2017年12月17日 (日)

やじうま

良く言えば報道写真、悪く言えば「ただの野次馬」。

035_2 今さら説明するまでもないでしょう。滅多に目にすることのない珍景だからといって騒ぎ過ぎないように、ほどほどにしましょう。何しろ一歩間違えば大事故につながるところでしたから。

030_2 在来線12・13番線の端には野次馬対策として規制ロープと注意書きがありました。

051_2 個人的に注目したのはこのモーターカー。新幹線の事業用車については詳しく知りませんが、こんなにも目の前で見ることは二度とない・・・かな?

085_2 上り列車はすべて15番線発。数分間隔で同一ホームを発着するサマは、某大手私鉄の駅を連想させますね。

6801_2 上りホームの列車案内板です。14番線側はとうぜん無表示。当該編成も写っていますが、整備の都合で12と13号車間の幌が外されていることがわかります(一部画像を加工してあります)。

5601 N700の妻面にカメラを向けました。営業路線上では絶対目にできないことです。連結部にはアダプターのようなものが装着されています(一部画像を加工してあります)。

7101 今度はN700側からモーターカーを撮影しました。この角度から眺めると、色といい形といい、某私鉄のデキを少しだけ連想します(一部画像を加工してあります)。

日中のみならず、深夜にも及ぶ復旧作業に従事された方々には本当にお疲れ様です。それにしても、なぜもっと手前の駅で列車を運休できなかったのでしょう?定時運行を優先するがあまり安全面が置き去りにされ、その背景には何やら歪んだ事情が見え隠れしていそうな気がするのは考えすぎでしょうか。マーフィーの法則?当てはめたくはありませんが、福知山線事故のような大惨事が起きないことを願うばかりです。(出札掛)

【おまけ】

031_2 事故関連写真ばかりでは心が痛むので、中和しましょう。この日、ダイヤ上にない重単が突然通りかかりました。どうやら福山貨物56レを牽引してきたロクロクの折り返し運用で遅延の単571と思われますが、なぜかロクヨン、しかも広更色がぶら下がっていたので、つい得した気分になり画像を載せました。平凡なトピックスですがお許し下さい。この日は西でも東でも東海道本線の障害が発生して貨物の運行はガタガタだったので、その影響かもしれません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年12月10日 (日)

くまモン電車

 山口線のあとは、熊本まで足を伸ばしました。単に新幹線で帰るのは面白くなかったのと、マイルで熊本空港からの無料航空券を確保していたからです。

 熊本を訪れた目的は、西鉄時代の塗装に復元された連接車の5000形の撮影です。この連接車は、平日の朝夕のみの運転。こうした機会でないと、なかなか撮影できません。

_5d30074
 しかし、撮影となると日の出の遅いこの時期は厳しいものがあります。しかし、上熊本の手前で東側が開けた場所があり、まずまずの条件で撮影ができました。

 上熊本までは、熊本電鉄が来ています。そこで久しぶりに熊本電鉄に乗車することにします。やってきた電車を見てビックリ。

_5d43007_2
 なんと、車体のあちこちにくまモンが描かれています。さすが、熊本。途中駅で降りて、走りを撮影。幻想的に朝霧が立ちこめる中、くまモン電車が姿を現しました。

_5d43018
 霧が晴れてきたので、順光で1枚。なんとも賑やかな電車です。この電車は、もとは東京メトロの01形です。地下鉄電車に集電装置、というのは相当、違和感があります。

 撮影を終えて北熊本まで乗って、、藤崎宮からの電車と並べて撮ろうとしてビックリ。藤崎宮から来る電車から、多くの人が降りてきます。様子から見ていると、外国からの観光客のよう。

_5d43047_2
 その後、調べてみると、これら乗客は台湾からの観光客とわかりました。

 熊本電鉄では、台湾に精力的にセールスを行っており、近年は観光ルートに組み入れてもらっているそうです。その甲斐あって、近年の利用者数は地方鉄道で一番の伸びを示しているそうです。北熊本の駅舎には売店もあって、さまざまなグッズを販売していました。駅舎の前に出ると、大型観光バスが3台停まっています。と、いうことはざっと100人が利用したわけです。絶対数の少ない地方民鉄で、この数字は馬鹿になりません。

 今回の熊本では、「熊本わくわく1DAYパス」を購入しました。このパスは、700円でエリア内の路面電車、バス、熊本電鉄に乗れる極めて利便性の高い1日券です。北熊本はそのエリアの最北ですが、バスにも乗車できるので、撮影のため、バスを使って黒髪町の併用軌道に先回りしました。

_5d43106_2 

 やはり熊本に来たら、ここでの撮影は欠かせないですね。やってきた電車は元東京都交通局の6000形で、こちらもくまモンのラッピングがされています。

 熊電の撮影はこれで終わって、バスで中心部にでて路面電車の撮影に移ります。とはいえ、肝心の5000形が出てくるのは夕方になってから。せっかく1日券があるので、終点の健軍まで乗って、この季節らしいイチョウ並木の綺麗なところをチェック。

_5d43196
 側面が陰っているけれど、なんとか建物の影が無いところで撮影できました。

 再び、中心部の通町筋に戻り、夕暮れの風情の漂う中、痛々しい熊本城を入れて撮影。やはりここからは熊本城がみえないと締まりません。一刻もはやい復興が祈念されます。

_5d43266
 最後にISO感度をあげて、通町筋を発車する5000形連接車を撮影。この条件下で撮影ができるのですから、まさにデジカメさまさまです。
_5d43281
 これを最後に撮影を終了し、熊本空港に向かって名古屋に戻りました。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

Training in the Early Morning at Yada River

↑意味、合っているのかしら??

先日、所用で名古屋市の矢田川右岸を車で走行していたら、えっ、JR中央線橋梁の真下で何やら護岸工事らしき作業をしているではありませんか!しかもユンボが2機も動いております。うゎー、これでは6883レのシルエットが撮れないではないか、と嘆いたものの、もしかしたら左岸側から狙えば障害を回避できるかもしれません。ただ、機関車を真横から狙う位置に立つと貨車が背景の木々に埋もれてしまい、もしくは貨車までシルエット抜きにしようとすると後追い気味のアングルになります。どのポジションを選択するか、好みが分かれるところです。

9日の朝5時前、その気はなかったのですが自然と目が覚めて外を覗いたら雲がほとんどないキレイな夜空、降水確率も0%だったのでつい・・・。

83 幸いファインダーの中に映る雲は一つもなく、被りが心配される「しなの」回送も直前に通過して、まずまずの成果を得ることができました。ところでこのシルエット撮影に際して、当ブログのバックナンバーから駅長様のトーンジャンプに関する記事を予め読み返して、露出に関する予習をしておきました。しかし現像技術はまだまだ未熟で微妙な感じです。日々勉強ですね。
朝焼けを強調したかったのでWBを曇モードにして少しデフォルメしましたが、実際にはもう少し青みがかった空だったかも?

1m スッキリと澄んだ空だったので、せっかくだからとシルエット撮影に適した流線形車両(→しなの1号)が来るまで待ちました。ちょうど朝日が線路から顔を出すタイミングになるよう、架線柱にも気を配りながら立ち位置を微調整。川にも反射してドラマチックになったでしょうか?

矢田川右岸からの6883レのシルエットは当分の間お預けかもしれません?どなたか検証していただければ幸いです。(他力本願・出札掛)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年12月 8日 (金)

【続々】亀嵩への旅

 三江線沿線撮影の2日目です。

_5d42143
 まずは宿泊した温泉の前の道路で撮影します。駅を発車してきた列車と江の川が1枚の画面に入り、なかなか好ましいカットとなりました。

 さっそく、追っかけを開始します。

 しかし、口羽までの新線区間はかなりの高速で走るので、追いついて撮影するのはほとんど不可能です。

_5d42165
 口羽の先で追いつきました。霧が晴れて、陽が差してきました。

_5d42172

 川霧が立ちこめた山間に、車両がギラリと光り、なかなか良い感じです。口羽から南は、警戒運転を行っているため、速度が遅く、何度も追い抜きができますが、線路が川の南側、道路が北側を走っている場所が多く、残念ながら晴れてしまうと山の陰や逆光になって、あまり撮る場所がありません。

_5d39903
 この日は休日で、同業者が多く、追いかけにも制約があるので、一番の撮影列車424Dは撮影ポイントを決めて狙うことにします。まずは、2本のイチョウの木が美しい作木口のあたり。川が蛇行しているので、このあたりでは車両に陽があたります。

_5d39917
 そして、三江線最後のカットは、これぞ三江線という江の川を入れた大カーブの俯瞰撮影としました。ここでの決まった1枚があれば、三江線の撮影は合格点です。

 結局、列車に乗ることは無く、並行する道路から見た三江線の印象ですが、陰陽連絡線として建設されたものの、蛇行する江の川に沿っていることから距離が無駄に長くなったことに加え、沿線の人口も希薄であり、かつ、目立つ観光施設も乏しいため、鉄道としての存続は大変厳しいと考えられます。個人的には、鉄道はできる限り将来の資産として残すべきと考えていますが、三江線は旅客流動にもあわず、公的に負担して残すだけの意義は少ないと考えざるを得ません。

 ただ、皮肉なことではありますが、そうした路線ほど沿線風景は美しく、キハ120形気動車が1~2両で走る路線は、無限と言える撮影場所に恵まれています。残すところあと4ヶ月。これから冬になり、撮影には条件が厳しくなりますが、機会があれば再度訪れてみたいだけの魅力にあふれる路線であることは間違いありません。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年12月 5日 (火)

再会 C12 66

Img7041971年1月4日 飯山

駅長様に習って、まず約47年前に撮影した今回の主役、C12 66です。
11月末から4日ほど、所用で関東地方に行ってきました。最終日となった12月2日、予報が快晴とのことだったので、考えた末、2年前の初頭、駅長様と電車運転士様が相次いで訪問された真岡鐵道に行くことにしました。

Dsc_6124下館に着くと、JRホームに3列車が並ぶことが判ったので、撮ってみました。こうやって並ぶと、411系で撮ってみたかったですが、411系は4連なので、うまく纏まったかは?

Dsc_6135今回は久しぶりの歩き鉄で、電車運転士様同様、蒸機列車は往復各1回しかチャンスはありません。そんなわけで、久下田で下車。交換する上り列車を数人の高校生が待っていたので、撮らせてもらいました。

Dsc_6147久下田で降りたもう一つの理由は、言うまでもなく蒸機列車の下館への送り込み回送を撮りたい、と思ったからです。運転台カブリツキでロケハンをして、下館寄りにまだ黄葉した木があったので、絡めることにしました。正面がちにすることで、DL単独牽引列車のようにしてみました。
ぶら下がって来た機関車に思わず「ニコッ」(v^ー゜)ヤッタネ!!
真岡鐵道所属の2両の蒸機は、時代の差こそあれ、いずれも飯山線で撮影した機関車であり、どちらにしても「再会」というわけですが、本日の牽引機は嬉しいことにC12 66でした。前にも記しましたが、約47年振りの再会です。

Dsc_6153折本交換で下りのローカルが来ます。ちょっと線路から離れたら、雲の上に山の頂が頭を覗かせてました。山容から榛名山のようです。もう少し裾まで見えたら良かったのですが・・・。

Dsc_6158久下田交換で上りローカルが来てしまいますので、先ほどの木を強調してみました。

Dsc_6191定番の跨線橋から。同業者は他4名でした。
検査出立てか、至極美しく、HMもなくいいショットとなりました。駅長様のご友人の話で、C12は黒い煙を吐く、とのことでしたが、残念ながらそこは違いました。

Dsc_6211「SLもおか」を追いかけて茂木まで行ってみました。
不覚にも電車運転士様に教えてもらった「常総線・真岡鐵道共通一日自由きっぷ」の真岡鐵道のフリー区間は下館⇔益子間というのを見落としていて、打ち切り運賃のため550円別途かかりましたが、それでも取手往復を考えると、かなりのコスパなので止むを得ません。
茂木について見学デッキに上ってみましたが、既に機関車は転向を終え、給水していました。その傍らで乗務員たちが談笑していました。

Dsc_6220給水を終えたC12が、ターンテーブルの北側に移動した後、一組の母子がデッキに上がって来たので、ひと声かけて写真を撮らせてもらいました。一言二言お話をしましたが、お子さんが機関車大好きで、毎週のようにここに来ているとおっしゃっていました。

Dsc_6229少しして、ホームに降りてみると別の母子が見学通路でC12を眺めていました。
母「もう行くよ~」 子「まぁ~だ」

Dsc_6247運転台カブリツキでロケハンしましたが、上り列車で間違いなく煙を吐きそうなのは、やはり茂木から矢天場まで。有料撮影地まで行ってみましたが、この日は快晴で陰影が強くパス。
途中の「道の駅もてぎ」の傍らにメタセコイアが数本植わっており、とりあえず道から下りのローカルを撮ってみました。

Dsc_6254_2ローカルは茂木6分の停車で折り返してきます。道の駅の公園に入って家族連れとコラボできないかアングルを探しましたが、時間切れに。
実はこの左側には、メタセコイアと蒸機をフレームに入れようと同業者が20人程スタンバッてます。これらが後でひと悶着・・・(。>0<。)

Dsc_6284本命はローカルの15分後、茂木を発車します。場所を探しあぐねて、結局は↑の写真の道の法面で構えることにしました。客車の最後の1両が陰に隠れますが、どうにか煙室戸にも陽が回り、イイ感じで撮れました。ただ・・・。

実は「SLもおか」が茂木を発車する時刻に、道の駅のスピーカーから発車の案内が放送され、遊びに来ていた家族連れが公園に移動してきたのです。当然近くで見たいので、メタセコイアの下にある生垣あたりまで来ますよね。それが列車の来る直前ということもあって、同業者たちのカメラにフレームインします。と、怒号が!!!。ほとんどがもういい年こいたオッサンばかりで、そんなところでセットしていれば一般の人が入ってしまうのは予め判るハズ。このことがSNSでアップされてまた撮り鉄の立場を悪くされないことを祈るのみです。
駅長様から激パだった山口線沿線の人々の協力体制を伺ったがったばかりで、実に情けない思いをしました。

Dsc_6301蒸機列車の真岡入庫列車も当然狙います。しかし、季節は冬至に向かう一番日暮れの早い時季、電車運転士様のようにギラリは望むべくもなく、撮れるところで撮りました。それなりに夕暮れ感は出ていると思いますので、良しとしましょう。

これにて終了。C12 66といい再会が果たせました。またいつか訪問できればと思います。(検査掛)













| | コメント (2) | トラックバック (0)

【続】亀嵩への旅

 木次線の亀嵩に行った話は先に書きましたが、せっかくここまで行くなら、来年春に廃止となる三江線に寄りたくなります。と、いうことで、三江線にも寄ってきました。

 当初は夜行バスで出雲市に出て、一畑電鉄を撮影し江津で宿泊。翌日に江津から三次行きの列車に乗る計画でしたが、たまたま友人が現地で撮影している、ということで、クルマに便乗させていただき、撮影することにしました。

 まずは、江津本町の街中の橋を渡るところを江の川の対岸から撮影します。

_5d41819
 実はこのアングル、少し立ち位置は異なりますが、まだC56が走っていた昭和49年7月に撮影しています。

19747311391
 当時に比べ堤防が嵩上げされ、鉄橋の橋脚が見づらくなっています。

 その後、一気に三次近くまで走り、昼間帯に三江線を走る424Dを追撃します。三江線はご存じのように、かつては北線と南線にわかれており、浜原までの三江北線は戦前の昭和12年7月、口羽までの三江南線は戦後に着工され、昭和38年6月に開業、昭和50年8月31日に全線が開業した歴史があります。

_5d41879
 三次~口羽間は昭和30年代の開業のため、橋もコンクリート造りとなっています。

_5d41913
 所々にある橋から、江の川を入れて撮影もできます。

_5d41930_2
 口羽から北は昭和50年代の建設だけに、ローカル線とは思えない立派な路線です。こんな路線が廃止になるとは信じられません。

_5d41946
 天空の駅として、三江線のシンボルとなっている宇津井駅。ホームまで120段を超える階段があるようです。丸いボールのようなものは、ライトアップの照明とか。

_5d41971
 浜原から北は、一転してローカル線の佇まいとなります。因原あたりに若干の町がある程度で、人家もほとんどありません。よくもこんなところに線路を建設したものと感心します。

_5d42011
 鉄橋のある因原付近は撮りやすい場所です。

_5d42028
 俯瞰でも撮影できます。ただ、家並みが写るこの風景は三江線には似つかわしくありません。

 この日は天気が悪く、雨も降りだしてきました。しかし、見方を変えれば低く雲がたなびく風景も味があります。

_5d42057_2
 この日、最後の撮影はかつての終点で、数少ない行き違い駅の浜原で。

_5d42117_2

 この後、沿線の温泉に泊まって、翌日の撮影に備えます。それについては、後日、紹介しましょう。(駅長)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年12月 4日 (月)

511.思いつくままに晩秋の風景をめぐる 2017/12/2

 北国では雪の便りも聞こえ、季節は確実に秋から冬へと進んでおり、名古屋周辺でも秋は終盤戦を迎え、晩秋の気配が漂っています。そんな中、最後の秋を楽しんでこようということで、とくにこれといったターゲットはありませんでしたが、思いつくまま名古屋周辺をめぐってきました。

 

※撮影は122日の関西本線・名鉄尾西線・中央本線(電車運転士)

 

_dsc98972_2

 

 冬至が近くなり、そろそろ矢田川グラデーションの時季になってきましたが、5263列車なら同様に日光川でもグラデーションが狙えるのではないかと足を運んでみました。矢田川のように真横構図というわけにはいきませんでしたが、それらしい雰囲気になったのではないかと思います。

【2017.12.2 関西本線】

 

22_dsc992617122

 場所を移動するのも面倒だったこともあり、8271列車も同じポイントに居座りました。通過が日の出直後で、ちょうど朝陽の床下抜きができるかと思いましたが、DD51では床下が目いっぱい詰まっているので、思惑どおりにはなりませんでした。
【2017.12.2 関西本線】

 

32_dsc995417122

 続いて黄色く色づいた銀杏狙いで尾西線に移動しました。残念ながら見頃はすでに終わっており、木によっては葉っぱが全部落ちて骨だけといった状況の木もありました。ここの3本の木だけは何とか葉っぱが持ち応えていました。
【2017.12.2 名鉄尾西線】

 
42_dsc996817122

 

 しばらく山崎周辺をうろついてみましたが、どの木も葉っぱが落ちて悲惨な状態になっている中、この木だけがかろうじて撮影に耐えることができる状態でした。地元に方に話を伺うと前日は風が強かったため、それで一気に葉っぱが落ちてしまったとのことでした。前の週に行かなかったのが悔やまれます。
【2017.12.2 名鉄尾西線】

 
52_dsc998217122

 

 尾西線の撮影をひと通り終え、木曽の方面を望むと御嶽や中央アルプスがクリアに見えていました。ここで8084列車のちょっとした宿題を思い出してしまい、時間的にも何とか間に合いそうだったので、一気に中央本線沿線まで広域移動してしまいました。宿題としていたのはこのポイントです。以前に出札掛様からヒントをいただいており、そんなに苦労することなく見つけることができました。
【2017.12.2 中央本線】

 
62_dsc000317122

 

 その後は帰りの道すがらで81列車を撮ろうと思い、国道19号線を南下します。今回は地上戦にしてみました。晩秋の気配が漂うなか、夕方の斜光線を受けながらいい感じでやってきました。コンテナが歯抜けだったのがちょっと残念でしたが…。
【2017.12.2 中央本線】

 
72_dsc001117122

 

 この付近では5875列車は81列車の約10分後に続行で追いかけてくるため、速攻でポイント移動しました。線路端のススキが逆光に浮かび上がるのと、背景のバイパス工事が逆光なら目立たないだろうということで、ここに直行しました。でき栄えは微妙な感じですが、ポイント移動に制約があるため、止むを得ません。
【2017.12.2 中央本線】

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年12月 3日 (日)

白鳥シルエット

金曜日の夜、翌朝が「晴れ・降水確率0%」予報を示していると、朝練に挑むか挑むまいか、気持ちが揺らぎます。

631 画像は凸貨物5263レです。撮るには撮りましたが、何かと多くの課題が残りました。ある程度予測はしていましたが凸のカタチ、しかも重連をアウトカーブから完璧にシルエットにするには難ありです。もっと引きつければなんとかなりそうですが制約もあって・・・。信号所の直線を真横から狙おうとしたものの、すっきりとした背景が得られそうにもないので見送ったのですが、どうなんでしょう。

632 追いかけてもう一度。う~ん、背景・・・。
もっと南下すれば凸×2をキレイに架線柱間で抜くことができそうな場所があるので、もっと日の出の時刻が遅くなればトライしたく思います。

711 陽が昇り、シチュエーションも大きく変わるだろうと思い、続行でやって来る8271レで再挑戦。朝日の輝きをお供にできました。

712 先週土曜日は単機牽引だったようなので今回もそうかなと思っていたら、アラ、重連。こんなときは凸1両のほうがスッキリ抜けられるのでしょうけども。
どの位置でシャッターを切った瞬間を良しとするのか、それとも立ち位置はどうなのか、そもそも場所の選択ミス?やはり課題は盛りだくさんです。ただ、このように早朝は凸が2本連続で走って来るおかげで、1本目でミスをしてもすぐに修正して2本目に活かせることもできます。失敗を恐れずにいろいろと試してみたく思います。

2両目のDF200が間もなく稲沢にやって来ます。運用の置き換えもカウントダウンに入るのでしょうか。凸のシャッターチャンスが半減される前に、機会があれば凸×2のシルエットに再挑戦するとして、今回はこれで勘弁して下さい。(出札掛)

《速 報》

71 日本車輌から名鉄パノラマカー7011Fの復刻版が登場、なんてみえみえな冗談はヤボですね。ついに小田急の新型ロマンスカー70000系がベールを脱ぎました。

72 ひいきするつもりではありませんが、あのデザインを見るとなんとなく余所事とは思えないし、天候も良いのでブラリと見物に出かけてきました。さて、LSEの行く末や如何に。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年12月 2日 (土)

亀嵩への旅

 先の記事で、山口線のD51200のデビューを紹介しましたが、今回の旅の主目的は山口線ではありません。昔、大変お世話になった方が、奥様のご両親の介護を目的に島根県にお住まいになっており、その方に久々に会うことが一番の目的でした。そのついでに山口まで足を伸ばしたわけです。

 その方が現在、住まれているのは木次線の亀嵩。この名前にご記憶の方も多いでしょう。そう、松本清張の名作「砂の器」の舞台となった地です。しかも、お住まいのお宅は江戸時代からの歴史があり、「砂の器」のロケでも使用されたとか。これは是非とも見たいものです。

 まずは木次線の亀嵩駅。駅がそば屋となっていることで知られています。

Photo_6
 もっとも、奥出雲のこの辺り、そばが名物とあって、至る所にそば屋があります。

 ところで、この亀嵩の駅、国道から離れたところに位置しており、周囲にそれほどの住宅はありません。田舎の寂しい駅かと思えばまったく違っていて、町は駅から4kmほど離れた山側にあります。きけば、江戸時代には三沢氏の城があり、城下町として栄えていたようで、いまも旧街道沿いに当時の面影を留めています。木次線の線路が国道から離れて遠回りしているのは、少しでも亀嵩の町に近づけようとしたわけで、こうしたことは実際に訪れて、見てみないとわかりません。

 亀嵩の町には、「砂の器」の舞台となった場所がいくつもあります。町の中心にある湯野神社は、ハンセン氏病で放浪を続ける父子が神社の社殿に隠れているところを亀嵩駐在所の三木巡査に見つけられた場所で、「砂の器」舞台の地という記念碑が建てられています。

Photo_7
 また、この近くの道の駅には、ロケで使った派出所のセットが展示されています。

Img_20171124_093944586_2 

 ロケに使われたという知人のご自宅は、個人宅なので、ここではカット。m(_ _)m
 

 さて、ここまで行くならば、出雲坂根のスイッチバックは見逃せません。昔は旧道から3段スイッチバックが全部見えたようですが、現在は木が伸びて1段目と3段目しか見ることができません。しかも、道路からは見えず、少し山を登る必要があるので、よく知った人と行かないと場所を見つけるのはなかなか大変です。

_5d42310_2
 木の間から撮る撮影ポイントからは、かろうじて「奥出雲おろち号」が全編成入ります。

_5d42412_2
 出雲坂根のホームからは、スイッチバックを越えて到着する列車も狙えます。しかし、現在、ここにやってくる定期列車は、わずか3往復しかありません。

Photo_8
 かつてホームから湧き出ていた清水は、「延命の水」として整備され、駅舎寄りに移されています。駅舎は観光地化され、「奥出雲おろち号」の走る日は、売店も出ます。

 出雲坂根のスイッチバックを訪れるのは初めてですが、現地を訪れるとなぜ、スイッチバックにしなければいけなかったのか、セミループ線の線形と合わせて、その理由がよくわかります。やはり百聞は一見にしかずです。

 しかし、現在は直ぐ横に立派な国道のループ橋が整備されおり、かつての陰陽連絡の役割を担った木次線もまったく出番が無くなってしましました。さらにJR西日本は、こうしたローカル線に極力維持費をかけないようにしており、安全を確保するため、見通しのきかないところは制限25kmで何時でも停まれる速度で運行しています。

_5d42426_3
 乗っている列車から、直ぐ横の整備された国道をクルマが70km/hを超える速度で走って行くのを見ると、寂しくなるものがあります。直ぐ隣の三江線は来年春で廃止されますが、さて、木次線は後どうなるでしょうか?(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年11月28日 (火)

D51 200の復活

  すでにテレビのニュースで散々放送されたようなので、ご存じのことと思いますが、山口線でD51 200が復活しました。このD51 200は京都の梅小路蒸気機関車館で保存されていたのが、この度、動態に復活したのです。D51 200はその前は中津川機関区にあって中央線で活躍していたという、個人的には大変懐かしいの機関車です。復活初日は11月25日で、翌日にはC57との重連が予定されているため、相当の人出があると予想されました。しかし、懐かしいD51 200と再開したいという気持ちから、撮影地を探すリスクは覚悟で山口線を訪れることにしました。

 まずは中央線で活躍していた頃のD51 200。

19711225
 落合川の鉄橋を渡ってくるところです。復活したD51 200は、まずは落合川ならぬ長門峡の鉄橋で迎え撃ちました。

_5d42721
 中央線当時と比べると、集煙装置が無くなったことと煙室扉のハンドルの形状、そして写真ではわかりづらいですが、テンダが振り替えられています。残念なのは、ナンバープレートの地を赤く塗ってしまったことで、中津川機関区はプレートの地は青だったんですよねぇ。まあ、そんなことを言っても、わかってくれる人はほとんどいないだろうけれど・・・。

 この後、列車を追いかけたものの、道路は大渋滞で追いつけず、津和野の定番場所、山門前踏切に場所を確保して、戻りの列車を迎え撃ちます。

_5d30016
 ちょっと煙が客車にかかってしまったけれど、ま、いいか。

 しかし、山口線はホントに久しぶり。ちょっと遠くて行きづらいことや、チャンスが無くて、訪れていません。なんせ、前に行ったのは、こんな頃だから・・・。

1979121
 結局、12系の改造客車は見ないままになってしまいました。そういえば、まだ、磐越西線のC57も一度も行ってないぞ。新潟も行きづらいからなぁ。

 それはさておき、翌26日はC57との重連です。撮影場所は同じアングルになるけれど、撮影地の広さと駐車場所を考えて、再び長門峡に向かいました。重連がよくわかるよう、昨日より少し横位置にセットします。

_5d30033
 あまりに凄い爆煙に加え、ちょっと気流がまいてしまって煙が立ち上がらず、出来はもう一つだったのが残念。それにしても、C57が前かぁ。現役時代に、C57が補機、本務機D51なんてどこであっただろう?千歳線のコンテナ貨物くらいしか記憶に無いなぁ。

 前日に懲りて国道を通らず裏道で徳佐に抜けます。なんとか徳佐の停車中に追いつき、今度は撮影できました。

_5d42890
 今度は煙の形も良く、決まりましたが、逆に何となく違和感も・・・。昔は、とてもでもないがこんなに爆煙は出さなかったよなぁ。まあ、機関士の方も頑張って煙を出してくれたのだから、あまり野暮なことは言わないようにしましょう。

 徳佐から裏道で山越えをして、津和野からの返しは著名ポイントの白井の里で迎え撃ちます。

_5d42941
 天気はかなり悪化していて、加えて日没間近とあって、ISO感度をかなりあげる必要がありましたが、無風で綺麗な煙を出してくれました。しかし、速度が予想以上に早い。D51 1両でも定数的に20‰で客車10輌までは可能な力を持っているので、C57との重連では余裕もたっぷりです。

 もうひとつ、ここでも残念だったのは、線路の向こう側にクルマが停められてしまったこと。煙で隠れるかと期待したけれど、やはり少し見えてしまいました。そのうち、フォトショップでクルマに消えてもらおうかなぁ。絶好の撮影場所に写真に入ってしまうようにクルマを停めるとは・・・まあ、何と言うべきか。自分で自分の首を絞めるというのは、まさにこのことを言うのでしょうねぇ。

 それにしても、今回の山口線は人が多かった。異常に多かった。

 近隣のホテルは満室。レンタカーもすべていっぱいで、出雲市や九州で借りてきた人もあったとか。事実、走っている車の10台に3台はレンタカーでした。これは誇張ではありません。新山口の飲み屋やホテルでは、知った顔に会いました。

 沿線の撮影者数は、長門峡だけで1000人くらい。(T_T) 沿線では、万を遙かに超えていたのでは無いでしょうか?ちなみに定番ポイントの長門峡と白井の里は、こんな具合。

Img_20171126_095304709_2
Img_20171126_153917129_4
 まあ、はっきり言っちゃうと、これは異常です。ま、一緒に撮影しているから、人のことは言えないけれど、あまりにも撮影者が多かった。おそらく、山口線の蒸機運転開始以来の人出でしょう。

 しかし、なぜ、こんなに山口線に撮影者が集まったのか?無くなるならいざ知らず、D51 200もこれからずっと走るわけです。撮影地では、これが一番の話題となりました。

 まあ、撮るものがないとか言ってしまうとそれまでだけれど、この日は大阪近郊で「なにわ」が走っているし、カシオペアは秋田に入っている。と、言う具合で、かなりネタが多い日であるのです。それを、重連があるとはいえ、今後、何時でも撮れると思われる山口線に来たのか・・・

 もちろん、D51復活と言うことで、マスコミが焚きつけたことはかなり大きな要素でしょう。事実、話を漏れ聞いていると、今回が初めての蒸機撮影という人が、2~3割はいたようです。しかし、多くの同業者を集めたのは、客車がレトロ調の旧型客車風に変わったのがいたく刺激したのではないでしょうか。そこまで言うとヘッドボードがあるのが何とも残念だけれど、それを除けば、まさに現役当時の雰囲気を漂わせているのです。いや、これはホントに素晴らしいことです。それが非電化線を走るのですから・・・。

 あと、感じたのは、これだけ遠隔地から人が集まっているのだから、地元にもJR西日本にも、もっとお金が落ちることを考えても良かったのではないか、ということです。確かに、ホテルやコンビニ、レンタカーは儲かっていますが、一番迷惑をかける地元に金は落ちていません。地元では、工場の駐車場を開放してくれたり、田圃のあぜ道で撮影させてくれたりと、かなり協力をしてくれています。それなら、若干、撮影者向けに撮影ポイントを整備することで協力金という名目でお金を取ったりしても、誰も文句は言わず、喜んで協力してくれるのではないでしょうか?

 かつて、平成になった頃にイベント列車が走るときには、鉄道会社はオレンジカードを売りに来ていましたし、あるときには弁当の販売もやっていました。人が少なくなった現在では、そんな余裕はないだろうけれど、人がこれだけ集まるのだから、なにか地元も金が落ちて、喜んで貰えるようような仕組みはないだろうか・・・・そんなことを列車を待ちながら考えていました。

 それはともかく、あまりに人が多すぎるためか、撮影地で問題になるような行動は見られず、殺伐となることも無く、場所も譲り合って、和気藹々と撮影できたのは意外でした。蒸機の撮影現場では、結構殺気立っていることも多いのですが・・・。あまりに人が多すぎて、場所が限定されたのが大きかったのかな?

 もうひとつ、今回の山口線で気がついたのは、台湾からの撮影者が多いことです。台湾では大変な鉄道ブームで、蒸機列車が走ると大変の数の撮影者が沿線に集まるそうですが、LCCの運行もあって、日本にまで来るようになったのかもしれません。ま、100人以上はいたのではないでしょうか?

 と、まあ、いろいろ考えさせてくれた山口線のイベントでした。

 でも、あの編成ならもう一度、撮りに行っても良いかなぁ?裏道もうよくわかったし。(^_^)今度は、ヘッドボードの無い試運転に行きたいものです。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

«クリスマス仕様