2017年3月22日 (水)

463.やっぱり朝練止められない(/_;) 2017/3/22

 先回のアップでDD51の朝練はひと段落と書いたのもつかの間、ちょっと気になるシチュエーションがあったので、結局、今週も朝練に出向いてしまいました。自分でも何をやっているのかわからなくなっており、少なからず自己嫌悪に陥っています。成果というほどのものではありませんが、結果をご覧いただければ幸いです。


※撮影は322日の関西本線(電車運転士)


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 ここでの5263列車は日の出直後の通過となりました。丸い朝日を構図の中に取り込んでみましたが、昇る位置が列車の向こう側だったため、列車の存在感がいまいちでした。

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後続の1305Mは編成の短い電車列車なので、縦構図にしてみました。

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 8271列車は太陽の位置が西側になったのと高度も高くなったため、側面ギラリはかなり弱くなってしまいました。無理やり朝陽を入れてみましたが、何か中途半端な感じは否めません。

 

 朝練に行くには行ってみたもののこのような状況でしたので、自分でもこの日の結果はVカットなのかどうかは悩ましいところです。

 

 

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2017年3月21日 (火)

長野電鉄 生え抜き2形式の解体に寄せて

DENTETSUCULBで発表されていたのでご存知の方も多いと思いますが、長野電鉄が自社発注した生え抜きの2形式 ED5000とOS11のお別れ会が3月5日に行われ、その後留置されていた須坂で解体されてしまいました。
長野県の鉄道ファンを自称する私としては残念至極ですが、この機会に2形式を振り返りたいと思います。

Img1581994年5月22日 屋代・東屋代
存在は知っていたものの、実際走るシーンを見たのはこのときが初めてです。旧東急5000系の置換え用に営団3000系が大量投入されたほぼ終わり頃、1回くらいは甲種輸送を、と出かけたときのものです。
このスタイルからもお判りとは思いますが、国鉄のED15に準じた設計で、1927年製造と言いますから90年間、現存していたことになります。1970年に僚機2両が越後交通へ譲渡された後も同社に残り、1979年の貨物輸送廃止後も工事・入換用として使用されていました。

Img9092001年10月14日 木島
鉄道記念日のイベントとして、信州中野・木島間に運転された時のものです。このときは同区間を2往復しました。

Img9752001年10月14日 四ヶ郷・赤岩

Img9812001年10月14日 田上・信濃安田
この約半年後、2002年3月31日にED5001は除籍され、本線の運転はなくなりました。その後は須坂構内で入換に使われいたようですが、実際いつまで動いていたかはわかりません。
僚機のED5002が1990年に越後交通から帰ってきて、登場時の502に改番されて小布施の「長電でんしゃの広場」に保存されていましたが、屋代線廃止の2012年3月に2000系D編成に押し出されて信濃川田に移動。当初は他の同社生え抜きの車両と共に同所で保存の話がありましたが、2015年4月に長野市内の某企業に引き取られ保存されているのが、わずかな救いです。

Img3891995年8月14日 桜沢・延徳
一方、OS11は1966年に地方鉄道としては意欲的な車両として登場したOS1の後継として、長野駅地下化に際して1980年に新製された(今の時点で)最後の長野電鉄生え抜き車でした。ローレル賞を受賞したOS1に比べると、運転台部分がFRPから鋼製になったことや20m4扉が3扉になったことなど、話題性には乏しい地味な車両でしたが、それでも14年ぶりの新車でした。

Img9862001年10月14日 木島
しかし、支線区からワンマン化が始まり、同車が1本のみであることがたたり、その改造から外され、長野電鉄の運用形態の変更から取り残された格好になりました。そのため、使用が限定されるようになってしまいました。

Img4772003年3月2日 小布施
その様な理由から、2005年の旧東急8500系の導入を待たず、新製からわずか23年、2003年3月2日をもって運用を外れました。

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2003年3月2日 夜間瀬
高井富士(高社山)をバックに最後の40‰を登ります。

Img4792003年3月2日 信濃竹原・夜間瀬
夜間瀬川を渡るのもこれが最後。

Img4802003年3月2日 小布施
小布施でのセレモニー。狭いホームに人がいっぱいで、乗務員への花束贈呈もこんな感じ。

Img4842003年3月2日 朝陽・付属中学前
最後の走行をここで。

Img4852003年3月2日 長野
そして営業最終列車を長野で見送りました。

ED5001は除籍から15年、OS11はさよなら運転から14年、これだけ残しておいてくれたのに解体されることになってしまい、冒頭に言ったとおり残念至極です。今も信濃川田に残る同社の2000系A編成が今後どのようになるか気懸かりです。(検査掛)





























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2017年3月20日 (月)

462.石油シーズンもそろそろ終了? 2017/3/18

 今シーズンの石油輸送そろそろ終了?ということで、駅長様が中央西線の6883列車をアップされましたが、自分的にこの日は関西本線のDD51に参戦していました。関西本線も石油シーズン中はDD51の重連で運転されてきた5263列車や8271列車(ダイヤ改正前の5271列車)も単機牽引になるとともに日曜日の復活運転も終了したようで、今シーズンの石油輸送も終盤戦の様相を呈してきました。日中の気温も15℃を越える日も出るなど、まもなく桜鉄のシーズンを迎えますが、その前の関西本線の状況をご報告いたします。

 

※撮影は318日の関西本線・近鉄名古屋線・塩浜線(電車運転士)

 

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 5263列車は日の出が早くなった関係で太陽が列車の上に出るようになり、いいアクセントとなりました。先週の土曜日は重連でしたが、この日は単機牽引で今シーズンの石油輸送も終盤戦になったことを実感しました。

 

 

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 この1週間で太陽の位置が微妙に変化しています。5263列車のシルエットの旬もそろそろ終了でしょうか?
【上:3月9日 下:3月11日】

 

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 5263列車は今回のダイヤ改正で永和~富田間の時刻が繰り下がったため、富田の手前でもう1回撮ることができるようになりました。

 

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 石油輸送シーズン終盤戦を反映してか、後続の8271列車も単機牽引でした。

 

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 かねてからの宿題を片付けるために近くを走る近鉄名古屋線に寄り道しました。ここでの前パンタの12200系は撮れずじまいの状態が続いていましたが、やっと宿題を消化することができました。

 

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 2085列車はいつもより少し立ち位置を変えてワンスパン分手前に引きつけてみました。土曜日は相変わらず空コキが連なっています。

 

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 5263列車が単機牽引だったので、予想どおり5282列車は単機回送でした。後ろにタキがないとどうしても間抜けな感じになってしまいます。

 

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 バックの高圧線が多少煩わしい感じでしたが、開けた場所があったので、2089列車はここで撮ってみました。コキの長い編成でしたが、何とか後部切れにならずにすみました。この頃から雲が広がって天気が悪くなる兆しが見えたのと、家族運用が控えていたこともあって、この列車で撤収しました。

 塩浜のタブレット授受に始まって、今シーズンはDD51にかなりの頻度で足を運びましたが、石油シーズンの終わりとともに、朝練も含めてDD51通いはひと段落しそうです。このダイヤ改正の話題として、DF200の運用が設定されましたが、当面はDD51の代走が続いています。今後はDF200のデビューがいつになるのか注目したいと思います。

 

 

 

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2017年3月19日 (日)

セントーク

“春なのにお別れですか?ため息またひとつ~♪”  ご存じ中島みゆき作、某曲からの引用です。
最後の1両となった愛知区のEF64原色機こと1019号機が16日の運用を最後にどうやら離脱した模様です。無理やりですが、この歌詞がちょうど今の心境に当てはまります。ただし、本来ならこの歌詞どおり、残念で寂しい気持ちから“ため息”をつくところでしょうが、ワタクシ出札掛の場合は、反して安堵感からくる“ため息”をついております。今まで愛知のロクヨンを撮影するにあたり、原色機の運用に左右されて不本意なプランをたてることが幾度もありましたが、今後はそのようなストレスも解消されて思うがままに撮影に勤しめるようになるのかな?と思うと、まるで軽い呪縛から解放されたような気分を感じます。ところが今春の改正により一部の石油貨物が臨時列車化され、当面の間は例年どおりの輸送体系が図られるものの、今後は石油輸送が衰退の一途をたどることも予想されます。木曽路のロクヨンにとってプラスとなる要素は皆無に等しいですが、せめてもの救いは、2両健在の広島更新風塗装機がしばらくの間は撮影者の目を楽しませてくれることでしょうか。

9863 そんなわけで、1019号機ラスト運用となった16日9863レの画像を載せます。目撃情報によると牽引貨車は空コキ2両のみ。撮り方によっては単機風に写ってしまうので、連結された貨車がわかるよう俯瞰気味に撮影しようとしたものの、当日は所用で時間的制約も重なったため、この場所を余儀なくされました。最後部は建物の影に覆われましたが止むをえません。

これだけで記事を終わらせるのは面白くないので、1019号機つながりでEF65バージョン=言わずと知れたレインボー塗装機の撮影画像を続けて載せますことをお許し下さい(笑)。

88821 1988年8月21日の団臨運用シーンです。はっきりとした記憶はありませんが、12系による名古屋ー大垣ー樽見鉄道入線の団体列車が走り、うち東海道線内の牽引を担いました。上の画像は大垣駅で樽見鉄道線から戻ってきた団臨を撮影したときのものです。左端に、大垣から牽引するEF65がスタンバイしています。

9526 先回りをして、尾張一宮で当該列車(9526レ)を狙いました。高架工事が始まったばかりの頃で、居合わせた同業者も数名ほど。今では信じられません。

9082 ↑こんなん出ました(古っ)。偶然の産物に興奮です。実は撮影後この列車に乗り、渡道してC62を撮りました。1990年8月2日、上野にて。

97524 急行銀河の運用に就いたときのシーンです。できれば伊吹山の見える有名撮影地まで西進したかったのですが、この日は土曜日であるものの出勤日であったため、金華山バックになるこの場所が精一杯でした。時は1997年5月24日、トワイライト色カニのおかげで3色に。

878 正調編成の画像も載せておきましょう、と言っても1019号機が牽くレインボーはこの写真しかありません。多客臨?団臨?推進回送中?まったく覚えておりません。1987年8月9日、日暮里付近にて。
ほかにも「ちくま」最終客車運用、「出雲」牽引などのトピックスを提供してくれましたが撮影はしていません。諸先輩方に委ねましょう。

EF64の1019号機は“純”原色よりもやや濃いめの塗装を纏っていましたが、広義に解釈すれば原色機と位置付けられ、EF65の1019同様、常に注目され続けた機関車でした。奇しくも番号が同一であったのは、単なる偶然なのでしょうけども妙な縁を感じずにいられません。(出札掛)

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今シーズン最後の6883レ撮影

 中央線石油輸送で、一番撮り甲斐のある列車が、朝、松本に向け北上していく6883レであることは、衆目が一致するところでしょう。ところが、この列車、冬のシーズンはほぼ毎日運転するものの、春から秋にかけてはほとんど運転がなく、中央線の撮影効率がぐっと悪くなります。そろそろ今シーズンの運転も終わりそうな某日、6883レの撮影に出かけてみました。

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 6883レの大きな問題点は、早朝のため、山の陰がはいり、撮影ポイントが大きく限定されることです。今回、撮影に出向いたのも、3月下旬になって冬のうちに撮れなかった場所で撮影できないか、と思ったためでした。少し早めに行ってポイントを探してみましたが、狙いたかったポイントは相変わらず山の陰の中。結局、定番の武並に。ここでは、資材担当さんとバッタリです。お疲れ様です。光線等はベストですが、残念ながら、極めて間の悪いことにバックの中央道を走るトラックがはいってしまいました。

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 続いて、またも定番の伊奈川に。冬の間は影が出て、手前に引いたカットは撮影できなかったので、それを撮るのが目的ですが、このアングルで撮ると、後ろの赤白の高圧鉄塔が目立ってしまいます。やっぱり、ちょっと長めのタマで撮った方が良いのかなぁ。なお、大桑で6883レと行き違う8088レはやってきませんでした。石油輸送シーズンが終了しつつあることを感じさせられます。

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 須原停車中に追い抜き、次なる撮影地は倉本と上松の間。冬なので木が枯れて目立たないですが、夏になると線路を隠してしまうので、この場所は撮影不可となりそうです。

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 上松停車中に追い抜き、これも定番の薮原南に。紅葉の時期は良い眺めの場所ですが、この時期にはちょっと寒々とした光景です。薮原手前の鉄橋が陽があたっているようだったので、そこで狙った方が良かったかもしれません。

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 ここまで来たので、もうひとふんばり、と奈良井停車中に追い抜き、平沢のSカーブ。写真で見るとあまり目立たないですが、ここも雑木が結構うるさいです。

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 6883レは洗馬で8084レと行き違います。今度はそれを追っかけながら、戻ることにします。まずは、日出塩と洗馬の間の定番場所。ちょっと立ち位置を間違えたので、機関車後ろの小屋がうるさかったかな。

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  平沢停車中に追いつき、以後は列車とほぼ併走の状態で次の停車駅の倉本に。停車時間中に間に合いそうだったので、倉本~須原間の奥の築堤に向かいます。何とか間に合って、三脚を立てることも出来ました。

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 8084レ撮影の頃から天候が悪化し、狙っていた中央アルプスバックの撮影ができなくなったので、一度、撮ってみようかと思っていた坂下駅南に。バックの感じはまずまずなのだけれど、ちょっと手前がうるさい感じです。

 この後も追っかけ、停車時間が延びた中津川停車中に追い抜き、中津川インターあたりですこし先行したので、無理をすれば高速で追い抜いて瑞浪前後で撮影ができそうでしたが、天気が悪くなったのでここはパスしてしまいました。

 さすがに定番の場所ばかりなので、それぞれのカットはまずまずなのだけれど、やや食傷気味であることは確か。かといって、中央線は撮影地が限られるので、俯瞰を除けば他に撮る場所はないのが悩ましいところです。

 次の撮影は、時たま、突発的に運転される6883レの運転日か、桜か秋の紅葉狙いになるのかぁ。(駅長)

 

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2017年3月13日 (月)

461.立山スクランブル 2017早春ver. 2017/3/12

 2月上旬に駅長様が立山スクランブルを敢行され、見事な結果を残されました。この時、自分は八ヶ岳方面に行ってしまいましたので、次は立山にスクランブルをかけようとチャンスを伺っていました。以来、なかなか機会がないまま時間だけが過ぎていきましたが、312日は気圧配置などの気象条件から推測すると、スクランブルをかける価値ありとの結論に至りました。前日の午前中、メンバーの皆様に急なお声掛けをさせていただいたところ、当日、高岡方面に所用があった駅長様から連絡があり、現地での途中参加というかたちでご一緒していただけることになりました。

 

※撮影は312日の氷見線・万葉線・富山ライトレール・あいの風とやま鉄道・富山地鉄本線・富山地鉄市内軌道線(電車運転士)

 

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 昨年と同様、今回も雨晴海岸からスタートしました。3月も中旬になると気温も高く、この日はベタ凪だったこともあってか毛嵐の出現はなく、海は穏やかな表情を見せていましたが、必須条件だった朝焼けに浮かぶ立山連峰の稜線はクリアできたので、その点はよかったかなと思います。写真は高岡からの始発(実際はこの前に送り込みの回送が2本あります)の525Dです。

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 この日もご来光狙いのカメラマンで海岸のあちこちで人だかりができていました。皆様、こんな感じの写真を撮るためでしょうか…、夜も明けやらぬうちからスタンバイしていらっしゃいました。

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 朝陽が昇り切った後はご多分にもれず霞が濃くなり、立山の稜線は見えなくなってしまい、海沿いの区間で列車を撮影しながら回復の時を待ちました。観光列車の「べるもんた」は自分的には初撮影です。上りの「べるもんた」はこの付近で観光案内のために5分程停車します。この頃になると立山の見え具合もそれなりに回復してきましたので、車内では歓声が上がっていたことと思います。

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 昼前の537Dの頃には稜線クッキリとはいかないまでもここまで見えるようになりました。これ以上とどまってもきりがないので、この列車で氷見線は撤収しました。

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 近くを走る万葉線に行ってみました。ラッキーなことに、現地到着後最初の電車に加越能鉄道カラーのデ7073が来ました。映画撮影用に塗り戻されたものですが、ピカピカの状態では違和感があるのでしょうか…、模型のようにわざわざウェザリングを施すといった念の入れようです。その後、そのままの状態で営業運転に使用されているのはありがたいことです。

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 能町で駅長様と合流し、立山が見えているうちに定番ポイントをひとつでも多く押さえておこうということで、富山ライトレールに向かいました。富山市内まで来ると距離も近くなるので、立山の見え具合はかなり改善されてきました。

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 次の目的地は富山地鉄沿線でしたが、通り道になるあいの風とやま鉄道にも立ち寄りました。ちょうど、田んぼの土地改良と区画整理が行われており、一番いい位置に大きな土盛りが鎮座し、こんなアングルでした撮れませんでした。工事が終わるまでこのポイントはしばらくお預けになりそうです。

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 最近、定番化しているこのポイントに着いた頃には立山もかなりクリアな状況になっていました。自分的にはこれまで最も綺麗な見え方で十分及第点です。この後の赤立山に期待が膨らみます。

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 これまでの苦い経験から、高い山は突如として怪しい雲が湧いてあっという間に山を隠してしまうということが往々にしてあるので、山が見えているうちにと来た列車を撮影しました。この日はなぜかかぼちゃカラーの比率が高く、白基調のオリジナルカラーが貴重でした。

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 ここは剱岳に雪がたっぷりある季節は初訪問です。運よく最古参の14720系が来てくれました。このところ東急からの買い物がないので、現役続行中です。少しでも長い活躍を期待したいです。

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 またまた場所を移動して撮影を続けました。夕方近くになって低い位置に怪しい薄雲が増殖し、光が弱くなってきました。この後の赤立山に注意信号が点灯し始めました。

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 赤立山は常願寺川の鉄橋を予定していましたが、何とか持ち応えてほしいという願いは通じることはなく、夕陽が沈む位置にたなびく薄雲のおかげで結果はご覧のとおりです。撮るには撮りましたが赤味とコントラストが足らず、宿題消化ができませんでした。

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 本来なら撤収して帰宅の途に着くところですが、せこい鉄根性が出てしまい、富山駅前で夜間撮影してしまいました。レトロ電車を待っていましたが、時間になっても来る気配がなく、検査都合か何かで他の車両に振り替えられたようです。旧富山駅前の電停前はスクランブル交差点になっていました。路面電車を上手に活用している富山は駅前をはじめとする中心市街地に活気が感じられます。

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 富山駅を出たところで各方面への車両が3両並びました。電車本数の多い時間帯においては日常の風景かもしれませんが、自分的にはここの3本並びは初めてでした。このシーンを最後に撤収しましたが、お疲れのところ遅くまでお付き合いいただいた駅長様、申し訳ありませんでした。

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2017年3月12日 (日)

イベント開催

まぁ~凄い人、人、人。みんな熱心やねぇ~。
11日(土)、イベント開催日に合わせて久しぶりに大井川鐡道まで出かけました。この日はEL重連・SL重連・そして南海ズームカーには“なんちゃって”マークの掲出などなどのネタが重なり、各所は激パとなることは容易に想像できたので覚悟の上です。これらのネタ列車が集中するのは午前から昼にかけての時間帯。順光でしっかりと編成を撮ろうと思い、おあつらえ向きの第二橋梁に向かったら考えることは皆一緒、故にカメラマン大集結です!

E1 1001レのスジを使ってEL重連の客レが運転されました。しかし客車はご覧のとおり僅か3両に美を損ねた編成、おまけに曇られて残念な結果でした。

S1 続いて本日の目玉商品、SL重連による1003レがやって来ました。公式で告知のとおり、先頭を務めるのは今回のイベントに合わせて一時的にゼブラ塗装に施されたC10です。思っていたよりも目立つ塗装となりましたが、それ以上に驚いたのが煙の吐き具合。おかげで2両目の機関車が隠れてしまいました。SL重連とはいえ、こんなに出すことなんてありましたっけ?

S2 では重連とわかるように、もう1台のカメラで撮影した画像をご覧ください。この角度でもC10のゼブラ塗装ははっきりとわかります。雲は多めながら、今度は太陽も味方になってくれました。

S3 次の101レは目撃情報によると5両のトーマス編成。HMも掲出されているようなので(好き嫌いが別れますが)、やや正面がちにポジションを移し、記念撮影風にいきましょう。やがて木立の陰から現れたC11。えっ、これもけっこうな煙を吐いているではありませんか。慌ててカメラを上に向けました。

S4 第二橋梁で遊んだあとは初心に戻り(?)第一橋梁へ移動。今度は上り列車にカメラを向けます。約1時間の間にSL1004レ、特別HM付南海車、SL102レ、EL客レが立て続けにやって来るので、第一橋梁の袂でアングル探し。川原にカメラマンが横一列に並んでいたので、まずはそこから1004レを。

S5 もっと下がった位置にも数名のカメラマンが構えていたので、そこまで移動して102レを狙いました。C56の牽引です。ローアングルでカメラマンの姿を隠そうとしましたが、これなら許容範囲でしょうか。

E2 102レの30分後はEL牽引の臨客です。あと数分もすれば雲が途切れて太陽が顔を出したのですが残念。けっきょく上り列車はすべて曇り空の下での通過でした。

Z1 客レの合間に撮影したのが南海ズームカー。今回のイベントに合わせて南海時代の急行マークをあしらった特別マークが掲出されました。日中は本線の機織り運用に就き、おかげでゆっくりと休ませてくれませんでした。

すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、午前中の第二橋梁付近でちょっとした事案が発生しました。熱心になるのはわかりますが、やはり最低限のルールは守るのがあたりまえ。
というわけで、今後は一考を要することになるかもしれません。やれやれ。(出札掛)

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2017年3月10日 (金)

明治村通信 2017年早春

ようやく陽射しに暖か味増す頃となってまいりました。

Dsc_0481菊の世酒造脇の梅園も早い品種は三~四分咲を迎えております。先月末までハフ13が修繕に入っていましたが、出場し客車は3両に戻りました。
梅園はこの冬に通路が整備されて立ち位置が限定されるようになりました。
3月中のカマの予定は~14日、24日~が12号、14日~24日が9号となっています。(予定は変更となる場合があります。)

Dsc_0573一方京都市電ですが、1号車が復活以来の大規模修繕をしております。桜の咲くころには美しい姿を見せてくれるものと思われます。
市電沿線の桜は昨年と特に変わりはなく、木々には小さな蕾が見られるようになりました。桜とは関係ない場所では、入鹿池沿いの直線の山側がバッサリ剪定されて、今年の春はあまり緑が茂らないかもしれません。また、同様に無声堂南の法面も高い木が切られ、スッキリしました。(撮影日はいずれも2017年3月4日)

桜の季節には行楽がてら明治村を訪ねられては如何ですか?(検査掛)





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2017年3月 7日 (火)

460.C57の予定だった「北びわこ」+残雪の伊吹山 2017/3/5

 

 35日の「北びわこ」は時刻表をはじめとする各種メディアではC571の牽引が予告されていました。29年度からはD51200が「北びわこ」の先頭に立つということがすでに発表されていますので、C57の登板も先行き不透明なところもあると思い、行ける時に行っておこうと半ば思いつきに近い感じですが、参戦してきました。いつもその前哨戦としてどこか別の場所に立ち寄ってから湖東エリアに向かいますが、今回も例外ではなく、残雪の伊吹山バックに貨物列車でも撮ろうということで定番の場所からスタートしました。

 

※撮影は35日の東海道本線・北陸本線(電車運転士)

 

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 日の出前に現地に到着し、立ち位置を物色していたところ、ふと後ろの山を見ると中腹に伐採地らしきものが目に入ったので、ひょっとしたら俯瞰ができるかもしれないと半信半疑ではありましたが、登ってみました。そこから見えた光景がこれです。手前に樹木が入ってしまいますが、伊吹山をバックに定番ポイントを俯瞰することができました。朝靄が漂う中、EF66(サメ)の1083列車が通過して行きます。JRグループは34日にダイヤ改正を実施しましたが、この付近での1083列車は時刻が30分程繰り下がっていました。

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 1083列車の約30分後に来た1059列車の頃には線路に陽が当たってきました。うまい具合に後ろに新幹線が写っていますが、コラボできたのはこの時だけで、残念ながら他の列車はことごとく嫌われました。在来線・新幹線ともそれなりの本数があるので、もう少しいけるかと思いましたが、世の中そんなに甘くはなかったです。

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 900分ちょっと前の1055列車の頃には太陽もかなり高くなりました。この列車を最後に下山し、「北びわこ」に転戦しました。

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 今回は発車直後のドレインをメインにしようと思い、以前、出札掛様も撮られた虎姫の発車をターゲットにしてみました。遠くで汽笛が聞こえ、「北びわこ1号」の到着を待っていたところ、機関車の雰囲気に違和感があり、何か変だなと思っていたところ、先頭に立っていたのはC56でした。「あれっ、C57のはずじゃなかったの…」と時刻表を確認しましたが、記載はやっぱりC57、何だかキツネに包まれてしまった感じでした。とりあえず撮影を終え、スマホで検索して情報を仕入れたところ、炭水車の不具合が原因でC56の緊急登板になったようでした。

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 背景となる山々に雪が残っていたので、回9242列車は虎御前山の展望台で待ちました。今回は国鉄色のPFでした。トワイライトカラーの1124じゃなくてよかったです。

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 C56の代替登板に心が折れる中、「北びわこ3号」は煙にわずかな期待を抱きながら定番の場所にスタンバイしました。結果はやはり淡い期待も裏切られ、「スカびわこ」の本領が発揮されてしまいました。そう言えば、試運転に向かう途中で不具合が発見されて引き返してしまったD51200ですが、その後、音沙汰なしの状態になっているように思います。5月の運転にはその姿を見ることはできるのでしょうか?

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 午前中は太陽が顔を出していましたが、午後になると曇り基調になってしまい、テンションダウンのまま帰宅の途に着きました。高曇りのパッとしない状況ではありましたが、かろうじて伊吹山が見えていたので、ちょっと寄り道し、帰りがけのお駄賃感覚で貨物列車を撮ることにしました。写真は1052列車です。

 

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 5070列車はEF200が代走してきました。ダイヤ改正後のEF200は運用が細々と残りましたが、吹田以西に限定され、名古屋エリアでその姿を拝むには代走に期待するしかありません。ハイパワーすぎるスペックが仇となって自らの寿命を縮めてしまった感がありますが、1日でも長い活躍を祈るばかりです。

 

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459.渥美線、菜の花の様子伺い 2017/3/4

 豊橋鉄道の渥美線は沿線に菜の花が植えられている場所があり、毎年この時季は車窓を楽しませてくれます。34日は夜間作業明けの非番となりましたので、久しぶりに渥美線に足を延ばし、菜の花の様子を伺ってきました。

 

※撮影は34日の豊橋鉄道渥美線(電車運転士)

 

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 お馴染のやぐま台付近は例年どおりのパターンで菜の花が咲いていました。ここは毎年確実に咲いているようで、ハズレはなさそうです。ちょうどうまい具合にカラフルトレインの「菜の花」が来ました。

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 沿線の菜の花をロケハンしながらやぐま台に向かいましたが、写真になりそうだったのは植田ぐらいしかなさそうだったので、とりあえず足を運んでみました。菜の花が咲いていたのはほんの一角のスペースだけだったので、こんな窮屈な構図でしか撮ることができませんでした。

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 前の写真は左端に咲いている菜の花を入れてたものです。その他では大清水の三河田原寄り、柳生橋~小池間のJRを跨ぐ跨線橋の築堤に咲いていましたが、面積・光線具合・電柱の処理などの理由で断念しました。今年の老津は菜の花がほとんどなく、まったくのハズレでした。ということで、昼過ぎには撤収し、帰宅の途につきました。植田は無人駅ですがそこそこの乗降があり、列車の進入を撮っても何とか絵になります。

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 渥美線はICカードが導入されているとはいえ、ワンマン化されていないので、車掌が車内できっぷを発売する光景が日常的に見られます。規模の大きな事業者では車掌に車内券発行機を持たせていなかったり、中小・三セク事業者ではワンマン化が当たり前で、車掌がきっぷを発売する光景は貴重なものとなりつつあります。この近辺だと渥美線のほかは愛知環状鉄道くらいのものではないでしょうか。久しぶりに目の当たりにしたこのような光景は何だか新鮮に感じました。

 

※乗客の方の個人が特定できないよう、一部画像処理を施してあります。

 

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