2026年7月18日 (土)

903.1983年冬 北の大地で撮り鉄行脚 12号車 興浜南線・渚滑線 1983/2/20

 最近の週末、家族運用・中途半端な天気・梅雨明けもしていないのに37℃を超える急な暑さなどが重なって、まともな鉄活動ができない状況が続いているため、北海道での撮り鉄行脚を続けます。

 今回は興浜南線と渚滑線です。興浜暗線は興浜北線と並んで流氷が望める路線で、それなりの知名度がありましたが、渚滑線は一瞬どこを走っている???といった超マイナー路線でした。興浜暗線は名寄本線の興部からオホーツク海沿いを北上し、雄武に至る19.9㌔のローカル線でした。北見枝幸まで開通していた興浜北線と結ぶオホーツク縦貫鉄道構想があり、実際に路盤工事も進んだところもありましたが、過疎とモータリゼーションの影響で、構想は実現することなく、1985(昭和60)年7月14日限りで廃止されました。渚滑線は名寄本線の渚滑から内陸部を東進し、北見滝ノ上に至る34.3㌔のローカル線でした。終点の北見滝ノ上付近には芝桜で有名な滝上公園がありますが、シーズンに渚滑線で訪れる観光客はほとんどなかったのではないでしょうか。渚滑線も他の地方交通線と同様、人口減少とモータリゼーションによる利用者減により、1985(昭和60)年3月31日限りでバス転換されました。

※撮影は1983(昭和58)年2月20日の興浜南線・渚滑線(電車運転士)

 

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 「大雪5号」を遠軽で降り、名寄本線の1番列車で興部へ、興浜南線に乗り換えて沢木に向かいました。沢木の丘からの俯瞰撮影を試みましたが、流氷は接岸していたものの、雪がそれなりに降り続いており、遠景はほとんど視界が効かない状態で、列車がどこを走っているのかよくわからない結果に終わりました。

【1983.2.20 興部~沢木】

 

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 雪は止む気配がなかったので、俯瞰撮影は諦めて1枚目の写真の左上にうっすらと写っている鉄橋に移動しました。バックの流氷のオホーツク海はほとんどわからず、せっかくの興浜南線なのに普通に鉄橋を渡るキハ40の走行写真になってしまいました。

【1983.2.20 興部~沢木】

 

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 雪の降り方は多少改善されたものの、雪雲に覆われた空はそのままで、オホーツク海は雪原状態になっており、流氷があるのかどうかよくわからない感じでした。ポイントを探しながら沢木から栄丘方面に歩いてみましたが、これといったポイントを見つけることができず、時間切れの幹事になってしまい、納得のいく結果にはなりませんでした。何か今回の興浜南線は消化不良を引きずったまま現地を後にすることになりました。この後、昼過ぎまで列車がないので、バスで渚滑線の始発駅となる渚滑に移動しました。

【1983.2.20 沢木~栄丘】

 

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 渚滑に着いてバスの時間を調べたところ、午後1番の列車の前に滝の上行のバスがあったので、バス代が別途必要になりますが、1本でも列車を稼ぎたいと思い、乗り込んで渚滑線沿線に向かいました。当時でも北見滝ノ上付近の芝桜以外は渚滑線の写真を見かけることはなかったので、1/5000の地図を頼りに目星をつけた中渚滑で下車し、撮影ポイントを探しました。自分の勝手な渚滑線のイメージは、酪農地帯を走るので、牧場の象徴であるサイロを入れてみればよいのではないかと思い、小高い丘に登ってみました。サイロはあるにはあったのですが、雪がちらついて遠景が霞んでしまい、思い描いていたイメージとはちょっと違う感じがしました。

【2枚とも 1983.2.20 中渚滑~上渚滑】

 

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 古風な木造の牛舎と石積のサイロがあったので、これを題材にしようと思い、列車を待ちました。牛が出ているのを期待しましたが、こんな天気ではそれもかなわず、おまけに線路から離れていたため、列車がかなり小さくなってしまい、主題がよくわからない結果になってしまいました。

【1983.2.20 中渚滑~上渚滑】

 

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 中途半端な気持ちを引きずりつつもひととおりの撮影を終え、乗りつぶしを兼ねて中渚滑から写真に写っている夕方の北見滝ノ上行の列車に乗り込みました。この日は終点の北見滝ノ上から紋別に向かい、紋別流氷の宿YHに泊まる予定にしており、久しぶりにまともな夕食と暖かい布団にありつくことができました。

【1983.2.20 中渚滑】

 

●次の目的地 名寄本線

●移動行程 中渚滑→北見滝ノ上→紋別→紋別流氷の宿YH→紋別→名寄本線(沙留)

 

 

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2026年7月17日 (金)

2026年 アジサイ鉄は収穫なしにて終わり

5月末に嵐電で始まったアジサイ探しですが、今期は見事に収穫なしに終わりました。

 

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電車運転士様のアップを見て6月16日に行きましたが、花実も少なめ、枝も伸び切っていて例年ほど手入れがされていないようでした。

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三岐を早々に切り上げ養老に向かいましたが、ここは既に時遅し、ほとんどがパーシャル状態になっていました。
この後養老沿線を探してみましたが、見つけることはできませんでした。さらに、関西線白鳥信号所に寄りましたが、すでに過去のことになっていました。

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そうこうしているうちに里の盛りは過ぎてしまい、7月初旬、所用で北信に行くことで最後の望みを託しました。が、結果、飯山線もしなの鉄道にも沿線には見当たらず、ようやく長野電鉄の湯田中近くで咲いていたのですが、ここにしても電車とコラボできそうなのがこのガクアジサイ1本でアングルもかなり苦しいものとなりました。
ということで、以上です。(検査掛)

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湖北の瑞風

JR-Wのクルーズトレイン「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」はデビューしてから既に9年が経ちました。なのに今まで撮影したことがありません。あの顔つきではあまり写欲がわかず、わざわざ時間をかけて足を延ばすまでもないだろうと静観していました。ところが最近になって琵琶湖を一周するコースが目につくようになったので、それなら物見遊山で一度はカメラを向けてみようかと思い立ち、湖北地方を目指しました。 
 

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琵琶湖を左回りに周遊するコースの列車にカメラを向けた場所はお馴染みの余呉カーブ。昔からのお立ち台は健在でした。かつての国鉄特急列車を彷彿とさせる10両の長大固定編成には目を見張りますが、あまり映えない車体塗装には少々泣かされます。平日のせいなのか、同業者は10名にも満たないほどでした。 
 

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こちらは琵琶湖右回りの列車です。伊吹山が見えていたので思い切って山をド~ンと引きつけるか、それとも編成重視で撮るのか、悩んだ挙句、二兎を追う悪い癖が出てこんな結果となりましたが自己満足をお許しください。

この列車を線路端から正面がちに撮ると受け入れ難い顔つきとなるので(個人的感想)、どのように撮ればカッコよく見えるのか、また機会があればブラリと検証してみたく思います。ただ、そこまで深堀りするのもなんだかねぇ・・・。(出札掛)

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2026年7月10日 (金)

越県地下鉄

回送運転ではありますが、地下鉄鶴舞線の車両が相直区間をはみ出して犬山橋を渡るシーンが平日に見られます。赤池発523レが犬山着後720レとなって折り返すまでの間、各列車の発着を妨げないようホームを空けるために新鵜沼までいったん疎開する運用が組まれています。 
 

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この様子を梅雨の間の暇つぶしに一目見ておこうとカメラ片手に犬山橋まで出かけました。どうせ撮るのならと、N3000のトップナンバーがこの運用に入る日を狙いました。 
 

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新鵜沼から折り返し発車するところも1カット。そしてこの電車が犬山橋を渡り終えると反対方向から・・・。 
 

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3R系列+ミュースカイという異形式組成の回送がやって来るので地下鉄車のついでに撮ることができます。しかし犬山橋上ではちょうど上り急行と離合するため、編成をキレイに撮ろうにも立ち位置やフレーミングを誤ったりすると、こうなります。

因みに犬山橋を渡る地下鉄運用は、たしか2024年3月のダイヤ改正までは名鉄車の運用だったような?うろ覚えでスミマセン。(出札掛)

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2026年7月 4日 (土)

902.1983年冬 北の大地で撮り鉄行脚 11号車 深名線 1983/2/19

 このところ、週末は天気が芳しくなく、加えて家族運用が重なることが多く、鉄活動がままならない状況が続いています。ということで、久しぶりに冬の北海道での撮り鉄行脚を再開したいと思います。前日、興浜北線では各所で発生した吹き溜まりの影響で列車が運休になってしまい、まともな成果が得られず、失意のまま稚内から乗車した「利尻」を未明の深川で下車して、深名線に向かいました。

 深名線は深川から朱鞠内などの名立たる豪雪地帯を経由して名寄を結ぶローカル線で、営業㌔は121.8㌔で、雨竜ダムの資材輸送と木材輸送で活況を呈した時代もありましたが、木材輸送の衰退や沿線人口の減少により、輸送人員は減少の一途をたどり、いつ廃止されてもおかしくない状況に陥りました。ただ、沿線道路の未整備やとくに冬季の地域住民には欠かせない輸送手段ということで、廃止対象から除外され、国鉄分割民営化後はJR北海道に引き継がれました。JR化後も沿線人口の減少は続くとともに並行道路の整備も進み、関係者で様々な協議が行われた結果、1995(平成7)年9月3日限りで廃止となり、バス転換されました。

※撮影は1983(昭和58)年2月19日の深名線(電車運転士)

 

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 深川からの1番列車に乗車、2時間26分かけて終点の朱鞠内に向かいました。定番の朱鞠内の俯瞰ポイントですが、朱鞠内の集落はすっぽりと雪に覆われていました。ちょうど雪が止んでいたので、視界が遮られることがなくてよかったです。この列車は1時間ほど休憩した後、9時45分に折り返し深川に戻っていきます。

【1983.2.19 朱鞠内】

 

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 朱鞠内から深川方面と名寄方面のどっちに行くか一瞬悩みましたが、名寄方面だと9時台に1往復の撮影が可能で、深川方面よりも効率がいいので、名寄方面に向かいました。名寄から朱鞠内折り返しの列車を1往復撮影するにはしましたが、これぞ深名線といったポイントを見つけることができず、結局、2本とも線路近くでの撮影地なってしまいました。これだと言われなければ深名線とはわからないですね。

【2枚とも 1983.2.19 朱鞠内~蕗の台】

 

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 朱鞠内の駅を出るときに尋ねたらラッセルの運転があるということを教えてもらったので、雪を掻き分けるシーンを期待してトンネルの上で待つことにしました。教えてもらったとおりに来たのはよかったのですが、ウィングは閉じられ、フランジャーは上がったままの完全な回送状態で、何とも物足りない姿で通過していきました。

【1983.2.19 朱鞠内~蕗の台】

 

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 次の名寄方向の列車は15時台まで約5時間半ないので、ラッセル撮影後は朱鞠内に戻りました。しばしの休憩の後、深川方面に歩き始めました。ちょうど、俯瞰できそうな斜面があったので、雪を掻き分けながら登ってみました。冬の深名線は絶景ポイントがない(勉強不足で自分が知らないだけか…)中、それなりの俯瞰ポイントを見つけられたのはよかったです。写真は朱鞠内を13時25分に発車した列車です。翌日は興浜南線を目的地としていたので、札幌から「利尻」に乗車するために15時43分の列車で深川に出て、札幌に向かいました。

【1983.2.19 共栄~朱鞠内】

 

●次の目的地 興浜南線・渚滑線

●移動行程 朱鞠内→深川→札幌→「大雪5号」→遠軽→興部→興浜南線→渚滑→渚滑線

 

 

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1986年の甲種輸送(増号車)

検査掛様の撮影された事業用臨の記事にはいつも目を丸くするばかりです。自分もこのように滅多にお目にかかれない、いわば《現品限り》的な要素を持つ列車には目がなく、それが時刻表に載らない非営業列車なら尚のことです。検査掛様のこうした記事がアップされる度に、自分も同じ列車を写していたのではないかと思い出そうとするも、正直ほとんど覚えていません(汗)。まぁこんな時こそ昔の写真を振り返るきっかけにはなっているので満更でもありませんが。
さて、そんなわけで過去画像を見返していたら今回も検査掛様がブログにアップされていない甲種輸送の画像を数点ほど見つけましたので、誠に恐縮ですが以前の拙記事同様、1986年甲種輸送列車の『増号車』としてアップさせていただきますことをお許しください。 
 

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【1986.1.16 新京成8800 9774レ】
日車発の甲種です メモには「豊川16:47発」とあり、当時はこんな時間帯にも設定されていたのですね 
 

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【1986.1.17 甘木鉄道レールバス 9861レ】 
穂積で41分間停車するので木曽川で一発撮って追いかけました 以上2点は連続した二日間しかも平日ですが・・・あ、当時はヒマな大学生でした 
 

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【1986.1.30 小田急NSE 9972レ】 
日車で車体更新が施工されたNSEの出場です。入場列車は1985年2月末に撮影しましたが、出場列車もカメラに収めていたとは全く覚えていませんでした。入場から1年近く経っての撮影なので、きっと別編成でしょう。因みに豊川の発車は10:26でした。 
 

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【1986.3.6 京王7000 9776レ】 
この列車も豊川発16:47でした 
 

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【1986.3.9 相模7000 9860レ】 
え、シャッターのタイミングですか、まぁそう堅いこと言わず・・・ 
 
当時は鉄道趣味誌に甲種輸送計画が掲載されていたおかげで容易に運転情報を把握することが出来たのに、今では世知辛い世の中になってしまったものです。(出札掛)

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2026年6月26日 (金)

4年ぶりの紫陽花畑

長良川鉄道前平公園駅の近くにある線路敷地内のスペースに紫陽花が植えられています。地元の方が花の管理をしている所ですが、今年は如何だろうかと4年ぶりに足を運んだところ健在でした。 
 

N1_20260626105301ただ、訪れた時期は少し遅かったようです。そこにやって来たのはラッピング車「わくわくたんけん号」。なんだか画的にはあまり嬉しくない結果となりました。撮影した列車は6レですが、あえてこれに狙いを定めた理由は次の通りです。 
 
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即行で移動して回781Dとの掛け持ち撮影ができました。この地点には初めて立ちましたが、雑草が育ち始めてここも時期的に遅かったようです。 
 
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再びここに戻り、6レの折り返し1003レです。全体的にごちゃごちゃを感じずにいられませんが、ラッピングの意匠のせい?それとも撮り方の問題ですか?いかんなぁ。再履修をと思うも、次の列車まで1時間以上も待つのは我慢できないので諦めました。 
4年前にこの場所を見つけた際、地元の方から伺った話です。「この紫陽花は当初は直に株を植えていたのだが、育ち過ぎると列車の運行に支障をきたすため鉢に替えて植えている」とのことです。手入れをするには線路敷地に入らないといけませんが、それは鉄道会社も容認しているそうです。(出札掛)

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2026年6月24日 (水)

1986年に捉えた甲種車両輸送

1986年に捉えたシリーズの最後は甲種車両輸送です。

折もおり、或る方から「なつかしの国鉄車両輸送1980’S」という書籍が7月21日に某社から 出版されるとのことで、楽しみ?にしております。

さて、自身が1986年に捉えたものは意外に少なく、特に前半は日車→名鉄ばかりでした。

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1月20日
9761レ EF65 89+ヨ+名鉄6500系(3次車)8両+ヨ
この頃は豊橋~笠寺間はEL牽引でした。6500系3次車はこの年5本製造されたようですが、撮影したのはこの日のここだけでした。6500系より製造年数が若い6800系の廃車が始まっていて、6500系もそろそろお役御免になるかもしれません。

 

 

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3月20日
9772レ DE10 153+ヨ+6751+6651+6752+6652+ヨ
名鉄では6500系の増備により3900系を廃車し、部品を流用して瀬戸線用の6650系を日車で製造しました。釣り掛け駆動はそのままです。後に3850系から改造された6650系は4両固定となりましたが、この4両はすべて先頭車となりました。

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3月20日
9761レ EF65 107+ヨ+6652+6752+6651+6751+ヨ

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3月20日
瀬戸線用の久々の新形式でもあり、この日はしぶとく名鉄築港線まで追っかけました。名古屋臨海鉄道線~名鉄築港線の牽引にはまだND35 2が使用されていました。

 

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6月12日
9761レ EF65 1007+ヨ+5801+5851+5751+5701+ヨ


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6月19日
9772レ DE10 1573+ヨ+5802+5703+5753+5853+5703+5702+5752+5852+ヨ
 

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6月26日
9761レ EF65 69+ヨ+5451+5401+5302+5352+5452+5402+5301+5351+ヨ


6月12日から7月4日までの毎週木曜日に名鉄の新SR車、5700系、5300系の4連7本が日車から出場して豊川→豊橋→笠寺と輸送されました。さすがにコンプリート出来ず7月4日は見ていませんが、3回分はそれぞれ控車ヨの次位の連結車両が異なっていて興味深いですね。
ちなみに両形式は非冷房のSR車5000系、5200系を置き換えるために新製されましたが、5700系は完全新製ですが、5300系は台車、モーター等を5000系等から転用し、車体を新造したものです。名鉄に限らず部品転用は当時の時代背景を表わしているともいえます。
5700系は2017年から、5300系は2011年から廃車が発生し、両形式とも2019年末にはすべて廃車となり、長かった名鉄の特別料金不要の2扉クロスシート車が終焉を迎えました。名鉄では両形式誕生40周年を記念して記念乗車券を発売するようですが、5700系でも消滅から9年経って・・・。


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10月24日
9861レ EF65 1007+ヨ+長良川鉄道ナガラ1形10両+ヨ

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11月27日
9664レ DE10 1525+ヨ+天竜浜名湖鉄道TH100形6両+ヨ

10月、11月には国鉄から切り離される二俣線(→1987年3月15日~天竜浜名湖鉄道)、越美南線(→1986年12月11日~長良川鉄道)に充当されるレールバスタイプの気動車が、メーカーの富士重から出場して輸送されました。
両鉄道とも既に三代目の車両に変わりつつあり、三セクの気動車の寿命の短さを感じますね。

 
以上のほかに、10月に日車から京王7000系が出場しているのを捉えていますが、出来が悪いので割愛します。(検査掛)

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2026年6月21日 (日)

検証 《鶴舞線×上飯田線》

写欲をそそられる路線、車両が姿を消しつつあるなか、もっと幅広く視野を持たなければと新たなターゲットを模索中に思いついたネタの一つです。ご笑覧下さい。 
 
2017年9月17日付の弊ブログにて、名鉄犬山駅で見られる名古屋市地下鉄鶴舞線と上飯田線の車両同士の顔合わせについて触れた記事をアップしました。あれから9年、鶴舞線~犬山線相直列車の本数が削減されて両者が並ぶ率がますます低くなったのではないかと思い、最新ダイヤでの運用をチェックしてみたところ平日ダイヤでは二度、休日ダイヤでは一度だけ見られることが判明しました。では実際に両者はどのように並ぶのか、その様子を見に犬山駅へ足を運びました。 
 
●平日ダイヤ= 7:54~7:55

Hei

3番線に上飯田線からの731レが7:49到着後、ホームを挟んだ隣の4番線に鶴舞線からの627レが7:54に到着して、736レとなった上飯田線が7:55に発車するまで僅か1分間の並びが見られます。ラッシュ時間帯だけあって627レから736レへ慌ただしく乗り換える乗客の姿も見受けられます。 
 
●同、9:25~9:28

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3番線に上飯田線からの835レが9:20到着後、鶴舞線からの715レが9:25到着して折り返し9:28発車までの3分間顔を合わせます。しかしこの通り、少し離れて並びます。 
 
●休日ダイヤ= 7:53~7:56

Kyuu

3番線に上飯田線からの731レが7:46到着後、4番線に鶴舞線からの625レが7:53に到着して、736レとなった上飯田線が7:56に発車するまで3分間の並びが見られます。平休日ともほぼ同じシチュエーションですが、この画は間違いなく休日ダイヤ時に撮影したものです。 
 
9年ぶりの検証ですが、「だからどうなんだ?」と言われてもそれだけの話です。ただ、異なる地下鉄路線の車両同士が他社線の駅において出会うシーンを毎日見られることは東海地方に於いては珍しいのではないかと思います。(出札掛)

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2026年6月14日 (日)

901.梅雨の晴れ間 9004列車からの三岐鉄道三岐線 2026/6/13

 東海地方は6月7日頃に梅雨入りしましたが、13日は梅雨の中休みということで、自分の住むエリアの天気は晴れ間が広がるという予報でした。ちょうどこの日は名鉄の9004列車の運転(豊明→矢作橋)があり、それに参戦した後、三岐鉄道に転戦しました。

※撮影は2026(令和8)年6月13日の名鉄名古屋本線・三岐鉄道三岐線(電車運転士)

 

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 最近の名鉄の線路端は草刈りが行われずに雑草が伸び放題の場所が増えたように感じます。名古屋本線も例外ではなく、9004列車の各ポイントも雑草で足回りが隠れてしまうところが各所にあり、足回りまですっきり見えるのは宇頭~新安城のこのポイントぐらいしかありませんでした。晴れ予報の天気もバリ晴れではなく、薄雲が広がっていたぼんやりとした日差しになった関係で、メリハリのない写真になってしまいました。

【2026.6.13 名鉄名古屋本線】

 

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 転戦先の三岐鉄道は三岐線のいつもの紫陽花ポイントに行ってみました。ちょっとタイミングが早かったかなといった感じでしたが、何とか撮影できました。この日は黄電は運用がありませんでしたが、赤電と旧三岐カラーは運転があり、オリジナルカラーを含めて各種カラーをゲットすることができました。

【4枚とも 2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

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 セメント貨物はまだ運休が継続中でした。501列車の機関車送り込み回送が3712列車のスジで来ました。タキ付きの姿を期待しましたが、残念な結果に終わりました。紫陽花が見頃なうちに運転再開してほしいです。

【2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

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 ここの堰堤ポイントは初めて行ってみました。堤防の草刈りが行われていたようなので、今年は線路が見える状況になっていました。背景の青空には夏雲が漂い、梅雨の時季とは思えない光景が広がっていました。

【2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

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 501列車は白タキ2両と白ホキ2両の短い編成だったので、後部が切れることなく築堤上に収まってくれました。堰堤手前の水面に夏雲が写ってくれればもっと雰囲気がよくなったと思いますが、微妙な風が吹いて水鏡っぽくはなりませんでした。

【2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

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 19列車と24列車は丹生川行き違いだったので、行き違い風景を撮ってみました。19列車は211系が充当されていました。211系が構図の中に入ってくれたおかげで、今時の三岐線の行き違い風景になりました。

【2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

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 藤原岳の上空には夏雲が広がり、風景は爽やかな夏の雰囲気でした。これを表現したいと思い、あえて夏雲を広く取り込んでみました。

【2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

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 写真に写っている青川の鉄橋そばの堰堤は昨年よりさらに人工的な削りが進んでおり、絵にならない状況になっていたので、少し離れて川の流れと夏雲を構図の中に入れてみました。もう少し夏雲のモクモク度がほしかったところですが、これは次回の宿題にしたいと思います。本来なら504列車の夕陽ギラリまで鉄活動をしたかったところですが、この日は夕方から家族運用を言いつけられており、このシーンを最後に現地を後にしました。

【2026.6.13 三岐鉄道三岐線】

 

 

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