2017年8月17日 (木)

493.朝陽ギラリの「MLながら」と夏色全開の長良川鉄道 2017/8/13

 

 813日は久しぶりの朝からバリ晴れ予報。数少ない晴天を生かした鉄活動を行うべく早朝から参戦を企てました。急遽の決定だったので、遠征はままならず、残念ながら近場での活動となりました。

 

※撮影は813日の東海道本線・長良川鉄道(電車運転士)

 

 

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 最初に向かった先は朝陽ギラリの「ムーンライトながら」狙いの揖斐川堤防でした。予報どおりの展開を期待しましたが、なぜか朝陽が昇る東の空だけに大きな雲が鎮座し、ご覧のとおり朝陽ギラリは撃沈でした。「ムーンライトながら」の運転はこちらのエリア基準だと820日が最終日、自分のスケジュールを照らし合わせるとチャンスはもうないかもしれません。
【2017.8.13 東海道本線】

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 テンションダウンを引きずりながら次に向かったのは長良川鉄道です。730分頃に現地入りしましたが、天気は相変わらずのドン曇り、「この日の天気予報は何だったのか…」と文句のひとつも言いたい心境でした。それでも、900分を過ぎたあたりから太陽が顔を覗かせるようになり、徐々にやる気スイッチが入ってきました。2001列車ではとりあえず鮎釣り人を入れて撮ることができました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 深戸→赤池→美並苅安はちょうどラフティングのコースに当たっており、長良川鉄道とのコラボを狙いたくなるのは自然の成り行きです。ただ、ラフティング軍団は2008列車通過後の10時00分くらいから11時00分過ぎに通過する5列車の間に終わってしまうことが多く、毎年虚しい結果が続いていました。今回は体験者の人数が多かったのか、最後の軍団が5列車に間に合いました。さらに5列車は「ゆら~り眺めて清流列車」に当たっていたので、鉄橋上での徐行があったおかげでシャッターチャンスが複数回あり、自己満足的には会心に近い写真を撮ることができました。これで何とか積年の宿題を消化することができました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 「ながら1号」通過の頃には青空と入道雲が広がり、やっと夏らしい天気になってきました。ラフティング軍団も去り、鮎釣り人もいい位置にいなかったので、川の流れをメインにした構図に切り替えてみました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 「ながら1号」は郡上八幡で6分の停車時間があるので、速攻で撤収したらギリギリで先回りできました。鮎釣り人の他に川遊びを楽しむ家族連れの姿を見ることができたので、そっちを撮影対象にしてみました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 鮎釣り人は去年一生懸命撮ったので、今回は川遊びの家族連れをメインにしてみました。子供たちは予想以上に動きが活発でキープしてほしいシーンは長続きしません。願いが通じたのか2012列車がまずまずのタイミングで鉄橋上を通過して行きました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 鮎釣り人は人数やそれぞれの立ち位置が毎回違うので、よりよいシチュエーションを求めて、結局、2009列車は鮎釣り人にシャッターを押してしまいました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 2014列車は上流で撮ろうと車を走らせていたらたくさんの人が集まっていた川遊びスポットがありました。1500分を過ぎると山の影が伸びて川面を覆いつつありましたが、何とか影響を回避することができました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 郡上八幡以北では2014列車の後は2時間近く列車間隔が空くので、効率を考えて郡上八幡折り返しの2016列車を撮るべく南に移動しました。写真に写っている釣り人は女性の方ですが、鮎釣りは男限定の趣味かと思っていたら最近は女性の釣り人もいらっしゃるということを知りました。これも時代の流れでしょうか…。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 流石に1700分を過ぎるとほとんどのポイントが山の影になってしまいましたが、ここは山が線路から離れているので、2013列車の時でも十分に陽が当たっていました。幸いこの時間まで粘っていた鮎釣り人が1人いらっしゃったので、助かりました。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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 2013列車が行ってしまった直後に先ほどの鮎釣り人は撤収してしまったので、河原には誰もいなくなってしまったのと何とか夕陽が持ちそうだったので、2018列車は水飛沫メインの構図で待ってみました。夕方の斜光線のおかげで自分的にはなかなかの雰囲気で撮れました。欲を言えばもう少し水の飛沫が上がってくれたらさらに雰囲気がよくなったと思いましたが、そこまで望むのは贅沢ですね。
【2017.8.13 長良川鉄道】

 

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2017年8月16日 (水)

♪あ~夏休みぃ 1972年の東北旅行

今まさに学生にとっては楽しい楽しい夏休みですねぇ。もっとも最近は楽しいかどうかはわかりませんが・・・。

私にも高校生の時代があり、夏休みがありました( ^ω^ )。高校生になり、鉄研に入ったこともあって、夏休みに遠出をしようと、まだ比較的蒸機の残っていた東北旅行を計画しました。
8月2日から一週間、羽越線→五能線→石巻線→陸羽東線と廻りましたが、まだお年玉の出る前で、カメラはオリンパスペンが本務機でした。したがって、出来は悪く、なかなかアップできるような代物ではありませんが、どうにかウェブなら見られそうな一部を見て頂きたいと思います。

Img818_31972年8月2日 桑川・今川
上野から上越線の夜行に乗り、新津で「きたぐに」に乗り換え、運転停車の今川で下車しました。(旧型客車ならではの業です。ハハハ)何本かのD51の貨物と81系「いなほ」を撮りさらに待っていると予期せずやってきたのがこの列車です。私の撮った唯一のDD53です。
残念ながら有名景勝地「笹川流れ」では見るも無残な結果しか残っていません。

Img7941972年8月3日 女鹿(信)・小砂川
小砂川のステーションホテルで一泊し、翌日はこの区間で撮影しました。
メチャ天気が悪いのに、カラーを使っています。せっかくのナメクジ29号機の牽引する客車列車なのに客車は1両しか見えてないし、煙りは切れてるし、こんなアングルしか撮っていないのが情けないです。

Img8211972年8月3日 女鹿(信)・小砂川
逆側はこんな感じです。数少ない止まっている絵です。こちら側は下り勾配で全くスカですね。

Img8231972年8月3日 女鹿(信)・小砂川
上り「白鳥」、「いなほ」、下り「きたぐに」もここで撮っていますが、どうにか見られそうなのは「いなほ」だけです。

Img8321972年8月4日 秋田
秋田ステーションホテルで泊まった翌日、秋田機関区を訪問、その後秋田駅で優等列車の撮影をしています。

Img7991972年8月4日 秋田
なぜか機関車のない「日本海」。ナハネフ20が撮りたかったのか?
この後、酒田機関区→新庄機関区と続き、さらに陸羽西線を往復して、能代に泊まっています。

21972年8月5日 能代
翌日は五能線を訪れています。まず、能代で撮った1コマ目。
28688号機はこの後、深浦・広戸間で線路が波に流された場所で脱線転覆し、五能線の無煙化を待たずに廃車になった機関車です。

Img8021972年8月5日 沢目
この列車は東能代から沢目で折り返す、通勤通学の列車でしたが、沢目への上り列車は草ボウボウでどうにもなりません。駅に戻って入換風景を撮ったようです。4両で来た列車に、前日、帰宅列車で来て、側線に留置されていた2両の客車を増結します。

41972年8月5日 沢目
こんな立ち位置で撮っていても文句ひとつ言われませんでした。

Img7731972年8月5日 大間越・岩舘
五能線と言えば当時既に希少価値となっていた混合列車と日本海の景観!なのに日本海を撮っているのはこの列車だけでした。まぁないよりましか。

101972年8月5日 東能代・能代
なぜか再びここまで戻って、この後東能代運転支区にお邪魔しています。
翌日青森県側の五能線を訪れていますが、どこに泊まったかはわかりません。

141972年8月6日 陸奥鶴田付近
どう見ても腕木信号機とのコラボを狙ったカット。

161972年8月6日 越水付近
どうしてこの場所なのかよくわかりません。

191972年8月6日 木造・五所川原
五所川原の西側に岩木川の長い鉄橋があり、青森県の象徴、岩木山も入れ込めます。この列車は貨物列車。

211972年8月6日 木造・五所川原
少し角度を変えて、混合列車。ほとんど客車列車の態ですが、どうにか最後尾に貨車が連結されていました。

221972年8月6日 五所川原
既に梅小路行の決まっていた8630号機牽引の臨時客車列車が到着します。海水浴臨だったか、8630号機は連日この列車に充てられていました。津軽鉄道のダブルルーフ客車(オハ31?)が見えますが、全く眼中になかったですねぇ。

241972年8月6日 五所川原
なぜか8630号機は門デフでした。
この後、夜の横手機関区に立ち寄り、満員の臨時夜行急行(仙台七夕祭りのための)で小牛田へ向かいました。

Img7771972年8月7日 前谷地?
この日は石巻線にC11を訪ねましたが、ろくなカットがありません。

381972年8月7日 鹿又・曾波神
石巻線の上り列車はバック運転でした。
この日の宿泊地は覚えがありません。

Img8031972年8月8日 岩出山・西岩出山
最終日は陸羽東線のC58です。なぜここで撮ったかは今となっては全くわかりません。

Img807_21972年8月8日 中山平・堺田
他の線区の撮影地は特に煙を期待したような場所を選んでいないようですが、この線区は少しこだわったようですね。

Img7831972年8月8日 鳴子・中山平
今回の撮影行ではほとんど蒸機しか撮っていませんが、唯一と言っていいほどまともに撮ったローカルDCです。

Img7851972年8月8日 鳴子・中山平
夏なので爆煙とは言えませんが、それでもガンバッて吐いてくれました。

オマケですが・・・。

Img811_21972年8月8日 仙台
このとき、仙台鉄道博覧会なるものが開催されていて、七夕見物の前に覗いていきました。東北地方ゆかりのD51、C57、C58、C11といった車両とともに美唄4号が展示されていました。かつて板谷峠越えで使われた由縁での展示だと思いますが、わざわざ持ってこられたのでしょうか。


これにて私の初めての遠出、東北蒸機撮影旅行は終了です。
この後、一旦北上まで北上して寝台を奢って帰京しましたが、荷物を荷棚に上げた後の記憶は全くなく、上野で掃除のオジサンに起こされるまで、爆睡でした。
断片的にしか思い出せませんが45年前の懐かしい記憶です。皆さんの夏休みはいかがお過ごしでしたか。(検査掛)































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2017年8月15日 (火)

492.名古屋臨海鉄道の凸シーンいろいろ 2017/8/11

 今年の夏はなぜこうも不順な天候が続くのでしょうか? 夏らしい晴天のもとで鉄活動がしたいと思っていますが、そんな願いがかなわないうちにシーズンが終わってしまいそうです。811日は天気がよければ中央東線の189系まつりに参戦しようかといろいろと企んでいましたが、直前の天気予報が芳しくない状況だったので、安くはないガソリン代と高速代を使って参戦しても大きな成果は得られないだろうと判断し、遠征は諦めることにしました。その代わりにはならないかもしれませんが、情報通の方からいただいていた名古屋市交通局のN3000系の回入があるということを思い出し、久しぶりに参戦してきました。

 

※撮影は811日の名古屋臨海鉄道東築線・南港線、名鉄築港線(電車運転士)

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 予定どおり920分頃、東港からの列車が来ました。名鉄の係員による人間しゃ断機、お馴染みの風景です。
【2017.8.11 名古屋臨海鉄道 東築線】

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 最後部には国鉄色風のND5527がくっついていました。いままでじっくりと撮ったことがなかったので、少しだけラッキー感がありました。東港から来た列車は名電築港でスイッチバックとなります。係員が乗り込むと入換開始です。
【2017.8.11 名鉄築港線】

 

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 東名古屋港での入換終了後、ND55210先頭で大江に向かいます。N3000系の回入も9編成目になると注目度は以前ほどではないのか、激パになることはなく、直前到着でも余裕で撮影することができました。以前は頻繁に掲出されていた各種「甲種輸送」HMはなく、最近は掲出を止めてしまったのでしょうか?
【2017.8.11 名鉄築港線】

 

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 大江でN3000系の受取り作業を行っている間、ND5527は東名古屋港の南側でしばらく待機です。隣の歩道からじっくりと観察することができました。
【2017.8.11 名鉄築港線】

 

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 仕事を終えたND55210が大江から戻ってきました。ここでも人間しゃ断機のシーンが展開されます。
【2017.8.11 名鉄築港線】

 

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 待機していたND5527とヨ8000ND55210が連結されると逆ルートで東港に帰って行きます。ND5527先頭で名電築港を後にしました。
【2017.8.11 名古屋臨海鉄道 東築線】

 

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 N3000系の回入はちょっと前までは午後の遅い時間のダイヤ設定でしたが、最近は朝の時間帯に変更となったようで、これだけを撮って帰るのはもったいないし、かといってどうしても撮りたい列車もなかったことから、その後は近くを走る名古屋臨海鉄道の凸に少し真面目に向き合ってみました。速攻で撤収して名古屋南貨物へ向かうと307列車で到着したコンテナ列車が入換の真っ最中でした。
【2017.8.11 名古屋臨海鉄道 南港線】

 
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 乙女坂からの赤ホキ321列車は運転だったので、製鉄所から出てくる322列車を待ちました。係員がポイントの向きを確認した後、ゆっくりと本線上に出てきました。
【2017.8.11 名古屋臨海鉄道 南港線】

 

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 せっかくなので、もう少し南港線に粘ってみることにしました。309列車はN3000系の回入に使われていたND55210の牽引でした。
【2017.8.11 名古屋臨海鉄道 南港線】

 

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 309列車の返しとなる310列車は来るには来たもののコンテナの積載量が今ひとつで、後ろは空コキが連なっていました。この日はお盆の3連休の初日ということもあって運休が懸念されましたが、幸いにも自分が撮影を予定していた列車はすべて運転でした。
【2017.8.11 名古屋臨海鉄道 南港線】

 

 

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【祝100万アクセス】 蒸気機関車の始まり

 気がつけば、アクセス数のカウンターが100万の大台を超えて、7桁になっていた。このブログが始まったのは2010年の4月だったけれど、2013年1月にプロバイダーを変更している。現在のカウンターはその時以来のアクセス数を示しているのかな?となると、4年半で100万回見ていただいたことになる。多くの方にご覧いただいていることに、まずもって感謝申し上げます。これからもメンバー一同、頑張って皆様に見ていただける写真を載せていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願いいたします。

 と、いうことで、今回は100万アクセス記念のスペシャルバージョン?蒸気機関車の始まり」という大ネタ(笑)である。

 蒸気機関車の運行が、いつ、始まったか、あるいは誰が発明したか、ということについて、興味があるかどうかわからないけれど、蒸気機関車は英国で発明され、その設計者としてジョージ・スチーブンソンという名前とか、ロコモーションやロケットという機関車の名前くらいは聞いたことがあるかもしれない。こうした話は、現代ではもはや伝説の話かと思われる方も多いだろうが、こうした歴史的な機関車の本物が今も残っていて、さらにはそのレプリカが動いていて乗ることもできる、と聞くと、ちょっとビックリする方も多いだろう。

 そうした機関車を見に行ってみた。現在残るもっとも古い機関車は、実に1812年製。今からなんと200年も前だ。そんな機関車の現物が、ちゃんと残っているのである。

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 これが、現在残っている世界で最も古い蒸気機関車の実物。パッフィング・ビリーという名で、ロンドンにある英国科学博物館に展示してある。ボイラーの横に垂直のシリンダーがあり、 そこから伸びるピストンロッドが上下に動いてクランクシャフトを動かし、車輪に回転を伝える仕組みである。最初期の蒸気機関車は、こうした仕組みで動いており、1825年に蒸気機関車を使った初の公共鉄道として開業したストックトン&ダーリントン鉄道におけるロコモーション号もこの形を受け継いでいる。

 ロコモーション号をつくったのがジョージ・スチーブンソン。1804年に軌道上を走る蒸気機関車を発明したリチャード・トレビシックが「蒸気機関車の父」と呼ばれるのに対して、「鉄道の父」と呼ばれる。ただ、この時点では、機関車についてはすでに開発された技術の延長だったようだ。 

 ロコモーション号は、今から30年近く前に名古屋で開催された世界デザイン博覧会で運転されたので、ご記憶の方もあるかもしれない。この写真は、前にご紹介したことがある。

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 ところでこうした機関車がどこで使われたかというと、炭鉱からの石炭の輸送が目的であった。
ストックトン&ダーリントン鉄道というのも、名前は有名だが、どこにあるのか知っている人は少ないのではないか。実はイングランドの北部の丘陵地帯にある。

 その鉄道の工場があったシルドンというところに、このロコモーション号の本物が置いてある。数多くの蒸気機関車を展示し、世界最大規模の鉄道博物館として知られるヨークの鉄道博物館の分館である。ただ、この場所は幹線である東海岸線のダーリントンから15kmほど山側にはいった場所にあり、ちょっと行きづらい場所なので、残念ながら、まだ訪れる機会は無い。

 ロコモーション号の本物を見るのは今後の課題であるが、レプリカがニューカッスルの南にある野外博物館のビーミッシュにあるというので訪れてみた。ここには、現在残る世界一古い蒸気機関車であるパッフィング・ビリーのレプリカもある。

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 これは、博物館にあるパッフィング・ビリーのレプリカ。残念ながら、訪れた時には動いていなかった。また、ロコモーションのレプリカの姿はなかった。どこかに貸しだしているのかもしれない。

 著名機のレプリカの動く様子を見ることはできなかったが、同時期の蒸気機関車は見ることができた。スチーム・エレファントという名の付いた機関車で、パッフィング・ビリーより少し後の1814~15年頃の製造という。

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 長く伸びた煙突が、いかにも象の鼻のようだ。

 ビーミッシュは明治村のような野外博物館で、園内は1820年代の町、1900年代の町、1940年代の農村など、いくつかのゾーンに分かれ、それらの町を路面電車が結んでいる。

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 また、鉄道駅もあり、蒸機列車への乗車もできる。

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 博物館というものの、周辺の情景も完璧に再現されており、なんとも雰囲気が良い。鉄道関係のアトラクションが多いので、鉄道ファンにも魅力ある施設である。

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 2階建て電車とであう古典的な自転車。こんなシーンが展開されているのだから、たまらない。

 さて、肝心のスチーム・エレファント。1820年代のPockerley Wagonwayと名付けられた場所に車庫と線路があり、100mほどの区間を往復している。

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 編成はこんな感じで、客車が玩具っぽいが、実際にこんな車両で運行されていたのかもしれない。

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 ビーミッシュはこれくらいにして、次はロケット号である。蒸気機関車の歴史に名を残す有名な機関車であるが、こちらも、その本物がロンドンの科学博物館に展示されている。

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 世界最初の旅客輸送鉄道として1830年にリバプール&マンチェスター鉄道が開業するにあたり、列車牽引の方法としてケーブルカーのようなシステムか、あるいは蒸気機関車を使用するかを選ぶことになった。そこで蒸気機関車の性能試験を兼ねた競争を前年の10月にレインヒルで行い、ここで優勝した機関車がロケット号である。ロケット号の特徴は、シリンダーを水平に近い角度にして速度を高めたことで、いわばその後の蒸気機関車の基礎をつくったことになる。設計者は、ロコモーション号をつくったジョージ・スチーブンソンとその息子のロバートであった。

 さすがに歴史の残る名機だけあって、先のヨークの博物館には当時のレプリカが展示してある。

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 この機関車は、写真等でご覧になった方も多いかもしれない。この後、蒸気機関車は、近代的な交通システムとして急速に発達していくのである。

 ロンドンの科学博物館に残るロケットは、その後、入れ換え用としてシリンダーの角度などが改造された晩年の姿である。それにしても、こうした歴史に残る蒸気機関車の本物がちゃんと残り、展示されているのだから、英国というのは凄い国であることを痛感せざるを得ない。(駅長)

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タキが来た!

タキが来た。逆から読んでもタキガキタ(失礼)。

四日市~松本を走る石油貨物。シーズンオフにもなると週末はウヤが多くなるため撮影チャンスが少ないのが難点、サラリーマン鉄ちゃん泣かせの列車です。GWや盆期間では変運用が加わり、本来なら所定はウヤの列車が復活運転するなどして、撮影地先で一喜一憂することもあります。
そこで今回は、短い盆休みの間に撮った石油貨物列車をご覧いただきます。

●DD編
12日(土)は昼まで所用。午後からは時間が空くので、手近なところでゲットできる旬なネタ列車、石油貨物に目を向けました。ただし時間的都合のため名古屋周辺でお茶濁しです。盆休みで一般の貨物列車の大半はウヤとなるので石油貨物に専念できるというわけですが、はたしてこれも運転されているのかしら?
まず早朝の5263レに関して某貨物サイトや目撃情報に目を通してみると、どうやら機関車は重連で四日市に向かったらしく、そうすると折り返しとなる5282レは出荷ありと推測できます。運転されることを信じて清州まで。そして定刻、“タキが来た”。撮影後のプレビューで、旋回窓車の重連であることに気が付きました。貨物サイトにカキコミもあるのに、見落としている始末。

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再び所用をこなしてから清州まで舞い戻り、8075レと8380レをまとめて狙います。14分差で行き交うので効率的です。列車を待つ間はホームの屋根下で退避できるので酷暑を避けるには好都合、という理由で今度は駅撮りを選択しました。8075レの運転は、継走前の中央線8084レの目撃情報があったので確定。そして8380レは、その送り込みも兼ねた早朝の8271レがやはり凸重連で四日市に向かったようなので運転されることを確信していたのに、定刻を過ぎても姿を現しません。目撃情報も上がってこないので15分ほど待って撤収しましたが、後情報によると機関車は変運用がかかり8072レに流れたようで、残念な結果でした。せめてもの慰めとなったのは、8075レの機関車が切り抜きナンバーが特徴の825だったことでしょうか。
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●ロクヨン編
某筋から、中央線の人気の的である6883レが14日(月)に運転されるとの情報を得ました。ちょうど盆休み中でもあるので、貴重な夏の6883レをカメラに納めておこうと朝練を企てました。しかし直前の計画変更の可能性もあるので、しっかり目撃情報を得てから朝練に挑まないと、せっかくの早起きが無駄となります。念のため土曜の夜に6883レの前継走となる6286レの目撃情報をチェックしましたが一向に見つかりません。通例なら土曜日に動きがあるはずなのに、上述のとおり12日は8075レが単機で来たのでその折り返しとなる6286レは出荷がない、ということは6883レはウヤになったのかも、と一抹の不安がよぎります。日曜の夜に再び貨物サイトで検索したら、「8075レ・重単」の書き込みが目に入りました。日曜日に動きがあるとは不意を突かれましたが、これで運転確定か?疑心暗鬼なまま当日を迎えました。まず向かった先は釜戸ー瑞浪の築堤ストレート。普通なら線路の南側から構えるのですが、曇天なので試しに反対側から狙ってみました。このときもなかなか目撃情報が上がってこなかったのですが、現地通過の約35分前にようやくカキコミを見つけて運転確信。やがて定刻となり、“タキが来た”。

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では定番の追っかけを開始~。次は坂下カーブをアウト側から遠方俯瞰しようと目論みました。天候がはっきりしないので、もし霞んでいたら接近戦に転じればよいと保険をかけて現地に着いたら、案ずるまでもありませんでした。ただ、太陽光線が弱めで稲の色もまだまだ緑が強かったことには、若干期待外れでした。
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8088レの目撃情報もまったく見かけません。あれ、ウヤなのか?とあきらめかけつつ、一度覗いてみたいポイントがあったので立ち寄ることにしました。そこは、下り列車が急カーブを駆け上って来るシーンをアップで捉えることができる踏切です。迫力があり、振り子車の特徴も表現できるので「しなの」の撮影にはうってつけ。6両目以降が切れてしまうので中途半端ですが、かえって“飛び出し”風の効果で迫力を増すのではと思うのですが・・・自己満足ですね。
ここで「しなの」等を狙いながら、万が一8088レが来ても対応できるように、いちおう通過時間まで待機します。

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ちょうど8088レが来る時間に警報機が鳴り出しました。もしかしてとカメラを構えたら、“タキが来た”。ここは中津川を発車した上り列車が勾配を登って来るシーンを撮ることができますが、背景に某商業施設のカンバンが目に付くのが難点です。・・・そうか、ココに来る前にダメもとで8088レ向けの撮影地で待機していればよかったのに、立ち寄る順番を間違えました。大失態です。
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次のターゲット8084レまでの間、寄り道をしました。昼間に走る急行を狙いますが、待てど暮らせどやって来ません。「ウヤ?」、時刻表を確認したら「月曜日運休」ですか・・・またまた大失態やらかしました。日中の定期列車に標準色車が充当されていたのがせめてもの慰め。
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Akt2

8084レの目撃情報も、これまたまったく目にしません。ウヤなのでしょうか。ま、走ってきたら儲けものと割り切って夕方近い5875レ向け撮影ポイントのロケハンがてら、釜戸ー瑞浪でウロウロと時間をつぶすことにしました。ここなら上下列車ともに対応できるし、少し色付いた稲穂がアクセントを添えてくれるので妥協しましょう。さて、行方不明の8084レの通過時刻を迎えた頃、近くの踏切の警報機が鳴り始めました。ハイ、期待を裏切ることなく“タキが来た”。
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5875レについては、前継走の5282レの目撃よりも、さらにその前運用となる5263レが凸重連となって送り込まれているカキコミを見つけたので、運転されることを確信しました。ところで某情報によりますと、この周辺は瑞浪から延長される国道バイパス工事の影響を受け、やがて風景が一変するかもしれないとのこと。実際にはどのような変貌を遂げるのかはわかりませんが、どんな場面でも撮れるときに撮っておきたく思います。
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5875レは恵那で40分強停車するので追いかけも容易です。きょうは実り前の稲穂が方々で目に付いたので、最後のカットもそれにこだわることにしました。午前の移動中に気になった場所があったので、そこで待機します。架線柱が少し目障りですが、風景を大きく取り入れて目立たなくすることにしました。ただ、編成の見通しが良くないので重連機関車は入り込むのでしょうか、いざぶっつけ本番。
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結局、日中の石油貨物はゲストの6883レを含めてすべて運転されました。
目撃情報や機関車の運用パターンから運転情報を導き出して、石油貨物列車撮影の醍醐味をどうぞ味わってください。(出札掛)

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2017年8月12日 (土)

491.名古屋近郊で夏色風景を体感 2017/7月下旬~8月上旬

 

 7月の最終と8月の最初の週末は仕事の都合で出勤日になってしまうのと、台風が接近したりしてパッとしない天候が続いていたこともあって、1か月近くブログアップが滞っていました。ただ、鉄活動は近場で細々と続けていましたので、これといったネタはありませんが、お付き合いいただければ幸いです。

 

 

 

※撮影は7月下旬の関西本線・東海道本線、8月上旬の名鉄常滑線・河和線・知多新線・名古屋本線(電車運転士)

 

 

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 7月下旬日で国鉄色のDD51853が運用を離脱しましたが、その前に最後の雄姿をということで、天気がよかったこの日、8075列車の853に微かな期待を抱いて関西本線に向かいましたが、来たのは残念ながら852でした。入道雲でも湧いてくれれば夏らしい写真になりましたが、それもかなわず、爽やかな初秋の雰囲気の写真になってしまいました。
【2017.7.22 関西本線】

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 2084列車撮影終了後、反対方向の空を見ると入道雲が涌いていました。せっかくなので撤収せずにしばらく撮影を続けることにしました。1730分を過ぎると夕陽に赤く染まり、モクモク感もそれなりにあってなかなかいい感じになってきました。一番いい場面で「みえ19号」が来てくれました。
【2017.7.22 関西本線】

 

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 今年の3月改正から名古屋エリアへ顔を見せるようになったEF5104084列車は清州付近なら出勤前の朝練が可能です。オリジナルの赤色の方が写真写りがいいですが、青色も今後どうなるのか不透明な部分がありますので、来た時にはシャッターを押しておこうと思います。
【2017.7.24 東海道本線】

 

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 「ムーンライトながら」は今夏も185系で運転継続中です。ストライプ化が進む中、「ながら」はブロックとストライプの交互運転のようです。始発駅基準で819日までの運転なので、それまでに太陽が顔を出した条件で撮影したいです。
【2017.7.29 東海道本線】

 

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 最近、伊勢湾バックに常滑線を俯瞰できるポイントの存在を知り、早速行ってみました。青い海と遠くに浮かぶ入道雲といった夏らしいシーンを期待しましたが、天気がいまひとつで、期待したイメージには程遠い状況でした。近いうちにリベンジしたいと思います。

【2017.8.6 名鉄常滑線】

 

62_dsc28691786

 その後、天気が回復傾向になったので、河和線に移動しました。ちょうどいい位置に入道雲が出ており、しばらく撮影を続けました。
【2017.8.6 名鉄河和線】

 

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 この日は気温が35℃くらいまで上がったようなので、メラメラと線路から立ち上る陽炎を利用して夏の炎天下というイメージを狙ってみました。結果はいいのか悪いのか自分でもよくわかりませんが、いろんな場面で試してみたいと思います。
【2017.8.6 名鉄河和線】

 

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 せっかく知多半島方面に来たので、超久しぶりに知多新線に足を伸ばしてみました。空に夏雲でも浮かんでいれば夏らしい写真になったと思いますが、雲ひとつない青空だったため、中途半端な感じになってしまいました。
【2017.8.6 名鉄知多新線】

 

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 おあつらえ向きの場所に伐採地があったので、行ってみました。ここも空にもう少し雲があればよかったのですが、なかなか自分の思いどおりにはなってくれません。周囲の木々は広葉樹が多かったので、紅葉の時季にも行ってみたいポイントです。
【2017.8.6 名鉄知多新線】

 

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 今シーズンはここに向日葵が出現しているのを知っていたので、自分の予定と天気の条件がそろった時に行ってみようと企んでいました。条件が整っていざ現地に出向いたところ、前日に通過した台風5号の強風で向日葵が全部倒れてしまっており、悲惨な状況になっていました。それでも何とか撮れるアングルはありましたが、満足度は低い結果に終わりました。先延ばしせずに行けるときに行っておかなければならないという教訓を改めて痛感しました。
【2017.8.8 名鉄名古屋本線】

 

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2017年8月 6日 (日)

黄昏甲種

兵庫の近畿車輛で落成した新車が甲種輸送として東海道を東へ向かう場合、たいていは東海地方を夜間に通過するスジで設定されるので、是が非でも撮影しようとなると、JR東海エリアなら駅ホームの照明を頼りに超高感度で駅撮りするか、JR琵琶湖線区間まで西進して日没前の走行写真にトライするか、選択を迫られます。
5日(土)発の東京メトロ日比谷線向け13000系は“カラシ”ことEF65 2127が牽引するらしく、ちょっと写欲をそそる被写体となりそうです。13000系そのものも一度は目にしておきたいという口実で、衝動的に夕方の高速道路を西へと進みました。近畿車輛発の甲種輸送列車の撮影は、どちらかといえば先述のとおり“面倒くさい”撮影なのでほとんどスルーしてきましたが(もちろん曜日の都合もあります)、陽が短くなる時季を迎える前に“夏季限定”題材を今のうちに蓄積しておこうと思い、行動に移した次第です。

661 米原(操)の前後で二度撃ちしようと企み、まず向かった先は米原ー彦根の浄化センター俯瞰です。この日の滋賀県の日の入り時刻は18時56分。ターゲットは米原(操)18:11着、26発。うまくいけば夕焼けを浴びながら走行するシーンをものにできそうですが、近頃の天気は不安定続きなうえに台風も接近中。よって太陽光線は初めからアテにせず、雨雲で露出が落ちても対応できるように単玉レンズを予備に持ちました。ところが思惑は大きく外れて、現地では西の方角から夕日が思いっきり照りつけるほどの晴天で、まさに嬉しい誤算。しかもギリギリの順光角度で被写体を捉える事が出来たのも予期せぬ収穫となり、おかげで労力が報われました(笑)。新車も斜陽を受けて輝きます。

662 養生のせいで新車の顔をはっきりと覗くことはできませんでした。足回りまでピッカピカの新車を夕陽が照らし、思った以上に眩しさを感じます。

663 米原の先で待ち伏せして、二発目を狙います。西の空に浮かぶ雲の影響も受けずに夕陽が照り続け、このまま露出もどうにか持ちこたえてくれそう。もしかして夕陽ギラリが撮れるのではと欲が出て、いざぶっつけ本番です。日没間近の光線を表現するため、曇モードにしてシャッターオン。カラシの特徴が表せられたなら及第点ですが。

664 続いてズームアウトして露出を落として「えいやっ!」。ほぼサイドの位置で機関車がギラリとなりました。好天がもたらしてくれた副産物に感謝です。

太陽光線さえ気にしなければ、夏至の頃なら近江長岡界隈でも余裕で撮れそうですね。近畿車輛出場甲種に、少し味を占めました。(出札掛)

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2017年8月 5日 (土)

国鉄色礼賛 しなの鉄道北しなの線編

毎度お馴染み?の検査掛の信州行です。北陸新幹線の金沢延伸で信越本線の長野区間がほとんど消滅し、JRからは115系すら撤退してしまい、さらに撮る対象がお寒い状況になってきました。
そんな中、しなの鉄道が開業20周年と信州DCに合わせて、同社の115系3本をリバイバル塗装に変更したとの情報を得たので、これを対象とすることにしました。リバイバル塗装車の運用は同社のHPに出ており、把握できます。撮影日は8月1日~2日です。

Dsc_31331日は北しなの線を有効時間帯に走っているのは、湘南色となったS3編成のみです。事情により長野県内への到着が午後になったので、この日は上り下り各1本のみの撮影です。曇り空だったので、午前の定点撮影地に行ったのですが、直前に晴れてしまいました。デジタルのおかげで陰がつぶれずに済みました。

Dsc_3151折返しは午後の定点撮影地で。沿線は草が高く、どうしても車体に掛っていまいます。1日はこれにて終了です。

Dsc_3168翌2日は午前中、湘南色のS3編成、スカ色のS16編成とも北しなの線に入る効率のいい日でした。しかし予報では晴れだったにもかかわらず、見事な曇天。前日のロケハンから俯瞰気味の場所を選ばざるを得ません。幸いこの場所は変わっていませんでした。

Dsc_3174_2JR時代数本あった3連×2の6連はなくなったようで、5連も朝1往復(下りは回送)のみで、貴重なものとなっています。

Dsc_3190確実に離合をゲットしようとすると、北しなの線の単線区間が可能性大です。調べた結果、滞在中では318Mと319Mの牟礼が唯一のチャンスなので、入場券代を投資しました。14両ホームなので停車位置表示を確認、やむなく逆光側からの撮影となりました。

Dsc_3209夏らしい感じを取り入れたく向日葵を探しましたがこの区間ではなかなか難しく、唯一絵になりそうだったここも、桃畑の畔に踏み込まなければどうしようもなかったのですが、幸い?収穫をされており、お願したら快諾していただきました。午前の湘南色の最後の運用322Mをどうにかゲットできました。

Dsc_3243陽射しが出はじめたので、スカ色の戻り327Mを順光で撮ろうと場所を移動し他のですが、豊野以西も草は高く、線路から離れると下廻りは隠れてしまうので、一発は正面ドカンもいいだろうとここに決めました。

Dsc_3255広角で撮るとこんなカンジです。

Dsc_3260この日S16編成は328Mを最後に東しなの線に移動するので、今回はこれが最後のショットとなりました。

帰宅後、この期間、1日にはMUE209系が長野入場、2日~3日には189系M50編成が長野往復していることを知りましたが後の祭り。
しかし、それ以上にしなの鉄道さんの大英断に感謝です。次の機会には今回撮れなかった初代JR長野色のS7編成も含め、東しなの線を訪れてみたいと思います。(検査掛)



















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2017年7月30日 (日)

坂下カーブにて

長野の「彩」が多客臨として中央西線を走りました。昨年9月以来10カ月ぶりです。外形こそ元の485系の姿をとどめているものの、あのライト周りのデザインや液晶モニタのヘッドマークなどにはどうも抵抗感があってあまり写欲が湧きませんが、接近戦に講じなければそれほど気にならないだろうと感じたのと、岐阜エリアまで運転されたことを記録しておきたかったので、曇天模様を承知のうえで興味本位で出かけた次第です。

1653 行きがけの駄賃に1653レを狙おうと多治見手前のトンネル飛び出し地点にやって来ました。多治見貨物なので多治見市内で撮ろうと思いついただけの事で、深い意味はありません(笑)。撮影地と称する場所でもないので、いかに「それっぽく」撮るか、悩まされます。この日は広島風更新1049号が充当されましたが、事前に貨物サイトはチェックしていなかったのでまさかの登場に気分は高揚、「写っていればよし」と結論付けました。

4851 今回は岐阜県内で撮影することにこだわり、坂下カーブ近辺で留まることにしました。「彩」のついでに8084レ、81レも狙おうという魂胆です。まずは往路の「彩」にカメラを向けます。天気ははっきりしないので、遠方の山腹からの俯瞰は控えて乙姫大橋から無難なアングルでスタンバイ。なんと通過直前に検査掛様が駆けつけました。伊奈川から追いかけてこられたようで、間一髪でしたね。

8084 検査掛様と一旦別れて、8084レの撮影は、某ブログで見かけた画像を参考にして橋の下からカーブを見上げる地点にトライしました。民家が多少うるさく感じられますが、成長した稲が長閑さを補ってくれます。実りの季節に訪れるのも一考でしょうか。曇り空のおかげで光線状態は気にせずに済みました。

4852 インカーブにて検査掛様と再会して、「彩」の復路を狙います。実はこの立ち位置でカメラを構えるのは今回が初めてです。今まで敬遠していましたが、その理由は定かではありません。さすが定番ポイントだけに7~8名程度が集まりました。恵那山が見えていればグッドでしたが、次回のチャンスに持ち越しですね。

81 検査掛様は西へ向かわれるとのことでしたが、自分は81レまで粘ることにしました。待っている間に天候は予報に反して少し回復し、本番時は薄晴れの下でシャッターを切ることができました。編成後部が切れてしまうのは承知の上です。充当機は最近大宮を出場した1020号。車体はまだピカピカですがJRFのロゴが消され、なんだか物足りなさをぬぐえません。この際、基本デザインをいっそのこと原色に戻してほしいです。

目ぼしい被写体はこれで終了なので、帰宅後は家庭運用に転じて夕方の買い出しに。そこで目にしたのが ↓ です。テツ活動の後なので喉も乾いていたことだし、つられて思わず買ってしまいました。

Pm しかし封を開けるのがもったいなくて、飲むきっかけがつかめません。貧乏性なワタシ(笑)。
以上、29日のテツ活動全般でした。(出札掛)

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1972年夏のお話 房総東線から外房線へ

せっかく陽が長いというのに、7月に入ってほとんどアップするほどのネタがありません。そんなこんなで生存証明ということで45年前の夏のお話です。

かつてDC王国として名を馳せた千葉の国鉄路線ですが、この頃になってようやく電化の波が届くようになりました。

Img1231972年7月14日 新宿
この頃、首都圏から千葉への優等列車の始発駅は、両国を基本として、一部が新宿まで乗り入れていました。
気動車最終日の「そと房」ですが、なん号かは不明です。翌日、線路の名前は「房総東線」から「外房線」に代わり、急行「そと房」も発展的に廃止されるのですが、新宿では取り立てて最後の日のセレモニーはありませんでした。先頭はキハ28の冷房車のようですが、電源車ではなさそうで、2両目がキハ26なので、冷房できず、窓が開いています。

Img126_21972年7月14日 新宿
一方、1969年7月に先んじて千倉まで電化されていた房総西線の優等列車は既に電車化され、新製冷房車の165系最終グループで運転されていました。しかし、永年親しまれてきた「うち房」の愛称は、今日が最後です。私同様の鉄道ファンが最後を惜しんでいました。
主たる始発駅の両国はこの日を最後に主役の座を降りることになりましたが、当時の私としては、同じ東京にしても遠い場所で、行ったこともありませんでしたので、どのような状況だったのか知る由もありません。

Img134_21972年7月15日 安房鴨川
翌日、鉄研の仲間と「外房線」初の特急「わかしお」の一番列車に乗り、未踏の地、安房鴨川まで行きました。土砂降りの雨に加え、乗るために新宿でのセレモニーも見ることはできませんでした。この日、東京地下駅も開業したのですが、初めて登場した千葉県への特急「わかしお」「さざなみ」ともに一番列車は新宿発だったので、その様子は伺いしれません。復路は東京着の「わかしお」で帰ったはずですが、全く覚えがありません。ただ、ほとんど乗っておらず、簡易リクライニングの振動音が耳についた記憶があります。

Img1621972年8月20日 新宿
なぜか一か月後、再び新宿で撮影しています。(通学で毎日新宿は通過していたのですが・・・)
「内房線」「外房線」となってから、すっかり近代化?され、海水浴臨の快速にも新製の113系が投入されていました。隣に写っている中央線の客車と比べると見違えるようでした。内房線千倉行が「青い海」、外房線安房鴨川行が「白い砂」と命名されましたが、形容詞をつかった愛称が新鮮でした。

Img1681972年8月20日 新宿
内房線、外房線とも最優等列車は特急となりましたが、急行も165系で残りました。こちらは房総半島を一周する循環運転となり、時計回りが「みさき」、反時計回りが「なぎさ」となりました。発着は相変わらず新宿、両国両駅でした。

Img1631972年8月20日 新宿
銚子行は相変わらずのDC急行で運転されており、成田線経由は「水郷」、総武線経由は「犬吠」でした。

相変わらず?のハーフサイズでの粗い画像で失礼しました。(検査掛)












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