2017年10月22日 (日)

台風接近に伴い・・・

早めに片づけておきたい所用が豊橋市内であったので、いつ出かけようかと日程を模索していたところ、台風21号が近付いている!これはイカン、日程を前倒しして週末の21日に出かけることにしました。ちょっとまてよ、豊橋といえば、施設区長様の記事にもありますとおり花電車が運行中ではありませんか!まさに一石二鳥です。しかし時間はあまり無駄にできないし、効率よく動きたい。そこで「のってみりん」アプリの登場です。

0001 自動車との被りを避けるためにできるだけ交通量の少ないところで撮影しようと、花電車3203号のアイコンを追いながら、たどり着いたのは競輪場前の電停。カメラを構えて数分後にやって来た「駅前行」は、女性運転士サンが乗務していました。

0002 所用の約束時間にはまだ1時間ほど早いので、某所で時間調整して「赤岩口行」を、今度は井原電停付近にて待ちました。今までは、花電車がいつ頃に戻って来るのかをやきもきしながら待っていましたが、位置情報が手に取るようにわかる「のってみりん」、効率よく行動できますね、ご紹介いただいた施設区長様には御礼申し上げます。本当に役に立ちます。

0003 再び競輪場前まで戻ってきたら、あらら、3両もの電車が縦列停車中のところ、さらに4両めも接近中。この日は豊橋まつりに伴う臨時ダイヤを組んでいるので電車も大増発。しかし競輪場前以東は単線のため、少しでもダイヤが乱れるとこのような現象が発生するのでしょうか。こんな数珠つなぎシーンを市内線では初めて見ました。

0004 ここでは時折り乗務員が交代するシーンが見られるのですね。女性運転士サンも交代のため花電車を降りて、見送ります。
テツ活動はここまで。所用を無事にこなして帰宅しました。ところでこの翌22日は台風接近のため豊橋まつりは中止となり、奇しくも花電車の運行はこの日がラストとなりました。天候には恵まれませんでしたが、太陽光線が気にならないアングルで撮れたということで、前向きに考えましょう。以上、台風のおかげで効率よい一日を送れました。(出札掛)

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2017年10月16日 (月)

504.紅葉シーズン直前の富山エリアをめぐる 2017/10/12~14

 10月の中旬、泊がけ(1泊2日)の所用で富山方面に出向く機会があり、空いた時間を利用して自分的に気になるいくつかの鉄道を訪れてみました。今回は鉄道利用の徒歩鉄です。予報どおり、滞在中は天気には恵まれませんでしたが、自分の希望ではスケジュールを決められなかったため、紅葉シーズン直前のこの時季となりました。あと2週間ほど遅ければ紅葉がピークを迎えているものと思われますが、仕方がありませんでした。

 

※撮影は1012日~14日の立山砂防工事専用軌道、富山地方鉄道立山線・本線、黒部峡谷鉄道(電車運転士)

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 所用は12日の午後からだったため、その前に立山砂防に行ってみました。立山駅からここまで歩きでも約40分でたどり着くことができました。生憎の雨に加えて紅葉も早すぎで、条件はかなり悪い方の部類に入りますが、撮れただけでもよしとしました。
【2017.10.12 立山砂防工事専用軌道】(電車運転士)

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 この日の朝一番はモーターカーが2台、客車列車と混合列車が各1本ずつ山に登って行きました。かろうじて2列車同一ファインダーになりました。この後、立山周辺で地鉄を少し撮影して目的地に向かいました。
【2017.10.12 立山砂防工事専用軌道】(電車運転士)

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 途中、岩峅寺で途中下車しました。中学生の団体が降りてきたおかげでシチュエーション的にはよかったのですが、車両がまさかの元東急車、この雰囲気にステンレス車は似合わないです。
【2017.1.12 富山地方鉄道 立山線】(電車運転士)

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 先だって駅長様が立ち寄られた陸橋にも行ってみました。来たのは元西武の「ALPS EXPRESS」でした。ここは背景もスッキリしており、普通の走行写真を撮るにはいい場所でした。ご指南いただいた駅長様、ありがとうございました。
【2017.10.12 富山地方鉄道 立山線】(電車運転士)

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 13日は所用のスケジュール内に黒部峡谷鉄道の乗車が含まれていました。終点の欅平はそれなりに色づきが進んでいました。もう1週間後くらいがピークといったところでしょうか?
【2017.10.13 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

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 所用解散後は渋~い雰囲気の電鉄黒部に立ち寄ってみました。地方鉄道の主要駅らしい立派な駅舎と木造の検修庫が見所です。木造の検修庫は名鉄揖斐線の黒野を連想させる雰囲気でした。夕暮れの駅に宇奈月温泉行の電車が到着しました。
【2017.10.13 富山地方鉄道 本線】(電車運転士)

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 夜の帳が降りるまでもう少し粘ってみました。最古参の14720系が来てくれたのはありがたかったです。今回は時間的に夕暮れから夜の訪問になってしまいましたが、明るい時間帯にも訪れてみたい駅です。
【2017.10.13 富山地方鉄道 本線】(電車運転士)

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 宿は富山駅前に確保してあったので、チェックイン後、例のごとく富山駅界隈で夜間活動に勤しみました。ここでは2本並びをアップします。
【2017.10.13 富山地方鉄道 市内線】(電車運転士)

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 14日のメインは黒部峡谷鉄道を考えていましたが、宇奈月に戻ってくる列車は1047分着が最初なので、それまでの間、富山地鉄の立山線沿線で時間を稼ぐことにしました。いつもと違ったポイントで撮りたいと思いながら、こんなところを選択してみました。
【2017.10.14 富山地方鉄道 立山線】(電車運転士)

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 ここは朝のうちだと晴れれば逆光になってしまいますが、曇り空だったので、定番の鉄橋を対岸から撮ってみました。連続する大きな堰堤が暴れ川の常願寺川の風景を象徴しています。紅葉がピークを迎えた頃に再訪してみたいです。
【2017.10.14 富山地方鉄道 立山線】(電車運転士)

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 12日にも行った陸橋の南側は稲刈りがまだの区画があったので、線路沿いの道路を隠す意味合いもあって田んぼを広く入れてみました。
【2017.10.14 富山地方鉄道 立山線】(電車運転士)

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 その後、宇奈月温泉まで移動、黒部峡谷鉄道の撮影に入りました。まずは山彦橋定番を押さえます。宇奈月あたりも紅葉は色づき始めといった感じで、観光ポスターのような全山錦秋といった光景はお預けでした。
【2017.10.14 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

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 黒部峡谷鉄道は約20年ぶりの訪問で、前回は山彦橋周辺でのお茶濁しに終わってしまったので、今回は上流の宇奈月湖方面に足を延ばしてみました。西洋のお城のような建物は発電所の建物で、景観に配慮した対応だと思われます。
【2017.10.14 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

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 ここはV字谷を構成する険しい山々が幾重にも重なり、黒部峡谷鉄道らしさが感じられるポイントでした。紅葉がピークの時は絶景が展開されるんだろうということを想像しながら撮影を続けます。トップシーズンの土曜・休日は最大の輸送力を確保するため、ほぼ20分ヘッドのネットダイヤが組まれ、上下列車を合わせると10分おきに列車が来ます。こうなると効率がいいのを通り越して、休む暇もないといった感覚に陥ってしまいます。
【2017.10.14 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

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 風がなく静かな湖面の時は水鏡も楽しめそうです。残念ながらわずかに風が吹いて、湖面が微妙に波立ってしまいました。
【2017.10.14 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

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 隣接する山彦橋の旧橋からの撮影です。鉄橋の高さを表現したくて縦構図にしてみました。
【2017.10.14 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

 

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 宇奈月駅からも見える位置に大きな案内板が出ているやまびこ展望台です。旧山彦橋同様、一般の観光客も入れ代わり立ち代わり訪れる定番スポットになっています。周囲の木の枝がかなり伸びており、視界が予想以上に厳しくなっていました。できれば伐採をお願いしたいところですが…。

【2017.10.14 黒部峡谷鉄道】(電車運転士)

 

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 黒部峡谷鉄道での撮影を終え、富山まで戻ってきました。帰りの時間まで少し時間があったので、前日に続いて夜間活動です。環状線のセントラムを流してみました。
【2017.10.14 富山地方鉄道 市内線】(電車運転士)

 
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 土曜日夜のいい時間帯だったため、富山駅周辺は多くの人が行き交います。やっぱり路面電車のある街は活気が感じられます。近い将来に予定されている富山ライトレールとの相互乗り入れが楽しみです。
【2017.10.14 富山地方鉄道 市内線】(電車運転士)

 

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2017年10月15日 (日)

新潟訪問

 ご無沙汰続きで忘れ去られているかも知れないかなと少し気にしているこの頃です。このところ構内入替が多くなり遠距離運用の機会が減っていますが、稀にこっそりと頑張っております。半月程経ってしまいましたが近況報告も兼ねて初訪問地での成果をお伝えいたします。以下は9月30日の撮影です。
 余裕をもって出発したつもりが道中睡魔に襲われ仮眠を取らざるを得ず、沿線下見は省略して直行したものの7時を回っての越後線始動となりました。
晴れたり曇ったり天気にはやきもきさせられます。先ずははじめてお目にかかるE129系で試し撮り。

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1522M(後追い)

 すぐ先の白山で行違いとなる115系がやって来ました。なんといきなり国鉄新潟色と対面、眠気も吹き飛びます。

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1925M

 この橋は真ん中へんに防護柵があるのが難点だと知りました。暫く留まりましたが、来るのはE129系ばっかですぐ飽きてしまいます。
 次なる目的のDE10貨物ため焼島へ移動しました。道路橋からの俯瞰です。

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251レ

コキは14両で最後部2両は50000でした。
到着後の入替風景はうまく撮れませんでしたが、訪れた証拠?も記録しておきました。

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焼島駅

 こののちは急ぎ高速で信越線へ移動しました。時計とナビを睨めっこしながら撮れそうな場所を探し当て何とか間に合いました。今度は湘南色でしたが、カラスにやられてしまいました。

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3373M

 続いて反対側から来たのは新潟1次色とかいう塗装の115系。団臨とのことで小生には列番不明です。

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 もう少し移動してやって来るものをぼちぼち撮るものの、狙うつもりの貨物が大幅遅延で諦めざるをえないなどだんだんテンションが落ちてきました。朝の黄赤115系がもう一度撮れそうなのでまた越後線へ向かいました。
 なかなか思うような場所に巡り会えず時間を食っている間に天候が悪化、強い雨が降ってくる有様でした。一群の雨雲が去ったあとに先ずはE129系。

Dfa_2438146M(後追い)

 そして本命?の115系。

Dfa_2451
155M(後追い)

 何とか黒雲の背景とならずに済みました。この後E129系を2本ほど撮って帰途につきました。もしかしてのE127系には会えませんでした。
 今回は検査掛様から資料を頂戴しとても役にたちました。ここに御礼申し上げます。115系はどの車両が来るか情報を得られず運任せでしたが、文字通り色んな編成をキャッチできました。次回は有るのか無いのか分かりませんが、今度は気動車も一緒に撮れるプランがないかなと欲だけは湧いています。(資材う担当)
 

























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10月14日の豊橋

 昨日、鉄道の日関連のイベントではありませんが、さわやかウォーキングのコースイベントの一つとしてJR東海豊橋運輸区の公開があり、豊橋では通常お目にかかれない383系・キハ85系と373系を並べる車両展示がありました。

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キハ85ひだ・383系しなの・373系伊那路のJR東海特急車両3車種並びが実現しました。開場直後は373系の回送が間に合わず2本だけの展示でしたが11時過ぎから3本並びが実現しました。なお、キハ85と383系は前日送り込み回送が行われたようで、回送の際には愛知御津で383系をキハ85が追い抜くシーンが見られたようです。

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 庫内にはキヤ97が展示されていたり、方向幕表示体験装置・ジオラマ・各種サボなどが展示されていました。

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 また保線用のこんなかわいいカートも展示されていました。(体験乗車が出来たら楽しいのに。)

 ほかにちびっこ向けの制服着用の記念撮影や各種パネル展示。年内に閉業する日車夢工房の出店もあり、Bトレやプラレールが破格値で販売されていました。

 豊橋市内線では来週の豊橋まつりの開催を前に装飾電車が運転され始めました。

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 今年のデザインは正面に手筒花火が、側面に打ち上げ花火がデザインされています。

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 ここのところ毎年海側・山側のデザインが違うパターンでしたが、今年はほとんど同じ(正面のバンパーと花火の色が少し違う)デザインとなりました。

 豊橋まつり開催の10月22日まで運転予定です。

 運行状況確認には以下の「のってみりん」というサイトが便利です。ご活用ください。【施設区長】

  https://knot.temirin.jp/

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2017年10月14日 (土)

鉄道の日

近頃鉄道ファンに理解を示すようになった衣浦臨海鉄道が、「鉄道の日」を記念して貨物列車にHMを掲出するイベントを実施しました。期間は14~16日の3日間。ただ残念な事に何れの日も天候は思わしくありません。個人的都合によると15日(日)は半田貨物がウヤのためシャッターチャンスが少なくなるし、16日は出勤のため出撃不可能。となると残された14日(土)が撮影チャンスとなります。ところが、もっとも撮りたい朝の重連5570レは諸事情により時間が取れないので、止むなく昼間の5571レと550レに照準を定めることにしました。

71 掲出されるHMは過去に使用された2種の「周年記念」に加えて新作1種が加わり、合わせて3種類。どの列車にどのHMが付くのかはお楽しみです。曇り空なので撮影場所にはこだわらずに適当なところで妥協しましたことをお許し下さい。
まずは5571レから。2年前に使用された、青を基調の開業40周年マークです。

50 5571レの機関車の逆エンドに職員手製の新作ものが掲出されているのを確認。550レは、そのままの状態でやって来ました。

DyJR発足30周年の記念として、また「鉄道の日」と絡めたのか、翌15日に催される新幹線博多総合車両所一般公開に伴い、東京からドクターイエローの送り込み回送が走りました。たまには一風変わったところからと思い、名古屋市熱田区の名所「七里の渡し」からカメラを向けました。ボートが係留されている風景が防音壁のうっとおしさを掻き消してくれればよいのですが。
ところでドクターイエローこと923形は700系がベースとなっているだけに、近い将来N700系列に全旅客列車が統一されるので、その去就が気になります。

34 過去ネタから失敬。名鉄では“いもむし”3400系を使ってこんなイベント列車が走りましたね。この日も天候はドンヨリした曇り空でした。運転日は「鉄道の日」初年の1994年10月16日。列車番号も3401レです。

制定されたころと比べると少々冷め気味の「鉄道の日」。ごく一部のテツの横行のせいで事業社側も催事に慎重になっているのかもしれません。とはいえ普段は鉄道には縁のない生活を営む方々にも鉄道への関心、理解を深めてくれる良い機会ではないかと思います。クルマ社会と共存共栄していくためにも、「鉄道の日」の存在は重要で欠かせないものの一つではないかと感じるのですが如何でしょう?ちょっと偏見?(出札掛)

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2017年10月13日 (金)

1997年 20年前の名古屋圏の貨物事情(EL編)

やや間が空きましたが、EL編をアップしたいと思います。
1997年は前年にその後の標準機となるEF210の試作機が登場していましたが、東海道スジはまだまだEF65の天国でした。もっとも、既に機関車別の集中配置は完了しており、かつては東海道の貨物輸送の中枢を担っていた愛知(稲沢)機関区にはEF65の配置はなくなっていました。

Img689c11月19日 1550レ 清州・稲沢
今はヘンな愛称をつけられたりして国鉄色が追っかけまわされていますが、この頃の愁眉はこの機関車でした。EF65 1000番台の更新も4年前から始まり逐次実施されていきましたが、1001号だけは除外されていました。この後も現役として2010年頃までは活躍していました。しばらく稲沢に駐留して春日井貨物などに充当されたのも記憶に新しいところです。2016年度までは車籍があったようですが、今もどこかに保管されているのでしょうか。

Img701c12月8日 3364レ 岡崎・西岡崎
最近は貨物にも編成美が賞賛されるようですが、この「ワム8」の長編成はみごとでした。コンテナ列車級の長さなので、後ろまできれいに捉えるのはなかなかハードルの高い列車でもありました。後に66+青ワムとなりましたが、こちらも見応えがありました。

Img714c12月11日 670レ 大曽根・新守山
この頃、中央線に運用されるELの貨物は専らEF64の仕事でした。670レの春日井発は今よりだいぶ遅い時間でコキ+ワム8の編成で、稀に化成品のタキが連結されていました。EF64も更新が始まり、57号機、67号機は広島工場仕様でした。

Img762c43月31日 9775レ 岡崎・西岡崎
最近は専らDE10の仕事になっている日車からの名鉄車両の甲種輸送ですが、この年までは豊橋・笠寺間はELの牽引でした。国鉄時代は浜松のEF58が豊川まで迎えに行ったり、一時期はEF64が使用されるなどバラエティにとんでいました。

Img830c66月7日 5780レ 清州
今や貴重となっている専用貨物ですが、この頃はまだあまり注目もされていなかったと思います。美濃赤坂からの赤ホキは、今では1往復増発されていますが、この頃は5780レ~5783レしか撮影できなかったにもかかわらず、私自身ほとんど撮っていませんでした。
牽引は岡山区のEF65で、当日は広島更新色の1010号機でした。

Img918c8_27月6日 5580レ 清州
近頃はいろいろと話題のフライアッシュ輸送ですが、当時は新鶴見区のEF65PFの牽引でした。同区のPFはまだまだ国鉄色が多かったですが、あまり話題になった覚えはありません。

Img798

7月6日 1653レ 清州
この年の9月に客車の夜行「ちくま」が電車化されたのですが、それまで多治見コンテナは「ちくま」の牽引機の間合いで、篠ノ井区のEF64が使用されていました。篠ノ井区のEF64には貫通路の下にエンド番号が記されているのが特徴です。この地区ではこの列車でしか篠ノ井区のEF64は見られなかったので、貴重な存在でしたが、その後、EF64の配置が愛知区の集約されました。(もっとも、集約時はほとんど更新色になっていましたが・・・。)

Img873c77月13日 5974レ 尾張一宮
こちらも、早晩廃止になるとは思わなかった、樽見鉄道からのセメント列車です。それまではほとんどコンテナ列車用と思っていたEF66が任に付いていました。

Img875c77月13日 愛知機関区
↑を撮った帰り、偶然HM付のEF66 1を見つけたので、降りて撮影しています。今も盛況で実施されているJRFの撮影会のPRのもので、「7.27」との表記が見えます。今みたいにネットによる検索ができない頃のことで、走行を捉えることはできませんでした。

Img934c97月20日 試2752レ 清州
JRFの命運?を担って登場した「インバーターハイテクロコ」EF200は、かつてのEF66同様コンテナ専用の感が強く、この頃の撮影にはハードルの高い機関車だったと思いますが、運用の都合からか、稲沢から笠寺までの小運転に使用されており、清州にいると来るので撮る、みたいな存在でした。

Img590c1810月29日 5764レ 清州
フツーのセメント列車です。全検出たてできれいなので貼り付けておきます。

Img686c2112月6日 8862レ 清州
今は専用スジが設定されているロンチキですが、この頃は甲種輸送等で使用される8862レで運転されていました。

Img696c2212月6日 1550レ 清州・稲沢
JR化後まもなく2両のEF65PFに実施された試験塗装車の1両、EF65 1059です。一方の1065号機が翌1998年に更新されたにもかかわらず、なぜか2009年廃車になるまでこの塗装を保っていました。

この頃は暇があれば清州界隈に通っており、こうやって見ても同じような構図、車両ばかり飽きもせず撮っていたものです。まぁ、今ではすっかり様変わりしているので、これはこれで良しとしましょうか。ご覧頂きありがとうございました。(検査掛)

 

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2017年10月11日 (水)

万葉線のオリジナルカラー

 先日の集まりで、現在、万葉線で運行している旧加越能鉄道高岡軌道線新湊線カラーのオレンジの塗色が少々違っているという話をした。たまたま写真を整理していたら、当時のカラーがでてきたので、どう違っているか、ご覧入れたいと思う。

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 まずは、現在の7073の状況。今年の初夏から映画撮影のために、かつての新湊線色に塗り替えられている。ちょっと汚れているのは雰囲気をだすためで、模型でいうウエザリングだろう。

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 では、当時の新湊線色はどうだったのか?ご覧のように,車体中央部にオレンジの太いラインが入れられている。当時はそうは思わなかったが、単純に見えて、それなりに凝った塗色だったようだ。撮影は1975年夏の七高岡七夕祭りである。

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 これは沿線のハイライトである庄川の鉄橋。この写真は1976年の撮影であるが、鉄橋の様子は、40年以上たった現在でもそれほど変わっていないだろう。

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 オリジナルカラーではなくて恐縮だが、これも撮影名所の越ノ潟につながる内川の鉄橋。現在は少し埋め立てられてしまって、川幅が狭くなっているし、川を埋めていた木材も見られない。バックにうっすらと立山連峰が連なっている。今なら望遠レンズで山を引き寄せるのだけれど,当時は標準レンズしかなかったので遠くに見えるだけである。

 それにしてもこの広告車、確か洋服店がスポンサーかとおもったが、2社があいのりのうえ、赤、青、黄色の原色を使っていて、いかにもセンスが悪かった。そんな電車をわざわざカラーで撮る必要もなかったと思うが、今にして見れば、ひとつの記録として懐かしく思えてくる。(駅長)

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2017年10月 9日 (月)

近鉄特急70周年

各報道でも流れていましたが、10月8日、近鉄が特急列車の運転を開始して70周年を迎えました。累計15億人が利用してきたとか・・・見当もつきません(笑)。
現在の近鉄特急と言えば急ピッチで新塗装化が進んでおりますので、12200系は言うまでもなく“原色”塗装編成が主な撮影対象でしょうか。ただ、以前から近鉄系は情弱のせいか、いつも撮りたい列車が撮りたい時に「来ない」ので、仕方なく伊勢志摩ライナー、アーバンライナーなどにカメラを向けてお茶を濁しているのが常です。どんな車両が来るのかはその時のお楽しみ、という考え方で挑めば角も立ちませんが、次世代の近鉄特急開発プロジェクトが進行中でもあり、あまり呑気にしてもいられません。でも・・・近鉄特急を主目的に行動しようとする気力が起きないのは困りものです~。

Ul21 近鉄特急70周年を記念して、UL02編成とUL21編成に掲出されたロゴマーク。来年3月までシャッターチャンスはあるので、いつかは巡り合えるだろうと油断をしていると機会を失ってしまいます。そこで今回は、某サイトで見つけたアーバンライナーの運用表と目撃情報を照らし合わせて9日に沿線まで繰り出し、UL21を狙いました。流線形の車体に望遠圧縮は似合いません、反省。
PS:この前後にDD貨物の撮影も兼ねています、念のため。(出札掛)

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2017年10月 8日 (日)

レンズテスト

 最近はあまり形式風走行写真を撮る機会が少なくなったこともあって、かつての走行写真の定番レンズである85mmの出番が少なくなってしまった。そんな中、先日、久しぶりに出番があって使ってみたら、なんとなく画像がもうひとつである。被写体にピンは来ているのだけれど、なんとなく後ピンなのだ。

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 実はこのレンズがなんとなく後ピン傾向であることは、前々から感じていたのだけれど、被写体にピンが来ているので、そのままになっていたのである。

 レンズのテストをするには、できれば同じ環境で撮影して確認するのが望ましい。そこで翌週に同じ場所に出かけてみた。場所は北陸線の虎姫と河毛の間である。

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 ちょうど機関車牽引で北びわこの回送がある。それを狙ってみた。これが85mmの単玉。

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 同じ列車で、こちらは70-200mmのズームである。

 悔しいことに70-200mmのズームの方が画像が良い。この写真では画素数が少なくなっているし、拡大できないので比較が難しいだろうけれど、85mmの単玉の方は、やはり後ピン傾向にある。まだ、色は厳密に調整していないが、若干単玉の方が色の乗りが良い。

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 同じ場所の写真でばかりで恐縮であるが、こちらは午後の回送。やはり85mmだが、後ピン傾向は変わらない。ちょっとショックである。

 以前のカメラでは気にならなかったが、メインのカメラを更新したので、微妙に相性が悪いのだろう。レンズの修理で直るのかなぁ?あるいはカメラ側の問題なので、カメラのレンズ微調整機能で調整することになるのかな?取説を見ると個別のレンズ毎に調整できるようなので、それをやってみる必要があるのかな?レンズを修理に出したとしても、なんとか被写界深度には入っているので、誤差範囲ということで修理なく帰ってきてしまいそうだし・・・。

 それとは話が変わるが、この場所で撮影していると、必ず左のポジションに線路脇でカブリツキで狙う人間が現れる。それも、こちらが先に来て構えているにもかかわらず、三脚を立てる。北びわ湖の回送は、編成が抜けるので問題ないが、貨物列車では完全に入ってしまう。こちらもあえて三脚を立てているので、こんな場所に立てば邪魔になるのはわかっているはずだが、後から来て邪魔にならない場所で撮ろうという気持ちにならないのだろうか?線路脇なら、どこでも撮れそうな気がするのだが・・・。

 まあ、レンズのテストだけでは勿体ないので、せっかく走ってくるのだからと、C56の北びわこも狙ってみた。

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 まずは、坂田の手前の陸橋。しばらく来ていないので、ここの陸橋で撮るのは初めてである。スカびわこの名前の通り、機関車は煙を吐いてこないが、この場所まではとりあえず力行してくるので、若干は煙らしきものを吐いてくる。

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 ここは午後の列車を撮るのにも良い場所である。しかも駅から近く、直線距離はホーム端から50mくらい。まあ、陸橋の上から撮ろうと思うと、大回りしなければならないので、5分くらいかかるが、それでも手軽に撮れる場所であることは間違いない。今度、京都に行く用があるときに、ここでお手軽写真を撮ってから行くとするかな。

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 午後の北びわこは、定番の河毛北側の北陸道との交差場所。ちょうど秋桜が咲いていたので、それを入れて狙ってみた。

 実はここも高速道路の下に軽トラで直前に乗り付け、その荷台で写真を撮る人間が居て、秋桜で隠している。国内で蒸機を撮ると不愉快になることが少なくないが、今日も案の定であった。

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 秋桜で隠したつもりだけれど、拡大すると目立ってしまう。なお、その左の白い影は、やはり直前に飛び出してきた素人のお姉様。ま、この位置ならカットできるし、いざとなれば消えてもらいましょう。(^_^;)

 それはともかく、上の写真はやや広角なので、パンケーキの40mmで撮影している。スナップ用としてレンズキャップ代わりにつけてあるレンズであるが、これが意外に良い画像を出してくれる。24-70mmのズームと比べても、しっかりした絵である。けして高いレンズではないのだが、設計に無理がないのだろうか。レンズの性能は、ある程度、価格と見栄えに比例するのは確かだけれど、中にはそうでないレンズもあるので、そうしたレンズに巡り会うとちょっと嬉しくなってしまう。(駅長)

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2017年10月 3日 (火)

1997年 20年前の名古屋圏の貨物事情(DL編)

国鉄からJRになって30年が経ち、国鉄色もかなり払拭されてきました。最近、かつてはあまり取り上げられることのなかったJR貨物の話題がよく聞かれるようになってきました。そんなことから自分の撮影した中からキリのいいところを拾ってみようとしましたが、移管直後の1987年は殆ど貨物(列車)を撮っていませんでした。それではその10年後の1997年は、と見てみると、それなりに記録があり、当然ながら現在とはだいぶ違っているので、記憶を辿ってみようと思います。
というわけで、撮影は1997年で、撮影順に拾ってみたいと思います。

Img708c12月8日 672レ 新守山
国鉄時代からコンテナの集配基地は徐々に集約つつありましたが、まだここ新守山にはコンテナヤードがあり、稲沢から1往復運転されていました。牽引には愛知区のDE10があたっていました。この日は前年3月に門司区から転属してきた1581号機で、前面ナンバー部分の白帯が省略されている九州仕様のままでした。同機は8年後に愛知区のDE10としては唯一青色になりましたが、その後現在のJR貨物標準色になって、現在も愛知区に所属しています。
新守山のコンテナ貨物は2005年に廃止されました。

Img698c12月8日 5776レ 岡崎・西岡崎
岡多線開業以来行われていたク5000の自動車輸送が1985年で終了した以降、同線の貨物輸送は北岡崎のユニチカへの銀タキ(テレフタール酸)のみとなりました。その輸送にはDD51が任にあたり、ELばかりの東海道本線の貨物の中では異色の存在でした。もっとも、この列車をわざわざ撮影に行くわけもなく、スジ的に8102レで団臨が走ったりするときに来るから撮る、といった列車でした。
この輸送も2年後の1999年に廃止されました。

Img786c45月25日 3093レ 清州
1994年に始まったコキ71によるカーラック輸送。新潟、米子と名古屋を結んでいました。米子からは早朝、稲沢に到着。DD51に付け替えられて名古屋ターミナルまで運転されていました。コキ71は往路は自動車を、復路はカバーをたたんでコンテナを積むという構想のもとに8両製造されましたが、いつの間にか使用されなくなり、今はカバーを外された状態で笠寺に留置されています。
この日の牽引機は、最近まで国鉄色ということで話題となった元成田空港の米タン用に最終増備された1805号機でした。

Img819c56月7日 1251レ DD51 822+DD51 816+DD51 751  清州
以前にもアップしたDD51 三重連の1251レです。この前後数年は陽が長くなると、この列車を撮影するために沿線に通いました。
通称稲沢線の電化が成る直前の1997年の第四四半期には定期のDD51 四重連が走りましたが、それも追憶の中となっています。

Img862c77月4日 5280レ 五条川(信)・清州
衣浦と東藤原を結ぶホキ1000の専用列車も、最近は臨海鉄道への国鉄色DD51乗り入れやHM取付で何かと話題になっていますが、現在のダイヤでは稲沢⇔富田は撮影には不向きな時間帯となっています。しかし、1997年当時は富田からの稲沢行は早朝で、陽の長い時期なら撮影可能でした。
1997年にはDD51単機牽引しか撮っていませんが、時期によってはDD51重連やDD51+DE10牽引のときもありました。この輸送はこの区間だけの特殊な形態で大変珍しく、ホキ1000も新形式ホキ1100が誕生して今後も継続して運転されるようなので、嬉しい限りです。

Img950c97月21日 8560レ 清州
この頃はまだ港湾地区への油類や薬品類の輸送が行われており、稲沢発の月水金曜日は西名古屋港、火木土曜日は名古屋港への運転があり、DE10が使用されていました。写真の西名古屋港への運転は2001年3月に廃止され、名古屋港の方だけは同所にレールセンターがあることから、レール輸送がキヤ97に置換えられた今も、稲沢→名古屋港→名古屋はDE10が牽引しています。
最近になって北海道から転入してきたDD51が旋回窓付きで話題となっていますが、DE10にも旋回窓付きの車が配置されたことがあります。ご覧の1533号機で、1996年3月に長町区から転入してきました。廃車は1999年10月ですので、撮影の機会はそう多くはありませんでした。

ELに関しましてはまた改めてアップしたいと思います。
なお、20年前のことにつき、あいまいな点もございますので、記載事項に間違いがありましたら、ご指摘頂きたく存じます。(検査掛)

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