたかも西尾線に乗っているかのような感じを受ける。気のせいか、14760形の走行音もパノラマを彷彿とさせる。モーター出力は違うが、日車製車体、TDKモーターによるのだろうか。

 この特急うなづき号は、2両編成でなんと1両が指定席。ワンマン運転であるが、アルバイトの車掌が乗って、特急券と座席指定券の発行を行っている。とはいえ、指定席の乗客はゼロ。まあ、1両だけの自由席で座れてしまうのだから、追加料金を払って指定席に乗ろうという乗客もいなくて当然なのだろうが・・・。

 ところで、この特急の特急券、デザインが40年前と同一であることに気がついた。多分、料金も同じではないだろうか。

 富山地鉄の経営もなかなか厳しいと聞いている。最も新しい14760形(右側)がもう製造してから30年ですからねぇ・・・とはいえ、あまり陳腐化していないデザインは評価すべきと思うが、いかがなものでしょうか。(駅長





 
 

 

 

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2010年5月23日 (日)

北陸遠征 朝練玉砕!

 電車運転士氏の水鏡朝練に刺激を受けて、水鏡の写真を撮影しようかと思うのだが、名鉄沿線では氏にかなわないので、別の路線を探すしかない。さて、どこが・・・と考え、どうせ撮影するなら、そのうち無くなりそうなもの、として選んだのが、北陸に遠征して、ブルトレを高岡周辺で狙うというもの。北陸は無くなってしまったが、まだ日本海は残っている。ボンネットではなくなったが、臨時の能登も続いてやってきて、一応、国鉄色だ。早朝なので撮れるのはこの時期しかないし、ちょうど田圃に水を入れる時期でもある。

 本当は高岡に泊まるのが便利なのだが、都合で富山泊。朝5時の特急に乗って高岡で降り、タクシーを飛ばして西高岡のお立ち台でこの2本を撮ろうという算段である。

 朝、起きると、ちょっと雲は多めだが、なんとか青空も見える。新幹線工事がらみで駅舎が仮駅舎となって乗車に時間がかかることを忘れて、乗車はギリギリになってしまったが、なとか5時2分のしらさぎに間に合い、高岡へ。しかし、天気がおかしい。神通川はもやがかかって上流の鉄橋が見えない。高岡に近づくと、もっともやが濃くなって、太陽は隠れてしまっている。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これではタクシーを飛ばして行ってもまともな写真は撮れない。そこで泣く泣く方針を変更。駅撮りにすることしした。

 5時47分、定時で日本海が到着。ご覧の通りの状況で、なんのために富山に泊まって、早朝に起きて高岡くんだりまで来たのだろうか。天気予報は晴れなのに、もや(霧)ではなんともならない。苦労がまったくの無駄になってしまった。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて急行能登。ボンネットではなくなったが、485系なので、寿命は推して知るべしなのだろう。

 能登が行ってしまったら、次第にもやが晴れて、15分後には快晴となってしまった。うーん、意地が悪い。ツキが無いというか、普段の心がけのせいなのか・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ところで、ホーム端で構えていたら、城端線用のDCで首都圏色のキハ47が現れた。これはイベント用に塗り替えられたもの?あるいは?

 ご存じの方、お教えください。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ちなみに本日(5月23日)は、強風による運転抑止で、午前8時以降の東京方面の列車は、ブルトレも含めて全部運休!当方は影響はなかったが、北陸~東京の鉄道ルートが週末に全滅すると影響は大きく、困った人も多いはずだ。

 最近、こうした大トラブルには遭遇していないが、海外を含めるとあぶなかったことはいっぱいある。しかし、ここまで予見して行動するのは、ちょっと難しいだろうなぁ。 

(駅長)

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23.鉄分補給(水鏡朝連3) 2010/05/22

M社沿線の水鏡もほぼ終盤戦に差し掛かってきました。国府宮付近は他の場所よりも若干遅めな感じです。名古屋から西方面は時間的に出勤前の朝連が無理なので、休みの5/22に少しだけ早起きして早朝に出動してきました。快晴・無風状態だったため、イメージどおりの風景が広がっていました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いい位置にあるこの田んぼは田植えがこれからで水の量も多かったため、少しでも風が吹くと水面が波打ってしまいます。ということで早朝のわずかな時間が勝負でした。

【国府宮~島氏永】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

下り特急が1700系で岐阜へ向かって行ったので、折り返しを待ちました。1700系は少数派ということと前パンということで、ついつい意識して狙ってしまいます。

【国府宮~島氏永】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

この日は天気がよかった土曜日ということもあってか、あちこちの田んぼで田植えが盛んに行われていました。季節感を出すために田植え風景とのコラボを狙ってみましたが、人も電車も互いに動いており、なかなか自分の思ったとおりのタイミングにはなりません。遅いように見える田植えの動きもファインダー越しに見ると思ったより早く、ヨッシャと思ったつもりでも微妙にタイミングがズレてしまいます。田んぼを移動しながらあちこちチャレンジしてみましたが、結局、満足のいくショットは撮れませんでした。

【国府宮~島氏永】(電車運転士)



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2010年5月21日 (金)

惜別記念

廃止を2週間後にひかえた「金星」を撮りに夜の名古屋駅を訪れました。電光で浮かぶヘッドマークを記念に残したいのですが普通に撮るのは面白くないので、そこでふと思い出したのが某雑誌の表紙を飾っていた「金星」のヘッドマーク流し(??)。カメラの中にはトライX が入っていたので、失敗してもいいや、と軽い気持ちでマネしたら↓のようになりました。あまりごちゃごちゃしたデザインだとかえって見苦しくなるのでこのくらいシンプルであるほうがきれいに流れる表現を出せるかもしれません。が、しかし・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

三脚を立てて雲台を横に振っただけなのですが、ちょっとレベル出しを失敗しました。残像もあるし・・・。ま、ここは「金星」さよなら記念として大目に見てください。名古屋を夜に発ち、早朝に戻る「金星」は、この近辺ではまともに写真を撮っていません。早朝、深夜に出かける根性がなかった頃のささやかな記念写真です。(出札掛)

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2010年5月20日 (木)

関西線のD51 1970/11~12

 電車運転士氏がせっせと中学時代のモノクロをアップされているので、こちらも大人になってからの90年代のカラーというわけにはいかない。しかし、小生が鉄道写真を撮影しだしたのは高校になってからであり、当時の写真を出しても電車運転士氏の中学時代と比べて年齢の割に腕が未熟で恥ずかしいばかりである。しかし、いずれも時代が経過して、今では貴重な映像となっており、ちょっと懐かしい写真ということでお目にかける次第である。


 まずは、関西線を走っていた蒸気機関車からお目にかけよう。(というか、まだこの一部しかスキャンしていない)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 関西線のおカマさんは昭和46年4月に無くなっているので、その前年の秋、高校2年の時の撮影である。これは富田を発車するD51で、後ろに架線が見えることから、四日市方面への貨物である。

 電車運転士氏に対して、ひとつだけ対抗できるとすれば、これは2眼レフでの撮影であることだろう。当時、すでに一眼レフは所有していたが、学校の先輩が2眼レフで撮影しており、プリントしたときの質感は35mmフィルムに勝ることを実感していた。そこで、なんらかの手段で2眼レフを入手し、モノクロで撮影したのである。

 当時の腕では、結果的にはブローニーと35mmの違いが明確な写真が撮影できたわけではないが、この時の大判指向がその後のバケペンやフルサイズデジにつながっていくのであろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いては、笹島を発車するD51貨物である。これは稲沢方向への発車で、ここから名古屋駅に向けては10パーミルの勾配になっているので、煙が期待できた。(というほど、良い写真はこの1枚くらいだが)

 当時、夜になると、条件が良ければ名古屋市東部の自宅まで、汽笛の音が聞こえてきた。おそらく笹島を発車するときの汽笛であろうが、次の撮影に思いを馳せるには十分であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後に、弥富を出発して長島に向かうD51貨物である。これは、今もあると思うが近鉄の旧線跡から撮影しており、やや高いところから撮れるし、木曽川に向けて登り勾配になっているので、絶好の撮影地であった。


 関西線では、今は大阪の鉄道科学館に保存されているD512というデゴイチの2号機がいて、これも何度か撮影している。いずれは、これらもスキャンして発表したいと思っている。

 C57の客車も撮影しているが、これらは撮影し始めて間もないことから、お見せできるようなものではないのが残念である。(駅長)



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2010年5月19日 (水)

22.伊那谷の舶来紳士 1975/08/11

中学3年生の夏休みのこと、毎度のことながら某鉄道雑誌で飯田線北部に輸入電機が現役というのを知りました(当時の自分の情報源は鉄道雑誌しかなかった)。夏休みに家族で帰省中なら何とかなるだろうと画策し、父親に頼みこんで連れて行ってもらいました。確か、中央道の恵那山トンネルが開通したばかりで、当時は日本最長の道路トンネルという触れ込みだったので、どんなものなのか野次馬根性的なところもあったみたいです。肝心の写真ですが、撮影地がまったくわからなかったため、中途半端な場所での撮影となってしまいました。もう少し足を延ばせば定番ポイントでもう少しまともな写真が撮れたはずで、悔やまれてなりません。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




現地到着が昼頃だったため、この日撮影できるのは上下各1本ずつでした。お盆前だったので、ウヤが心配されましたが、ED18の貨物が桑畑の向こうから姿を現しました。てっきりED19だとばかりに思っていましたが、予想に反してED18でした。これで次の列車がED19なら両方を一度にゲットできることになりるので、期待が高まりました。

【上片桐~伊那田島】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち




次の列車まで時間がほとんどなかったのと、撮影場所の知識に乏しかったため、ED18を撮ったすぐ近くのポイントで待つことにしました。本当にしょーもない場所になってしまい、さっさと妥協せずにもう少しいいポイントを探せばよかったと後悔しています。切り通しの向こうから登ってきたのはED19、わずかな時間で両方の型式をゲットできたのは運がよかったです。

【上片桐~伊那田島】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち




帰る途中に入場券を買おうと思い上片桐に寄ったところ、さっきのED18が昼寝中でした。ひと仕事を終えた後だったため、残念ながらパンタが降りてしまっていました。このときから17年後に奇跡の本線復活を果たし、再び相見えることができることになろうとは夢にも思いませんでした。

【上片桐】(電車運転士)

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2010年5月17日 (月)

【アーカイブス】デキの活躍

 名鉄の工臨の話題でブログが盛り上がっているが、折角、デキが登場しているので、スキャンしたデータからかつての活躍を偲んでみたい。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 思うに、これまでのデキの活躍で最も印象に残ったのが1993年に行われた名古屋市交6000系の回送である。大江から赤池まで、金山でスイッチバックして、知立、豊田市経由でデキ600重連が牽引した。回送が5~6月に行われたため、かろうじて走りも撮影が可能で、また、赤池の場内で時間待ちで停車したため、より良い条件でも撮影できている。この写真、プロビアを増感してもまだ露出が足りず、アンダーを覚悟で撮影したが、フォトショップのおかげで何とか見られる程度まで補正することができた。まさにデジタル化様々である。

 この後も、7000系など同様の方法で回送されたが、残念ながら撮影は不可能であったように記憶する。残るチャンスは、桜通線の新車6050系の回送であるが、デジカメならかなりの条件で撮影が可能であるため、ぜひとも夏至の季節に回送してほしいものである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 電車を牽くデキの姿をもう1枚。これは1991年の1200系新造にあたって行われた1000系の方向転換である。この時は、両端に電機を付けて、須ヶ口-栄生ー下砂入-須ヶ口の順で運転されたと思う。

 ところでこの頃、なぜか中版はフジのネガを使っていたのであるが、この頃のネガはスキャンすると色がちょっとおかしい。少なくとも昭和40年代の半ばに撮影したものより、発色が落ちている。現像のせいらしいが、町中の写真屋でなく、フジのラボに出していてもそれがはっきりと感じられる。とりあえず、ネガのデータ化だけはしておいたが、保存性ということを考えると、ビネガーシンドローム同様の問題ではないだろうか。

 そういえば、この鉄橋も駅の改良に伴い、大きく変わってしまった。ここの桜は、なぜかあまり絵にならないと思って撮影していない。このアングルで満開時に撮れば、かなり良い写真になったと思うのだが、不思議である。

 

 もうひとつ、名鉄の新造車の回送を。今は、名古屋臨海鉄道のDLで行われるが、この頃はデキの重連であった。

 ここまできて、スキャンしている写真が全部本来の用途と異なる甲種回送(名鉄ではそのような言い方をしていないが)であることに気がついた。本来のデキの貨物も写真が撮ってあるので、そちらも早くスキャンしないと・・・。(駅長)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

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21.工臨の季節到来 2010/05/15

駅長様同様、情報通の方からいただいた名鉄工臨の情報をもとに5/15(土)の早朝、出撃してきました。その後は、蒲郡線の三河湾俯瞰のリベンジを行い、豊明から四日市まで伊勢湾岸道を走り、三岐鉄道の貨物とナローを掛け持ちしてきました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

この日の朝は快晴・無風状態だったので、工臨の水鏡は豊明か安城のどちらにしようか迷いましたが、一昨年ゲリラ風で水鏡が台無しになったリベンジということで安城方面に向かいました。田んぼが1枚ずれましたが、一昨年のリベンジほぼ達成です(o^-')b。情報通の方が多いのか、早朝にもかかわらずこのあたりは10人程度の同業者が集まりました。なお、このポジションのすぐ左にある跨線橋ですが、長いこと供用開始されていませんでしたが、すでに供用開始されており、堂々と撮影することができるようになりました。
【宇頭~新安城】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

先月トライした三河湾俯瞰のポイントです。今回は7:00過ぎに現地に到着できたため、列車の側面にもしっかりと光が当たってくれました。視界も前回よりクリアな状態だったため、こちらもリベンジほぼ達成です。(^_-)☆
【東幡豆~西幡豆】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

三岐鉄道の貨物1発目は定番の陸橋上から狙いました。背後も含めて全面水の入った田んぼをイメージしていましたが、後ろ側は麦畑となっていました。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
【三里~丹生川】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

下りの2本目の貨物は水鏡を狙いましたが、通過直前にゲリラ風が…。水鏡が微妙な感じになってしまいました(´д`lll) 。この日は撮影できた上りの貨物スジは2本とも貨車がなく重単、その他ウヤのスジもあって貨物はハズレ日でした。
【三里~丹生川】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

掛け持ち可能な北勢線ですが、定番の3連眼鏡橋付近は今年は一面に麦が植えられており、仕方なく少し北へ移動しました。水鏡ができたのはこの田んぼだけで、ここ以外は一面の麦畑となっていました。ヽ(*'0'*)ツ
【楚原~麻生田】(電車運転士)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

夕方近くになって、光線の具合が何となくいい感じになってきたので、水鏡ばかりでは芸がないと思い、思い切って麦の穂を強調してみました。自己満足かもしれませんが、思ったより雰囲気が出たような気がします。(*^o^*)
【楚原~麻生田】(電車運転士)





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2010年5月16日 (日)

国鉄カラー

昨日のこと、「本日の3189FにS11編成が入ります」の情報が飛び込んできました。S11といえばJR-C117系の国鉄色編成。117系の運用は把握していても、3月改正後の運用順は把握しておらず、もっぱら同業者のブログや掲示板の目撃情報を参考に運用順序を自分なりに作成して予想するも、たまに差し替えがあったり(M社ほどではないが)、ちょうどいい時間帯に走ることがわかっても他のネタとダブったり家の用事があったりで、ゲットするにはなかなか手ごわい相手です。昨日15日は特に予定もなかったのでさっそくスクランブル発進。3189F列車は東海道を夕方下る岐阜行き普通。岐阜からは回送で大垣に向かう行程ですが、そこまで行かずとも夏季夕方限定の撮影場所である木曽川鉄橋を渡った先のゆるいカーブにて迎え撃つことにしました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


現場到着時は曇り空も通過10分前には陽が出てくれて、列車も予定通り定時で来てくれました。架線柱が顔にかかったとか、幕が回送だとか、その辺はカンベンして下さい。撮れただけでも一安心。

そういえば去る1月の某休日、S11が美濃赤坂~米原機織りに入る運用に充当されたので赤坂で撮影後、つい追いかけて定番撮影地に足を伸ばしてしまいました。雪晴れの見事なロケーションでS11を撮れたので満足です。こんな天気なのに意外と同業者はポツポツ程度でした。(出札掛)


「はなぶさ」に集まる仲間たち



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名鉄のデキをゲット

 情報通の方から、16日朝に名鉄のデキが走るとの情報をいただき、早朝に起きて撮影に行って来ました。朝起きると雲があって、どうしようか迷ったのですが、せっかく起きたことでもあり、頑張ってクルマを出しました。デキは15日も走ったようで、天気が快晴であった15日に撮影しなかったことを悔やみました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 金山への運転をどこで撮ろうか迷いましたが、どうせ曇りということで晴れたら影がかかる高蔵の歩道橋の上から狙いました。ちょっと長さを読み間違えて(意外に長いですね)、後ろの機関車が木の影の隠れてしまったのは誤算でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 矢作橋への運転もどこで狙おうか迷いましたが、田圃に水が入ったと聞いた豊明と富士松の間のアップダウンとしました。この場所、なんと早朝にもかかわらず、撮影者が4人もいました。皆さん、情報通ですね。到着時には朝日がさしていたのですが、列車が来る頃には太陽が雲に隠れてしまったので、もうひとつの出来具合となりました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 折角、早朝に来たので、パノラマ8連で通った一ツ木側に移動します。こちらはまだ田圃に水が入っていないばかりか、畦に植えてある木が大きくなって、撮影しづらくなりました。ここでしばらく撮影するも、パノラマカーが来るわけではないし、もうひとつ天気が安定しないので帰ることに。

 どこか他の場所での撮影も考えたのですが、これといって撮る場所も撮る被写体も思いつかなかったので、帰宅しました。普段、撮影に出かける時間帯に帰ってくるのは勿体ないですが、いかんせん、写欲のわくものがなければ何ともなりません。本気になれるのがデキだけというのも、ちょっと辛いですね。早朝起きるのも含めて。眠い。

 新緑で天気も良いのに、自宅でスキャン三昧とは残念です。(駅長)

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あぁ、布袋駅(駅舎編)

先回レポした青山駅周辺の「高架化工事」つながりで、今度は犬山線布袋駅について。同駅周辺もようやく本格的な高架化工事に着手したようです。通勤ルート上にあるので、毎日のように少しの変化でも見逃さぬよう観察しながら電車に乗っています。さて、いかにも重要文化財的存在の布袋駅舎ですが、今年3月末とうとう仮駅舎が出来上がり、その任務を終えました。地元ではこの建造物を保存できないか、と動いているようですが、まだ結論は出ていないです(と思う)。↓の写真は現在の姿。これを撮影するには仮駅改札口とホームを結ぶ通路からしかできません。しかも透明状のアクリルボード越しに。でも、意外とほぼ現役時の状態で残っています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


現役最後の正月を迎えた今年の元旦、ちょっと様子を見に出かけてみました。いつもなら国旗が掲揚されているのですが、今年は折りしも雪が降っていたせいか、しめ縄飾りのみでした。↓


「はなぶさ」に集まる仲間たち

↓の写真は、昨年の元旦。このようにたいていの国民の祝日には国旗が掲げられていました(しめ縄はたぶん三が日のみ)。そういえば一般の家庭でもこうして国旗を掲げる姿を、いつの間にか見かけなくなってしまいました。時代ですね・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


貨物取り扱い駅であったことに敬意を表し、構内で作業中のカモレの画像を載せておきます。数年後の変貌に大きく期待! (出札掛)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

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2010年5月15日 (土)

20.茶畑とEF18 1976/02/15

157系の撮影を終わり、帰りにどうしても寄り道したかったネタがこれです。流線型ボディに載せ換える前のゴハチの面影を残す貴重な存在で、わずか3両の小世帯と当時でも絶滅危惧種的な存在でした。晩年のこの頃は静岡運転所に所属し、島田~金谷間の小運転貨物と天竜川の入換がおもな仕事だったように記憶しています。島田~金谷間の貨物は確か3往復の設定で、157系を早目に切り上げれば何とか夕方の下り貨物に間に合うということで、金谷で途中下車しました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


伊東線を後にする頃はいい天気だったのに、東海道線を西へ向かうにつれて雲行きがどんどん怪しくなってきました。金谷に着いた時は今にも降り出しそうなドン曇りでしたが、とりあえず島田方向にある茶畑ポイントに向かいました。EF18の通過直前には土砂降り状態となり、夕方ということもあって露出はどんどん厳しくなるばかり。まともに写るのか不安でしたが、とりあえずシャッターだけは押しました。帰宅してからフィルムを現像し、紙焼きしてみたところ、やっぱりかなり暗くて使い物にはなりそうもありませんでした。最近まで、EF18を撮影したことすら半分忘れていましたが、30数年経ってスキャナーで画像を取り込み、明るさを修正したらここまで見れるようになりました。現代の技術に感謝です。ただ、このアングルだとEF15と言われても仕方ありません。EF18の最大の特徴である細身の長いデッキがわかるようにもう少しサイドから撮るべきでした。(ノ_・。)

【島田~金谷】(電車運転士)

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2010年5月14日 (金)

土曜出勤の有意義な過ごし方

5月某日の土曜出勤日、社員の半数が不在で電話もなく静かな事務所。さて今日も営業車で一仕事がんばるかー、と会社を出て気が付いたら河和行き特急で青山駅まで来ていました。以前この近くで仕事があり、そのとき高架化に伴う仮線工事を見て、まるで複々線のような面白い造りに思えたので、何かのときに記録しておこう、と出かける機会を狙っていました→それほどたいしたことではないが。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

架線柱の立て方のせいか、まるで複々線工事をしているよう。上下線同時に切り替えるためか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

背広姿で小一時間うろついていました。他人には、関係者が工事記録写真を撮っているように見られていたかも。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

上下線同時切り替えは、現状が島式ホームで橋上駅という構造のせいかもしれませんが、詳しい方はご教示下さい。この写真を撮る間際、ここのマンションの住居の方と鉢合わせに。ネクタイ姿ではあったものの、怪しまれていなかったかな~(じゅうぶん怪しい)。帰社するついでにもういっちょ、3084レを。タキを牽く1000番台を初めてカメラに収めました。この後、静まり返った事務所に帰社、机の周りを片付けてとっとと再び外出(直帰?)しましたとさ。 *追補・あくまでも小生の勤務先に対してのコメントです。土曜日といえど、当然通常勤務されている方もいらっしゃいますので、何卒誤解のないよう宜しくお願いします。


「はなぶさ」に集まる仲間たち
(土曜出勤が待ち遠しい出札掛)



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19.鉄分補給(水鏡朝練2) 2010/05/13

5/13の朝は久しぶりの晴れ予想。会社帰りに列車内から確認したところ田んぼにもいい感じで水が入っていたので、水鏡朝練に出動しました。ところが、晴れでも冬型に近い気圧配置の関係で朝から風がビュービュー、水鏡どころではありませんでした。順光側はどうしようもないので、仕方なく逆光側へ移動し、ごまかしたのが下の写真です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち




開き直って、波打つ田んぼに映るキラキラ状態を利用しました。6・8両だと後部がシルエットで抜けないので、4両の普通列車が狙い目です。今回はまったくの外れ日だったので、適当に撮って早々に撤収しました。何のための早起きだったのか…\(*`∧´)/

【富士松~豊明】(電車運転士)





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2010年5月13日 (木)

続・ブルーモーメントの光景

 昨日の書き込みに、早速撮影したいというコメントが寄せられたが、このブルーモーメント、なかなか撮影には条件が整わないと難しい。

 まずは、条件が整った時間が極めて短いことがある。本当によい時間はせいぜい10数分くらい?あまり周りが明るくては、色が飛んでしまうし、空が暗くなりすぎると単なる夜景に近くなってしまう。

 こうした場合、欧州のように緯度が高いところは、ブルーモーメントの時間が長いことから、こうした写真が撮りやすい。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 またまた海外物で恐縮であるが、これはドイツのカッセルで撮影したブルーモーメント。時間は、なんと午後10時半である。ICEの停まるウィルヘルムスヘーエに宿をとったが、8時過ぎには駅の売店もしまってしまって、何も食べられそうもなかったので町の中心部までやってきた。時間は9時半くらいであるが、まだ周囲は明るい。そこで食事をして、外に出てきたら、ようやくいい感じのブルーモーメントとなっており、カメラを取りだして、撮影した次第。

 夏の欧州では、天気がよい日はこうした薄明かりの状態がかなり長い間、続く。こう考えると、夏の北極圏に近い都市では、ブルーモーメントの撮影に適していると思われる。但し、その時間に列車が運行しているかどうかが問題だが。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ブルーモーメントで痛恨なのは、デジカメでパノラマカーを撮影する時間があまり無かったことだ。こうした夕暮れの撮影には、前面窓があるなど窓が大きく、室内灯の光が反映しやすいパノラマカーはまさにぴったりの被写体である。前灯が4灯なのも印象的で、特徴ある外観はサイドから狙ってもすぐわかる。薄明かりの時に走りが撮れれば、印象的な写真になりやすい。

 ご覧の写真は、すでにお見せしたかと思うが、デジカメを購入して、こうした夕暮れの写真が撮りたいと思い、時間と日没の位置をにらんで撮影したのがこの木津用水駅。もう10分ほど早ければベストだったかもしれないが、なんとか空が暗くなっていく様を写し込むことができた。ぶっつけ本番の一回だけの撮影であるが、天候にも恵まれて、予想以上にうまく撮影できた。数あるパノラマカーの写真でも、最も好きな写真のひとつである。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この流し撮りは、ブルーモーメントの時間からはやや遅いが、ASA800で流しているので、やはりデジカメ様々の写真のひとつである。

 もう少し空を落としたいところだが、暗くすると足回りが潰れてしまうので痛し痒しである。今後、フォトショップの使い方を覚えれば、対応はできるかもしれない。

 今思えば、もう少し早くデジカメの世界に足をつっこんでいたら、パノラマカーの最後にもっと多彩な撮影ができたのではないか、と悔やんでしまう。(駅長)


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2010年5月12日 (水)

ブルーモーメントの光景

 あまり海外物ばかり続けても、興味が持てない人には面白くないだろうから、今回を最後にしたい。

 国内というより自宅にいると、例えばデキが走るといっても早朝の撮影はしんどくて、ついやめてしまうことが多いが、旅に出るととたんに元気になって、朝早くから活動を始めてしまう。それが、あまり行けない海外となると、さらに加速する。少しでも旅費の元をとろうというセコイ発想が原点にあるのは、我ながら情けないが、早朝から深夜までカメラを持って走り回ることになる。

 特にデジカメを導入してから、その傾向が著しい。なんせ、少しの明かりがあれば、手持ちで撮影できるのである。デジカメは、撮影の時間帯を大幅に広げることになった。

 その恩恵を大きく受けたのが、夜明けと日没後の陽が昇らず(あるいは落ちて)、周りが暗くなって空だけが青く染まった時間帯。青い光に照らされた、こうした時間の光景を、ブルーモーメントというらしい。残照に建物のディテールが浮かび上がり、さらに照明が点灯して幻想的な写真が撮れるため、町の風景の絶好の狙い時となる。特に欧州の照明は、ナトリウム灯なども多くて日本に比べてより印象的なため、どうしてもこうした時間に狙いを定めたくなる。

 とはいえ、今回は連日連夜、深夜までの夜遊びを続けており、また夜遊びのない日は移動日だったことから、ブルーモーメントの時間に撮るチャンスは少なかった。そこで、夜ではなく、夜明けのブルーモーメントを狙うことになる。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはミラノの中央駅前で、泊まったホテルのすぐ横での撮影である。デジカメでは、こうした時間帯でも走りが撮影できるのが嬉しい。もっとも、暗いズームレンズでは限界があるので、走りを撮るには明るい単玉を使う必要がある。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは上記の写真の横の位置で、もう少し早い時間の方が雰囲気が良さそうだと気がついたので、翌朝、より早朝にでかけることにした。もっとも、欧州のこの時期はサマータイムで夜明けが遅いので、この明るさでも午前6時である。後ろの壮大な建物はミラノ中央駅の駅舎である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 夕暮れのブルーモーメントは、連夜の夜遊びの関係で撮ることのできるチャンスは少なかったが、フィレンツェではその日のうちにミラノに帰る必要があったことから、夜遊びを早めに切り上げたところ、丁度撮影には良い時間であった。そこで、やってきた電車を撮影、偶然のタイミングにしては意外に良い雰囲気になった。

 しかし、ブルーモーメントの撮影は、まさに体力勝負である。毎晩、夜遊びから帰るのが11時半くらい。それから翌日の準備をして、バッテリーを充電し、時間があればデータをパソコンにバックアップする。さらにLAN環境があれば、ネットにつないでメールを確認する。そして起きるのが夜明け前。はっきり言って寝る時間があまりない。期間が1週間ほどと限定されるし、緊張しているから無理もきくのであろうが、こうして動き回るのが楽しいのも事実である。

 でも、どうして自宅にいると、こうした動きができないのだろうか?同じ人間なのに不思議である。(駅長)

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18.最末期の157系(伊東線) 1976/02/15

高校受験を直前に控えた中学3年生の2月、某RF誌に157系が間もなく引退ということで特集記事が掲載されていました。それを見てなぜか無性に157系を撮りに行きたくなり、土曜日の午後、学校が終わってから(当時は土曜日は半ドンで今のように休みではなかった)大垣行きの普通に乗り込み、大垣から上りの大垣夜行の乗客となりました。今から思うと、他に撮るものはたくさんあったはずなのになぜ急に157系狙いとしたのか、また、こんな時期にどうやって親を説得したのかよく覚えていません。この時が157系との最初で最後の出会いとなりましたが、今となってはとりあえず撮っておいてよかったかなぁという感じです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


大垣夜行を深夜の熱海で降り、伊東線の始発で伊豆多賀へ向かいました。熱海駅は待合室もなく真冬の時期に3時間も列車を待つのは辛かった記憶があります。本命の157系まではかなり時間があるので、熱海方面に少し歩いた築堤で時間をつぶすことにしました。伊豆急は開業以来の100系が主力で、伊東線にも直通し、熱海まで顔を出していました。グリーン車付きの長大編成は見ごたえがありました。

【来宮~伊豆多賀】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


しばらく時間を潰していると予定外の時間に踏切が鳴りだし、何か臨時でも来るのかと思っていたらEF13の貨物列車でした。伊東線に貨物があるなんてことは知る由もなく、ちょっとだけ得した気分になりました。

【来宮~伊豆多賀】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


本命の157系「あまぎ」はみかん畑の上から海をバックに俯瞰をしようと目論んでいたのですが、あちこち歩き回ったにもかかわらず、結局、たどり着くことができず、中途半端な構図となってしまいました。なぜもう少し気合を入れてポイントを探さなかったのか大いに悔やまれます。

【来宮~伊豆多賀】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


下りの157系を撮影後は前夜の寝不足の影響からか、伊豆多賀の駅撮り軟弱鉄をやっていたようです。運転停車している153系の急行「伊豆」の横を上りの183系「あまぎ」が通過して行きました。157系の引退が近かったこの頃は一部の「あまぎ」はすでに当時最新鋭の183系に置き換わっていました。

【伊豆多賀】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


結局、伊豆急下田からの折り返しも駅撮りでごまかしてしまいました。なぜこんなもったいないことをしてしまったのか、自分のことながら理解に苦しみます。こんなことなら伊東線にこだわらずに根府川あたりでブルトレと掛け持ちしていた方がよっぽどよかったような気がします。月曜日は学校があるため、この日のうちに関西方面の自宅に帰らなければならない(貧乏中学生なので新幹線には乗れるはずもなく、当然、鈍行乗り継ぎ)のと、どうしてももう1か所帰りに寄りたい場所があったので、この「あまぎ」を撮って伊東線を後にしました。

【伊豆多賀】(電車運転士)

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2010年5月 9日 (日)

【海外鉄】イタリア・ベルガモの蒸機

 ようやく今回の訪欧における写真データのDVD化が終わった。DVD18枚なので、ちょっとした量と手間になる。電子データ故、HDDに2重系で保存しているものの、何かあると怖いので、DVDもメーカを変えて2枚ずつバックアップしている。これで大丈夫だろうとは思うけれど、いかんせん、形のないものだけに、どこでどうなるかがわからず不安ではある。


 さて、蒸機つながりで、今回、欧州で見かけた蒸機の写真を。


 このGW、欧州では蒸機運転花盛りで、ポーランドのウォルスチンでは5月1日に大々的なパレードが行われており、友人も何人か行っているし、ドイツではベブラで開業何周年かの記念のプランダンプ(定期列車の蒸機牽引)が行われている。これらに足を伸ばすことも考えたが、さすがに初めての場所では要領がつかめないし、行きたい場所もあったので、涙をのんだ。


 ところが、神はそんな気持ちをくんでくれたのか、蒸機の撮影をプレゼントしてくれた。場所は、イタリアの古都、ベルガモである。

 

 ベルガモを訪れた目的は、昨年5月に開業したライトレールであるが、それに乗車して駅に戻ると、なにか古い車両が停まっているのが目に入った。前の方に歩くと、何と蒸気機関車が付いている。どうも保存運転の列車らしい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


  乗車予定の列車まで、時間は10分弱であり、急いで形式を撮影して、停まっているホームに行くと、すぐに発車していってしまった。もう少し煙を吐いてくれれば嬉しいのであるが、ご覧の通り、スカである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 帰国後、ネットで調べてもよくわからないが、どうもベルガモを起点に運行している蒸機のエクスカーションツアーらしい。機関助手に何時発車するのか、と聞いたら、明日、動くとか言っていたので、休日の5月1日にでも動いたのだろうか?


 ところで、ベルガモへはミラノ中央駅から快速電車で移動したが、通路を挟んで反対側に日本人らしい乗客が座っていた。その乗客は、カメラバックと手にペンタの645を持っていた。欧州で中版カメラを見かけることはほとんどないので、珍しいと思ってみていたが、ひょっとしたらこの蒸機目当ての鉄だったかもしれない。思えば、何となく、鉄らしい妖気も漂っていたように思う(向こうもそう思っていたかもしれないが・・・(^^;))

 

 しかし、日本なら両側のホームをカメラマンが占拠していることだろう。それに比べれば、このベルガモのホームはいかにものんびりとしていて、ゆっくりと蒸機を眺めるには(そんな時間はなかったが)相応しい雰囲気であった。

 この後、停まっていた列車に飛び乗って、ミラノに向かった。蒸気機関車とはわずか5分ほどの邂逅であった。


 しかし、やっぱり蒸機は良いですね。機会があれば、蒸機を目的に海外を訪れてみたいところです。(駅長)

 


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2010年5月 8日 (土)

失敗作

電車運転士様の記事のとおり、GW最終日の5日未明に北陸に向けて485雷鳥、客レ狙いに出発しました。急遽のお誘いに外出許可を恐る恐るいただき、助手席の人となりました。秀作は電車運転士様に任せるとして、「実はこんな感じでした」という場面を暴露します。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

電車運転士様のすぐ横で脚を立てて撮影したのですが、見事なまでのタイミングで水鏡の顔のド真中に草がかかってしまいました。前走りの列車数本で試し撮りをしたのに・・・。微妙なタイミングと立ち位置のせいですが、こうなったら画像処理で雑草をもっと増やしてやろうか、と開き直ってしまいます。ひとつの教訓をあらためて学びました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

近江中庄の蓮華です。鉄塔がうるさいですね~。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

では最後に俯瞰場所にての画像。実際の印象は↑のような感じで、晴れているのに霞みががり、電車運転士様の参考画像のように伊吹山まで見えるとは想像もつきません。かろうじて水鏡になっている・・・。

駄作ばかり載せると「ブログの品格を落とすな」と声が聞こえてきそうなので、上の画像を編集してそれっぽく手直ししたものを↓に載せておきます。

今回は水鏡での撮影が多く、電車運転士様のご教示もあってあらためて「水鏡の撮り方」を学ぶことが多い一日でした。次回のチャンスにいかせられるよう、またがんばりましょう!(・・・だからいつまでたってもやめられないんですね~。by出札掛)


「はなぶさ」に集まる仲間たち



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17.GW鉄(北陸・湖西線 日本海・485系雷鳥) 2010/05/05

GW最終日、この日も天気がよさそうなので、飯田線以外にもう1日どこかへということで、出札掛さんをお誘いして北陸・湖西線へ。ターゲットは日本海・臨時運転(9両に増結)の485系雷鳥・上下とも運転のトワイライトExpといったところでした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日のスタートは上りの「きたぐに」から。米原が5:20なのでひょっとしたら撮れるかもということで寄り道してみました。さすがに5月上旬では露出が厳しかったです(ノ_・。)。6月に入れば十分いけるという感触でした。

【坂田~田村】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


お次は「日本海」。南今庄での水鏡をと思っていたのですが、上り列車に都合のいい田んぼには水が入っていなかったため、予定を変更して南条へ。考えることは皆同じで、最終的には15人くらいの鉄が集結しました。前日の5/4はボンネット489系の臨時が走った関係で激パだったそうです。ヽ((◎д◎ ))ゝ

【南条~王子保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


トワイライトExpの前に485系の回送を南今庄で。下り列車に対しては水鏡がいい感じでした。(^-^)/

【南今庄~今庄】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

下りの「トワイライトExp」は午後からの場所を考えて湖西線方面で撮ることにしました。新旭~近江今津の菜の花畑は時すでに遅し状態で残骸しか残っていませんでしたヾ(。`Д´。)ノ。仕方なく水鏡に作戦変更です。
【近江中庄~マキノ】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

近江中庄付近に蓮華畑を発見。バックに高圧鉄塔が林立しており、引いたアングルではどうしても邪魔になってしまうため、流し撮りでお茶を濁しました。(;^_^A
【近江今津~近江中庄】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


光線がよくなる15:00頃を目途に俯瞰場所へ移動しました。ところが、この日は黄砂の影響でしっかりと霞んでしまい、どこに列車が走っているのかわからないくらいひどい状況でした。本当なら写真のような状況になるはずでしたが、どうにもならないので早々に撤収しました。(#`ε´#)

【近江中庄~マキノ】09/9撮影(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

山を下りて、とりあえず残った時間は適当に水鏡で時間をつぶしました。この時間は上りの「雷鳥」は来ないので、「サンダーバード」で我慢です。f^_^;

【近江中庄~マキノ】(電車運転士)


今回も、日の出から日没まで、ロクに飯も食わずに約13時間の連続鉄となってしまいました。出札掛さん、お付き合いありがとうございました。貨物はGWのため、残念ながら全ウヤでした。1本くらいはと期待していましたが、甘かったです。帰りの高速の大渋滞を覚悟していましたが、意外にもまったく渋滞なし、普段の土日よりもクルマが少ない状態でした。GW最終日は渋滞に関しては案外穴場なのかもしれません。(電車運転士)




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2010年5月 7日 (金)

【海外鉄】グムンデンのトラム

 一昨日にステルン&ハッフェルのメータゲージ線の保存車両を紹介しましたが、続いてトラウン湖を渡った対岸にあるグムンデンの町から国鉄駅を結ぶ路面電車を紹介しましょう。

 この路面電車は、路線長わずか2.3kmの短い路線ですが、現在も残っているのは、国鉄駅と町が離れており、しかも国鉄駅は高台のうえにあって徒歩では行きづらいためです。ここの魅力は1952年製という戦後の早い段階で製造されたデュワグのボギー車が現役であることで、加えてドイツの雑誌などには急勾配や細い街路を走る沿線の光景が良く紹介されていることから、一度は訪れたい路線でした。しかし、起点のグムンデン駅は幹線から外れた位置にあり、なかなか機会が無くて訪れることができませんでした。今回、ステルン&ハッフェルの鉄道線とあわせて、ようやく訪れる機会を得ました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これがグムンデンの市内を走るところで、大変狭い街路を道なりに走っています。本当に狭いところは300mくらいかな。狭い街路を路面電車が走るところは欧州の都市では珍しくありませんが、ここまで狭いところはあまり例がありません。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、町のはずれにある勾配区間です。何‰かわかりませんが、これだけ車体が傾いているので、かなりの勾配であることは確かです。この先で路線は平坦となり、専用軌道を走って駅に至ります。駅前というと、若干なりとも賑やかな感じがするのですが、ここの駅は本当に駅舎があるだけで、それ以外はまったく何もありません。こうした寂しい駅前は、はじめてみました。本当に乗換だけの機能なのでしょうね。

 ただ、こうした駅にも食事ができるところが併設されているのは欧州の駅ならではで、ここでビールとソーセージを頼んで遅い昼食をとりながら、列車を待ったのでした。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日は朝は快晴でしたが、10時頃から雲がわいて、グムンデンのトラムを撮影するときは曇っていたのが残念でした。ただ、町中では影がでないので、善し悪しだったかもしれません。

 ここは夏には保存車両の運転が頻繁に行われているようなので、そうした折りにまた訪れたい路線です。(駅長)

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2010年5月 6日 (木)

好事魔多し

 さて、今回の旅行はいろいろな幸運に恵まれたことは確かであるが、そうは良いことばかりは続かない。

 やっぱり、やちゃった、という痛恨の大問題が帰国後に発生した。

 

 自宅に帰って、モニターで見てみると、途中から空の一部にシミの様なものがあるのが見つかった。それも2箇所。どうも、1日目のアフォッリで古典電車を撮ったあとあたりから発生している。

 さっそく、今日、会社の帰りにキャノンのサービスセンターによって相談すると、ゴミの付着でしょう、とのこと。アフォッリで撮影したときに、何かの花粉のようなものが落ちてきていたので、レンズを交換したときに、それがCCDに着いたかもしれない。

 CCDの埃は、2月に中国に行ったときに微粒子が着いのか、3点ほど、黒い点が

写し込まれていて、早速、CCDの掃除をしてもらったが、今回のはそれとはパターンが違うようだ。ゴミがCCDについたら、白飛びしたような状態になるかと思ったら、そうではなく、今回のようにシミのようになるとサービスセンターで聞いた。特に、空などの青いバックで目立ちやすいという。まさに、今回の状態はそれに当てはまる。


 さあ、困った。国内なら、気がついたらサービスセンターに持っていけばいいが、海外で長期の撮影の場合は何ともならない。せいぜい、ブロアで吹くくらいだろうが、いずれにしれも旅行中にカメラのモニターでは見つけることができないので、帰国後に発見することになる。結局は、ゴミが着いたまま、撮影することになる。


 この予防法は無いことは理解しているが、かといって、レンズを固定のままにするわけにはいかないし・・・結局は、カメラを2台使うしかないのだろうか。


 ちなみに、写真はフィレンツェに2月に開業したばかりのLRTです。真ん中の上の方にゴミが着いているけど、わかるかな?


 まだ、ほかにも反動がありそうで、こわい。(^^;)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ところで、某車両の転配属の話は、そろそろ噂が立っているのでしょうか?(駅長)

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16.GW鉄(飯田線 アルプスと水鏡) 2010/05/03

今年のGWは晴天続きで、近年では珍しいパターンだったようです。こんな年に限って、遠征の計画もなく、中途半端に家族運用が入り、毎日悶々とした日々を送っており、ストレスがたまるばっかりでした。そんな中、5/3は家族運用のスタートが午後の遅い時間だったため、それまでに間に合うようにという約束で変運用が可能になりました。朝起きてからもどこへ行こうか悩んでいましたが、ふとひらめいたのが中央アルプスの残雪と水鏡。期待と不安が入り混じった状態でしたが、とりあえず中央道を飯田方面へと向かいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


まずは定番の田切の築堤へ。山はバッチリ、田んぼにも水が入り、イメージどおりの光景が広がっていました。後はゲリラ雲の襲撃がないのと風が吹かないのを祈るだけでした(。-人-。)。このポイントは川筋に位置するため、気温が上がる10:00を過ぎると急に風が吹き出します。ということで、水鏡は早朝が勝負となります。

【田切~伊那福岡】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


続いて七久保へ移動。ここも思惑どおりに一番いい位置の田んぼに水が入っていました☆-( ^-゚)v。119系の置き換えがウワサされる中、長野色の115系はいつまで活躍が続くのでしょうか。ここは周囲に林があるため、田切はビュービューでも比較的風の影響を受けにくいポイントです。

【七久保~伊那本郷】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

水鏡の定番ポイントは一応ゲットすることができたので、次は川のせせらぎポイントへ。本当はもっと堰堤に近づいて水しぶきを強調したアングルを狙っていたのですが、中途半端なポジションに先客がいたため、結局ここまで下がるしかありませんでした。゚(T^T)゚。。最初は飯田線には違和感があった313系ですが、少しずつ伊那谷の風景にも馴染んできたような気がします。

【伊那本郷~飯島】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


最後は田切の鉄橋の俯瞰ポイントです。早朝の築堤水鏡を撮っている時に鉄橋を渡って伊那福岡側に回り込んだところの山の斜面が伐採されているのに気がつきました。ひょっとしたらアルプスをバックに鉄橋が俯瞰できるのではと期待して行ったのがこのポイントですv(^-^)v。右側の木がなければもっとバランスよくアルプスが入るのですが、贅沢をいえばキリがありません。

【田切~伊那福岡】(電車運転士)


そういえば、飯田線には水色のリバイバルカラーの119系がいたんですよねぇ。最初は存在すら忘れていたのですが、途中でそのことを思い出し、119系の運用列車の時は秘かに期待していたのですが、この日は結局お目にかかることはできませんでした。後日、出札掛さんから聴いたところによると5/3は検査の関係で海カキに入場中だったとのことでした。

・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



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2010年5月 5日 (水)

【海外鉄】ステルン&ハッフェルの2軸単車

 今回の訪欧の目的地はウィーンで、ミラノへはオーストリア航空のわずか「9ユーロ」の航空券で往復しました。どんなサービスかと気になりましたが、当然ながら、正規の航空券を持った人との差はありませんでした。格安航空対策でしょうが、こんな運賃設定をやっていて大丈夫かな、と人ごとながら気になってしまいます。(もちろん、たまたま条件が合致したのと、サーチャージなどで実際の支払いは7000円くらいにはなりましたが、それでも超格安であることには変わりありません)

 さて、ウィーンから、ステルン&ハッフェルを訪れました。このステルン&ハッフェルはオーストリア中部のグムンデンを中心に1435mmと1000mmの地方鉄道路線とグムンデン市内の短い路面電車を運行している地方運輸組織です。3つの路線を乗り継いで比較的効率よく訪れることができることから、多くの日本人ファンが訪れています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ウィーンからの列車をランバッハで乗換え、車庫のあるフォルヒドルフに着くと、2軸単車23-103が絶妙の光線状態で止まっていました。この23-103は1912年にグラーツで製造され、1959年に更新された100歳近い車歴をもつこの鉄道の至宝です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 車庫で他の車両を撮影していると、パンタがあがり、動き出しました。動くのかと聞いても要領をえない返事が返ってきますが、運転台に当初乗る予定の列車の10分後に運行する時刻表があり、当初から沿線での撮影を予定していたので、途中で降りて待つことにしました。

 待つことしばし、遠くから警笛が聞こえ、予定通り、この美しい2軸単車が走ってきました。ヾ(@°▽°@)ノ


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 乗ったことのない路線故、撮影場所の選定には困りましたが、時刻表では途中駅で行き違いのため10分ほど停車するとあり、2回撮れそうなことから、そこで降りることにしました。遠くに雪をかぶった山が望まれ、順光側が斜面になっており、俯瞰も可能なようです。

 そこで上の写真を撮った後、斜面に登り、定期列車との行き違いを撮影しました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 上の写真から反対を見ると、こんな感じです。後ろが緑の草原ならいうことはありませんが、それは贅沢というもの。予期せぬシーンが3カット撮れて大満足です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 目的を達成したことから満足感たっぷりで駅に戻り、一休みしているうちに、帰りの運行があることに気がつきました。終点のグムンデンは無人駅の筈なので、行った列車はそのまま戻る可能性があります。

 そこで、再び、駅の手前まで行って、カメラを構えました。すると予定通り、乗車列車と行き違いのスジで、2軸単車が戻ってきました。

 結論から言えば、1駅歩いても1kmくらいなので、もっと早く気がついて移動していれば、場所を変えて、より良い写真が撮れたと思います。しかし、予期せぬ撮影ができたことから、その満足感で、そこまで考えが及びませんでした。その点がちょっと心残りではありますが、たまたま訪れたこの鉄道で、本当に偶然に、しかも撮影を予定していた時間を狙いすましたかのように走行シーンにめぐりあえたことは、さまざまな幸運に恵まれた今回の訪欧におけるハイライトとなりました。(駅長)

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大津の「おけいはん」

GWの渋滞を避け、たまには車を置いて電車で・・・徒歩でも不便なく移動でき、家からそれほど遠くなく、行った事がないところ、そこで思いついたのが大津エリアの京阪電車。面白い所がないか探しながら、500円のフリー切符で一日散歩。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

浜大津以北は坂のアップダウンの印象がありました。折からやってきた(狙っていた?)トーマス電車(皇子山)。現在6本のラッピング電車が走っています。この日は4本が稼動していました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

手前の坂は40パーミル。その先レベルのあと33パーミルの勾配。なかなか楽しい。(松ノ馬場)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

琵琶湖と絡めて撮れる場所ってなかなかありません。かろうじてこんな感じでした。(穴太~松の馬場)


↓おまけ・せっかくなので山科へも。トワイライトEXPに合わせて行って来たので光線状態は良くありませんが、ご了承のほど。まずは臨時雷鳥。


「はなぶさ」に集まる仲間たち



これだけのカーブには長編成の貨物がよく合います↓。それにしても113,117系など、けっこう国鉄色が走っていますね。某ブログによると、手前の築堤は今年の春に手直しされたばかりとか。そのうち奥のカーブまで改修されるのかな?

「はなぶさ」に集まる仲間たち


ほかの撮影画像は、またそのうちにでも(あまりロクなものがないので)。  以上、2010年5月2日撮影 (出札掛)




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2010年5月 4日 (火)

【日本鉄】日本のデージオ線

 では、今度は日本の土佐電鉄です。まずは伊野方面への路線から。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、鏡川橋と朝倉の間にある市場前信号所です。ここから朝倉にかけては、狭い旧道上を単線で走り、一番風情があるところです。ここと朝倉の2箇所に行き違いの場所があり、頻繁に行き違いが行われています。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、最も道路が狭い鴨部の電停付近(上記市場前信号所の後ろ側)です。

 この区間は、一方通行になっていないので、電車が来ると自動車は右側に避けなければいけません。自動車が少なかった時代はともかく、さすがに現代では、この状態のまま放置されているのは大変珍しいことです。実際には、この道路のすぐ北にバイパスがあるため、通行するのは地元のクルマばかりなのでさほどの問題はないのでしょうが、それでも高知大学が朝倉にあるため、そこへのバスが多く運行されており、狭い街路で路面電車とバスがすれ違う時にはなかなか迫力があります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いては、もう少し朝倉に寄った区間です。こうやって写真を見比べて見ると、まさにデージオ線にうり二つの光景です。なんとなく、600形もスタイルが似通っている気がします。

 タイトルにイタリアの美濃町線としましたが、デージオの町中などは土佐電鉄のほうがイメージに近いかもしれませんね。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今度は、ごめん方面への路線を紹介しましょう。

 こちらは伊野方面とは異なり、全線が複線化されていますが、一部はご覧のように未舗装で、長閑な雰囲気となっています。このあたり、まさしくミラノのインターアーバンの雰囲気そのものです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 電車運転士さんが訪れたのが30年前なら、多くの場所では当時のままの姿を留めていますが、この鹿児の付近ではちょっと雰囲気が変わっていることに気づくかもしれません。昭和50年代の豪雨で被害を受けたことから、河川改修が行われたためです。

 当時の写真を楽しみにしています。(駅長)


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15.鉄分補給(水鏡朝連) 2010/04/30

会社の帰りに名古屋本線を利用したとき、そろそろ田んぼに水が張られているのが確認できたので、桜鉄以来の朝連に出動しました。出勤時間との兼ね合いで1時間程度の滞在時間しかとれないため、結局、定番ポイントとなってしまいました。車両はこれといって特別なものは来ませんが、快晴・無風の好条件で撮影できました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


田植え直後の状態だったため、いい感じの水鏡になりました('-^*)/。1~2週間すると稲が成長してしまい、水鏡が微妙になってしまいます。バランス的には8両は長すぎるような気がします。

【一ツ木~富士松】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


少しサイドへ回ってみました。こっちの田んぼは田植えが早かったのか、さっきのポジションより微妙に稲が成長しています。やっぱり赤1色の4両がまとまりがいいようです。(*^o^*)

【一ツ木~富士松】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


最後は水鏡狙いの流し撮りで遊んでみました。背景が青空で周囲の風景が単調なため、流し撮りの効果がイマイチだったかもしれません。┐( ̄ヘ ̄)┌

【一ツ木~富士松】(電車運転士)

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14.GW鉄(ツツジ鉄) 2010/04/29

今年のGWは、夜行日帰り範囲内でこれといった魅力あるイベント列車もなく、3月のダイヤ改正で引退した列車・車両も多く、また、中途半端に家族運用が入っていたため変運用もままならず、何の予定もないまま初日に突入してしまいました。とりあえず、家族運用の合間に1時間だけということで、時間を有効に使えるのはどこかと思いついたのが名鉄名古屋本線のツツジ鉄。毎度おなじみのポイントですが、今年もいい感じで咲いていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

まずは前後駅に程近いポイントから。行った時間が午後の遅い時間だったので、正面に陽は当たらず。順光になる午前中から昼過ぎがベストです。(´_`。)

【前後~中京競馬場前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


前後側でひと通り撮影した後、中京競馬場前側に移動しました。このポイントは午後から順光になります。(´0ノ`*)

【前後~中京競馬場前】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


前のポイントから反対側を振り向くとこうなります。思い切って望遠で引っ張ってみましたが、ツツジの密度が濃かったので、思ったよりいい感じにまとまりました。午前中の順光の時に行きたかったのですが、また来年といった感じになりそうです。(/_;)/~~

【前後~中京競馬場前】(電車運転士)

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2010年5月 3日 (月)

【海外鉄】ミラノの魅力的な古典電車

 このところ、会う度に国内では撮りたいものがなくなっている話ばかりになりますが、ちょっと視点を変えて海外に目を向けると、そこには素晴らしい鉄道の世界が広がっています。海外の鉄道は馴染みがない、とか、あるいは時間と費用の捻出が大変とか、いろいろ障害はありますが、それを超えるだけの魅力が海外の鉄道にはあります。

 そうした海外の鉄道の中から、今、世界の電車ファンから熱いまなざしを集めている路線を紹介しましょう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 富岩鉄道のボが生きていた!一瞬、そう思わせるような窓上の飾りも優雅なこの車両、イタリアはミラノ北部にあるインターアーバンの路線で活躍する1928年(昭和3年)製造の電車です。多分、現役の電車としては、世界最古の車両のひとつでしょう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この車両は強力な電動車のようで、3両の客車を従えて運行されます。このため、ミラノ側の起点、アッフォリに到着すると、写真のように電動車の付け替えが行われます。かつて、近鉄内部・八王子線や北勢線で見られた懐かしい光景が、今も行われているのです。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この車両が運転されるのは、学校のある時期の平日、朝1往復だけです。そのために、撮影はなかなか大変です。欧州の朝は日の出が遅いので、この列車の走行写真が撮影できるのは、実質的に3月中旬から6月中旬の間しかありません。このため、情報不足から涙をのんだ人も少なくなく、小生もこの車両の存在を知ってから、実際に走行写真が撮影できるまで、20年の歳月がかかりました。

 ホントの話です。(^_^;)

 車掌のおっちゃん、こっち向いて、手を振らないでよ。(:_;) 

 ま、イタリアだからいっか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ミラノ北にはこうしたインターアーバンの路線が2路線残っています。リンビアーテとデーシオ線の2線です。この魅力的な電車はリンビアーテ線を走っています。どちらの路線も道路の横に単線の線路が敷かれており、所々にある行き違い設備のある駅で交換します。うーん、どこかで見たような・・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そう、まさしくこの路線は、イタリアの美濃町線なのです。インターアーバンとして線路が道路脇に敷かれていれば、自然とこのような形になってしまうといえばそれまでなのですが、それにしても雰囲気が似ています。

 美濃町線を彷彿とさせる光景は、次回にでも。(駅長)


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